天雨カナという存在について   作:BRだんちょ 

35 / 36
【番外編】12月22日、帰る場所

 一年で最も重要な日。それは、12月22日。

 理由は明白だ――アコの誕生日だからである。

 

 この事実に異論を唱える者がいるなら、私は全力で否定する。

 世界の祝日体系は、根本から見直されるべきだ。少なくとも、私の中では。

 

 朝、目を覚ました瞬間から、思考はアコで埋め尽くされていた。

 時間は問題なし。天候も良好。体調も万全。

 プレゼントはすでに用意済みで、包装も完璧。

 渡すタイミングについても、複数のパターンを想定し、最適解を導き出している。

 

 ――だが。

 

(……何かが足りません)

 

 胸の奥に、微かな違和感が残っていた。

 このまま二人きりで祝って終わる。その選択肢が、どうしても最適解に思えない。

 

 私は歩きながら考える。

 校舎の廊下を進む足取りは一定だが、思考だけが先を急いでいた。

 

 誕生日とは、祝われる日である。

 しかし同時に、それは――

 周囲に愛されていると実感する日でもある。

 

(……独占してはいけませんね)

 

 結論は、意外なほどあっさりと出た。

 

 ――サプライズパーティー。

 

 集団による祝福。

 予測不能な演出。

 幸福度の最大化。

 

(問題は、実行可能性です)

 

 私は進路を決め、そのまま風紀委員室へと向かった。

 

⸻

 

「……ヒナさん」

 

 扉をノックすると、室内で書類に目を通していたヒナさんが顔を上げた。

 その視線は鋭いが、いつも通り落ち着いている。

 

「どうしたの。朝から随分と真剣な顔して」

「相談があります」

 

 私は椅子に腰掛け、背筋を伸ばした。

 余計な前置きは不要だ。

 

「本日、アコの誕生日です」

「知ってるわよ」

 

 即答だった。

 

「サプライズパーティーを開催したいと考えています」

 

「……もっと前に言いなさいよ。当日に言われても」

 

 そう言いながらも、ヒナさんは私をじっと見つめてくる。

 呆れと、ほんの少しの可笑しさが混ざった表情。

 

「ですが、思いついたのが本日でしたので」

「胸張って言うことじゃないわね」

 

 ヒナさんは書類を机に置き、深く息を吐いた。

 

「で? どこまで考えてるの」

「開催の可否について、ご意見を伺いに来ました」

「段取りは?」

「これからです」

 

「……でしょうね」

 

 一瞬、沈黙が落ちる。

 私は内心で覚悟していた。

 合理性を欠いた、突発的な提案。却下されても不思議ではない。

 

「まあ、誕生日のスピーチは考えてきましたが」

「ふーん……」

 

 数秒後。

 

「まあ、別にいいんじゃない?」

 

 その一言で、思考が止まった。

 

「……え、いいんですか?」

「元々計画……じゃなくて、カナなら言い出すと思ってたわ」

 

「えっと……?」

「なんでもない」

 

 ヒナさんは立ち上がり、軽く手を払う。

 

「とにかく、準備は万端ってことよ。放課後の16時に、もう一度来てくれる?」

「16時……かしこまり!」

 

「……」

 

⸻

 

 放課後。

 

 最後のチャイムが鳴り終わると同時に、私は速やかに風紀委員室へ向かった。

 廊下の空気は、昼間よりも少しだけ軽い。

 生徒の気配が減り、静けさが戻り始めている。

 

 そして――

 

 ぴったり16時。

 風紀委員室の前に到着した、その瞬間。

 

「あれ? お姉ちゃん!?」

 

「……アコ!?」

 

 まさかの主役と、正面衝突だった。

 

「え!? なんでお姉ちゃんがここに!?」

「えっと……ヒナさんから、16時に来るように言われて……」

 

「え? 私もヒナ委員長から、16時に来るように……」

 

 二人して言葉を止める。

 

 その時、扉が開いた。

 

「二人とも、揃ってるわね」

 

 ヒナさんが、いつもの落ち着いた笑みを浮かべて立っていた。

 

「え、ヒナ委員長……?」

「ヒナさん?」

 

「状況説明は後」

 

 きっぱりと言い切る。

 

「とりあえず、中に入りなさい」

 

 有無を言わせない口調だった。

 私とアコは顔を見合わせ、同時に小さく頷いた。

 

⸻

 

 風紀委員室の照明は、落とされていた。

 

 足を踏み入れた瞬間、わずかな違和感を覚える。

 室内は静かだが、いつもと何かが違う。

 空気が、妙に張りつめているように感じられた。

 

(……?)

 

 思わず足を止める。

 

 その沈黙を破るように、ヒナさんが静かに問いかけた。

 

「二人に聞くけど、今日は何の日?」

 

 突然の質問に、私とアコは顔を見合わせる。

 

「「それは……」」

 

 一瞬の間の後、同時に声が重なった。

 

「アコの誕生日です!」

「お姉ちゃんの誕生日です!」

 

「「え?」」

 

 互いの言葉を聞いて、二人とも固まる。

 

 その様子を見て、ヒナさんは小さく笑った。

 

「そういう事よ」

 

 その瞬間――

 室内の照明が、一斉に点いた。

 

「せーの!」

 

「「誕生日おめでとう!!」」

 

 拍手が鳴り響き、紙吹雪が舞う。

 一瞬、思考が完全に停止した。

 

「えっ……!?」

「な、なにこれ!?」

 

 状況を理解できないまま視線を巡らせると、

 イオリさんが腕を組み、どこか得意げに頷いているのが目に入った。

 チナツさんは、柔らかな笑みを浮かべながら、すでにテーブルの準備を始めている。

 

 机の上には、二つのケーキ。

 ろうそくも、プレートも、きっちり二人分用意されていた。

 

(……なるほど)

 

 ようやく、全体像が見えてくる。

 

 そんな私たちを見て、ヒナさんが一歩前に出た。

 

「説明するわね。簡単よ」

 

 まず、アコの方を見る。

 

「朝、アコが来たの」

「えっ!?」

「『お姉ちゃんの誕生日だから、サプライズパーティーを開いてほしい』って」

 

「ちょ、ヒナ委員長!?」

 

 アコの顔が、一瞬で赤くなる。

 

 次に、ヒナさんの視線が私へ向いた。

 

「その数時間後、今度はカナ」

「……はい」

 

「『アコの誕生日にサプライズパーティーを開きたい』って」

 

 イオリさんが肩をすくめる。

 

「見事に同時多発だったってわけ」

「だから最初から二人分用意してたんです」

 チナツさんが穏やかに補足する。

 

 アコが、恐る恐るこちらを見上げてくる。

 

「お姉ちゃん……?」

「……はい」

 

「私、今日はお姉ちゃんの誕生日を祝う日だと思ってて……」

 

「奇遇ですね。私もアコの誕生日を祝うという認識でした」

 

 二人して、思わず小さく笑ってしまった。

 

「ほら、主役二人はもっと前に出なさい」

 

アコの表情はどこか落ち着かず、それでも確かに嬉しそうだった。

 

「それで? カナ。スピーチがあるんじゃなかったの?」

 

「えっ」

「スピーチ?」

 

 アコがきょとんとした顔でこちらを見る。

 一方、イオリさんは、にやにやと嫌な笑みを浮かべていた。

 

「さっき言ってたじゃない。“誕生日のスピーチは考えてきました”って」

「えー……でも、なんか恥ずかしいというか」

 

「何よ今更。カナの一般常識の知識の無さの方が遥かに恥ずかしいじゃない」

 

「シンプル悪口」

「冗談よ」

 

 チナツさんが、やんわりとフォローに入る。

 

「でも、せっかく用意してきたんでしょう?」

「……はい。一応」

 

 私は内ポケットから、一枚の紙を取り出した。

 何度も折り返したせいで、端が少しよれている。

 

「本当に読むんですか……?」

「読む」

「読まなきゃ始まらないでしょ」

「はい拍手の準備」

 

 ヒナさんが腕を組んで頷いたのを見て、私は観念した。

 

(……覚悟を決めましょう)

 

 軽く咳払いを一つ。

 

「『アコ、まずは誕生日おめでとう。こうして、アコの誕生日を近くで祝うのは、10年ぶりですね』」

 

「っ……」

 

 アコが息を詰まらせたのが、はっきりと分かった。

 私は紙から視線を上げず、そのまま言葉を続ける。

 

「『この10年の間、私は何度もあなたの誕生日を思い出しました』」

「『直接祝えなかった年も、声をかけられなかった年も』」

「『それでも、12月22日だけは忘れたことがありません』」

 

 室内が、静まり返る。

 先ほどまでの賑やかさが嘘のようだった。

 

「『あなたが元気でいるか』」

「『笑えているか』」

「『誰かに大切にされているか』」

 

 私は、ゆっくりと息を吸う。

 

「『それを想像することしかできなかった時間は、正直に言って――長かった』」

 

 アコの肩が、わずかに震える。

 

「『でも、今日こうして隣に立って』」

「『ようやく、10年分の誕生日が追いついた気がします』」

 

 そこで、私は初めて紙から目を離し、アコを見る。

 

「『アコ』」

 

 名前を呼ぶだけで、胸の奥が詰まる。

 

「『あなたは、私の妹で』」

「『双子で』」

「『……私がここに戻ってくる理由でした』」

 

 喉が、小さく鳴った。

 

「『あなたがいたから、私は生き延びました』」

「『あなたがいたから、戻ってきました』」

 

「『だから今日という日は』」

「『あなたの誕生日であると同時に』」

「『私が、ここにいていいと確認できた日でもあります』」

 

 紙を、そっと折りたたむ。

 

「『生まれてきてくれて、ありがとう』」

「『待っていてくれて、ありがとう』」

「『……一緒にいてくれて、ありがとう』」

 

 誰かが、鼻をすする音がした。

 

「立派なスピーチだったわよ、カナ」

 

 ヒナさんが、目元を抑えながら微笑む。

 

「ありがとうございます、ヒナさん。では次に──」

「え、次?」

 

 私は咳払いを一つし、再び紙に視線を落とした。

 

「『次に、ヒナさん、イオリさん、チナツさんをはじめとする皆様へ』」

 

 その瞬間、全員がわずかに身構える。

 

「『イオリさん、毎回私の隣でサポートしてくれてありがとうございます』」

 

「なんか照れくさいな……」

 

「『チナツさん、いつも優しく接してくれてありがとうございます』」

 

「どういたしまして」

 

「『そして……ヒナさん』」

 

「!!」ドキドキ

 ヒナさんの表情が、わずかに強張る。

 

「『カッコ、カッコ閉じる』」

 

「なんか入れなさいよ!! なんで私だけ空欄なの!?」

 

「『という冗談は置いておいて、ヒナさんには感謝してもしきれないほど支えてもらいました』」

 

「……!」

 

「『いつも問題を起こしてばかりの私ですが……ヒナさんは……グスッ』」

 

「カナ……」

 

 ヒナさんの声が、わずかに震える。

 

「『それはさておき、私の好きな映画は──』」

 

「さておくな!!! 今の啜り泣きなんだったの!?」

 

 イオリさんが額を押さえ、

 チナツさんは困ったように微笑む。

 アコは、泣き笑いのまま、私を見上げていた。

 

「……でも」

 

 私は、もう一度だけ真面目な声に戻す。

 

「冗談は、本当にさておきます」

 

 室内が、再び静かになる。

 

「ヒナさん」

「……なによ」

 

「こんな私を、風紀委員会のメンバーとして迎え入れてくれて……本当にありがとうございます」

 

 言い終えた瞬間、

 胸の奥に残っていた熱が、すっと静まった。

 

 ヒナさんは、しばらく黙って私を見つめていた。

 怒っているわけでも、照れているわけでもない。

 ただ、まっすぐな眼差しで、私の言葉を受け止めていた。

 

「……カナ」

 

 ヒナさんが、少し間を置いてから、ゆっくりと口を開いた。

 

「迎え入れた、なんて言い方しないで」

 

 その声には、いつもの厳しさはない。

 かといって、甘やかすような柔らかさでもなかった。

 静かで、落ち着いていて、芯のある声だった。

 

「私たちがしたのは、特別なことじゃない」

 

 ヒナさんは一度視線を落とし、机の上に並ぶケーキの皿や、床に散らばった紙吹雪に目を向ける。

 賑やかさの名残を確かめるように、ほんの一瞬だけ見つめてから、再び顔を上げた。

 

「――居場所っていうのはね」

 

 その一言で、室内の空気が、静かに引き締まる。

 

「“誰かが用意して与えるもの”じゃなくて、“一緒に守るもの”なのよ」

 

 その言葉は、真っ直ぐだった。

 回りくどさも、慰めもない。

 だからこそ、胸の奥に深く刺さる。

 

 隣で、アコが小さく息を飲むのが分かった。

 

「……」

 

 ヒナさんは、私から視線を逸らさないまま続ける。

 

「だから、あんたがここにいるのは、許可でも恩でもない」

 

 一拍、間を置いて。

 

「――“あんたが選んだ”ってこと」

 

 私は、思わず目を瞬いた。

 

 その言葉は、私の中でずっと曖昧だった何かを、はっきりとした形に変えてくれた。

 

 居ていいのか、戻ってきてよかったのか。

 自分で選んだはずなのに、どこかで不安だった、その答えを。

 

「カナ」

「……はい」

 

「居場所が欲しいなら、遠慮しないで戻ってきなさい」

 

 ヒナさんの声は、穏やかだった。

 

「帰ってきたら、ちゃんと叱るし、ちゃんと守る」

 

 ほんの少しだけ、唇の端が上がる。

 

「――それが、仲間ってものでしょ」

 

 その一言で、喉の奥がきゅっと締まった。

 

 泣くつもりはなかった。

 けれど、視界がわずかに滲む。

 

「……理解しました」

 

 返事をする声が、ほんの少しだけ掠れていた。

 

 その次の瞬間。

 

「じゃあ感動タイムはここまで!」

 

 イオリさんが、ぱん、と手を叩く。

 

「ケーキ食べましょう、ケーキ」

 チナツさんが、いつもの調子で場をまとめる。

 

 急に戻った日常の温度に、空気が一気に和らぐ。

 

 アコは、まだ涙の跡を残したまま――

 それでも、確かに笑っていた。

 

 私は、胸の奥に残る温かさを感じながら、静かにフォークを取る。

 

(……12月22日)

 

 一年で最も重要な日。

 

 その理由は、アコの誕生日だから――

 だけではない。

 

 ここに戻っていい。

 ここにいていい。

 そう言ってくれる人がいる日でもある。

 

 それは、私にとって――

 十分すぎるほどの“祝福”だった。

 

 




本日12月23日、誕生日間に合いませんでした!
そして、↓はこの小説と同じ世界線の話になります。今後ちょろっとカナが出てきますのでよければお気に入り登録などお願いします

https://syosetu.org/novel/396827/1.html

今後はどんな話がみたい?

  • ブルアカ本編のストーリーに介入
  • ギャグ路線で暴走
  • アコとカナの百合展開
  • カナの空白の10年間
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。