仮面ライダーヴァレン・オーブエトワールショコラ 作:Ryo-ka
小鳥の囀りが聞こえる。肌に当たる優しい日差しが冬の終わりを告げ、新しい春の訪れを予感させる。俺はスマートフォンのマップアプリを使って時間までに何とかたどり着くことができた。周囲を見渡すとまだ開場時間の三時間前だっていうのに何百人もの人が集まっている。
今日は『Say-rain』のライブ当日。一夜限りのユニット結成ということもあってか直に観ようとそれぞれのファンが集まっている。同じ水色の法被を着てペンライトを振る練習をしている集団もいた。彼らが纏う法被の背中には『I LOVE HERO』と印刷されている。広とヒーローをかけてるのか?
「すっげぇな......」
取材相手に招待されてアイドルのライブを関係者席から観れるなんて初めてだ。内心ワクワクしている自分がいる。張り切って背筋を伸ばすと脇腹に激痛が走った。イテテ......やっぱりまだ痛みは引かねぇよな。脇腹を押さえながら歩き出す。たしかこのライブ会場は普段はスポーツとかで使われるんだっけか?自動ドアを抜けて中に入ると外と同じくらいの数の人で賑わっていた。仲間同士で談笑をするファン、忙しそうに会場内を行き来するスタッフ、俺が立っていると俺を追い越して一目散に中央の階段を昇っていくやつ。
「なんだ......なんかあんのか?」
気になって階段の前まで行くと『物販コーナーはこちら』という立て看板が設置されていた。なるほど、物販か。グッズとかそういうのが売ってるのはライブの定番だよな。スマートフォンで公式SNSを覗くとそれぞれのアイドルの過去グッズの再販や今日限定のグッズも売っているようだ。道理であんな血眼になって一目散に行くわけだ。俺も記念に買ってみるか。アイツらどんな反応するかな。鼻唄を歌いながら階段を上がり、そこで見た光景に唖然とした。
「篠澤広アクリルスタンド完売しましたー!」
「嘘だッッ!!!」
「ただいまX Lサイズの在庫確認をしております!しばらくお待ちください!」
「持ってきた袋!仲間に預けたカバンの中だ!?!これ全部を手に抱えるなんて無理だ!!うあぁあぁぁぁあ!!!」
「完売した月村手毬ぬいは後日、公式オンラインショップにして販売を予定しておりまーす!」
「あぁ、また新たな争いが生まれる......」
「......」
何回も折り曲げられた人の列。そこから聞こえ、入り混じる人の声。せわしなく働くスタッフの姿。欲しかったグッズを手に入れられて安堵するファンの横に完売という二文字を目に焼き付け、灰になるファンがいる。天国と地獄をミキサーにかけて皿に乗せたような場所。俺は何も言わず、何も買わず、逆再生のように階段を下りていった。そして事前に渡されていた関係者パスを首から下げて控え室の方へと歩き始める。
舞台の裏側、廊下を歩いていると何度もスタッフ達とすれ違った。このライブを支える関係者全員が本番に向けて真剣な表情で仕事をしている。さっきまでワクワクしていた俺がバカみたいだ。俺もしっかり仕事の一環としてこのライブに挑まねぇと!いい記事が書けねぇ!そう考えていると背中をツンツンと指で叩かれた。振り返ると無邪気に笑う一人の少女がいた。広だ。
「やっほーハンティー」
「ハンティーはやめろ!」
「ふふっ」
コイツのせいで引き締めた気が空気のように抜けていく。コイツは緊張とかしてねぇのか?でも、いつも見る格好じゃなくってちゃんとしたアイドルらしい服を着てるとコイツもアイドルなんだなと実感する。「そうだ。」広は思い出したかのようにそう呟いて楽屋に戻ると手に紙袋を持って再び俺の前に現れた。
「なんだ、それ?」
「プロデューサーの誕生日プレゼントを選ぶの、手伝ってくれたお礼、だよ。」
「あーそんなこともあったな。へへ...ありがとうな。」
「はい、どうぞ。」
広から紙袋を受け取った。可愛らしい花柄のシールで開かないように封されている。
「で、何が入ってるんだ?」
「チョコケーキ。おいしい、よ。」
「へーケーキとか作れんのか。意外だな。」
「たぶん......」
「たぶん?」
広の言葉で一気に不安になる。本人曰く友達と何度も失敗を繰り返してようやく食べられるものが作れるようになったらしい。最初の方は釘が打てるくらいの硬さの黒くて苦い物体Xが生まれたと本人が語った。この中の物、本当に食べて大丈夫なのか?
「大丈夫、手毬にギリギリ合格点は貰った。たくさんあるから、友達と食べて。」
「そっか。それなら大丈夫だな。きっと俺のお菓子に目がないダチも喜ぶ。」
「感想、聞かせて、ね。」
「おう!......なぁ、広。」
「なに?」
「もうすぐ本番だけど大丈夫か?確かトップバッターだったよな?」
「それは......緊張してるか、って、こと?」
「ははっ......何回もライブやってるプロに聞く質問じゃなかったな。今のはな......」
「してるよ。」
「え?」
さっきの広とは別人のように真っ直ぐな目で俺を見つめた。これが本物のアイドル。そうか、どうして忘れていたんだろう。このライブは三人のアイドルを中心に動いている。それを支えるために大勢の人間が真剣に挑んでいるんだ。支えられ送り出されるアイドル本人が緊張、いや巨大なプレッシャーを感じていないわけがないんだ。こんな細い身体の背中には俺が言葉にできないほどの重荷がのしかかっている。
「緊張はしてる。でも、ね。それと一緒に、すごくワクワクしてる。」
「ワクワク?」
「うん。緊張はわるいことじゃない、よ。失敗したくないから、どうでも良くないから緊張するの。わたし、ね。昔はよく大勢の前で発表してたんだよ。論文とか、賞とかで。でも、その時はドキドキしなかった。つまらなかったから。いつもどおりだったから。」
「......」
「だから、この心臓の熱い高鳴りがすごく、すき。このドキドキをずっと感じてたい。」
「やっぱり、お前はすごいやつだよ。」
「ふふっ......でしょ。」
誇らしげに広はそう言うと楽屋にいたメイク担当の女性に呼ばれ、楽屋に入っていった。入る瞬間に俺に向かって手を振ってきたので俺も振り返した。さて、今のうちに飲み物でも買いに自販機でもいくかな。俺は広から貰った紙袋をバッグにいれると、できるだけ邪魔にならないように静かに廊下を歩き始めた。
「えーっとたしか。マップにはここに自販機が......あっ、あった。」
館内マップを頼りに廊下を歩いていると自販機が設置された休憩スペースへ到着した。明かりがついてない。廊下の蛍光灯が唯一の明かりだ。しっかしかなり奥だな。本番前ってこともあった人っ子一人いやしねぇ。まぁ、そっちの方が休憩するには落ち着くよな。缶コーヒーにするかと思ったけど、もうすぐ本番も始まるしキャップがあるペットボトルの方がいいな。ホットじゃなくなるけどライブに来ると盛り上がりすぎて熱くて汗をかくんだっけ?それなら冷たい方にするか。俺が自販機の前に立って小銭を入れようとしたその時だ。歌が聞こえる?
「ふんふんふん、しょしんしょめいのこの思いをー」
「うん?」
「きいて、私......うん?」
声がする方へ視線を向ける。休憩スペースのさらに奥の隅に設置されたソファに座って鼻唄を歌う手毬の姿がそこにいた。暗くて気づかなかった。手毬は俺と目が合うと不機嫌そうにじーーっとこちらを睨むと耳につけていたイヤホンを外してポケットに入れてしまう。
「わっ悪い!邪魔するつもりはなかったんだ!」
「辛木田さん...ですよね。私達の記事を書いた。今、集中してるんで話しかけないでもらえますか?」
「おっおう......」
手毬は睨みながらも再びイヤホンを耳につけて眠りに落ちるように瞳を閉じた。今時、有線のイヤホンと持ち運び用のプレーヤーって珍しいなと思いながら、自販機に小銭を入れた。俺も学生の時に使ってたっけ。今じゃ完全にワイヤレスイヤホンの方が便利になって有線使ってるやつはあんまり見なくなったよな。すると、手毬の方から音楽が聴こえ始めてきた。音漏れしてるな。言った方がいいか?それにしても......
「いい曲だな。」
思わず口に出してしまう。やべ、話しかけないって言われたのに!俺の声に反応して瞳を閉じていた手毬がこちらを少し睨みつけた。怒ってる......よな。慌てて退散しようとペットボトルのアイスコーヒーのボタンを押した。ガタン!というアイスコーヒーが落ちる音が静かな休憩スペースに響き渡る。
「わっわりぃ!今すぐ出て行くから!」
「辛木田さんも...そう思いますか?」
「え。」
想定外の反応だ。俺はてっきり怒られるものかと思っていた。
「あっあぁ。こう見えて昔は荒れててさ。その時よくダチと一緒にカラオケで歌いまくって朝帰りとかしてたんだよな。」
「こう見えてって......今でもかなりそう見えますけど?」
「なっ!」
「初めて会った時、柄シャツにロングコート。胸ポケットにかけたサングラス。広と一緒にいたから、なんとか信用できたけど道端で会って話しかけられたらかなり不審者ですよ?職質とか通報とかされたことあるでしょ?」
「あっ...あぁ......」
反論したいけどめちゃくちゃ心当たりあって何も言えねー!そういえば前にダンス教室に通う小学生に防犯ブザー鳴らされたっけ。思い返してみれば結構あった気がする。やっぱり怪しいやつに見えるのか俺??
「図星?」
「ぐっ!」
「隠し切れてない元ヤン感。」
「がっ!」
「フリーライターを名乗るチンピラ。」
「うがっ!」
胸が痛い。怪我してないのに胸が痛い。昔の荒れてた時の俺がフラッシュバックして心臓がきゅってなる。険しい顔を浮かべ、項垂れる俺のその姿を見て手毬はニヤニヤと笑っている。
「ぐぐっ......言わせておけば!」
「でも、辛木田さんはセンスがあります。」
「え、あっ......だろ!この服とか最近買った冬服の中だと結構お気に入りでな!古着屋で見つけた瞬間に即買っちまって!なんて店だったかな......確か。」
「いや、服の話なんてしてないですけど?......私の曲をいい曲って言ってくれたことです。」
「私の曲......あぁ、さっきのって自分の曲なのか。」
「は?本番前に他の曲なんて聴くわけないじゃないですか。」
「そりゃ......ごもっともで。」
「私は自分の歌を聴くと落ち着くんです。不安を消して私を肯定してくれるから。普段はワイヤレスイヤホンを使ってるんですけど、有線の方が直接聴いているように感じて好きなんです。私にとって歌は全て。この人生を懸けて私は私の歌でトップアイドルになります。」
「やっぱり、トップアイドル......か。」
手毬は「そろそろ時間。」と言って壁にかけられた時計に目を向けた。まだ全然始まるまでには時間がある。いや、アイドルはそれよりもずっと前にバックに待機している必要はあるか。手毬はソファから立ち上がって俺の前に立つとこう言った。
「今日のライブは私のファン以外に広と十王会長のファンもいます。だから、心配なんです。」
「心配?」
「私の歌を聴いたせいで、二人のファンを奪っちゃうかもしれないって。」
「ははっ、すっげぇ自信だな。」
「アイドルですよ?自信があるに決まってるじゃないですか。辛木田さんに証明してみせます。この、ライブで。辛木田さんも私のファンになっちゃうかも。」
「そりゃ楽しみだ。頑張れよ、手毬。」
「はい!」
手毬は自信満々な笑顔で俺にそう告げると俺が来た廊下を走り出した。俺はその姿を見送ると手に持っていたアイスコーヒーのペットボトルのキャップを開けて一気に飲んだ。おかしいな、ライブが始まると熱で喉が乾くって聞いてたんだが、まだ始まってもいないのに喉が乾いて仕方ねぇ。やっぱり夢ってやつは溶けちまうくらいに熱いな。