「……ただいま戻りました。ヒナ委……」
風紀委員室のドアを開けた瞬間、私は思わず立ち止まった。
目に飛び込んできたのは――
「カナお姉ちゃん……!お願いだから真面目に仕事を……!?」
ヒナ委員長が、顔を真っ赤にして叫んでいる姿。
……え?
「ヒナ……委員長……?」
思わず声が裏返る。
普段冷静な委員長が、よりによって“お姉ちゃん”なんて言う姿、誰が想像できるだろうか。
「ア、アコ!? 違うの!違うの!!これはカナが! カナがどうしてもって!!」
慌てふためくヒナ委員長。
でも私の目には、お姉ちゃんの姿がどこにも見当たらない。
「……?お姉ちゃんがどこにもいませんが……」
私がそう言うと、ヒナ委員長の表情が固まった。
彼女が横を見る。
そこにあったのは、等身大の鏡。
映っていたのは、さっきまで「お姉ちゃん」と呼んでいたときのヒナ委員長自身の顔。
わずかに口元が緩んでいて、いつもの委員長らしくない柔らかさが漂っていた。
そして、その鏡に一枚の紙がぺたりと貼られていた。
『あまりに尊すぎて限界でした。お手洗い行ってきます』
「…………カナあああああああああッッ!!!!!!!」
ヒナ委員長の絶叫が、部屋を揺らす。
私は状況を呑み込めず、ただ呆然と立ち尽くすしかなかった。
(……ほんの少し席を外しただけで、どうして毎回こんな地獄が生まれるんですか……)
額に手を当てて深くため息をつく。
私が“シャーレのお手伝い”で風紀委員室を留守にしていた、その数時間前のことらしいです。
───────
風紀委員室のドアが、ゆっくりと軋んだ音を立てて開いた。
その音に反応し、書類をめくっていたヒナが視線だけをそちらに向ける。
「……カナ。顔が死んでる」
無言で入ってきたカナは、フラフラとよろめくような足取りで席に向かい、座るや否や、そのまま机に突っ伏した。
髪は寝癖で跳ね、目元はどこか虚ろ。魂の抜け殻のようだった。
「アコが……いないんです……」
ぽつりと漏れたその一言に、ヒナは深くため息をつく。
「またか……」
そう、今日はアコが“シャーレのお手伝い”で不在だった。
風紀委員たちにとっては見慣れた光景だ。
アコのいない日は、もれなくカナの機能も停止する。
ただの欠員ではなく、戦力が一人“蒸発”する感覚だ。
「今度からカナも一緒について行けば?」
イオリが軽く肩をすくめながら提案した。
たが、机に顔を埋めたままのカナは、首だけを横に振る。
「イオリさん……今の、妹に飢えている私がシャーレに行ったら……どうなると思いますか?」
「え?」
顔を上げたカナの目は真剣だった。
「わかってますよね。万が一にですが……嫉妬で先生を“やって”しまうかもしれないということを」
「は!? 物騒すぎるでしょ!? ていうか“やって”って何!?」
「……ああ……先生とアコが、二人で笑い合っていたら……私、どうなってしまうんでしょうか……。そういえば今日は【首輪】のようなものを持っていきましたけど……何に使うんですかねアレ。こんな気持ちになるなら、いっそ花や草木に生まれたかった……」
カナは天井を仰ぎながら、ゾッとするような吐息を漏らす。
「……カナにとってのアコちゃんって何なの?」
イオリが若干引き気味にそう返した。
「しにたい……」
「感情重っっ!!」
⸻
しんとした空気の中、チナツがぽつりと呟いた。
「それなら今日だけ、行政官の代わりにヒナ委員長を“妹”にしてみては?」
「ふむ……」
即座に反応したのはカナだったが――
「ちょっと待って」
ヒナが食い気味に制止する。
「……チナツ、そういう軽率な発言はやめなさい」
だがその瞬間、机に沈んでいたカナの肩がピクリと震えた。
「妹……ヒナ……」
カナがガバッと跳ね起きた。
真剣な眼差しでヒナを凝視し、そしてゆっくりと距離を詰めていく。
「いや、無理だから」
ヒナが一歩下がる。
「……」
カナはまるで何かの検品官のように、ヒナをじろじろと観察し始めた。
顔、スタイル、足、胸……あらゆる部位に視線を滑らせながら、ぼそぼそと何かを呟いている。
「顔よし、スタイルよし、太ももよし、胸……」ブツブツ……
「……カナ?」
観察を終えたカナは、静かにチナツの耳元へ歩み寄ると、そっと囁いた。
「……」コソコソ
「……なるほど。委員長、大変言いづらいのですが、ヒナ委員長は妹の条件を満たしていないみたいです」
「なんか……妙に腹立たしいんだけど」
「いえ、決して悪い訳ではありません。73点です」
「何その点数」
「柔軟性、無防備さ、そして守りたくなる空気……いずれも惜しい。あと5歳若ければ……!」
「殺すわよ」
ヒナの声が低く、冷たい。もはや刃だ。
「……やっぱりアコと比べてしまう……クッ……!」
カナが胸元を握りしめ、天井を見つめながら涙ぐむ。
「じゃあさ、カナ」
イオリが悪ノリ気味に言った。
「ヒナ委員長をアコちゃんに例えて褒めてみたら?」
「ヒナさんをアコに……なるほど……!」
「やめなさいよ」
ヒナの静かな忠告など聞く耳を持たず、カナは前に出た。
「……癖のない、艶やかな白髪。月夜の光を集めたような、清らかな髪色」
「ほう……?」
ヒナがまんざらでもなさそうに目を細める。
「屈託のない笑顔。理知的で冷静ながら、どこか小動物的な可愛さも感じさせる……」
「へぇ……」
「そして何より、**肉付きのいい体型も……**ん? 肉付きのいい……?」
その瞬間、部屋の空気が凍りついた。
「そこは違和感あるんだ」
「最低」
ヒナの瞳が据わる。
カナはハッとし、慌てて頭を抱えた。
「だ、ダメです……! 本来の妹、アコと比べてしまっている……!
アコの繊細な輪郭と比べてしまい、どうしても“肉付き”の印象が強くなって……!」
「ここまで命が惜しくない人、初めてだわ」
ヒナは机から金属バットを取り出そうと手を伸ばす。
それでもカナはあきらめなかった。
「やはり何かが足りない……何か……っ!!」
「カナ?」
「……ヒナさん。試しに、私を……お姉ちゃんと呼んでくれませんか」
「絶対にイヤ」
即答だった。
「お願いします!もしかしたら、それで補正がかかって見える世界が変わるかもしれないんです……!」
「意味わかんないわよその補正理論。どんな脳してるの?」
「一度だけでいいんです!! 呼んでくれたら、一ヶ月真面目に風紀活動します!!」
ヒナの動きが止まった。
「……一ヶ月……!」
ヒナはカナを睨みながらも、ほんのわずかに黙り込む。
そして、脳内では冷静な損得計算が始まっていた。
(……“妹ドーピング”。それが一ヶ月続くなら――)
(業務効率アップ→残業削減→睡眠時間確保→ストレス軽減)
(……悪くない。いや、むしろ……かなりいい)
ヒナの目が鋭くなった。
「……本当に一ヶ月、サボらずやるのね?」
「誓います! アコの名にかけて!!」
「……よろしい」
歯ぎしりを堪えながら、ヒナは小さく息を吐く。
((委員長疲れてるなぁ……))
イオリとチナツはヒナがマトモな判断が取れなくなるほど疲れきっている様子を見てため息をつく。
「一回だけよ。これでなにも起きなかったら、その場で制裁だからね」
「もちろんです。全力で受け止めます……!」
ヒナは顔をそむけるようにして深呼吸し、
覚悟を決めるように声を搾り出した。
「……えっと、カナ……お、お姉ちゃ──」
──ガララッ
突然、風紀委員室のドアが開いた。
「ただいま戻りました。ヒナ委……」
その声に、全員が静止する。
そこに立っていたのは――
ファイルを抱えたアコだった。
そしてアコの目に映ったのは、
“お姉ちゃん”と口にしかけているヒナの姿だった。
「……ヒナ……委員長……?」
「カナお姉ちゃん……!お願いだから真面目に仕事を……!?」
ヒナの全身がピクリと硬直する。
「ア、アコ!? 違うの!違うの!!これはカナが! カナがどうしてもって!!」
「……?お姉ちゃんがどこにもいませんが……」
「は……?」
ヒナが隣を見た。
そこに、カナの姿はなかった。
代わりに置かれていたのは──等身大の鏡。
鏡に映っていたのは、「お姉ちゃん」と言った直後の自分の顔。
口元が微妙に緩んでいる。
その上に貼られていた一枚の紙。
『あまりに尊すぎて限界でした。お手洗い行ってきます』
「…………カナあああああああああッッ!!!!!!!」
次回、第9話「逃亡者カナと草むらの処刑」へつづく。
今後はどんな話がみたい?
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ブルアカ本編のストーリーに介入
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ギャグ路線で暴走
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アコとカナの百合展開
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カナの空白の10年間