──風紀委員室──
「ただいま戻りましたよアコ──」
ドンッ!!
「へ?」
目の前で、壁が震えた。
私とヒナさんがドアを開けて入った瞬間、アコが私に向かって一直線に詰め寄って、無言のまま壁に手を突く。壁ドン。しかも全力。背後で何か書類が倒れる音が聞こえた。
「お姉ちゃん、どこに行ってたんですか」
アコの声は、いつものほんわかした調子とはまるで違っていた。静かだけど、ひとつひとつの音が重い。目も笑ってない。全然。
「えっ……いやその、ちょっとお散歩を」
「うそですね。ヒナ委員長が見回りって言って出て行ったのに、戻ってくるのが遅すぎます。だって二人で一時間以上も……!」
「え、数えてたんですか……?」
「ヒナ委員長と何を話してたんですか?どこを歩いたんですか?なにか食べましたか?もしかして、いい雰囲気だったりしましたか?」
「質問が早口すぎて処理が追いつきません!!助けてヒナさん!!」
「さーてと……書類書類……」
「ヒナさん!???」
ヒナさんは何故か無視を決め込み、さすがの私も思わず後ずさる。というか、私が主犯格みたいな空気になってない?気のせいじゃないよね?
「わたしね……お姉ちゃんがいない間、ずっと風紀委員室の時計だけ見てたんですよ。目もそらさずに。……秒針が、一周するたびに、なんで戻ってこないのかって……ずっと考えてました」
「私がいうのもアレですけど仕事した方がいいですよアコ」
「……は?私がこんなにお姉ちゃんのことを想ってるのになんですかそれ」
アコの目が据わっている。
え、もうほんとどうすればいいのこれ。
「ねえ、お姉ちゃん」
「……はい」
「わたしがどれだけ、お姉ちゃんのことを“見てる”か……わかってないですよね?」
「見てるっていうか、もはや“視てる”とか“監視してる”のレベルになってますよ」
「お姉ちゃんのカバンの中に、私がプレゼントしたハンカチが入ってないのも知ってます。靴紐がいつもより左が0.3ミリズレて結ばれたのも知ってます」
「──怖っ!!情報の粒度がストーカーそのものじゃないですか!?」
──正直限界。
私は静かに、しかし毅然と口を開いた。
「……ねえアコ」
「はい、なんでしょう?」
「一度、精神科に行ってみてもらいましょう」
「は?」
「いや、ちょっと……念のためにですよ?なんというか、最近のアコ、ちょっと“お姉ちゃん愛”が過剰というか、いや大歓迎なんですけど、愛が完全に一周まわって来てるというか、むしろ高速回転して凶器になってるというか……」
「……お姉ちゃん」
アコの顔から、すっと表情が消えた。
次の瞬間──
「その精神科の医者、殺しておきますね」
「ぉおおおおい!???ストップストップ!!発想が飛躍しすぎです!!」
私は慌てて両手を前に出す。アコはというと──静かに、ふわっと微笑んでいる。
その笑顔が逆に怖い。
(これ、どう説得しろっていうの……?)
ヒナさんはというと、机の影からひょこっと顔だけ出しながら、
「カナ……頑張ってね……私は巻き込まれたくない……」
と、完全に他人事モード。
いやあなたのせいでもあるでしょ!?とは言えない。言ったら死ぬのは私だ。
アコは壁ドンしたまま、じっと私の目を覗き込んでくる。
「……お姉ちゃん。精神科とか……そんな必要、どこにあるんですか?」
アコは壁に手をついたまま、真っ直ぐ私を見ていた。声は落ち着いているのに、やけに冷たくて、妙に圧がある。
「いやまあ……必要性は……ありますよね? うん、あります。かなりある」
自分でも苦しいフォローだと思う。けど、このまま放っておく方が絶対に危険だ。
「わたし、お姉ちゃんのことを考えてるだけなのに?」
「考えすぎなんですよ。考えすぎて──もう私の毛穴の開閉まで把握しそうな勢いですから」
「把握してますよ?」
「気持ち悪いですね!?」
なんでそんなドヤ顔なの。なんの訓練受けたら毛穴の状態が分かるようになるの。
──でも、このまま押し切っても絶対こじれる。
ここは、“姉”としてちゃんと言わなきゃいけない。
私は息を整え、そっとアコの肩に手を置いた。
「アコ。ちょっと真面目な話、聴いてください」
「……はい」
さっきまで鋭かった瞳が、急に素直になる。この瞬間だけ扱いやすいの、本当にズルい。
「アコが私のこと大切にしてくれるのは、うれしいんです。本当に」
「……はい……」
「でもね、その“大切にしてくれる気持ち”を、私がずっと受け取るためには──」
言葉を区切り、少しだけ大げさに続けた。
「アコが“健康”でいる必要があるんですよ」
「……健康、ですか?」
「そう。もしアコが心の調子を崩したら……私、すっごく悲しいです」
アコのまつげが微かに震えた。
(……効いてる)
私はその流れを逃さず、アコの両手を包み込むように握りしめる。
「だから、一度だけでいいんです。私のために──診てもらいませんか?」
「お姉ちゃんの……ため……?」
「そうです。アコにはずっと元気で、笑っていてほしいですから」
アコの瞳孔が、じわ……っと開いていく。
え、これ恋愛ゲームの好感度上がるときのエフェクトじゃん。
「……わかりました」
「本当ですか?」
「はい。お姉ちゃんのためなら……行きます。精神科」
「よしっ!!」
思わずガッツポーズが出た。
机の下に隠れてたヒナさんも「よし……」と小声で祝福してくれる。
「じゃあアコ。明日にでも行きましょう」
「……お姉ちゃんがそう言うなら」
よし、完全に言質取った。
⸻
翌日──精神科・初診受付
待合室は白くて静かで、やたらと落ち着く音楽が流れていた。
私とアコは並んでソファに腰を下ろしている。
「……お姉ちゃん」
「なに?」
「ほんとに来ましたね……精神科」
「だってアコが“行く”って言ったからじゃないですか。いや、素直に来てくれたのはうれしいけど……逆に怖いというか」
アコは膝の上で手を組み、神妙な顔をしている。
「でも……今日はお姉ちゃんのための日ですから。私、頑張りますよ」
「ん? ……なんか含みを感じるんですが」
そう言ってる間に、受付の人が呼んだ。
「天雨さま〜、どうぞ〜」
二人同時に呼ばれたので、そのまま横並びで立ち上がる。
診察室に入ると、優しそうな医師が微笑んでいた。
「どうぞ、そちらの椅子へ。お名前はカナさん……ですね?」
「え?あ、はい、そうです」
「……それでは、今日はどうされましたか?」
「えっと……アコが……」
私がそう言いかけたその時だった。
「今日は、姉の様子を診ていただきたくて、お時間をいただきました」
「──え?」
ん?何言ってるんだろうこの子は。診てもらうのはアコの方……
「最近、姉の行動が明らかに不審でして。夜中に独り言が増えたり、一緒の布団に入っても直ぐに出ちゃうし、手を繋ごうとすると逃げちゃったり……」
「いやいやいや待って!?何を報告してんの!?」
アコは静かに医師の方へ向き直る。
「姉は自分では“まとも”を装っておりますが、これはもう客観的に見て完全に末期です。何卒、プロの目で判断していただければと」
「──えっ、あの、じゃあ……今日はお姉さんの診察でよろしいということで?」
「そうです」
「違います!!」
私は両手をバッ!と広げて完全否定した。
アコは無表情で、むしろ誇らしげに腕を組んでいる。
(マズい……完全に主導権握られてる……)
ここで私は、最後の切り札を切ることにした。
「アコ……私も診察受けますから。だからあなたも受けてください」
「……え?」
アコが一瞬だけ目を丸くした。
「そう。二人で受けるんですよ。セットです。ペア診察です」
「ペア診察ってなんですか……?」
「今作りました。だから受けましょう」
アコは少しだけ考え込み、そして――
ぽつりと呟いた。
「……お姉ちゃんが……一緒に診察を……?」
「そうです。一緒です」
「……それなら受けます」
落ちた!!
説得成功!!
「因みになんですけど、精神的な病ってどういうのがあるんでしょうか」
私の何気ない質問に、医師は少し顎に手を添えてうなずいた。
「そうですね……たとえば、ASD(自閉スペクトラム症)、ADHD、PTSD、不安障害、依存症など……。行動や思考のパターン、反応の偏りなどで診断したりします」
「依存症……」
アコの方をチラッと見る。
え、目そらした。かわいいけど、不安しかない。
医師は続けた。
「ただ、アコさんを診た限りでは……極端なストレス反応や認知の歪みは少ないように見えます。話し方も整ってますし、受け答えも落ち着いている。初見では“病気”には該当しなさそうですね」
「……え」
アコが少しだけ胸を張る。
(いやいや、外面が良すぎるだけだから!この子は!)
私は急いで口を挟んだ。
「先生、アコの“本性”ってやつはそんな甘くないんですよ。ここに来る途中も、私が自動ドア通る瞬間わざわざ前に回り込んで“お姉ちゃんの後ろ姿が見えなくなるの嫌だから”って……あれ依存ですよね?」
「ただのポジション取りです」
「ポジション取りじゃないですよ!!」
医師は苦笑しながら言う。
「依存症として診断するには、“その行動が本人の日常生活に支障をきたしているかどうか”が基準になります。例えば、学校に行けない、眠れない、他の人間関係が破綻している、などです」
「……学校には行ってますね」
「お姉ちゃんがいるから」
「やめなさい!?即答やめなさい!?」
医師は穏やかに笑ってから、こちらに向き直った。
「なので……私としては、“病名がつくレベル”とは思いませんね」
「……」
アコが誇らしげにしている。
納得してないのは、私ひとり。
(いや、このままじゃ絶対悪化するって……)
そう思っていると、アコがぽつんと呟いた。
「ほら。お姉ちゃん。私、健康ですよ」
なんか勝ち誇った顔してる。悔しい。
だから私は深呼吸して、はっきりと言った。
「……先生」
「はい?」
「それでも、ちゃんと診てもらいたいです。アコのこと」
アコがこちらを見る。
え、なんでそんな“しゅん”とした顔をするの?
そんな顔されたら言いづらいじゃない……。
私は言葉を選びながら、ゆっくり続けた。
「診断名がつくとかつかないとかじゃなくて……
“今の状態が健康的なのかどうか”を、第三者の目で判断して欲しいんです」
医師は一瞬だけ目を見開き、それから穏やかに頷いた。
「……なるほど。ご家族として、心配していると」
「まあ……はい。そりゃあ……心配ですよ」
アコが袖をぎゅっと掴んでくる。
でも、離さない。私は続ける。
「アコはここ最近、私と離れたがらなくて……。
それも普通の“仲良し”の範囲じゃなくて……ちょっと振り切れている気がするので……」
医師はカルテに少しメモを取り、
今度はアコに向き直った。
「アコさん。あなたも“自覚”として、そういう不安や衝動を感じることはありますか?」
アコは静かに──ほんの少し恥ずかしそうに頷いた。
「……最近、怖いんです」
「怖い?」
「お姉ちゃんが……いなくなる気がして」
その言葉は、不思議と刺さった。
私も数秒だけ、何も言えなくなる。
医師は優しく微笑んだ。
「では……お二人とも。順番に診察をしましょう。
不安の度合いや、行動の傾向などを丁寧にお聞きします」
「……お願いします」
「お願いします……」
──────数分後。
診察室のドアが静かに開き、医師がカルテを手に戻ってきた。
「お待たせしました。お二人の診断結果が……出ました」
アコは私の腕をぎゅっと掴んだまま、微動だにしない。
その手は小さいのに、やけに力が強い。
私はというと、胸の奥がバクバクして、心臓が喉まで競り上がってきていた。
(……頼むから、変な結果だけは来ないで……!
いや、変な結果だった場合の“アコの暴走”の方が怖い……!)
医師はまず静かにアコのカルテを開いた。
「えー……診断の結果ですが、アコさんには特に異常は見当たりませんでしたね」
「ほっ……良かったですねアコ!! 心配しましたよ……!」
思わず肩の力が抜けてしまう。
アコは嬉しそうに私の方へ顔を向け──
「お姉ちゃん……♡」
あ、うん……本当に大丈夫なのかな?
「それで、お姉さんの方なんですけど」
「ん?あー別に言わなくても──」
「えっと、カナさんはADHDです」
今後はどんな話がみたい?
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ブルアカ本編のストーリーに介入
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ギャグ路線で暴走
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アコとカナの百合展開
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カナの空白の10年間