「それじゃ、おやすみなさい。明日は8時に起きるわよ」
「はい!おやすみなさい委員長!」
「おやすみー」
部屋の明かりが落ち、障子の外に虫の声が響く。並べられた布団の上で、みんなが静かに寝息を立て始めた。
(……ふふ、こんなにゆっくり眠れるのなんていつぶりかしら。今は0時過ぎくらいだから……7時間以上寝れる!はぁ……幸せ……)
布団のぬくもりが心地よくて、じんわりと体の力が抜けていく。
目を閉じれば、あっという間に夢の世界へ──
「ねえ……」
(……ん?)
「ねえってば……」
(…………気のせいか)
「あれ?寝ちゃった?」
(…………)
「ほんとに寝ちゃった??」
「うるさいわね!」
思わず声が出てしまった。
目を開けると、隣の布団でカナがじっとこちらを見ている。
「……今好きな人とかいるんですか?」
「修学旅行か!!!」
反射的にツッコミをしてしまった。眠気も一瞬で吹き飛ぶ。
「でも一応旅行ですから」
真顔で返すカナに、私は頭を抱えそうになった。
「全く……!そんな話をしたらみんな起きちゃうでしょ。ほら、アコとか……」
「「「zzz……」」」
(カナ以外全員寝てる……!!!)
「……で、誰ですか?」
「誰もいないわよ!」
「ふふ……その即答、逆に怪しいです」
「怪しくないわよ!!」
私は小声で怒鳴った。寝ているみんなを起こさないように必死に声を抑えているのに、心臓の音ばかりが大きくなる。
「もしかして先生ですか?」
「っ……!」
一瞬、反応が遅れた。なんで今日に限って勘が鋭いのよ!
「なるほど。図星ですね」
「違う!!」
「大丈夫です、私は誰にも言いません。ひとつアドバイスをするなら先生はラッキースケベに弱いってことです。つまり……ヒナさんにも勝機が──」
「だから違うって言ってるでしょ!いいから早く寝なさいよ!」
声を抑えたつもりだったけど、怒気が混ざってしまった。
「というか、カナは先生のことが嫌いなんでしょ?」
「まあ……前はそこまで好きではありませんでしたけど、前に会った時に色々あって……まあ普通です」
「本当?先生に何かしてるって事は無いのね?」
「はい。やったことといえばシャーレにあるトイレットペーパーを全て紙やすりにしたくらいです」
「やりすぎでしょ。拭いただけで血だらけになるわ」
すると、カナはどこか間を置いてからぽつりと口を開いた。
「……すみません」
「え?」
「こういうの……ちょっと憧れだったんです。旅行の夜に、誰かと小声でトークをするの」
カナは布団の端を握りしめ、視線を天井に向けている。
いつもの挑発的な目じゃなく、少しだけ年相応の顔に見えた。
「……誰かとこういうこと……したことなかったの?」
「はい。私は今までずっと一人で、友達も全然いなくて……小学校とか中学校とかまともに通ったことないんです。だから、普通の学生っぽいことって、すごく興味があるんです」
「……!」
その言葉に、私は少しだけ言葉を失った。
(そういえば……カナのこと、私は何も知らない)
思い返してみれば、いつもはアコが間に入っているし、風紀委員会内でもからかいと口喧嘩ばかり。
まじまじと“カナの本音”なんて、聞いたことがなかった。というか小学校と中学校って義務教育よね?不登校だったのかしら……?
「……ふうん。カナでも、そういう普通の憧れがあるのね」
「変ですか?」
「別に。ちょっと意外なだけ」
そういえばさっきも学園対抗リレーとか、団体競技とかに憧れてたって言ってたっけ。
「ヒナさんはどうですか。憧れてたこととか」
「私? そうね……」
私は少し考えてから、答えた。
「……夜更かしとか、おしゃべりとか、禁止されてることをちょっと破るのに憧れてたわ」
「なるほど。真面目そうに見えて、案外やんちゃなんですね」
「うるさい」
思わず笑ってしまった。
……なんだろう。さっきまでカナのことを“変な子”としか思ってなかったのに、少しだけ距離が縮まったような気がした。
カナは布団に顔を少し埋めながら、かすかに笑った。
「……いいですね。ヒナさんのそういう一面、ちょっと好きです」
「なっ……!」
不意打ちみたいに言われて、胸の奥が一瞬きゅっと掴まれた。
(な、何言ってるのよ急に……!)
「……あのね、軽々しくそういうこと言わないの」
「すみません。でも本心です」
目を逸らしながらも、どこか真っ直ぐな声だった。
私は枕をぎゅっと抱きしめ、余計に熱くなった顔を隠すしかなかった。
「……もう、いいから寝なさい」
「はい。おやすみなさい、ヒナさん」
虫の声がまた耳に戻ってくる。
さっきまでの苛立ちが少しだけ溶けて、まぶたが重くなる。
(……ほんと、変な子。でも……)
胸の奥に、小さな温もりが残っていた。
「おやすみ……カナ」
──こうして、あっという間に朝が来た。
チュン チュン
「……ん」
窓から差し込む光に目を細める。旅館の朝特有のすがすがしい空気が漂っていて、畳の匂いが心地いい。
「ふぁぁ……」
伸びをして、軽く背中を鳴らす。
(……あぁ、よく眠れた……昨夜は結局カナに振り回されたけど……)
布団の上に手を置いたまま、ぼんやりと隣を見る。
カナはまだ眠っているようで、すぅすぅと小さな寝息を立てていた。
昨日のあの言葉を思い出してしまい、胸の奥がじんわりと熱くなる。
(……ほんと、変な子。でも……やっぱりちょっと、可愛いところあるのよね)
思わず口元が緩んでしまう。
「……」プニ
(意外とカナのほっぺってモチモチなのよね……)
指先に伝わる感触に、思わずもう一度押してみる。
プニプニ
「……ふふ。黙ってれば本当にかわ──」
「ヒナさん?何してるんですか?」
「へっ!?」
あまりに自然に返事をされたせいで、心臓が喉から飛び出しそうになった。
慌てて手を引っ込める。
「カナ!?いつから起きて……!?」
「ヒナさんが『……ほんと、変な子。でも……やっぱりちょっと、可愛いところあるのよね』って考えてたとこからです」
「それ私の心の声なんだけど!?」
「ええ、ちゃんと聞こえましたよ。心の声が」
「聞こえるわけないでしょ!!」
思わず布団を叩いて声を荒げてしまう。
カナは涼しい顔をしながら、私の慌てぶりをじっと観察していた。
「……なるほど。ヒナさんは、そんなに私に触りたいんですね」
「はぁっ!? な、何を言ってるのよ急に!」
「ほっぺたをぷにぷにするくらいなら……ハグの方が一番自然です」
「は? ちょ、ちょっと待ちなさ──」
言い終わる前に、カナの両腕が私の身体を包み込んだ。
温もりが一気に押し寄せてきて、背中が布団に沈む。
「まって……!ほんとに……!」
気づけば、仰向けの私を押さえ込むようにカナが覆いかぶさっていた。
距離が近すぎて、カナの髪が頬に触れてくすぐったい。
(いきなりこんな……ってか力強!?私でも解けない!?)
腕を突っ張って抵抗しようとするけど、カナの腕は想像以上にしっかりしていてびくともしない。
むしろ抱きすくめられるたびに体温が直に伝わってきて、心臓が耳の奥でドクドク鳴り響いた。
「ふふ……ヒナさんってやっぱり体温が高いんですね」
耳元でそんなことを囁かれて、全身が一気に熱を帯びた。
抵抗しようと突っ張った腕は、力が入っているのに空回りしているようで──逆にカナの体温を余計に意識させてしまう。
(ち、近い……っ! 髪が触れてる……匂いまで……!)
ふわりと甘いシャンプーの香りが鼻をかすめ、思わず喉が鳴りそうになる。
カナは本当に無邪気な顔で、でも距離はあまりに近すぎて。
(だ、だめ……! こんなの近すぎて……心臓が……っ頭が爆発する!!)
まともに言葉すら出せない。
腕を突っ張っても押し返せないし、むしろカナの体温がじんわり伝わってきて――逃げられない。
「……やっぱりいい匂いします。落ち着く」
「なっ、や……やめなさいってば……!」
自分の声が裏返るのが恥ずかしすぎて、余計に顔が真っ赤になる。
本当に爆発するんじゃないかってくらい、熱がこみあげてきて。
その時だった。
「なに……やってるんです……?」
「「あ……」」
布団の山の向こうから、半分寝ぼけていたはずのアコが、いつの間にか上体を起こしてこちらを見ていた。
「えっ、ち、違うのよ!!これはその……!」
言い訳しようとしたけど、状況があまりにも最悪だった。
私は仰向けで押さえ込まれ、カナはしっかり抱きついたまま──どう見ても“そういう現場”にしか見えない。
「あの……お二人って……もしかしてそういう仲……って感じですか?」
「ち、違うわよ!!!」
反射的に叫んでしまったせいで、隣の布団のチナツとイオリが寝返りを打つ。
危うく全員を起こすところだった。私は慌てて声を押し殺し、顔を真っ赤にしたままアコを見る。
「そ、そういう仲とかじゃないの!これは……その……事故っていうか……!」
「……どう見ても事故じゃないですけど」
アコは冷静に、まるで日直の報告でもしているみたいな口調で私たちを見下ろしている。
一方のカナはというと、全く動じずに私を抱きしめたまま、真顔で口を開いた。
「……そういう仲でもいいですけどね」
「はああああ!?!?」
布団がびくっと震えるほど声が裏返った。
アコはしばらく無言で私とカナを交互に見ていた。
その瞳がじわじわ細まっていくのを見て、背筋に冷たい汗が流れる。
(や、やばい……完全に誤解してる……!)
「アコ、その……違うのよ。本当に!」
必死に言葉を探していると、カナがあっさり口を開いた。
「そうですね。仲がいい風に見えただけですよ」
「「……え?」」
私もアコも同時に声を出してしまった。
カナは首を傾げながら続ける。
「ヒナさんが可愛いのは間違いありませんが……深い意味はありません。単なるスキンシップです」
「す、スキンシップってあんた……!」
「スキンシップ……でしたか……」
私は顔を覆いたくなったけれど、アコの表情が少しずつ和らいでいくのを見て、胸をなで下ろした。
「……ほんとに、それだけなんですか」
「ええ、もちろんです」
カナはまったく悪びれず、むしろ澄ました顔で頷いた。
アコはしばらく考え込んでいたけれど、やがて小さく息を吐いた。
「なら大丈夫です。はぁ……良かった。お姉ちゃんとヒナ委員長がそういう関係だったら即刻自害するとこでした」
((今の返答にアコの命がかかってたの………?))
背中にじわりと汗が滲む。私は思わずカナの腕を叩いて距離を取ろうとしたけれど、当の本人はまったく気にした様子もなく、すっきりした顔で布団を整え始めた。
「……じゃあ、誤解は解けましたし。そろそろ荷物をまとめましょうか」
「へ? もう?」
思わず間の抜けた声が出る。アコもきょとんとした顔で瞬きをした。
「だって、もうすぐ朝ごはんですよ。支度をしないと遅れます」
「……」
(いや、なんでそんな急に日常モードに戻れるのよ……!)
さっきまで布団の上で押さえ込んでた張本人とは思えない切り替えの速さに、私とアコは呆然としてしまう。
「……そ、それもそうね。ほら、アコも髪の毛ぼさぼさよ」
「……あ、はい」
アコはまだ疑わしげな目をしていたけど、素直に頷いて洗面道具を手に取った。
……どうやら本気で誤解は解けたらしい。
「ふぁぁ……」
そのタイミングでチナツとイオリも同時に寝返りを打ち、大きなあくびを漏らす。どうやら起きる時間になったみたい。
「……よし、それじゃあみんな。さっさと身支度を済ませて朝ごはんに向かうわよ」
私は努めて冷静に声を出す。
(……本当に、もう。昨日の夜から今日の朝にかけて、どれだけ心臓に悪いこと続けてくれるのよ)
顔を洗い、シャキッとした顔で着替える。
(うん……私、大切なことを忘れていたみたい。カナやアコとのどうでもいい会話より、私にとって……というか人として大切な……忘れてはいけない単純なことを……なんで鞄に入ってないんだろう)
──下着忘れた。
次回──
「世界一のエロイストでなければ 恋の一点は奪えない」
今後はどんな話がみたい?
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ブルアカ本編のストーリーに介入
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ギャグ路線で暴走
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アコとカナの百合展開
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カナの空白の10年間