カナと先生が座っていたテーブルは、騒然とした空気に一瞬で包まれた。
誰かの叫び声が響き、視線が一斉に突き刺さる。カナと先生が投稿したばかりの写真──巨大な地獄パフェを前に、妙に距離の近い二人の姿。それは瞬く間に拡散され、ネット上で爆速トレンド入りを果たしていた。
《トレンド1位:#カップル限定メニュー》
《#先生と巨大パフェなう》
《#ゲヘナ風紀どうなってる》
「え、拡散速っ……!?」
スマホ画面を覗き込んだ先生の顔は、見る間に蒼白に染まっていく。
入口のベルがチリンと鳴った。廊下の奥からは制服の襟を正した数人の生徒が雪崩れ込むように現れる。
彼女らはにやりと笑い、明らかに尋問する気満々で近づいてきた。
「先生ー! 説明してもらえますかぁ?」
「“おふたり同時”……の意味、詳しく聞きたいですねぇ?」
ざわめきが渦を巻き、店内の温度が一気に上がる。
「お姉ちゃん!!なんで先生とカップル限定メニューなんて──もう炎上してるじゃないですか!!」
アコの怒鳴り声が頭の中で蘇るような錯覚に陥り、先生は頭を抱えかける。
しかし、その混乱を断ち切るように、カナがすっと先生の手を掴んだ。
「ふむ……一旦撤退します。先生、息を合わせて」
「え、えぇぇっ!?」
ギシリと椅子が鳴る。二人は同時に立ち上がった。カナは躊躇もなくレジ方向へ札束を投げ放つ。
「会計はこれで。ご馳走様です」
宙を舞った札束は奇跡の軌道を描き、店員の手元にジャストインした。
「何その札束!?君は一体……」
「ほら、逃げますよ」
カナは先生を引き立たせるようにして踵を返し、入口へと駆ける。
「ちょ、どこ行くの!?弁明しないと!!」
「バカですか。一時の感情でここまで流れ込んでくる人達です。話したところでアコ以外に理解できる脳がある人達とは思いません」
「冷静なのか辛辣なのか分からないなぁ!?」
店の自動ドアが開くと同時に、背中を焼くような熱気と視線が迫ってくる。
カナは先生の手首を離さず、迷いなく店の脇通路へと滑り込み、厨房の裏口へ一直線に走った。油とソースの匂いが充満する細い廊下を、足音を殺しながら駆け抜ける。
「ちょ、ここ関係者以外──」
「風紀委員会です。衛生管理の抜き打ちです」
咄嗟に腕章を見せると、店員は慌てて敬礼し脇へ避ける。その隙に非常扉を押し開け、二人は裏の搬入口へ飛び出した。
外気が頬を打ち、息が白く滲む。背後から迫る足音が途切れない。
「はぁ!はぁ!追ってくる!?」
「仕方ありません。こういう時こそ、AIに助言を貰うのが一番です」
「そうかなあ!?」
「当然です。OKグーグル、アコのおっぱいが見たい」
「絶対今聞くことじゃないだろ!!!」
先生の魂の叫びが夜気に吸い込まれていく。
しかしカナは真顔のままスマホを睨み、頷く仕草までしている。
「……ほぅ。これは……」
「見なくていいって!!!」
先生が慌ててスマホを奪おうと手を伸ばすが、カナはひらりと身をかわした。
日常的にヒナに殴られ続けて身につけた回避能力が、なぜかこんな場面で遺憾なく発揮されている。
「さて、先生。少し走ります。心拍数が上がると恋愛ホルモンがあがるらしいです」
「上げなくていい!!そういう化学で距離を詰めない!!」
搬入口を抜けると、裏路地の空気はひんやりと冷たい。
段ボールの山を飛び越え角を切った途端、背後で非常扉が軋み、複数の足音が弾けるように追ってくる。
「しつこいですね。先生の体力もあまり持たなそうですし……」
カナは軽やかに段差を飛び越えながらつぶやいた。
「ここで私を捨てて……せめて君だけでも……」
「別にそうしても構いませんが……追ってきた生徒たちに詰められるのは先生ですよ。どう言い訳するつもりですか?」
「うっ……確かに……。私もつい調子に乗ってあんな投稿をしちゃったし……カップル限定メニューを生徒と食べてるって嘘は言ってないんだけどなぁ……」
「あの大勢の反応からして、随分と先生は人たらしのようですね」
「事の発端は君だからね!?!?というか……私のこと……殺すんじゃなかったの?」
「もちろん……殺したいですよ。でも……アコがあなたの事を慕っているのも事実……。後で必ず本性を引きずり出して醜く処刑してあげます」
「もうやだ怖いこの人!!」
カナが次の策を考えかけた瞬間、路地の先に人影が立ち塞がった。
腕を組み、仁王立ちするヒナ。その目は真っ直ぐに二人を射抜いている。
「お、ヒナさんです。状況を説明すれば分かってもらえるかも」
「よかった!!ヒナ!!ちょっと助け──」
「カナと先生は……付き合ってるのね???」
「ヒナ!?」
「あー……ヒナさんもそういう感じなんですね」
カナの口調は落ち着いているが、その目だけは警戒を帯びていた。
「そこまでよ、カナ。言い訳はあとで聞く。先生を返してもらうわ」
「えっ!?人質扱い!?私!?」
先生の声が裏返り、足がもつれる。
だがカナは一歩も止まらず、身をひねって小石を指先で弾いた。
「熱くなりすぎですよ。頭に血が上りすぎています」
「!?」
小石はヒナの足元にヒットし、ほんの一瞬だけ注意を逸らさせる。
「痛っ……!何したの!?」
「ほんの一瞬……意識を別方向に向ければ突破することなんて容易ですね」
ヒナが目を見開いた瞬間、カナはその隙を突いて横をすり抜け、ふわりと路面に着地した。
振り返りざまに余裕の笑みを浮かべ、声を投げる。
「ヒナさん、怖い顔してるとシワになりますよ?」
「なっ!?待ちなさい!!!カナ!!先生!!」
「ごめんヒナ!!また今度説明するから!!」
「お仕置はまた今度されてあげます〜」
追い縋る声を背中に受けながら、カナは先生の手を引いて小路地へと駆け込んだ。
夜の闇に溶けるように姿を隠し、壁にもたれた先生は肩で息をしていた。
「はあ、はあ……なんで……こんなことに……」
「まさか先生、もう音を上げました?」
「当たり前でしょ!?生徒に囲まれ、カップル認定され、逃走劇に巻き込まれ、ヒナにまで追われて……!」
カナはにやりと笑い、口角を上げる。
「ふふ……私は無敵ですよ。カナだけに」
「言ってる意味が分からないし語呂も微妙だし状況は全然笑えないよ!!」
そのとき、先生のスマホがブルッと震えた。
画面に表示された名前は“ヒナ”。それを見た瞬間、先生の顔から血の気が引いていく。
「ひっ……出たら死ぬやつだこれ……!」
声は裏返り、手は震えている。まるで爆弾の起爆装置でも握らされたかのような怯えよう。
カナは冷静にその様子を眺め、わずかに肩を竦めた。
「放置で大丈夫です。ヒナさん、今は熱くなってますから。数時間後にはきっと反省して許してくれるかも」
「“かも”って何!?」
先生は慌てて突っ込むが、声には必死さしか残っていない。
その時だった。
プルルルル……
再び着信音。今度は“アコ”の文字が浮かび上がった。
カナはちらりと画面を確認し、すぐに先生へ視線を向ける。
「あ、アコからです。先生、喋ったらぶち殺しますから」
「分かったよ……」
先生はガタガタと小さく頷き、壁に背を押しつけるように身を固める。
カナは無言で通話ボタンを押し、口元にスマホを当てた。
「……もしもし、お姉ちゃんです」
『あ!やっと出ましたね!?どういうことか説明して貰えますか!?』
アコの声は、電話越しでも明らかに怒りで震えていた。
しかしカナは涼しい声音で答える。
「アコ……あの投稿は誤解です。本当にたまたま先生と鉢合わせて、そのままカフェに入ってカップル限定メニューを食べただけなんです」
『それが問題だって言ってるんですが!?もうキヴォトス中で噂になってますよ!!泥棒猫だとか、生放送の時に出ていたバカだとか、色々言われてますよ!!』
カナはため息をひとつ落とす。
「ふぅ……アコ。お姉ちゃんの言うことが信じられないんですか?」
『え……?』
「ちゃんと落ち着いて、冷静になってください。私は先生の事がそもそも嫌いですし、今にも腕が勝手に先生の命を刈り取ろうとしているんです」
「そうなの!?」
思わず叫ぶ先生を、カナは氷のような視線で黙らせた。
「喋ったらぶち殺すと言いましたよね?」
「すみませんでした!!!」
先生は即座に両手を上げ、降参の姿勢を見せる。
『あれ?先生もそっちにいるんですね??』
「なに、アコが気にすることはありません。あと少ししたらただの故人です」
「冗談だよね!?!?」
先生は情けない悲鳴をあげる。だがカナは表情ひとつ動かさない。
『本当に……誤解なんですか?』
「アコ、私が今までアコに嘘をついた事がありますか?」
『発言の7割程の頻度で嘘ついてません?』
「そんなはずありません」
きっぱりと言い切る声に、先生は内心『いや絶対あるだろ!』と突っ込みかけたが、命が惜しいので飲み込んだ。
「とにかく、先生を巻き込んだのは私ですし、今回だけは助けることにします。アコも協力してくれませんか?」
『……まあ、あれが嘘だったなら別にいいですけど。これからどうするんです?』
「さっきヒナさんが襲ってきたので、あと少し時間が過ぎたらヒナさんに誤解の連絡をしてください」
『え!?ヒナ委員長から逃げられたんですか!?』
「まあ冷静さを失ってましたからね。ただ、またすぐ追ってくる可能性があるので」
『……お姉ちゃんがヒナ委員長から逃げ切れた……なんか怪しいですね??』
「怪しくありません。まあ……それが無理なら……殺られる前に逆にこっちから殺るしかないですね」
「君たち一応同じ風紀委員会の仲間なんだよね???」
先生は小声で震えながら抗議するが、カナは無視した。
『でも……お姉ちゃんがヒナ委員長と闘うのは無謀すぎますよ』
「ならプランTで行きましょうか」
『よくそんなポンポンと仲間を始末する方法を思いつきますね』
「あまり褒めないでください」
『引いてんですよ』
アコの声の向こうから、紙をめくるような音が微かに聞こえた。
『……まあ、分かりました。とりあえず私から委員長には“誤解だ”って伝えてみます。でも……先生はちゃんとお姉ちゃんと距離を置いてくださいね?』
「はいはい、アコ。安心してください。先生は私のターゲットですから」
「どう安心すればいいの!?!?」
先生は本気で泣きそうだった。
通話が切れると同時に、カナはスマホをポケットへしまい、冷えた路地裏の出口へ視線を投げた。
その横で、先生は壁にもたれ、荒い息を必死に整えている。
「……ねえカナ。君って……どこまで本気なの?」
先生の声は震えていた。恐怖か、疲労か、それとも両方か。
カナは振り返らず、肩越しに淡々と答える。
「半分本気です。半分は冗談です。残り半分はただの呼吸です」
「合計が150%になってるの、気付いてる!?」
やっと突っ込んだ先生の声は、もはや哀れみすら漂っていた。
その直後、路地の奥から『見つけたぞー!!』という叫びが響く。
複数の足音が地面を蹴り、こちらへ迫ってくる。
先ほど撒いたはずの生徒たちが、執念深く追いすがってきたのだ。
「うわっ、まだ来るの!?もう完全に悪者扱いされてない!?」
「ふぅ……この手だけは使いたくありませんでしたが、仕方ありませんね」
カナが静かに息を吐いた瞬間、先生の背筋に冷たいものが走った。
「え!?まさか……なにか、とっておきの技でも!?」
先生が狼狽して叫ぶ。期待半分、不安半分。
カナはゆっくりと口元に笑みを浮かべた。
「ふっ……私が昨日、徹夜で書いた渾身の一作です」
そう言い放つと、制服の胸ポケットから一冊のノートを取り出し、無造作に後方へ投げ捨てた。
ノートは地面を滑り、追ってきた生徒たちの足元でバサリと開く。
興奮冷めやらぬ生徒たちの目は、自然とそのページへと吸い寄せられていった。
「な、なんだこれ……?」
一人が恐る恐る読み上げる。
『第十二章:私は最強の転生堕天魔王であり、全宇宙を統べる存在……そしてアコの姉である』
「は……?」
理解が追いつかず、困惑に眉を寄せる。だが、目は勝手に文章を追ってしまう。
『──アコは私の膝枕で毎朝目覚め、紅茶を差し出しながら「お姉ちゃん素敵すぎる……」と涙ぐむ。
教室ではアコの友人たちまでもが私に求愛し、先生すら私に傅く。
だが私は言う。「アコこそ至高、他は塵芥」──その言葉だけで世界が震え、惑星が爆散する』
「な、なんだこの怪文書は!?!?」
「おぞましい……!?脳が拒否してる……!」
「待って!読むな!!これ以上は精神が持たない!!」
だが、制止の声も虚しく。別の生徒が震える指で、次のページを開いてしまった。
『第百話:究極銀河アコハーレム学園編──
全宇宙のアコが次元を越えて集結し、私の前にひれ伏す。
アコ・オブ・ドラゴン。アコ・オブ・サイバー。アコ・オブ・ネクロマンサー。
数千万のアコが私を取り囲み、声を揃えて叫ぶ──
「私たち全員……お姉ちゃんの嫁です!」』
「「「ぎゃあああああああああ!!!!」」」
路地裏に絶叫が轟いた。
その場にいた生徒たちは、読み終えた瞬間に羞恥心のダメージを受け、泡を吹きながら次々に地面へ崩れ落ちる。
血圧が限界を突破して倒れる者、耳から煙を吹き上げて意識を失う者。
まるで見えない毒ガスにやられたかのように、そこら中にバタバタと生徒が倒れ込んでいった。
静まり返った路地に残るのは、ノートから立ち昇る黒歴史の瘴気と、未だ無傷で立つカナと先生だけだった。
「……ふぅ。やはり禁じられし“アコハーレム篇”は効きますね」
その横で先生は蒼白になり、必死に叫ぶ。
「効くとかそういう問題じゃないよ!?というかなんで当たり前のようにアコが複数いるの!?」
カナは何事もなかったかのようにノートを拾い上げ、パンパンと埃を払った。
「先生、知っておくといいですよ。これこそ私の最大の切り札……“黒歴史インフィニティ”」
「そんな兵器みたいに言わないで!!存在自体が公害だから!!」
今後はどんな話がみたい?
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ブルアカ本編のストーリーに介入
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ギャグ路線で暴走
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アコとカナの百合展開
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カナの空白の10年間