寝起きお姉ちゃん
ゲヘナの風紀委員室は、昼休みの喧騒が嘘みたいに静かだった。
私はモニターの前に座り、つい眉をひそめる。
「……お姉ちゃん、来ないですね」
ぽつりと独り言を漏らすと、奥で紅茶を啜っていたイオリが顔を上げた。
「珍しいね。カナが欠席なんて」
「いつもは朝五時には来てるんですよ」
「何のために……?」
「さあ? ずっと『眠い〜』って言いながらお菓子食べてただけです」
「……なんでそんな詳しいの?」
「……徹夜してると、私が帰れないんです。深夜三時に来てた日もあって」
「ほんと何しに来てるのよ……」
書類の山に埋もれていたヒナ委員長も、呆れたように顔を上げる。
でもその声の端に、少しだけ心配の色が混じってるのが分かった。
「まあ確かに、あれだけ入り浸ってたカナが来ないのは珍しいわね」
「連絡もないんです。モモトークも未読のまま……」
私はポケットからスマホを取り出して確認する。未読のままのメッセージが、余計に不安を煽った。
「まさか寝坊……?」
「まあ、そうだろうね」
イオリは肩をすくめる。いつものお姉ちゃんを想像したのか、妙に楽しそうに笑った。
「……GPSでは、家にはいるみたいなんですけど」
「え、ストーキング?」
「違います!心配してるだけです!」
慌てて否定すると、イオリは吹き出した。……くそ、笑ってる場合じゃないのに。
「……ヒナ委員長。お姉ちゃんの様子、見てきてもいいですか」
私は椅子を立ち、制服の胸元を正して腕章を締め直す。
「ええ。今は業務も落ち着いてるし、構わないわ」
ヒナ委員長は書類に視線を戻しながらも、口調にはほんの少し優しさが滲んでいた。
「……行ってきます」
私は一礼して、委員室を出た。
⸻
住宅街の外れ、小さな坂道の途中に建つ一軒家。
洗濯物が風に揺れている以外は、本当に静かだった。
「ここで……合ってるはずですよね。GPS的には」
思っていたよりしっかりした造りの家に、私は少し意外そうに眉を上げる。
「てっきりアパートかと……」
インターホンを押す。……沈黙。もう一度。……沈黙。
「……お姉ちゃん?私です。生きてますか?」
冗談交じりに声をかけた、その瞬間。
ガチャリ。扉が少し開いて、中から顔を出したのは──
「……アコ?」
完全に寝起き顔のお姉ちゃん。
「やっぱり寝てたんですね!!」
「んぃ……今日って、平日……?」
「当たり前です!もうお昼ですよ!」
「眠い……」
「そこでまた寝ないでください!もう……!」
私は呆れ半分、安堵半分でため息をつく。ほんと、この人は。
「……お邪魔しますね」
「どうぞ〜……」
靴を脱いで室内に入ると、薄暗い部屋。散らかってはいないけど、生活感が妙に薄い。
コンセントにだけ繋がれた炊飯器(中身は空)。
テーブルにはスナックの空袋。ソファには丸められた毛布。
「……お姉ちゃん、こんな部屋に住んでたんですね。意外でした」
「悪口か褒め言葉か分からないな〜……」
「お姉ちゃんにしてはまともだなと思ったんです」
「やっぱり悪口だった〜……」
毛布に包まるお姉ちゃんに苦笑しつつ、私はゴミ袋を取り出して手早く空袋を放り込んでいく。
「片付けてくださいよ。健康にも悪いですし」
「アコがずっといてくれればな〜……掃除して、ご飯作って……えへへ」
「誰が専属家政婦ですか」
口ではそう言いながらも、私は冷蔵庫を開け、残り物を確認して鍋に水を張って火にかけていた。……もう慣れた動き。
「お姉ちゃん、これからは私が朝起こしに来ますからね」
「それは……プロポーズと受け取ってもいいんですね?」
「なんでそういう時だけ目が覚めるんですか。ずっとふにゃふにゃしてれば可愛いのに」
私はため息をつきながら椅子に腰を下ろす。
ソファに沈み込んだお姉ちゃんはリモコンをいじり、テレビをつけた。
『昨夜未明、郊外の学園施設にて、何者かによる襲撃事件が発生──』
「またこのニュース……お姉ちゃんも気をつけてくださいよ」
「気をつける……?」
「最近問題になってるんです。正体不明の襲撃者が単独で学園を壊滅させたって。都市伝説みたいに言われてますけど、実際に事件も起きてますから」
私はタブレットを見せる。そこには同じような襲撃事件のニュースが並んでいた。
「ほら。“犯人の特徴は不明、証言は食い違い、監視カメラは全て破壊されていた”って」
※イメージ
「ほえ〜……」
お姉ちゃんの、あまりに気の抜けた返事。
私は思わず眉をひそめ、机にタブレットを置き直した。
「なんですか『ほえ〜』って……もっと関心持ってくださいよ。もしかしたら巻き込まれるかもしれないんですよ?」
「巻き込まれるって……ゲヘナでですか?空崎ヒナさんがいるのに襲うなんて命知らずな人いますかね……?」
「それはそうですけど、念の為です!」
「私はアコが無事ならそれでいいです」
「さらっとそういうこと言うんだから……嬉しいですけど……もしゲヘナが襲われたらどうするんです?」
私の問いに、お姉ちゃんは少し黙って目を細めた。
「うーん……ちょっとわからないかな」
「わからないって……まあ、確かに突拍子もない話ですけど」
「いえ、そうじゃなくて」
「?」
怪訝に首をかしげた瞬間――
「“私が”何をするかわからないかな」
「え……?」
いつもの穏やかな微笑み。なのに、背筋をぞくりと冷たいものが走った。
なぜか、殺気すら感じるような……。
「……と、とりあえず、ご飯つくりますね?」
私は慌てて話題を切り替え、立ち上がる。
お姉ちゃんも毛布をずるりと肩から落とした。
「アコ、私も手伝いましょうか?」
「時間の無駄ですので」
「む、そうですか」
あっさり引き下がってソファに沈み込む姿は、いつも通りのポンコツっぽさ。
でも、さっきの言葉がどうしても頭に残って離れなかった。
“私が何をするか、わからない”
その意味は──。
「……もしゲヘナが襲撃されたら、お姉ちゃんが全裸で走り回るかもしれないってこと……?」
「え?そういう予測?」
背後から寝起き声でツッコミ。
「可能性はゼロじゃないです!お姉ちゃんですから!」
「えー、そんなことしないよー。上は着るよ」
「どっちかと言ったら下を履いてください」
お姉ちゃんは布団を頭からかぶり直し、もぞもぞと寝直そうとする。
「ねえ……アコ」
「なんですか?」
「もし……もしだよ?私が暴れたら、アコが止めてくれる?」
ほんの少し寂しげな声。私は一瞬だけ言葉に詰まったけれど、すぐに真顔で答える。
「はい、即ライフルで頭狙います」
「もう少し躊躇ってくれてもいいんだよ?」
「えー……じゃあ、5秒くらい猶予を与えます」
「それ、“助ける時間”じゃなくて、“仕留めるタイミング”の猶予だよね?」
「バレましたか。というか先日ヘルメット団にコテンパンにされてたのに暴れるも何もないじゃないですか」
「……あれは手加減してただけですよ。私が本気を出せばキヴォトスなんて片手で」
「はいはい」
私はスプーンを指でくるくる回しながら流す。
「でも、お姉ちゃんがほんとに暴れたら──まず私が止めます。ライフルでも、説得でも、張り手でも、何でも使って」
「張り手はやめて……痛いから」
「それで止まるなら一番平和的です」
布団の中から、くすくすと笑う声が聞こえた。
「アコがいるなら……うん、大丈夫かも」
夢の途中で呟いたみたいな、優しい声。
「大丈夫って……何がですか?」
呼びかけても返事はなく、布団の中からは規則正しい寝息だけ。
「お姉ちゃん?」
耳を澄ますと、かすかな寝言が漏れ聞こえてきた。
「……すぴー……アコ……はんばーぐ……」
「寝てるーッ!?なんでこの流れで安心して寝に入れるんですか!?」
思わず叫ぶ私の横で、さらに寝言。
「……ソースはデミがいいな……じゅる……」
「……はあ、ハンバーグの材料でも買ってきますか」
呆れ半分、苦笑半分で玄関へ向かう。
午後の光が窓から差し込み、部屋をほんのりと照らしていた。
「……ちゃんと野菜も食べさせなきゃですね」
靴を履いて振り返ると、布団の山からまた寝言。
「……ケチャップは別添えで……」
「はいはい、わかりましたよ」
小さく返事をして、口元をゆるめる。
やっぱり、放っておけない。
私はそう思いながら、ゆっくりとドアを開けた。
いつもの空、いつもの町並み。
静かな午後のあたたかさが、確かにそこにあった。
※チナツはメモロビの撮影により不在です
今後はどんな話がみたい?
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ブルアカ本編のストーリーに介入
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ギャグ路線で暴走
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アコとカナの百合展開
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カナの空白の10年間