ティーパーティー
「トリニティ……地図によると……ここ?」
私は手元の地図をじーっと見つめた。
万魔殿の作戦書類に同封されていたもので、マコトさんがやけに得意げに渡してきたやつだ。
(何を企んでるのかは分かりませんが……ええっと……持ち物……)
・偽造学生証(羽沼カナ)
・万魔殿仕様スマホ(位置追跡と暗号通信がおまけで付いてる地味に嫌なやつ)
・トリニティの制服
・予備のメモとペン
・緊急時用の謎の錠剤(説明なし。逆に怖い)
(……なんで緊急時の説明が“飲むな。飲むなよ絶対飲むなよ”だけなんですか?フリですか?)
突っ込みながらも、とりあえずスマホの電源を入れる。
画面には初期設定済みのアイコンがずらり。
・万魔殿専用チャット
・暗号化ブラウザ
・“監視対象一覧”
・“トリニティ構内マップ”
(……そういえば)
スマホをいじりながら、ふと胸がざわついた。
(ヒナさんとアコには……何も言わずに来てしまいましたね)
一応胸がチクリと痛むけれど──
(まあ。マコトさんがちゃんと説明してくれる……わけないですよね)
うん、絶対しないあのタヌキは。
「……まあいいか」
自分で言って自分で納得したことにする。これ大事。
地図を片手にトリニティの中庭をウロウロするが──
白い建物、白いベンチ、白い制服の生徒。
どれ見ても同じに見えて、既に帰りたい。
「うーん……どうしよう」
その時だった。
「おや?あなたは確か今日転校してきた羽沼カナさんでしょうか?」
「ん?」
振り向いた先にいたのは──
白い羽根。白い微笑み。
全身が“清楚と格式”で構成されたような完璧人間。
「おっしゃる通りです。本日より転校してきた天雨……コホン、羽沼カナです」
「やはりそうでしたか!お初にお目にかかります。【ティーパーティー】のホスト、『桐藤ナギサ』と申します」
ナギサさんは上品に一礼した。
……が。
ティーパーティー→お茶会
ホスト→金を搾り取ってくる
つまり……
「お金ないので大丈夫です」
「なんの話ですか!??」
ナギサさんの完璧スマイルが、三秒でひび割れた。
……いや、そりゃそうですよね。
でも私の頭の中には
“ティーパーティー=学生から紅茶代名目で寄付金を吸い上げる組織”
という謎イメージが完成してしまっていたせいで、
つい口が勝手に動いた。
衝動性とは恐ろしい(診断書を思い出す)。
ナギサさんは首を傾げ、柔らかい笑顔を取り戻しながら言う。
「……カナさん? ティーパーティーは“ホストクラブ”や“金融機関”ではありませんよ?」
「じゃあ何ですか?」
「生徒会です」
「……あ、お茶会じゃないんですか?」
「紅茶は飲みますが、それ自体を目的とした団体ではありません!」
なんか本気で訂正されてしまった。
(……もしかしなくても、私、とんでもない偏見をぶつけた?)
そんな私の内心なんて知る由もないナギサさんは、気を取り直すように優雅に手を差し出した。
「これからお茶会を開くのですが、カナさんもご一緒しませんか?」
「あ、そっち系のパーティーはちょっと……」
「なにと勘違いしてるんですか!?」
ナギサさんが本気で困った顔をするの、逆に申し訳なくなる。
でも不思議だ。
あれだけ完璧で清楚な気配なのに、
私相手に本気でツッコんでくるあたり……
案外、いい人なのでは?
「お金は取りません。参加費もありません。ただのお茶会です」
「ただのお茶会?」
「はい。ただのお茶会です」
(……逆に怪しいですが)
ナギサさんはというと、私の疑いなど気にした様子もなく、丁寧に微笑む。
「転校初日でしょう? 緊張されていると思いましたので。お茶会の方が、私たちとお話ししやすいかと思いまして」
「……ああ、はい。でも、私なんかが行っていいんですか?」
「“なんか”とは何ですか。歓迎しますよ」
ナギサさんは歩き出し、振り返って手招きする。
「こちらへ。テラスに案内します」
ナギサさんは、まるで貴族の館を案内するかのような優雅な手つきで歩き出す。
私は半歩後ろをついていきながら、白い廊下の雰囲気にある意味で圧倒されていた。
(……なんか……空気が綺麗すぎません?)
壁も床もピカピカ、飾られる花は全部白か淡い金。
落ち着くどころか、庶民の私は逆に落ち着かない。
そんな私の心情など知るよしもなく──
ナギサさんはテラスの扉を開き、ふわっと風が吹き抜ける。
そこは──
白いガゼボ
白い丸テーブル
白いクロス
白いティーセット
どこを見ても白。白。白。
(……洗濯物のCMですかここは)
すると……
「ナギちゃーん!早くー!」
テラスの奥、白いテーブル席のひとつ。
そこに座っていたのは──
ピンク髪で、ぱっと見で分かる“太陽みたいな子”。
ひらひら手を振って、にっこにこ。
ナギサさんは軽く会釈しながら返す。
「失礼。お待たせしました、ミカさん」
ミカさん──そう呼ばれた女の子は、勢いよく椅子から立ち上がると、
ナギサの隣にいる私に気づいた瞬間──
「……あれ?」
ぱちくりと目を丸くした。
そして、次の瞬間。
パァァァァァァッ……!!
光りそうなくらい笑顔が弾ける。
「きゃーーー!!ナギちゃん!!今日のゲスト!?新しいお客さん!?新しい友達!?どれ!?全部!?全部だよね!??」
この時点で確信した。私の一番嫌いなタイプだと。
私は条件反射で半歩後退。
しかしミカさんは止まらない。
スキップしそうな勢いで私に近づいて
ぐいっと顔を覗き込んでくる。
「えっとぇっと……羽沼カナちゃん?」
「……はい」
「あーっ!やっぱり!今日転校してきた子だよね!?もーっ、会えるの楽しみにしてたんだよ~!」
「そうですか」
自然と塩対応になってしまう。
いや、わざとじゃない。ほんとに自然。
だって──
(……この子、絶対……私のこと嫌いですね)
にこにこ笑ってるのに、
声は弾んでるのに、
目だけ笑っていない。
ほんの一瞬、ミカさんの視線が
私の頭から足先まで“査定するように”滑った。
「ねぇねぇカナちゃん!好きな色は!?好きな食べ物は!?好きな人は!?嫌いな人は!?あとその髪かわいいね!地毛!?染めてる!?どっちでも似合うけど!!」
「圧迫面接かな?」
思わず口から漏れる。
ナギサさんが苦笑しながら止めに入る。
「ミカさん、少し落ち着いてください。カナさんが困っているでしょう」
「えぇ~?困ってないよね!?ね!?」
「困ってます」
即答してしまった。
ミカさんの笑顔が、ほんの0.1秒だけ固まる。
でも──普通の人間なら見落としそうなその一瞬が、
私にははっきり見えた。
(……ああ、やっぱり)
さっきから胸の奥がざわつく理由。
この子、ハイテンションで絡んできてるけど──
それは“仲良くなりたい”からじゃない。
“私の境界を試してる”だけだ。
本能が告げていた。
きっとミカさんは無邪気に笑いながら、
私の反応を一個ずつ観察して、
“この子、敵か味方かどっちかな〜?”
そんなノリでチェックしている。
しかも“かなり悪意寄りの興味”。
「さっ!座ろ座ろ!お茶しよ!!
カナちゃんには特別にケーキも大きめで用意するね!!!」
「どうぞおかけください」
ミカさんとナギサさんは私に椅子を勧め、慣れた手つきでポットを取り、
香りの良い紅茶をカップに注ぎ始めた。
コポコポ……。
その仕草が、妙にきれいで、見とれてしまう。
いや、違う。
見とれたとかじゃなくて、動作がいちいち静かすぎるんだ。
まるで“トリニティらしさ”の塊。
「砂糖は? ミルクは使われますか?」
「あ、その……どちらも……大丈夫です」
「ではストレートで。ロールケーキもありますよ」
そう言って、ナギサさんは小さなお皿を差し出した。
そこには、ふわふわで、クリームがきれいに巻かれたロールケーキ。
う……見るからにおいしそう。
「気にせず召し上がってください」
「このロールケーキ美味しいんだよ!カナちゃんも食べて!!」
「へー、美味しそうですね、デスロール」
「ロールケーキです。なんですかデスロールって」
「あはは!面白い子だね!私は気に入ったけどナギちゃんはどう思う?」
「……ミカさん、初対面でそういった話はあまり礼儀がなっていませんよ。愛が溢れるのは結構ですが、時と場所は選びましょうね」
「うぅ……それはまあ確かに。ごめんねカナちゃん。とりあえずこれからよろしくってことで!」
「まあはい」
「でもね、カナちゃん。このティーパーティーに招待されるのって結構凄いことなんだよ?」
「そうですか」
「普段はトリニティの一般の生徒たちも簡単には招待されない席なんだよ!」
ミカさんは胸を張ってそう言った。
けれどその声もテンションも、私の耳にはもう半分しか入っていない。
(なるほど……理解しました)
紅茶の湯気の向こうで、私は静かに状況を整理した。
(まず──転校初日に、いきなりティーパーティーのテラスに招かれる)
普通ならありえない。
(そして、ナギサさんは“偶然見つけた”と言っていた)
でも──偶然にしては出来すぎている。
私が構内でうろつき始めて、ほんの数分で声をかけに来るなんて。
(それからミカさん)
一見ただの陽キャ。
けれど私への質問の仕方、間の取り方、目の動き。
全部が“情報収集”のそれだ。
(そして何より──)
私はゆっくり視線を横に向けた。
ナギサさんは、優雅なほほえみのまま紅茶を口に運んでいた。
けれどその瞳だけは、静かに、正確に、私を観察している。
さっきから一度も視線を逸らしていない。
ミカさんが私の境界を“揺らす”役だとしたら、ナギサさんはその揺れを“測る”役。
(……なるほど。そういうことですか)
おそらくこの席は──
“転校生の歓迎会”なんかじゃない。
“羽沼カナ”という得体の知れない存在を、安全か危険か、利用価値があるかどうか──
それを判断するための場だ。
「ねっ!すごいでしょ、このお茶会!
カナちゃんみたいな転校生がここに呼ばれるなんて、めったにないんだから!」
「……ええ。そうでしょうね」
私は小さく頷いて、ロールケーキにフォークを入れた。
ふわふわ。
すごく美味しい。
けれど──その甘さの裏にある意図は、もっと苦い。
「ねぇねぇカナちゃん!トリニティってどう?慣れた?怖いことなかった?」
「ええ……一つだけ、気づいたことはあります」
「ん?なになに?」
私はフォークを置き、紅茶を口に含む。
そしてテラスの白い空気の中で、静かに微笑んだ。
「ティーパーティーの皆さんが、私を“調べたい”という意図は……もう十分分かりました」
私の言葉に、二人の瞳に驚きが宿った。
今後はどんな話がみたい?
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