天雨カナという存在について   作:BRだんちょ 

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まあいいか

夕食を終えて部屋に戻ると、全員が浴衣姿のまま畳にごろりと寝転がっていた。

湯上がりの体に畳のひんやりした感触がじんわり広がって、思わず息が漏れる。

(あ~~~……このまま寝落ちしたら絶対気持ちいいやつ……)

 

私はチナツと並んで座って湯飲みを手に、他愛ない話をし、隣ではイオリが爪楊枝をくわえて天井を見上げている。

……いつも通りのクールぶりですが、口元がちょっと緩んでるあたり楽しんでるみたいですね。

 

部屋の隅では、ヒナ委員長が枕にもたれて腕を組み、まったりした声を漏らした。

 

「……やっぱり旅行っていいものね。たまにはこうして気を緩めるのも悪くないわ」

 

その言葉に部屋全体の空気がふわっと和らぐ。

 

「はぁ~……このまま寝落ちしたいですね……」

 

私はごろんと横になって畳に両手を広げた。布団じゃなくてももう幸せ。

 

──が、平和タイムは一瞬で終わった。

 

ヒナ委員長が突然、真剣な顔になって姿勢を正す。

 

「……これからは忙しくなるわね」

 

(ちょっ、せっかくいい雰囲気だったのに急に現実戻すのやめて!?)

 

「これから? 何かあるんですか?」

 

お姉ちゃんが素直に首をかしげる。

 

「あるわよ。というか山ほどね」

 

ヒナ委員長は天井を仰いで溜息まじりに言った。

 

「まず一つ目……“エデン条約”の締結」

 

「エデン条約? なんですかそれ」

 

お姉ちゃんが首を傾げる。そういえばお姉ちゃんは転校してきたから知らないんだっけ。

 

「──ああ、お姉ちゃんは知らないんでしたね。ゲヘナとトリニティは仲が悪いんです。だから『全面戦争にならないように仲良くしましょうね』って条約を結ぶんですよ」

 

「……仲良くしましょう、という条約」

 

繰り返したお姉ちゃんが、真剣に考え込んでからぽつり。

 

「それって、“仲良くすることを決めた”時点でもう仲が良いのでは?」

 

「甘いですよお姉ちゃん! 理屈で友情は育たないんです!」

 

私は勢いよく起き上がって力説する。まるで授業みたいに。

 

ヒナ委員長も冷静に補足を入れる。

 

「それに実際は、仲良くどころか相手を警戒し合ってるの。条約はあくまで建前よ」

 

「……なんか、人間の醜いところが垣間見える感じでいやですねそれ」

お姉ちゃんの素直な感想に、一瞬みんな黙る。……正直言い得て妙だから困る。

 

気まずさを切り替えるように、ヒナ委員長が次の話題を出す。

 

「……まあ現実はそんなものよ。──で、次が“晄輪大祭”」

 

「晄輪大祭……祭り?」

 

お姉ちゃんが小声でつぶやく。

 

私は気だるそうに起き直った。

 

「お祭りっていうより大運動会ですね。二年に一度で、今年はミレニアム開催です」

 

「おお……!」

 

お姉ちゃんの目がキラッキラになった。いやそこまで食いつく!?

 

「学園対抗リレーとか、団体競技とかですか!? 私、そういうイベント憧れてたんですよ!」

 

「お姉ちゃんがここまで食いつくなんて意外ですね……!」

 

私も思わず笑ってしまう。けどすぐに現実を思い出して冷静に。

 

「でも結構大変ですよ。前回のゲヘナとトリニティの綱引きとか……」

 

「……最終的に綱が千切れて両方吹っ飛んだけどね」

 

ヒナ委員長の補足に、場の空気がずーんと重くなった。はい、大運動会というより戦争ですね。

 

「私とヒナ委員長以外は、今年が初めてですね」

 

「そうですね。少し不安ですが……」

 

──で、次の瞬間。

 

「私はアコの体操服姿が見れればそれでいいです」

 

「セクハラですよそれ」

即答でぶった切った。

 

「えっ」

 

お姉ちゃんが本気で驚いた顔をする。……いや、なんで驚くの!?

 

「風紀委員会として見過ごせません。ていうか身内にいるってどうなんですか、これ」

 

私は即座に跳ね起き、頬をほんのり赤くしながら抗議した。……だってほんとに見過ごせないでしょ!?

 

「……まあまあ、そういうのも含めてお祭りってことよ」

ヒナ委員長が苦笑しつつ浴衣の袖を直す。いや、何をうまいことまとめてるんですか!

 

「──あ、あともう一つあったわね。万魔殿のパーティーの件」

 

ふと思い出したようにヒナ委員長がつぶやいた瞬間、空気が少しだけ緊張感を帯びた。

 

「……ああ〜、あのタヌキ張り切ってましたからね〜」

 

私は思わずため息混じりに返す。ほんと、あの人は余計なことばっかり……。

 

「今年はシャーレの先生がいるから、今までとはひと味違う、とか言ってたし」

 

そう口にすると、私の中でもうっすら警戒心が募る。あのタヌキが“ひと味違う”とか言い出すとロクなことにならない。

 

「私はピアノを演奏するようマコトに言われたから行くしかないけど……カナは別に参加する必要は無いわね」

 

ヒナ委員長がそう言ってお姉ちゃんに視線を向ける。……うん、普通なら当然の判断。普通なら。

 

──しかし。

 

お姉ちゃんは妙に困った顔をして、カバンをごそごそ漁り始めた。

 

「ん? カナ、それはなに?」

 

ヒナ委員長が怪訝そうに問いかけると──

 

「実は……その万魔殿のパーティーの件なんですが。私……開会のスピーチを担当してほしいと、万魔殿のマコトさんから直接頼まれまして」

 

そう言って、お姉ちゃんは封筒を取り出した。

 

──え?

 

「──……はあああああああ!?!?」

 

私たちの叫びが見事に揃った。

部屋の空気が爆ぜるようにひっくり返る。

 

「ちょっ、ちょっと待ちなさいカナ! あんたが……開会のスピーチ!?」

 

ヒナ委員長が叫び、枕がぽーんと宙を舞う。

 

私は反射的に湯飲みを落としそうになって、横のチナツが慌ててキャッチ。イオリに至っては、口にくわえてた爪楊枝をポキッと折ってた。いやほんと、全員の反応がシンクロしてる。

 

「はい。だから原稿を書いてきたんです。もし間違いがあったら、皆さんに訂正してもらいたくて」

 

真顔で言うお姉ちゃん。……いやいやいやいや。こういうときに真面目な顔するのが一番信用できないんですけど!?

 

「あのタヌキ……本当に誰に頼んだのか分かってるんですかね……開会式の顔ですよ? 最初の挨拶ですよ? それをお姉ちゃんに……?」

 

「ま、まあ……聞くだけならいいんじゃない……?私とアコはそういうの慣れてるし。アドバイスできるかも」

 

ヒナ委員長は苦笑しつつも無理やり肯定した。……もしかしたら奇跡的にまともかもしれないし。

 

「じゃあ、早速読みますね」

 

お姉ちゃんが真剣な顔で封筒から紙を取り出す。

 

その表情に、私たちは思わず息を飲んだ。

 

(……もしかして、本当にまともな内容なのでは……?)

 

そんな淡い期待が漂ったのは、ほんの一瞬だった。

 

次の瞬間──。

お姉ちゃんが口を開いたその“最初の一文”で、私たちの淡い期待は一瞬で木っ端みじんになった。

 

「──『本日は、()()()を賜り……あ、違いましたね。『ご臨席を賜り』でした」

 

「間違えますかそれ!?最初から不謹慎すぎるでしょ!!」

「お葬式じゃないのよ!?」

 

私とヒナ委員長の声が、見事にシンクロした。いやほんと、今のは全員ツッコまざるを得ない。

 

「すみません、ちょっと似てたので」

 

お姉ちゃんは真顔でさらっと言い訳。……この人、本気で似てると思ってる顔してる。

 

「どこがだよ……」

 

イオリが低く唸って頭を抱える。開始5秒でこれとか、もう嫌な予感しかしない。

 

「──『えー、本日はご臨席を賜り誠にありがとうございます』」

お姉ちゃんは仕切り直すように咳払いして、今度は堂々と読み始める。

 

「『本日のパーティーは、私たちゲヘナの生徒の新たな交流の場であり、また、平素よりお世話になっている関係各位への感謝を伝える機会でもあります』」

 

……お? 意外とまともじゃない?

思わず全員が一瞬だけ息を呑む。

 

だが次の瞬間──。

 

「『今宵のパーティー、皆様にとって()()……後悔のない夜になりますよう──』」

 

「ちょっと待て!」

「今完全に“股間”って言いましたよね!?!?」

 

私とヒナ委員長は反射的に立ち上がって全力でツッコんだ。だって完全に聞こえたんだもん!

 

「“後悔”って書いてるつもりなんですけど、どうも“こうかい”って音が空耳になるんです。ほら、“こかん”と似てるから」

 

「似てない!! いや似せないで!? 下ネタ禁止!!」

 

私が必死に叫ぶと、お姉ちゃんは素直にうなずき、再び原稿に目を落とした。

 

「──『さて、ゲヘナ学園における伝統ある催し──つまり、偉い人が偉そうにしているだけの時間が今年も無事にやってきたわけですが──』」

 

「やめてください!! それ全部オフレコ!!」

 

思わず悲鳴みたいなツッコミが飛び出す。

 

横でヒナ委員長は顔を覆い、イオリは肩を震わせ、チナツは気まずそうに視線を逸らしていた。

 

でもお姉ちゃんは動じない。本気で“このまま進める”つもりらしい。

 

「『──とはいえ、私たち生徒にとって、こうした場は人と人との縁を繋ぐ貴重な機会です。意見を交わし、思いを分かち合い、時に口論しながらも、最終的には「まあいいか」で済ませるような大人な態度を身につける──そんな成長の一端を担う場でもあります』」

 

……ん? 急にまともになった?

場の空気が一瞬だけ落ち着く。

 

「──『本日お集まりの皆様一人ひとりが、笑顔でこの場を楽しみ、明日への活力を得られるよう願ってやみません』」

 

「順調ですね。その調子です」

 

チナツが微笑んで、私もほっと胸を撫で下ろす。

 

……が、やっぱり油断は禁物だった。

 

「──『末筆ながら、皆さまのご健康とご発展、そしてヒナさんの恋愛成就を心より──』」

 

「なんで私だけ名指しなのよ!?!? 恋愛関係ないでしょ!!」

 

ヒナ委員長が半ば立ち上がりかける勢いで叫んだ。

 

でもお姉ちゃんは聞く耳を持たず、涼しい顔でページをめくる。……あの澄み切った目が余計に腹立つ。

 

「──『以上のことを踏まえ、本パーティーは私たち全員が一丸となり、未来に向かって歩む第一歩となることを……』」

 

「……あ、締めに入った?」

 

私は半信半疑で小声を漏らす。やっと終わりそうな空気に、みんなが小さく息を吐いた、その時。

 

「──『……そしてここからが本題です』」

 

お姉ちゃんが大きく息を吸った瞬間──全員の背筋に同じ悪寒が走った。

 

(……あ、これ絶対ヤバいやつだ)

 

「『私は、今夜ここにいる皆さまに問いたい。焼きそばはソース派か塩派か。唐揚げにはレモンをかけるか否か──』」

 

……は?

お姉ちゃんの口から出た瞬間、私の思考が一瞬止まった。

 

「いきなり何の話!? 食堂のアンケートじゃないんだから!!」

 

慌てて叫ぶと、隣でヒナ委員長も頭を抱えている。

 

「──『さらに、本日よりゲヘナ学園は“勝手に世界平和委員会”を発足します』」

 

「いやどんな委員会ですか!? 勝手に立ち上げないでください!!」

 

私の声が裏返った。イオリはもう肩を震わせて笑ってるし、チナツは必死に口を押さえている。

 

「──『皆さん、グラスを掲げて心の中で“まあいいか”と唱えてください。それが合言葉です。まあいいか──』」

 

「なんか宗教っぽくなってきた!?」

 

ついにイオリが爆笑し出して座布団を叩きまくる。チナツまで吹き出しそうで危なっかしい。

一方でヒナ委員長は顔を真っ赤にして頭を抱え込み、もう限界寸前。

 

「──『そして最後に、我らが風紀委員長ヒナさんに、恋愛成就のお祈りを──』」

 

「まだ言うの!? 私を巻き込むなって言ってるでしょ!!」

 

「──『それでは皆さま、ご唱和ください。“まあいいか”』」

 

「まあいいか、じゃないわよ!!!」

 

ヒナ委員長の魂の絶叫。温泉宿の夜に響き渡るその声は、たぶん廊下にまで届いてた。

 

私はもう頭を抱えながらお姉ちゃんを凝視。イオリは笑い転げ、チナツは必死にお茶をこぼさないよう耐えてる。

そしてヒナ委員長は握りしめた枕を抱いたまま床に崩れ落ち、力なく天井を仰いでいた。

 

「どこが“本題”よ! 焼きそばから宗教スローガンまで! なんで私の恋愛まで祈られなきゃいけないのよッ!!」

 

ヒナ委員長の怒声に、私は思わず肩をすくめた。

 

「でも“まあいいか”って便利な言葉ですよ。私は好きです」

 

お姉ちゃんは至って真剣。……いや、それフォローになってないから。

 

ヒナ委員長が原稿を奪おうと身を乗り出すも、お姉ちゃんはひらりとかわし、原稿を封筒に丁寧に戻してしまう。扱いが重要書類並み。

 

「……もういい。カナ、それをそのまま読むのは絶対やめなさい。命令よ。風紀委員長命令。いいわね?」

 

「えー……クライマックスだったのに」

 

お姉ちゃんがしょんぼりした声を出す。いや、あそこがクライマックスとか意味分かんないから。

 

「スピーチの締めが“まあいいか”の合唱って何なんですか!?」

 

私が即ツッコミを入れると、お姉ちゃんは「語感はいいのに」と小首をかしげた。いや、問題はそこじゃないです。

 

結局ヒナ委員長に押し切られて、原稿はボツに決定。お姉ちゃんは不満げに湯飲みをすすりながら、唇を尖らせていた。

 

その後、ヒナ委員長が改めて口を引き締めて言った。

 

「エデン条約、万魔殿パーティー、そして晄輪大祭……これから忙しくなるわよ」

 

現実を突きつけられて、部屋の空気が少し引き締まる。けれど──やっぱり笑いは消えなかった。

 

誰かがふざけ、誰かが全力でツッコむ。

それで笑いが生まれる。

その繰り返しが、私たちの日常なんだと思う。

 

私は小さく伸びをして天井を仰いだ。

 

「まあ……やること多いですけど。こうして笑ってられるなら、なんとかなる気がします」

 

お姉ちゃんが湯飲みを置き、真顔で言った。

 

「“まあいいか”って言った方が負けですよ」

 

「そのワード禁止ですから!!」

 

即座に枕を投げつけると、「えー」と拗ねる声が返ってきた。

 

外では夜風が宿の軒先を撫で、虫の声が静かに響く。

明日からも忙しい日々が待ってる。でも今この瞬間だけは──笑いと安らぎに包まれて。

 

そして心の奥で、ほんの少しだけ「まあいいか」と微笑んでいた。

 

 

今後はどんな話がみたい?

  • ブルアカ本編のストーリーに介入
  • ギャグ路線で暴走
  • アコとカナの百合展開
  • カナの空白の10年間
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