天雨カナという存在について   作:BRだんちょ 

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世界一のエロイストでなければ 恋の一点は奪えない

「……一旦、状況を整理しよう」

 

ヒナは自分に言い聞かせるように呟いた。

脳内で静かに並べる事実と記憶。昨日、出発前に確かに——確かにバッグに入れた“はず”だった。

 

「……どこよ、これ」

 

スーツケースの中身を全部引っくり返しても見当たらない。洗面所、布団の下、備え付けの棚の中まで覗いた。なのに、ない。どこにもない。

 

「うそでしょ……?」

 

乾いた声が漏れる。

背中を一筋、冷たい汗が這い下りる。

 

唯一あるのは、昨日履いたやつ。だが、二日連続というのは……精神的に厳しい。そして、よりによって持ってきた私服は全てミニスカート。守るものがない。

 

「……まずい。非常にまずい……」

 

ヒナは深いため息をついた。もはや苦笑しか出ない。

 

窓を開ければ、朝の光がやけに爽やかに差し込んできた。鳥のさえずりさえ、皮肉のように心に刺さる。

 

(落ち着け……誰にもバレなきゃいい。今日は笑顔で押し通すのよ。笑顔……完璧な笑顔……!)

 

口角を無理やり引き上げる。自信のない笑顔は、どこか引きつっていたかもしれない。

 

その瞬間——

 

「どうしたんですかヒナさん。モジモジして」

 

背後から軽やかな声が飛び込んできた。

 

ヒナの動きがぴたりと止まる。

背筋がこわばり、呼吸が一瞬止まった。

 

(……出たわねカナ)

 

ゆっくりと振り返る。営業用の笑顔を全力で貼り付けながら、震える声で答えた。

 

「べ、別に? なんでもないわよ?」

 

「そうですか? でも歩幅が、いつもより五センチ狭い気がします」

 

「……は?」

 

「まるで下着を履くのを忘れた人みたいですね」

 

その一言で、ヒナの目が一気に据わる。

ぎしっと音がしそうなほど奥歯を噛みしめた。

 

(なんで今日に限って観察眼が軍用レーダー並みなのよ!?)

 

「変じゃないって言ってるでしょ!!」

 

「ふふ、やっぱり変ですね」

 

カナは口元を押さえて笑っている。余裕の表情が癪に障る。

 

「……このバカ……!」

 

ヒナは拳を握りしめ、ゆっくりと深呼吸した。

ここで手を出しては負けだ。暴力はダメ、絶対ダメ。

 

(殺したらダメよ……証拠が残る。ここは話題を変えて、カナの注意を逸らす……!)

 

「ね、ねえカナ。あの置物かわいくない? なんかこう、レトロな……」

 

「あれですか? それより歩くたびにスカートの裾を押さえてるのはどうしてです?」

 

「……ッッ!!」

 

(どうしよう……記憶なくすくらい殴ればいいのかな)

 

ギリギリと歯ぎしりが漏れそうなヒナの耳元に、別の声がひょっこり入り込んだ。

 

「……二人って、昨日からなんか仲いいですよね。距離が近いっていうか」

 

アコだった。小首を傾げながら、無垢な顔で不思議そうに問いかけてくる。

 

「そ、そんなことないわよ!」

 

ヒナは勢いよく否定する。だがその様子が、かえって図星のように見える。

 

「おや? アコは嫉妬してるんですか。可愛いですね〜! お姉ちゃんはどこにも行きませんよ〜」

 

「五回くらい戦車に轢かれればいいのに」

 

アコはプイっとそっぽを向きながら、ぷくっと頬を膨らませた。

 

「アコのツンデレは火力高いですね〜」

 

ヒナは頭を抱えるように天を仰いだ。

朝からすでに気力を使い果たした気分だった。

 

(ああもう……面倒くさい……)

 

「なあ、朝食行かないのか?」

 

イオリの声が響き、場の空気がようやく変わる。まるで救世主のように思えた。

 

「行きます! アコの視線が怖いので今日はイオリさんの隣で食べます!」

 

「え〜カナの隣か〜」

 

「えーってなんですか!」

 

むくれるカナの姿を見て、イオリがふっと笑った。

 

「はいはい、冗談だって」

 

ヒナはその光景を見つめながら、小さくため息を漏らした。

 

(……平和なのか、カオスなのか分からないわね)

 

 

朝食の席にて。

 

焼き魚の香ばしい匂いと、湯気の立つ味噌汁の香りが食欲をそそる。テーブルには和やかな空気が流れ、皆が楽しそうに談笑していた。

 

——ただし、ヒナを除いては。

 

ヒナは背筋をピンと伸ばし、椅子に座っていた。

右手はスカートの裾に軽く添えられている。完全にガード体制だ。

 

「……頼む、何事も起きないで……」

 

祈るように小声でつぶやいた瞬間。

 

「ヒナさん、魚の骨とってあげましょうか?」

 

「だ、大丈夫!! 自分でできる!」

 

思わず声を上ずらせながら拒否すると、カナはにこりと笑う。

 

「でも今日は手元が震えてるみたいですよ。あ、箸が逆ですね」

 

「うそ!?」

 

慌てて自分の手元を見下ろせば、箸の太い方で魚を突いていた。

 

「や、やば……」

 

声が漏れるほどの焦り。視線を感じて顔を上げれば、カナが真顔で囁く。

 

「やっぱり疲れてるんですよ。昨夜“パンツパンツ……”って寝言言ってましたし」

 

「絶対言ってないから!!!」

 

「冗談ですよ……w」

 

にこにこ顔で笑われ、ヒナは机を叩きそうになるのを必死に堪えた。

 

「分かってるわ! 改めて言わなくていいわよ!」

 

そのとき、アコが手を叩いた。

 

「そういえば帰り、まだ時間ありますよね。どこか寄っていきませんか? 裏の通り、お土産屋が並んでるそうです」

 

「それいいですね!」

 

「せっかくだし、思い出に何か買って帰りましょう」

 

一気に浮き立つ空気。みんながワクワクしている様子が伝わってくる。

 

……だが、ヒナの表情だけは硬いままだった。

 

(……いや、話がまとまってく流れじゃないのよ……)

 

「ね、ヒナさんも行きましょう。お腹に優しいものとか、売ってるかもしれませんし」

 

「……どういう意味よ」

 

「なんとなく、お腹のあたりを気にされてたので」

 

「ちがうわよッ!!」

 

朝からヒナの神経は限界寸前だった。

 

──────────

 

お土産通り。

通りの両側には、観光地特有の雑多な店が並び、観光客の喧騒が緩やかに響いていた。

 

饅頭、温泉卵、漬物、Tシャツ、謎のご当地キャラのストラップ。

 

(はい。これ買ってすぐ帰る。帰りのコンビニで下着を調達できるまで耐えるのよ……!)

 

ヒナは心の中で強く念じながら、目に入った一番無難なストラップを手に取り、レジへ向かおうとした。まるで爆弾処理班のような真剣な面持ちで。

 

だが——その時。

 

「あれ? みんな何してるの?」

 

「ふぇっ!??」

 

突然の声に、ヒナの肩が跳ね上がった。聞き慣れたその声は、背中から容赦なく突き刺さってくる。

 

恐る恐る振り返れば、そこには紙袋を下げた先生がにこやかに立っていた。

 

「ヒナも来てたんだ。奇遇だね」

 

(奇遇じゃないわよッ!!なんで今このタイミングで!!)

 

ヒナは声にならない悲鳴を上げつつ、引きつった笑顔でなんとか応じる。

 

「せ、先生……こんにちは……その……」

 

頭の中では警報が鳴り響いていた。

 

(悟られるな……!笑顔を保て……視線をそらせ……今必要なのは冷静さと、そして何より距離……!)

 

必死に表情を作り直しながら、彼女は無意識のうちにスカートの裾を押さえていた。だが、先生は特に気にした様子もなく、袋の中身を嬉しそうに見せてくる。

 

「温泉饅頭、安かったからみんなの分も買っておいたよ。後で渡すね」

 

「あ、ありがとう……!先生……!」

 

ヒナは過剰なほど深くお辞儀をした。

その勢いでスカートの裾が一瞬浮きそうになり、慌ててさらに押さえ込む。

 

先生が少しだけ首を傾げた。

 

「……どうしたの? ヒナ、顔赤くない?」

 

「ううん!! なんでもない! 気にしないで!」

 

顔を真っ赤に染めながら、必死で取り繕うヒナ。

だがその一部始終を、黙って見ている者がいた。

 

カナだった。

 

目を細め、口元に笑みを浮かべず、いつになく真剣な眼差しで。

 

(……おかしい。ヒナさんの潜在能力(ポテンシャル)では、今までどれだけ努力しても“子供っぽい色気”が限界だったはず。せいぜいアコを魅了できる程度の“プチエロ”だった)

 

観察を続けながら、カナの脳内に過去のデータが走る。

 

(だが……今のはどうだ?)

 

裾を押さえる動き。赤らめた頬。反らす視線と、かすかに震える声。

そして——さりげなく足を組み替えた、その瞬間。

 

(あれは偶然じゃない。無意識の戦術……自然を装った戦略的アピール)

 

カナの中で、青いパズルピースが音を立てて回転を始める。

目に見えぬ数式が次々と脳内に浮かび上がった。

 

《羞恥心:97%》《防御率:43%》《先生との距離:1.4m》《裾押さえ係数:1.3倍増》

 

(これは……覚醒の兆候……!)

 

(ヒナさんは今、“羞恥”という制限下でなお、異性に対して最大限の“魅せ方”を発揮している……まさに——)

 

色欲主義者(エロイスト)としての覚醒ッ!!)

 

理性と理論の結晶たるカナの脳内が、突如“のMF(ミッドフィルダー)”モードへと切り替わった。

 

(この覚醒を完全なものとするには……!)

 

パスだ。

理解者からの決定的なパスが必要だ。

 

ならば、自分が——

 

カナは一歩前へ出て、爆弾を投下した。

 

「先生。今ヒナさんのこと、ちょっと可愛いって思いませんでしたか?」

 

通りの空気が一瞬で凍りつく。時間が止まったかのような静寂が走った。

 

「……え?」

 

先生が素で固まり、ヒナの瞳孔が全開になる。

 

「はああああああああ!?」

 

まるで天変地異でも起きたかのような声を上げ、ヒナは顔を真っ赤に染めた。

 

だがカナは満面の笑みで続ける。

 

「いやあ、最近のヒナさん、ちょっと仕草が女の子らしいというか、視線を引きつけるというか……ね?」

 

「ちょっ、ちょっと、なにを勝手に!!」

 

「いや、私的にはすごく良いと思いますよ? 可愛いですし。ね、先生?」

 

先生は目を泳がせながら、しどろもどろに返す。

 

「えっ、あ、うん……その……まあ、あの、可愛いというか……元気でいいなって……」

 

その言葉が終わる前に——

 

「も゛う゛う゛う゛う゛う゛!!!!!!」

 

ヒナは両手を握りしめ、顔面から湯気を立てながら地団駄を踏んだ。

 

「ちょっとカナ!!!アンタ何言わせてんのよ先生に!!!!!」

 

「え? 違いますよ? 私はただ事実を整理して共有しただけです」

 

「余計なことすんなあああ!!!!」

 

一通り叫び終えたヒナをよそに、カナはさらなる爆撃を準備していた。

 

ゆっくりと顔を上げ、海の方を指差す。

 

「先生、せっかくなので、浜辺に行きませんか? 風も気持ちよさそうですし」

 

「ああ、いいねえ。気分転換にもなるし」

 

「えっ、海?」

 

ヒナがピクリと反応する。

 

(……ちょっと待って、海って……今、風……強くなかったっけ!?)

 

「ちょ、ちょっと待って……風強くてスカートが——」

 

「スカート、ですか? あら……何か不都合が?」

 

ニコッと笑ったカナの表情には、確信犯の気配がありありと見えた。

 

「……っ」

 

(こいつ、まさか——!)

 

「先生〜、ヒナさんも一緒に海に行きたがってましたよ。ね?」

 

「えっ、ほんと?じゃあ、みんなで行こう!」

 

(あああああああああ!!!!!)

 

——そして海。

 

浜辺では強風が吹き荒れていた。

ヒナは両手でスカートの裾を押さえながら、膝を折るような中腰で波打ち際を歩いていた。顔は真っ赤、肩は上がり、視線はどこにも定まらない。

 

(カナ……殺す……!!)

 

ヒナの頭の中では、カナへの制裁方法が一秒間に数百通りの速度で生成されていた。

焼却、粛清、氷漬け、落とし穴に放置、風紀委員的拘束命令、合法ギリギリの物理攻撃——

 

選択肢が多すぎて、逆に迷う。

 

「うわ〜風つよ〜い! 潮風で髪がバサバサですね〜!」

 

カナは両腕を広げて海風を受けながら、まるで爽やか主人公のような笑顔を浮かべていた。

 

(こいつだけは……!)

 

ヒナはその姿を睨みつける。

まるで『風が味方』かのように振る舞うその姿が、今この瞬間だけは世界で一番腹立たしい。

 

「……カナ。あんたねぇ……」

 

「はい?」

 

無垢な笑顔で振り返るカナ。

だがヒナは知っている。この表情こそが一番危険なやつだ。

 

「……あんたって、本当……どうしようもないバカよね」

 

「ありがとうございます!!」

 

「褒めてないわよ!!」

 

──その瞬間だった。

 

ヒナの髪をなびかせる潮風が、突然荒れ狂ったように吹き抜けた。

一瞬、空気がうねるような音がして——

 

「っ!?」

 

ヒナの身体がピクリと反応する。

スカートの裾がふわりと浮き上がり、春の花びらのように風に舞おうとしていた。

 

ヒナの瞳が、まるでスローモーションの映像のように大きく見開かれる。

 

(──終わった……!)

 

反射的に両手を伸ばす。

だが、強すぎる潮風は彼女の抵抗など意にも介さず、無情にも布地をはためかせる。

この瞬間、彼女の中で人生の走馬灯が走りかけていた——そのとき。

 

「委員長っ!」

 

鋭い声とともに、ふわりと舞ったスカートがぴたりと押さえつけられた。

 

一瞬、時が止まったように感じられた。

ヒナがゆっくりと視線を落とすと、そこにはスカートを押さえてくれる優しい手。

その手の持ち主は、風に髪をなびかせながらも柔らかく微笑む少女だった。

 

「風、強いですもんね。大丈夫ですか、委員長?」

 

その少女——アコは、まるで映画のワンシーンのようにヒナを見つめていた。

 

「……あ……アコ……ありがと……」

 

ヒナの声はかすかに震えていた。

安堵、羞恥、感謝、そのすべてが混ざり合い、胸がいっぱいになる。

 

(やだ今のアコ……イケメン。今までで一番感謝したかもしれないわ……!)

 

ヒナは胸の前でぎゅっと拳を握り、心の底からアコへの感謝を噛みしめた。

 

──が、その一方で。

 

「……チッ」

 

明確な舌打ちが、すぐ隣から聞こえた。

 

ヒナが視線を向けると、海に向かって爽やかスマイルを浮かべていたはずのカナが、明らかに【邪魔しやがって】という顔でこちらを見ていた。

 

風に揺れる前髪の奥から覗く目は、まさに“殺意”の二文字。

その顔は何かを押し殺すようにひきつり、口角だけが微妙に震えている。

 

(なんであんたはそんな悔しそうな顔をしてるのよ!!!)

 

ヒナは心の中で思い切りツッコむ。

しかしそれを表に出さず、アコの背中にそっと目をやる。

 

(もう、今日は……アコしか勝たん)

 

海風に揺れるアコの髪、その背中はどこまでも頼もしく、美しかった。

 

──一方その頃、砂浜に立ち尽くすカナの脳内では。

 

《パズル再構築中》

《エロステージ攻略失敗》

《対象:アコ 妨害スキル発動確認》

 

警告音のようなデータログが高速で並び、カナは静かに拳を握りしめていた。

 

(……チィ……余計なことを……!)

 

ヒナの“エロイスト覚醒”が、またしても一歩後退したことを認識し、カナの中でエロ戦略プランαが崩壊した。

 

───と、その時だった。

 

「お腹すいてきたなあ。みんなも一緒にお昼どう?」

 

先生の何気ない一言が、重く張りつめた空気を一気に緩ませた。

 

「いいですね!!」

 

「じゃあ、この近くで……お蕎麦とか? さっぱり系がいいかな?」

 

先生が周囲を見渡す。その一言に、みんなの視線が集まる。

 

しかし——

 

「えっと……私は……」

 

ヒナは口ごもっていた。

口角がひきつり、目線は落ち着かず泳いでいる。

 

(無理……今この状況で外食とか……絶対また風でスカートめくれる……!)

 

恐怖が、ヒナの背筋を駆け抜ける。

しかしそのとき。

 

「大丈夫ですよ、委員長」

 

スッと、何の躊躇もなく隣に並んだアコ。

そして、さりげなくヒナのスカートの裾に手を添える。

 

「私がずっと支えてますから。……ちゃんと」

 

その言葉は、どこまでも優しくて、頼もしくて、あたたかかった。

 

「……アコぉ……」

 

ヒナの目が潤む。

頬を染めながら、小さくコクンとうなずいた。

 

(え……なにこの子……今日天使?)

 

その姿に、ヒナは完全に陥落していた。

 

「じゃ、決まりだね。近くにちょうどいい店があるから案内するよ」

 

先生が歩き出し、みんながその後をついていく。

穏やかな海の風と、遠くから聞こえる波の音が、ようやく平和を告げようとしていた——が。

 

──その列の中で、最後尾を歩くカナの表情は、静かに燃えていた。

 

(……アコ……やるじゃないですか……)

 

風を味方につけた戦術は封じられ、

先生へのエロパスはすべて遮断され、

そして今、アコは“ガード役”という最前線ポジションを獲得している。

 

(アコは天才……そして私は秀才と言ったところ)

 

カナの脳内では、比較分析のスライドが高速で展開されていた。

 

(天才とは、生まれながらに持つ爆発力。秀才とは、努力で積み上げた安定性。——だが、ヒナさんは違う)

 

歩くヒナの背中を見つめながら、カナは一人確信した。

 

(ヒナさんは、天才でも秀才でもない。予測不能な“エロプレー”で先生の心を撃ち抜く、唯一無二の存在……!)

 

その目は再び燃え上がる。

 

(……ならば私は、もう一度仕掛けるだけ……次こそ“覚醒”のパズルを完成させる……!)

 

「ふっ……今度は外しません」

 

小声でそう呟いたカナの目が怪しく光る。

その口元には、誰にも気づかれないほどのニヤリとした笑みが浮かんでいた。

 

──対して。

 

(あのバカ、どうやって殺そうかしら)

 

ヒナの心の中では、すでに様々な制裁案が検討されていた。

気づかれないように背後から絞め落とすか、蕎麦で窒息させるか、それとも法的にギリギリの罰を与えるか。

 

そんな殺意を携えつつ、一行は目的のお店に到着した。

 

「ここ、名店なんだよ。冷たいお蕎麦が美味しくて」

 

先生がそう言って振り返ると、皆が「おお〜」と素直なリアクションを返す。

すでに腹ぺこな面々には、冷たい蕎麦という響きが何よりの福音だった。

 

ヒナはといえば、スカートの裾をぎゅっと押さえながら、さりげなくアコの腕に寄り添っていた。

 

(……めっちゃ頼もしいわアコ……将来有望ね)

 

ほんの少しアコに体を預けるだけで、心が落ち着く。

ヒナにとって、いまやアコは人間型バリケードと化していた。

 

暖簾をくぐると、ふわりと木の香りと出汁の香ばしさが迎えてくれた。

店内は落ち着いた和の空間で、窓から吹き込む涼しい風と、やわらかな照明が居心地のよさを演出している。

 

「いらっしゃいませ! 六名様ですね! それではテーブル席のほうにご案内します!」

 

店員の元気な声と共に、グループは空いたテーブルに案内される。

 

(あぁ……やっと安全地帯……!)

 

ヒナは内心で歓喜のガッツポーズを決めていた。

ここなら風もない。視線の心配もない。ついに、戦場を脱したのだ。

 

ようやく呼吸を整え、メニューを広げようとした——

その瞬間だった。

 

「クソお邪魔します」

 

どこかで聞いたような、実に嫌なセリフが耳に入る。

 

ヒナがギクリと振り返ると、カナの手元から、割り箸がコロンと床に落ちていた。

しかも、それを拾おうともしないまま、さらなる一言。

 

「先生、取っていただけますか?」

 

「任せて」

 

一瞬の沈黙。

その言葉に、ヒナの脳内からあらゆる思考が吹き飛んだ。

 

(……え、ちょ、まっ──!?)

 

目を見開き、思考が硬直する。

 

(ダメダメダメダメ!!)

 

(アコのDF(ディフェンス)……ぬるすぎる!!)

 

視線は割り箸へ、そして先生へ。

このままいけば、先生が割り箸を拾うという名目のもと、ヒナの真下へと潜り込む未来が確定する——!

 

(私のいる未来に、誰にも追いつく時間を与えない……!!)

 

視線誘導(クロス・マグナム)!!!

 

《危険度:SSS》《位置関係:最悪》《スカート防御率:0%》

 

──まさにその時。

 

「ヒナ委員長、飲み物取りに行きませんか?」

 

突如、アコの声が響いた。

 

「え?」

 

ぽかんとしたヒナの手を取るようにして、アコがすっと立ち上がる。

 

カナが計算した角度、タイミング、空気すべてをぶち壊すような自然な動き。

そして、ヒナも思わずそのまま立ち上がってしまった。

 

「……え? あ、う、うん。そうね、喉乾いたし……行く……」

 

呆気にとられながらも、ヒナは助け舟に乗るように席を離れた。

 

「…………」

 

「カナ、取ったよ」

 

「…………ありがとうございます……」

 

先生が何気なく割り箸を拾って差し出すと、カナは静かにそれを受け取り、手の中でギリ、と握りしめた。

 

その瞳が捉えていたのは、ドリンクバーへと向かう二人の後ろ姿。

 

エロイスト(ヒナさん)へのパスが……通らない……!)

 

《ログ更新中……》

《アコ:介入タイミング → 完璧》

《ヒナ:危機回避率 → 100%》

《私のエロパス:失敗要因 → アコの無駄に高い洞察力》

 

(くっ……あの“横乳露出ネキ”をどうにかしないと……!)

 

冷静な顔の裏で、カナの思考はフル回転していた。

 

(ゴールが、奪えない……!)

 

その心の叫びは、誰にも届かず、ただ割り箸だけが虚しく小さく震えていた。

 

今後はどんな話がみたい?

  • ブルアカ本編のストーリーに介入
  • ギャグ路線で暴走
  • アコとカナの百合展開
  • カナの空白の10年間
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