朝の光がゲヘナの街並みをぼんやり照らしていた。
そんな中、私はお姉ちゃんの背中を見つけた。相変わらず無言で通学路を歩いている。落書きとゴミと騒がしさに満ちた道の中で、お姉ちゃんだけが浮いて見えた。背筋はまっすぐで、歩き方まで整っていて……正直、目立ちすぎる。
しかも制服も独自仕様、鞄すらない。完全に手ぶらで登校なんて、ゲヘナじゃまず見かけない。
「──あっ、いたっ!!」
私は小走りで駆け寄って、そのまま勢いよくお姉ちゃんの腕にしがみついた。
「わっ……アコですか。おはようございます」
「おはようございます……じゃないですよ!!なんですか昨日のモモトークは!」
眉間にしわを寄せて怒鳴る私を見て、お姉ちゃんは目を瞬かせる。
「えっと……ちゃんと見てくれたんですね」
「ええ!お陰で寝不足ですよ!なんですか通知334件って!やりすぎですから!!」
「ごめん……なさい」
しゅん……と肩を落とすお姉ちゃん。あまりにも素直すぎて、私は思わず言葉を飲み込んでしまった。
「っ……!」
ずるい。そんな顔されたら強く出られないじゃない。
仕方なくため息をついて、小声で言う。
「とにかく!今後のやり取りは必要最低限でお願いします」
「……わかりました」
お姉ちゃんは素直に頷いたけど、横顔はちょっと不満そう。
「……“最低限”というのは、たとえばアコが寝たかどうか、朝ごはんを食べたか、転倒していないか、今日の空模様がアコに似ているかどうか……」
「違います違います違います違います違います!!!」
私の全力否定が通学路に響き、近くのカラスがバサッと飛び立った。
「モモトークってもっとこう……必要なことだけ送るものなんですよ!“明日は集合場所に8時です”とか“ノート貸してください”とか!!」
「……わかりました。では、次からは“集合時間に空がアコに似ていた”とだけ……」
「もういいです!!!ってかなんで毎回空と私を重ねるんですか!?」
思わず両手で顔を覆ってうずくまる私。その横で、お姉ちゃんは何がいけなかったのか分かっていない顔をしている。
「アコ……ぴえん?」
「微妙に古いネットスラング使わないでください!!」
本当にもう……でも、嫌いじゃない。
私はこっそり横目でお姉ちゃんの顔を覗き見た。相変わらず表情は薄いけど、どこか穏やかで、嘘がない。ただひたすら純粋なんだ。
(黙っていれば……美人なんですけどね……)
心の中だけで毒を吐く。
「そういえば、昨日から気になっていたんですが……お姉ちゃんの銃はどこにあるんですか?」
「銃……?持ってないですよ」
「はぁ!?!?」
思わず大声を上げた。周囲の数人がチラッと振り返る。
「改めて……周りを見て思いましたが、ここではアコの言うように銃を持ち歩くのが主流なのですね」
「“ここでは”って……キヴォトスで手ぶらなんてまずいませんよ!?特にゲヘナは治安悪いんですから!」
「……そうですか。物騒な世の中ですね」
いや他人事みたいに言われても……。その口調が妙に真面目だから、逆に説得力あるのが余計に腹立つ。
「本当に何も持たなくていいんですか?自分の身を守るのに必要ですよ?銃撃に巻き込まれたらどうするんですか」
「……撃たなくても、終わらせる方法はたくさんありますから」
「……え?」
「銃に頼らない世界も、私は知ってる」
その言葉は、妙に重かった。強がりなんかじゃない。……そう思えた。
⸻
そんな会話を交わしたあと、校門をくぐったとたん、空気がザワザワし始めた。
「あの人……転校生かな……?」
「えっ、なにあの人……すっごい美人……」
「行政官と一緒にいる人って……もうそういう関係……?え、尊い」
まるで波紋のように、声と視線が広がっていく。
私は肩をビクッと震わせた。
「ちょ、ちょっとお姉ちゃん!なんかすごいことになってますよ!?見られまくってるし、噂されてるし、変なこと言われてるし!」
「……“尊い”とは、“尊敬すべき”という意味ですね?」
「そ、そういう意味じゃないんですよ!最近の生徒がよく使うやつです!多分あっち系の意味で言われてます!」
お姉ちゃんは視線なんか気にも留めず、首を少しかしげる。
「……美人って言ってましたね。あれは、私のこと……ですか?」
「えっ……ま、まあ、そうじゃないですか?黙ってたら美人ですし……」
「ん……」
考えるように口元に指を添えるお姉ちゃん。真面目すぎる顔が逆にズルい。
「アコ。美人とは“他人の価値観による美の指標”だと思いますが、あなたの価値観ではどうですか?」
「え、今の流れで私が評価するんですか!?朝から急に哲学って……!」
「率直にお願いします」
「えー……そ、それはまぁ……お姉ちゃんは……綺麗ですよ……」
しぶしぶ言うと、お姉ちゃんは小さく微笑んだ。
「……アコの方が綺麗ですよ」
「な……っ!?!?!?そ、そそそそんなセリフ、どこで覚えたんですかああああっ!?!?!?」
私は飛びのいて、人差し指を突きつける。
「?」
「ホントにもう……!私は行きます!お姉ちゃん、やることないなら風紀委員会にでも見学に来てください!」
「……うん、また後で」
ふっと微笑むお姉ちゃんに、私はまた顔を赤らめながら足早に立ち去った。
⸻
(なにが「アコの方が綺麗ですよ」ですか……!あれ、絶対どこかで聞きかじっただけに決まってます!)
ロッカーをバタンと閉め、私は歩き出す。
「おはようございます、行政官」
「あ、おはようございます」
後輩たちの明るい声に、私は慌てて笑顔を作った。
「なんか今日は朝から顔赤くないですか?」
「そ、そうですか!?気のせいです!」
(……お願いですから誰もさっきの会話を聞いてませんように……)
心の中で祈りながら、教室へ足を進める。
⸻
その頃。お姉ちゃんは昇降口の掲示板に目を止めていた。
「……“生徒会主催・新入生自己紹介シート”……?」
・名前
・所属委員会
・得意科目
・趣味
・ひとこと
スラスラと書き込むお姉ちゃんの姿を、生徒たちがぽかんと見つめていた。
【名前】天雨カナ
【所属委員会】招待制かと思っていたのですが、違いましたか?
【得意科目】哲学、意味論、自習(※教科外)
【趣味】アコに関する観察と記録
【ひとこと】“自己紹介”とは、過去に囚われる行為でもあります。
私は私ですが、明日には別の意味を持つかもしれません。
なお、アコは今日も可愛いです
──昼休み、私の耳にはこの“自己紹介シート”の噂が、しっかり届いてくることになるのだった。
今後はどんな話がみたい?
-
ブルアカ本編のストーリーに介入
-
ギャグ路線で暴走
-
アコとカナの百合展開
-
カナの空白の10年間