「着きましたーっ!」
私の声が山あいに響く。大自然に囲まれて凄く気分がいい。
目の前に現れたのは、古い趣を残した温泉宿。看板には『癒湯亭』の文字。至る所から立ちのぼる湯けむりが、もう“非日常”って感じで、胸が自然と弾んでしまう。
「へぇー……写真よりずっと良さげじゃん」
イオリがキャリーを引きながら満足げに眺め、チナツも「静かですし……リラックスできそうですね」と眼鏡を直していた。
「せっかくの旅行だもの。少しいい所を予約したのよ」
ヒナ委員長が胸を張る。
私は思わず両手を広げて深呼吸した。
「はぁ~~、温泉の匂いがするぅ……もうこの時点で半分くらい癒されてる!」
「残り半分、早いですね」
チナツのツッコミが柔らかく響く。
……うん、こういう掛け合い、悪くないですね。
でも次の瞬間、イオリがきょろきょろしながら口を開いた。
「あれ?カナは?」
「あー……お姉ちゃんなら、バスの中でチナツの胸に押しつぶされて死にかけてましたよ」
「は!?」
ヒナ委員長が飛び上がり、慌ててバスに駆け戻っていく。
車内の隅には──ぐったりとしたお姉ちゃん。
(いやほんとに死にかけてる顔なんですけど!?)
「ちょっ!?カナ!!今から温泉だっていうのに、そんなくだらない理由で死にかけてんじゃないわよ!!」
ヒナ委員長が肩を揺さぶると、お姉ちゃんはか細い声を絞り出した。
「……窒息……するかと思いました……。でも……チナツさんの香りは……最高でした……」
「何言ってんのよアンタは!!」
いやいやいや、開口一番がそれ!?
普通「水……」とかじゃないの!?
さらにとんでもない爆弾を投下するお姉ちゃん。
「安心してください……ヒナさん」
「え……?なにが?」
「ヒナさんの慎ましい胸も……悪くないですよ」
うわぁぁぁぁぁぁ!!言った!!言っちゃった!!
ヒナ委員長の目がギラリと光り、空気が一気に爆発寸前に……。
「終いには本当にキレるわよ?」
(いやもうキレてるでしょ!?)
でもお姉ちゃんはふらりと立ち上がり、平然と口にした。
「大丈夫です。温泉に入ればヒナさんの怒りゲージもリセットされますから」
「リセットされないわよ!!」
拳が振り上がる。私は慌てて二人の間に飛び込んだ。
「はいはいそこまで! お姉ちゃん、旅行初日から退場したいんですか!? 温泉に着いたばっかりなんですよ!?」
だが返ってきたのは、信じられない一言だった。
「……出来れば退場したいところですけどね」
「なんですって!?」
「半ば強制的に連れてこられただけですし」
ヒナ委員長の顔が苛立ちで真っ赤になる。
「……もうキレたわ!毎回“場の空気を乱して”! せめてものリフレッシュの為に旅行に来たって言うのに……!」
その瞬間──お姉ちゃんの瞳に赤い光が灯った。
(……やばい。このパターン……)
さっきまでの軽口は消え、冷たすぎる声が響く。
「……大きなお世話です」
「え……?」
「リフレッシュが欲しいなら、最初から“私抜き”で来ればよかったんじゃないですか?」
「なっ……!」
淡々とした口調。でも刺さる言葉。
空気が一気に凍りつく。
「自分の不満や苛立ちを、全部“私が空気を乱すから”で片付けてる。でも本当は──あなたが秩序を保つ器量を持ち合わせてないだけ」
「……っ!!」
「カナ!?急にどうしたんだよ!」
イオリの声も届かない。これは本気でまずい空気……!
「風紀委員長を名乗るなら、空気を乱されても平然としていなければならない。“外的要因に揺さぶられる”時点で、もう風紀の象徴ではありません。あなたが守っているのは秩序じゃない。自分のプライドです」
ヒナ委員長の拳が震え、唇がわなないている。
「……言わせておけば……!」
「やめてください!!」
私は必死に両手を広げた。
(お願いだから今はやめて……!ほんとの意味で修羅場になるから!)
でも赤い瞳はまだヒナ委員長を射抜いたまま。
あれはもう──“いつものお姉ちゃん”じゃない。例えるなら……前にエルボーで人格がコロコロ変わった時のような……
「私は……ただ、みんなと……旅行に……このチームで行きたかっただけなのに……!」
ヒナ委員長の声は震えていた。
でも返ってきたのは、氷の刃みたいな言葉だった。
「……チーム? それは、全員が同じ方向を見て初めて成立するものです」
「!?」
「私は独裁者のもとで活動する気はありません」
空気ごと胸を抉るその言葉に、私は思わず息を詰めた。
ヒナ委員長の表情が強張っていく。
口を開こうとしても言葉が出てこないみたいで、その拳だけがぎゅっと震えていた。
……ダメだ。
完全に“ヤバい方のお姉ちゃん”出てきちゃってる。
「も、もうやめてくださいお姉ちゃん! ヒナ委員長のライフは……!」
必死に叫んだ私の声も届かない。赤い瞳はまだギラついたままで、空気がピリッと痛いくらいに張りつめていた。
「……そうですね。少し大人げなかったかもしれません。まあ……同い年なんですけどね」
冷たく皮肉を落としながら、お姉ちゃんは荷物を足元に置いた。仕草ひとつでこんなに怖くなる人いる? 玄関先でバトル展開とか、完全に旅行の空気ぶち壊しなんですけど!?
私は両手を振り回しながら慌てて割って入る。
「もーう! ストップ!! ここ温泉宿なんですよ!? 修羅場ごっこする場所じゃないですから!!」
イオリもチナツも黙ったまま眉をひそめてて、視線がやたら冷たい。もう誰もツッコんでくれないから私が必死に空気取り繕うしかない。ほんとに勘弁してほしい。
「……っ、とにかく!」
私はヒナ委員長をぐいっと押し返した。
「みんなで楽しみにしてた旅行なんだから! はい、深呼吸してください!」
言われるままにヒナ委員長は息を吸って吐いたけど、肩がまだ震えてる。全然落ち着いてない。むしろギリギリで耐えてる感じ。
そのとき──お姉ちゃんがキャリーを引きずり、無言でロビーを素通りしていった。スタッフさんに会釈だけして、誰とも目を合わせず。
「……私は部屋で待機してます。温泉、楽しんできてください」
突き放すような声。
「ちょ……! お姉ちゃん!!」
思わず叫んだけど、振り返りもしなかった。
残された私たち。空気が完全に終わった。どうしようこれ……
「なんだよカナのやつ……!」
「ええ……普段のカナさんとは違うように見えました」
イオリとチナツもお姉ちゃんに違和感を覚えている。
でも一番ショック受けてるのは──ヒナ委員長だった。
拳を握りしめて、唇が震えて……今にも崩れ落ちそうで。
ああもうほんと……今すぐにでも委員長を抱きしめてあげたい。
私はそっと腕に触れて言った。
「ヒナ委員長……気にしないでください。お姉ちゃんだって、ほんとはあんなこと言いたかったわけじゃ……」
「……違う」
か細い声。驚いて顔を見ると──ヒナ委員長は俯いたまま呟いた。
「カナの言ったことは……全部……正しい……」
「え……」
「私は……風紀委員長なのに。導かなきゃいけないのに。……自分の苛立ちを押さえられなくて……」
そこにいたのは、いつもの鋼みたいな風紀委員長じゃなくて……一人の女の子みたいでした。
「……とりあえず、温泉に入りましょう」
チナツが優しく提案し、イオリも腕を組んで「せっかくだし堪能して帰ろうぜ」って無理に明るく言う。
私も拳を握って、ヒナ委員長の手を取る。
「……委員長がそんな顔してたら、みんな余計しんどいですよ。だから、一旦忘れて一緒に温泉入りましょう」
「……うん」
小さく頷いたけど、瞳から光は抜けたまま。
あの強気で頼れるヒナ委員長の姿は、どこにもなかった。
浴場に入った瞬間、湯けむりがふわっと包んでくれる。
私は「見てくださいよ! 露天めっちゃ広いですよ!」って笑顔で声を上げたけど……ヒナ委員長はタオルを胸に抱きしめたまま、足取りが重かった。
「……独裁者……」
湯気の中に消えそうな声が、ヒナ委員長から零れる。
「ヒナ委員長はそんなんじゃありませんよ!!」
私は慌てて否定したけど……その声さえも、浴場の静けさに吸い込まれていった。
(……お姉ちゃん。なんで……どうして、あんなこと言っちゃったんですか……)
──────────
一方そのころ、カナは割り当てられた部屋の畳にキャリーを無造作に置いた。
玄関先で見せた赤い瞳の光はもう消え、表情は再び無気力なものへと戻っている。
だが──誰もいない静かな部屋に一人きりになると、途端に肩の力が抜ける。
「……場を乱す、ね」
ぽつりと呟いた言葉が、畳に落ちる。
それは確かに、ヒナがこれまで幾度となく自分に向けてきた評価だった。
軽口でごまかし、時に正論で突き放すことで平然を装ってきたが、その言葉は何度も胸の奥に突き刺さっていた。
「……分かってますよ。私がいるだけで、空気が悪くなるのなんて」
天井を仰いで吐き出した声は、ひどく乾いていた。
吐き捨てるように笑いながらも、その笑みにはかすかな震えが混じる。
「私だって……何も気にせずに……」
言葉を途切れさせると、カナはゆっくりと襟を開いた。
露わになった胸の中央、少し下──そこには大きく走る古傷があった。
雑に縫合されたようなその痕跡は、彼女の過去がどれほど苛烈だったかを雄弁に物語っている。
指先でその痕をなぞり、かすれた声を零した。
「……何も気にせずに、笑って温泉に浸かれたらよかったのに」
爪がうっすらと食い込むほど、古傷を押さえ込む。
それは痛みを確かめるようでもあり、同時に“自分がまだ生きている”ことを確かめる行為でもあった。
「……こんなものがある限り、私はどこまで行っても……異物……」
目を閉じると、胸の奥から込み上げてくるのは、仲間と共に笑いたいというささやかな願いと、その願いを拒むかのように「自分は場を乱す存在だ」という確信だった。
それらが胸の傷と重なり合い、じわじわと彼女を締めつけていく。
やがて小さな吐息を洩らし、カナはそのまま布団に倒れ込んだ。
天井をじっと見つめながらも、片手はまだ胸の古傷に添えられたままだ。
「……嫌な記憶ですね……」
低く呟き、カナは静かに瞳を閉じた。
部屋に残ったのは、障子越しに響く温泉の湯音と、カナの浅い呼吸だけだった。
ヒナ推しの人全員を敵に回しちゃった気がする、、、
今後はどんな話がみたい?
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ブルアカ本編のストーリーに介入
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ギャグ路線で暴走
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アコとカナの百合展開
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カナの空白の10年間