「さて……ところで……」
ヒナが肘を卓につきながら、さりげなく話題を切り出す。
「約束通り、カナとアコが勝ったんだから──予算は三倍でいいのよね?」
マコトは卓に突っ伏したまま、苦悶するような声を漏らす。
「ぐぬぅ……!!!」
「ねぇ、ちゃんと約束したわよね? “勝てたら三倍くれてやる”って、あなたが自分で言ったのよ?」
ヒナは涼しい顔で微笑みながら、確実に詰めてくる。
「ぐ……わかった……。後日……詳細を通知しよう……」
しぶしぶとマコトが答えると、ヒナはあっさりと肩をすくめた。
「……分かればいいのよ」
その瞬間だった。
椅子のきしむ音と共に、カナが勢いよく立ち上がると、まるで儀式でも始めるかのようにヒナの身体を軽々と持ち上げた。宙に抱えられたヒナは、困惑した顔でぴくりと眉を動かす。
「風紀委員会の予算三倍、ここに確定!! あとはヒナさんの豪遊計画を実行するだけです!!」
カナは無邪気に叫んだ。勝利の女神でも持ち上げるかのように高々とヒナを掲げて、場の空気を一気に賑やかにする。
「しないわよ。ていうか降ろしてくれる? なんか……色々と屈辱なんだけど」
ヒナが半眼になって小声で訴えるが、カナはまるで聞いていない様子で続けた。
「ではまず、風紀の威信を示すための超合金製バリケードを──」
「いらない。絶対いらない」
ヒナはさすがに声を荒げたが、それでもカナのテンションは下がらない。
一方そのやり取りを見ていたアコは、静かに顔を手で覆い、深いため息をつく。
「……もうほんと、やめてください……せっかく勝ったんですから……まともに終わらせてください……」
その疲れ切った呟きには、勝利の余韻すら吹き飛ぶような諦めの色が滲む。
そんな中、ポンポンと軽快な拍手が響いた。音の主はホシノだった。ホシノはどこか楽しげな笑顔を浮かべて、ひょうひょうとした声を上げる。
「うへ〜、それにしてもカナちゃん凄いね〜! おじさん、あんな麻雀見たの初めてだよ〜」
「……果たしてあれが麻雀と呼べるんでしょうか」
アコは冷ややかな声で言い捨てた。
「不正だらけだったしね……」
ヒナも続けて肩を落としながら、深くため息を吐く。
それでもホシノは、まるで気にする様子もなく、空気のような軽さで笑い続けていた。だが──
その笑顔の奥にある“何か”を、カナだけは見逃していなかった。
カナの視線が、鋭くホシノへと注がれる。普段の飄々とした雰囲気とは打って変わって、まるでホシノの本心を見抜くかのような発言をした。
「……それは、誰の真似ですか?」
ぽつりと落とされた問いは、静かに、しかし確実に場の空気を変えた。
ホシノは一瞬まばたきをした。
「えっ?」
「……あ、もしかして“キャラ付け”ってやつでしょうか。そうとは知らずに……ごめんなさい」
「え? ちょ、ちょっと!? 何を言ってるの? 私はこれがいつも通りで……」
ホシノが慌てたように返す。笑顔は保たれているが、それはどこか、意地と警戒の混ざったものだった。
「ねえ、カナ。そろそろ降ろしてほしいんだけど?」
ヒナがまた呟く。だがカナは、その声には答えず、ただホシノを見つめ続けていた。
「……そうですか。なぜか……私のことを警戒しているようでしたので」
その一言が、ホシノの表情に微細な変化をもたらした。笑顔は崩れない。だが、その口元がごくわずかに引きつる。
「えっ、え〜? ちょっと待ってよ〜。おじさんそんな怖い顔してたかな〜?」
ホシノは軽い調子で手を振る。しかし、その仕草のどこかに、無意識の防御反応が滲んでいた。
「“おじさん”って言葉遣いも不自然です。見た目に反して子供っぽく振る舞うのも。目は笑ってますが、手の動きと体の向きは……いつでも退路を確保できるようになっている」
カナの言葉は、まるで精密な観察記録のようだった。
「ねえ、そろそろ降ろして欲しいってば……」
再び訴えるヒナの声にも、カナは動じない。まるで、何かを突き止めようとする探偵のような静けさで、ホシノを見つめ続けた。
「えっ、なになに? そんなに観察してたの……? もしかしておじさんのこと、好きになっちゃった〜?」
ホシノがふざけたように言ってみせる。しかし、その声色に混ざる焦りと虚勢は、もはや隠しきれていなかった。
「……安心してください。それはないです」
そのあまりに容赦のない一言に、周囲の空気がしん……と静まり返った。
「ねえ、降ろしてってば」
そして、ヒナだけが、宙に持ち上げられたまま、遠い目で呟く。
「ちょっとお姉ちゃん? 何話してるんです?」
カナは軽く首だけを傾け、視線だけでアコを捉えると、柔らかな声で応じた。
「いえ、特に何も。ホシノさん……でしたっけ。何か用があるなら後日でどうですか?」
言葉とは裏腹に、その声音には微かに棘があった。
ホシノは一瞬、虚を突かれたような表情を見せた。が、すぐに気を取り直したように肩をすくめ、いつもの調子を装って笑う。
「いや〜、用ってほどじゃないんだけどさ〜。麻雀大会、すっごく面白かったって話をしに来ただけなんだよね〜、あはは。よければ今度アビドスにも遊びに来てよ。おじさんとも麻雀しよー?」
その言葉に、カナは無表情のままきっぱりと言い放った。
「遠慮しておきます。砂漠で迷って死にそうですし」
まるで本気か冗談か判断に迷うようなトーン。しかし、その拒絶の意志だけは明白だった。
ホシノの笑顔が、わずかに引きつる。
「そ、そんなに砂漠に悪意ある……? まぁまあ、確かにあそこは日陰も少ないし、遭難もするし……動いてないのに暑いし……ん……? なんか既視感が……」
「アビドス、絶対行きません」
カナは少しだけ声の調子を上げ、食い気味に即答した。
アコが思わず声を上げる。
「ちょっとお姉ちゃん!? そんな言い方したらホシノさんが──」
だが、当の本人であるホシノは、大きく手を振って笑ってみせた。
「い、いいのいいのアコちゃん! あはは、これがウワサの“ゲヘナ式挨拶”ってやつ〜? 刺激的でイイね〜!!」
そう言いながらも、口元の筋肉は明らかに強張っていた。
「さて、なんか長居しちゃったし、おじさんそろそろ帰ろっかな〜。またね」
ホシノは逃げるようにして、足早に執務室を後にした。
アコは苦々しい表情を浮かべ、カナに向き直る。
「お姉ちゃん、なんかホシノさんに当たりが強くありませんでした?」
「気のせいです。別に嫌いという訳ではありませんが」
「じゃあ何故……」
カナは一瞬だけ視線を伏せ、そして小さく息を吐いた。
「……“嫌いじゃない”けど、“信用していい相手”とは限らないでしょう」
「……え?」
アコの目がわずかに揺れる。
カナはそのまま、冷静に言葉を重ねた。
「私たちにわざわざ話しかけに来た“目的”、そして言葉の端々に混じる“探り”。ホシノさんは、何かを確かめに来た」
「確かめに!? 一体何を……」
「それが分かればいいんですが……あ、ホシノさんって確か銀行強盗してた時に私が手榴弾で横やり入れて爆発した人達の中にいた気がします(※六話参照)」
「土下座して謝れ」
「どうして? 正当防衛でしたよ?」
「合法とか非合法とかの話じゃないの! 顔面に爆風くらった人が“遊びに来てよ〜”って言ってくれたのに、“絶対行きません”はないでしょ!」
「だって行ったらまた爆発しそうじゃないですか。私が」
「自分のせいでしょうが!!」
アコの怒号が響いた次の瞬間──
「ねえいいから降ろしてくれる!??」
ヒナの声が上がる。
「えっ、まだ担がれてたんですかヒナさん」
カナが呆れたように問い返すと、ヒナの声が静かに唸るように響いた。
「あんたがずっと持ち上げたままにしてたんでしょうが……!あんたの観察と分析に私の存在は入ってないわけ!?」
「ええ、風紀委員会の構成要素としては低優先度に分類されましたので」
「殺す!!!」
「ぐぇ」
ヒナの膝がカナの腹に突き刺さる。鈍い音を立てて体をくの字に折り、カナはそのまま床に崩れ落ちた。
倒れたカナを見下ろし、ヒナは息を整える。怒りを抑えながらも、満足げな様子だった。
「はあ……私たちも帰りましょうか。それでは予算のことはお願いしますね?」
「……わかった……」
「お気をつけてー」
アコとヒナの二人に無理やり担がれ、カナはまるで満身創痍の戦士のように執務室から運び出されていった。その背中が見えなくなるまで、ドアの隙間からひょっこりと手だけがバイバイと動いていたのが、逆に怖い。
あの騒がしさが嘘のように、執務室に重たい静けさが戻った。
「……ふぅ。やられましたね、マコト先輩」
イロハがぽつりと呟いた。気づけば、いつの間にか窓辺に立ち、紅茶を淹れていたらしい。カップを片手に外の景色へ目を向けながら、淡々とした口調で続ける。
マコトは深くため息を吐き、机に肘をついたまま頬杖をついた。
「……完全にしてやられたな。まさかあそこまで押し込まれるとは」
「でしょうね。あの人、見た目と中身が完全に一致してませんから」
その口調に苦笑を漏らしながら、マコトはノートPCを開いた。画面に映し出されたのは──天雨カナの情報ファイル。だが、その内容はあまりにも乏しかった。顔写真すらまともに映っておらず、プロフィールも曖昧だ。
「観察対象《天雨カナ》。ゲヘナ風紀委員会所属、生徒証上は三年。行動傾向:常軌を逸する。論理性:時折異常に高い。優先順位:概念がバグっている。妹への執着:特S級」
「……いっそホラー映画の脚本にでも回します?」
「もはやその方が平和だな」
マコトは軽く額を押さえ、立ち上がった。だが、歩きかけたその足がふと止まる。
「さて、麻雀卓でも片付けるとするか……ん?」
何気なく、卓に残っていた牌をひとつ手に取った瞬間──微かな違和感が走った。
「……ん? 傷……?」
目では確認しづらい、小さなざらつきが指先に触れる。マコトは眉をひそめた。
「イロハ、虫眼鏡を取ってくれ」
「え?……まあ、わかりました」
イロハがキャビネットから虫眼鏡を取り出し、マコトに手渡す。マコトは無言で牌を覗き込んだ。
そして──息を飲んだ。
牌の縁。その、ごくわずかな箇所に、人為的に彫られた“刻印”のような傷があった。自然に付いたものではない。明らかに、誰かが意図的に刻んだ印。
(まさか……)
マコトの脳裏に、対局中の違和感が蘇る。
白發中でのチー。
異常なロン。
そもそも、ルールを理解していないような素振りすら──
(全部……演技だったのか……!?)
カナが無意識に撫でていた牌。
あの仕草──いや、“儀式”を思い出す。
『お姉ちゃん、なんで牌を捨てる時にいちいち撫でるんですか』
『こうして触ることで牌と仲良くなれるんですよ。少しでも良い牌をツモれるように……ってお祈りするのが大事なんですよ』
祈り、ではなかった。
マーキングだったのだ。
マコトは思わず席へ戻り、再びPCに表示されたファイルを睨みつけた。
《該当記録なし》
《参考資料なし》
《過去データ不一致》
赤字で並ぶ文言。まるで誰かが意図的に“削除”したかのような、不自然な空白。
──カナの過去は、誰かの手で封じられている。
「キキッ……イロハ。やはり、天雨カナを引き入れれば……万魔殿の戦力は格段に上がる!!私は絶対に諦めないぞ!!」
急にテンションを上げるマコトに、イロハはいつものように額に手を当て、げんなりとした顔でため息をついた。
「……いや、なんでそんなにテンション上がってるんですか。さっきまで深刻だったのに」
「これほどの才覚……放っておけるか? 天雨カナを制御できれば、きっと我々の──」
「制御できる前提で話すのやめてもらえます?」
「いや、頼むから真面目に聞いてくれ! とにかく、私は諦めないからな!!」
宣言するマコトの背後で、風がひとひら吹き抜けた。
机の上に置かれていたカナのファイル。そのページの一枚がふわりと捲れ、裏返る。
そこにあったのは──何も記されていない、真っ白なプロフィールページ。
無記名。
無履歴。
無秩序。
──《天雨カナ》。
それは、未だ記録にも収まらぬ、“異質”な存在だった。
今後はどんな話がみたい?
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ブルアカ本編のストーリーに介入
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ギャグ路線で暴走
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アコとカナの百合展開
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カナの空白の10年間