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「ん?今なんて……?」
「カナさんはADHDです」
診察室に、しんとした空気が流れた。
私の思考だけが真っ白になる。
いや、え?もうちょっとオブラートとか…… “可能性がありますね”とか……ワンクッション挟んでくれてもよくない……?
医師は淡々と続けた。
「いえ、カナさん。お話の途中で話題が飛ぶ、刺激に反応しやすい、行動が衝動的、整理が苦手……などの特徴がいくつか見られまして」
「ざっけんじゃねえですよこのヤブ医者!!誰がHDMIですか!!!」
「ADHDです。なんですかHDMIって。それ端子でしょ」
医師が冷静にツッコんだ瞬間、私は悟った。
(あ、これ、本当に診断なんだ……)
いや、別にショックってほどじゃない。
むしろ「ですよねぇ!?」という気持ちもある。
でもアコを見ると──
私が“端子扱い”された事実より、そっちの方がよほど問題だった。
「……お姉ちゃん……」
アコはうるうるしていた。
(え、なんで泣きそうなの!?)
私が一瞬パニックになって固まっていると、アコは震える声で続けた。
「……お姉ちゃんだけ……なんかかっこいい」
「かっこよくないですよ!!この年で何がかっこいいんですか!?」
「だって……なんか……“深み”が……」
「深みじゃないです!人生の味わい深さじゃないです!!」
すると、医師が優しく笑う。
「まあまあ。ADHDは“病気”ではありませんよ。脳の発達の特性です。むしろ行動力があり、発想が柔軟な方が多いですね」
「ほらアコ。聞きました?私は柔軟で行動力があってクリエイティブらしいですよ?」
「お姉ちゃんの言わんとする戯言は分かりますけど……」
「いま戯言って言った?」
「まあ、診断書はだしておきますので、日常生活に支障があったらまた来てください」
診断書をもらい、病院を出た後。
私は普通に帰ろうとした。
いや、正確には “普通に帰ったつもり” だった。
でも当然のように──
アコは隣を歩いてくる。
右腕に絡んでくる。
距離ゼロ。いやマイナス。
「……アコ。どうやって私の腕にめり込んでるんですか?」
「お姉ちゃん、今日からいろいろ大変ですよね……?だから、私が……全部支えてあげます」
「いや、なんで“今日から”急に介護が必要な人みたいに扱われてるんですか」
「だって、ADHDって……なんかこう……すごく……複雑そうですし!」
「語彙が雑ですね……」
家に着くと、そのまま玄関の中までついてきた。
「お姉ちゃん……」
まったく……何をそこまで思い詰めてるんだか。
「アコ」
「はい?」
だから私は深く息を吸い──
アコの両肩をしっかり掴んだ。
「……アコ。ちょっと座りなさい」
「どうしたんですか?」
「ねえ、アコ。先週から様子が変ですよ。なにかあったんですか?」
「なにもないですよ」
「本当に?」
「はい」
「……嘘つきですね」
そう言った瞬間、アコの肩がぴくっと揺れた。
沈黙。
玄関の空気が一気に冷える。
「アコ。あなたが“嘘をつくときの顔”、私は全部知ってます」
「……」
「言わないと、ずっと苦しいままですよ」
うん、自分に対してもこの言葉はブーメランだけど許して。
すると、アコはぎゅっと唇を噛み、視線を落とした。
沈黙が長い。
でも、待つ。
すると、ようやく蚊の鳴くような声で。
「……お姉ちゃんと……ヒナ委員長が……」
「ん?」
「……そういう……仲なんじゃないかって……」
「……………………はい?????」
私の声、裏返った。
アコは両手で顔を覆いながら、ぽつぽつ話し始める。
「だって……旅行の時、ヒナ委員長とお姉ちゃんが抱きついてたし、お姉ちゃんはヒナ委員長のスカートを捲るためにどんな手でも使おうとするし……」
ああああああごめんなさいごめんなさい。それは私が悪いですね100%
「コホン……うん。まあ……その。それは私が悪かったです。でも、誓ってヒナさんと私はそういう関係ではありませんし、一番大切なのはアコです」
そう言うと、アコの肩が小さく震えた。
「……本当に……?」
「本当です」
私はアコの両手を、自分の手でそっと包んだ。
「うん、やっぱり私は、今の……ありのままのアコが好きです」
「え!?」
「妹に溺愛されるのも悪くはないですが……妹を溺愛するのはお姉ちゃんの特権ですよ?」
「っ……!」
「こんな風にハグされたかったんですよね?」ギュッ
「おおお姉ちゃん!???」
「うん、やっぱりアコが一番」
「…………バカ……!」
アコを抱きしめたまま、しばらく静かな時間が流れた。
さっきまで暴走しかけていた子が、今は胸の中で小動物みたいに震えている。
「……お姉ちゃん」
「なに?」
「……ひとつだけ、ずっと……ずっと、聞きたかったことがあって」
その声は、震えているけど──
さっきの“嫉妬”とも“不安”とも違う、もっと深いところの揺らぎだった。
「どうして……十年前、いなくなったんですか……?」
私はその瞬間、
胸の奥がぎゅっと掴まれたみたいになった。
やっぱり……避けて通れないか。
アコは俯いたまま、指をぎゅっと握りしめている。
「……あの日から、ずっと考えてました。私が何かしたせいなのか、お姉ちゃんが私を嫌いになったのか、それとも……勝手にどこか行っちゃったのか……」
私はアコの肩をそっと持ち上げ、正面から目を見て言った。
「アコ。あなたのせいじゃありません。1ミリも、欠片も、全く。本当に一切違います」
アコは涙をこらえるように唇を噛む。
私は静かに息を吸い──
十年ぶりに、“真実”を口にした。
「私は……あの時、悪い大人に誘拐されたんです」
「…………え?」
アコが固まった。
まばたきも忘れたみたいに。
私はゆっくり続けた。
「十年前、家の前で声をかけられて。
そのまま車に押し込まれて、キヴォトスの外の……変な施設に連れていかれました」
「……お姉ちゃんが……誘拐……!?」
アコは、私の言葉の続きを待つように黙っていた。
玄関の空気は揺れもしないくらい静かで、息を飲む音すら聞こえそうだった。
私は小さく息を吐き、話を続ける。
「……施設での出来事は、また今度話します。正直、いま思い出すと……手足が震えるので」
アコは目を丸くして、そっと私の指先を覗き込む。
本当に、少し震えていた。
「……お姉ちゃん……無理しなくていいんですよ……?」
「ありがとう。でもね、アコ──」
私はアコの頭を軽く撫でた。
「そこで、銃が嫌いになった。
大人が嫌いになった。誰も信じられなくなった」
「……」
アコの肩が落ちる。
自分を責めたのだと、すぐに分かった。
「正直地獄でした。でも……アコに会いたかったから、ギリギリで私の精神は繋がってたんです」
「!?」
「十年間、アコの顔を思い出せない夜はありませんでした。それだけが、私の生きる意味でしたから」
アコの目に、一瞬で涙が溜まった。
「……じゃあ……じゃあ、どうして……どうして帰ってこなかったんですか……?」
「帰りたかったんですよ。ずっと」
「……」
アコは口元を押さえ、耐えるように目を閉じた。
「いろんな人に助けられて……ようやく、アコのいる場所に戻ってこれたんです」
「そんなに……大変な所だったんですか……?」
「……そうですね。分かりやすく言うと、子どもを兵器にするために、人格と自我を全部ぶっ壊して作り直すための収容・訓練施設です」
「!?」
「これ以上はやめておきましょうか。あまり気のいい話ではありませんし……でも、これで私がどのくらいアコのことを思ってるのか分かってくれましたか?」
「はい……ドン引きレベルで分かりましたよ」
「嫌いになりましたか?」
「なるはずないじゃないですか!いずれその話はきちんと話してもらうとして……」
アコは涙を拭き、むくっと顔を上げる。
さっきまで号泣してたとは思えない速さで回復している。
すごいなこの子、メンタルのリジェネ持ちか?
「とりあえず今日は……お姉ちゃんのそばにいていいですか」
「いいですよ。好きなだけどうぞ」
「じゃあ……」
アコはそっと私の手を握り、猫みたいに腕に頬をすり寄せた。
「でも……お姉ちゃん。さっき、銃が嫌いって言ってましたよね?」
「ええ。まあトラウマみたいなものです」
「じゃあ……風紀委員会の装備って大丈夫なんですか?」
「正直ヒナさんの銃はアレルギー反応が出ますね。まあアコのためなら我慢しますが」
「…………バカ」
アコは照れながら私の腕をぽすっと小突いた。
うん、この感じ……これが“いつも通り”だ。
しばらくして、アコは鼻をすすりながら私の肩にもたれかかる。
「……お姉ちゃん。戻ってきてくれてありがとう」
「こちらこそ、私の妹でいてくれてありがとうございます」
ふたりでソファに座って、何も話さずにただ寄りかかる。
外は静かで、家の中は少し暖かい。
十年分の距離が、こうして少しずつ埋まっていく。
……うん、悪くない一日だった。
──翌朝──
スマホの通知が震えた。
画面には、よりによってこの文字。
万魔殿:マコト(バカ)
《至急。天雨カナ、万魔殿まで来い》
「……珍しい」
呼び出しの主を確認した瞬間、胸のあたりに嫌な予感が広がった。
「お姉ちゃん?どうしたんですか?」
寝癖のまま顔を覗き込むアコ。
「……マコトさんに呼び出されました」
「え?あのタヌキに?なんか怪しいですね」
「……アコ、私は先に行きますから戸締りはお願いします」
「はーい。行ってらっしゃい」
玄関のドアを閉めると、朝の冷気がほおを撫でた。
すうっと冷たくて、気持ちを引き締める……というより、これからの面倒ごとを予告しているような温度だ。
(……マコトさんが“至急”って言う時は、だいたいロクなことがないんですよね)
風紀委員会を抜けて万魔殿の敷地に入ると、空気の色が変わる。
湿ったような静けさ、妙な重さ。
やっぱりここ、何回来ても落ち着かない。
廊下を進むと、向こうから硬いヒールの音が近づいてきた。
カツ、カツ──。
案の定、腕を組み、いかにも待ち構えてましたと言わんばかりの体勢でマコトが立っていた。
「来たな、天雨カナ」
「正直、帰りたいです」
「まだ何も言っていないんだが?」
「マコトさんに呼ばれて“平和な相談”だったことがありますか?」
「……ふっ。よく分かっているじゃないか」
“賢い犬ね”みたいな目で笑わないでほしい。
マコトはゆっくり距離を詰め、私の真正面に立つ。
「既に知っての通り、近々エデン条約が締結する」
「エデン条約……ああ、お互い仲良くしましょう企画のことですね」
「ん?あー、まあそんな感じだったか。しかしだ……私はエデン条約を締結させる気などない」
「どういうことです?」
「私の本来の計画……それはトリニティの生徒会とティーパーティーを両方始末することだ」
「はあ」
「気に入らんからな」
理由が雑で潔い。
「それで、私にどうしろと?」
「トリニティに潜入して掻き乱してこい」
「無茶言わないでくださいよ。なんのメリットがあるんですか」
乗り気ゼロの声で返すと、マコトは細い目をさらに細くした。
「お前は本当に……自分がどれだけ“特別”か理解していないな」
「褒めても何も出ませんよ」
「事実を言ったまでだ。お前がトリニティに潜入するのなら、風紀委員会の待遇を改善すると約束しよう」
「……潜入……つまり編入ってことですか」
「そうだ。書類も既に作ってある。『天雨カナ』はこの前の生放送で名前が知れすぎているため、『羽沼カナ』で登録した」
「やめてくださいよ気持ち悪い」
「誰が気持ち悪いだ!!この私と同じ苗字なんだぞ!!光栄に思え!!」
「制服は?」
「……ここにある。編入は明日からだ」
袋を差し出されながら、私は内心でため息をつく。
「……一応言っておきますが、エデン条約の締結を妨害するつもりはありません。ただの学生として一時的に編入するだけです」
「構わん。好きにするといい」
マコトはあっさりと言った。その軽さが逆に不気味だ。
「じゃあ、私は計画に協力する気は一切ありませんからね」
「好きにしろ。私は、お前が“好きにすること”の結果を見たいだけだ」
「その言い方が一番嫌なんですよ」
マコトは顎に手を当て、静かに笑う。
「トリニティでどう動くのか……誰と衝突し、誰の味方するのか……全部に興味がある。お前の行動は、普通の生徒とは違うからな」
……いや、それは知ってますけど。
「……分かりました。行きますよ。トリニティ」
「よろしい」
マコトは満足そうに頷いた。
そして、ひらりと手を振りながら廊下の奥へ消えていく。
「期待しているぞ、羽沼カナ」
「その名前やめろって言ってるじゃないですか!!」
叫びは虚しく、マコトの背中に吸い込まれていった。
私は制服の袋を握りしめながら盛大にため息をつく。
「……あーあ。絶対面倒くさいことになるなぁ……」
でも、もう決まってしまった。
明日から私は──
──“羽沼カナ”、トリニティ編入生。
次回からエデン条約編になります
今後はどんな話がみたい?
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ブルアカ本編のストーリーに介入
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ギャグ路線で暴走
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アコとカナの百合展開
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カナの空白の10年間