仮面ライダーヴァレン・オーブエトワールショコラ 作:Ryo-ka
僅か数分間の混乱。時間が経過するにつれて少しずつ確実に冷めていく観客の熱。いち早くライブを再開するためにスタッフが裏で走る中、暗闇に包まれたステージの上に立つ手毬は周囲を見渡した。
(なっ何があったの?曲が流れない......機材のトラブル?せっせめてステージのライトを......真っ暗...やだ、怖いよ......誰か、助けて......)
マイクを握っていた手が静かに震える。少しでも怖さを紛らせようと目を瞑ろうとしたその時だった。ステージの向こう、観客席から一本の青いペンライトの光が目に映った。
「え......」
観客席に座る一人の中学生くらいの少女が精一杯腕を伸ばしてペンライトを振っていた。隣に座っていた友達が慌てて声をかける。
「ちょっちょっと何やって!」
「だって!手毬ちゃんこの間のラジオで暗い場所が苦手って言ってたから、少しでも明るくしてあげないとって!」
「だっだからって!」
友達の考えとは裏腹に周囲の観客達もペンライトをつけ始めた。少女を中心にして波紋のように青い光が広がっていき、たちまち暗闇だった観客席は青色に染まっていく。手毬の瞳に光が反射する。
(みんな......そうだ、もう私は一人なんかじゃない。みんながいる!だったら私が答えないと!!)
マイクを強く握りしめる。手毬が出した答えは一つだった。指を鳴らしてリズムをとる。
「淡い暗い夜に浮かんでー」
「崩れた灰色の中でー」
「ただ光る自分を探してーるのー」
「ふぅ、」
曲も演出もない。ただ、月村手毬の歌声がマイクを通して響き始める。再び観客席から歓声が上がり始めた。盛り上がる観客とは反対に裏側のスタッフ達は唖然とした顔を浮かべている。
「月村手毬さんが曲無しで歌い始めました!!!」
「なっなにぃぃいぃぃい!?!」
「ふふっ、手毬らしい、ね。」
「そうね。歌い始めたら誰も彼女を止められないわ。」
控え室にいた広と星南は微笑みながらステージに立つ手毬の優しい歌声に耳を傾けていた。広が控え室の壁際で項垂れているスーツ姿の女性に目線を向ける。
「あっアイツ......まさかと思ったけど本当にやりやがった!あぁ、どうスタッフに説明すれば!!」
「手毬のプロデューサー、すごく、よろこんでる。」
「あれ、喜んではいないと思うわよ。」
そして、Unhappy Lightを歌い終えた手毬は観客の拍手の中、ステージから退場した。観客席から「手毬ちゃんのアカペラをリアルで聴けるなんて思わなかった!」「すごいサプライズだったね!」「帰ったら友達に自慢しよっと!」と満足気な声が飛び交っていく。手毬が歌っている間にコードを取り替え、遅れることなく三人目である十王 星南のライブが始まった。
水分補給をしながら控え室へと向かう手毬に一人の女性が壁に寄っかかりながら待ち伏せていた。彼女と目が合った瞬間に瞳を輝かせながら駆け寄る。その瞳はお母さんにテスト良い点を取ったから見せに行く無邪気な子供のようだ。
「プロデューサー!観ててくれた?」
「しっかり観てた。ぜーんぶ。」
「あれ、プロデューサーどうしたの?手が震えてる。ははーん、さては私のライブを観て感動しちゃった?しょうがないよね、まさか私があそこで機転を効かせてアカペラで歌うなんて誰も想像できないから。」
「誰も想像できなかった。観客も私もスタッフも上の人も。」
「ぷっプロデューサー......目が...怖いよ。」
「なんであんな勝手なことをしたんだ?」
蛇に睨まれるような強い圧を感じる。手毬は小さくなって震えながら答えた。
「だっだって!ファンのみんなを機材のトラブルなんかで待たせたくなかったから!!」
「......はぁーーだよなー手毬ならそうすると思った。よし、怒る時間おわり!」
手毬のプロデューサーは全身を力を抜いて、ため息を吐くとニカッと笑って手毬の頭をわしゃわしゃと撫で始めた。手毬は少し照れながら下を向く。
「よく頑張ったな、手毬。」
「プロデューサー......まだ終わりじゃないよ、今日のライブは後半からが本番。終わったらご褒美......」
「おう、美味いトンカツの店、だろ?もう予約してあるから帰り準備は早く済ませるんだぞ。」
「うん!!」
手毬は笑顔でプロデューサーに手を振ると控え室へと衣装直しのために入っていく。本当の彼女は無邪気な子供のようだ。プロデューサーはその背中を見送るとステージに向かって歩き始めた。
「まったく、うちの歌姫には手を焼くな......でも、必ず手毬を私の残りの人生全部賭けて『トップアイドル』にしてみせる。」
その表情は決意に満ち溢れていた。星南が披露した『Chooo Chooo Chooo』『Our Chant』が終わり、二十分の休憩を挟んでライブが再開する。期待と興奮でざわつく観客達。ステージが再び暗闇に包まれた。
「みんな、おまたせ。」
広の声が聞こえ、観客達から歓声が湧き上がる。ステージの照明が点灯に三人のアイドルの姿を露わにした。センターに広。右に手毬、左に星南。全員が気合いと自信に満ち溢れてた表情を浮かべている。
「これが私達がみんなに届ける最後の曲!」
「全身全霊で歌うからついてきて!!」
「「「「うぉぉおぉぉぉぉおぉぉぉぉぉぉぉぉぉおぉぉぉおぉぉぉぉぉぉぉおおおお!!!!!」
「聴いて、『オリオン』」
「Are you ready?」
(We are Say-rain.)
「We're ready.」
(We are Say-rain!!)
重低音なギターとベースのサウンドと共にステージの照明が七色に発光を始める。観客達はそのリズムに合わせて三人のイメージカラーのペンライトをそれぞれが振った。ステージ中央へ星南と広が入れ替わり、マイクを片手に観客席に向かって指を差してウィンクをする。ステージの照明が黄色一色となった。
「「「What's!?」」」
「I never knew life could be so hard.」
「But! It's overflowing of hot fun!」
「「Yes!!」」
星南と手毬がハイタッチをしてステージ中央を入れ替わる。手毬がステージ中央に立った瞬間に照明が青一色となった。
「人生って楽しんだもの勝ちでしょ?」
「この心臓が高鳴る方へ!私達は進んでいこう!!」
手毬は広の方へ顔を向ける。互いに頷くと広はステージ中央に向かってゆっくりと歩き始めた。彼女についていくようにスポットライトが彼女を照らす。
「逆境はKnockout」
「頂上へのCountdown」
「楽しんだ方がvery easy あなたも、そう思う?」
「歌詞にシーソーな心理、イージー?ノー。人生ハードモード、言葉の波紋」
広のパートはラップパート。彼女の長年に渡る研究職としての発表や講義などで培った『滑舌の良さ』が遺憾なく発揮されるパートである。アップテンポなリズムに合わせて性格に歌詞一つ一つを確実に刻んでいく。
「「「このまま行こうぜ!GO TO THE TOP!!」」」
「3!」
「2!」
「1」
「「「DONE!!」」」
「「Unbreakable!This emotion!」」
「叶えるとあの星に誓って言った!」
「「Unbreakable!This tension!」」
「あの星にいつか触れられる気がしたんだ。」
「楽しくって、笑い合って、」
「苦しくなって、一人落ち込んで。」
「それでも」
「「それでも!!」」
「私達は前を走り続けた!!」
「「「手を伸ばす限り「夢」は続くと信じてるから!」」」
「「Unbreakable!This emotion!」」
「鳴り続け!私達のHeart beats!」
「「Unbreakable!This tension!」」
「降り注げ!私達のStar rain!」
「降り注げ!私達のStar rain!」
「降り注げ!私達のStar rain!」
「降り注げ!わたしのStar rain!!!!!」
最後の広の歌声が会場内をこだました。過去の彼女の今にも消えてしまいそうな声だったら、ここまで届かなかっただろう。曲が終わると共に観客達から歓声と拍手が巻き起こる。三人は息を切らしながらお互いを見つめ合った。広は自身の胸に手を置く。心臓の高鳴りが心地いい。三人はただひたすら、この景色を目に焼き付けていた。そして、三人の最初で最後の合同ライブは幕を閉じるのであった。
日が暮れてもう夜になっていた。会場内の熱気に包まれていたせいか吹き抜ける夜風が心地いい。俺は関係者専用の裏口から会場を出た。出てすぐにある小さな広場に一人の少女が夜空を見上げているのを見つけた。星南だ。
「よっ、お疲れ。」
「辛木田さん。えぇ、大変だったけどすごく楽しかった。」
「こんなところにいたら風邪引くぞ?」
「友人を待っているんです。もうすぐ来るはずなんですけど......」
星南はそう言って微笑むとまた夜空を見上げた。俺も釣られて顔を上げる。空には無数の星が光っていた。東京でも星って見れるんだ。てっきり街の明かりのせいで見えないものだと決めつけてたな。
「これで思い残すことはないわ。私達がいなくなっても後輩達はしっかり育ってる。」
「そっか、三年生だから卒業しちまうのか......」
「卒業するとは言ってもアイドルは続けるわ。本当はプロデュースの方に専念したかったんだけど......どうしてもアイドルを続けてほしいってファンの声が多くてね。あら?ふふっ......ほら、噂をすれば。」
星南はくすくすと笑って俺の背後に手を振る。振り返るとそこには金色の大きなサングラスをかけて黒いマスクをかけた女性の姿があった。いや!明らかな不審者!!息を切らし、唸りながらこちらに近づいてくる。その女性はサングラスとマスクをとって素顔を見せた。黒い長髪、見たことがある顔だ。
「遅いじゃない、燕。風邪を引いちゃうとこだったわ。」
「星南!!何度も「どこにいる」と連絡したのになぁぜ出ない!!!スマホはどうした!スマホ!!」
「スマホ......あぁ、バッグの一番奥に入れてたから気づかなかったわ。ごめんなさい。」
そうだ雨夜 燕。初星学園のナンバー2!......にしては、すげぇ格好だな。威厳のある口調とは裏腹に両肩に持った大量のグッズが入った紙袋。着ているシャツにはアイドル衣装の星南がでっかくプリントされている。額に巻く黄色いハチマキには『十王 星南!命!』と筆で描いた字が刻まれていた。自分で書いたのか?
「終わった後も物販を見て回ると言っておいたはずだぞ!」
「そんなの知らないわ。で、欲しかったグッズは買えたの?」
「大半はな。だが、買えなかった物も多くある。オンラインショップの事後販売で必ず手に入れる!!」
燕は拳を強く握りしめ、熱い眼差しでそう言い放った。そんなかっこよく言われても......学園で会った時と口調は変わらないはずなのに服のせいでここまで威厳がなくなるのか。
「それじゃあ、私達はそろそろいくわ。今日は来てくださってありがとうございます。辛木田さん。」
「おう、じゃあな。夜は危ねぇから気をつけるんだぞ。」
「ふふっ、心配はいらないわ。いざとなったら私のことを身を挺して守ってくれる最高の幼馴染がいるもの。」
「おい、そろそろ電車が出る!いくぞ、星南。」
「えぇ。」
俺は星南と燕を見送ると駅に向かって歩き始めた。今日のライブを思い返す。スッゲェ楽しかったな。まだ、あのライブの熱が冷めないままだ。これが夢ってやつの力か。明日も頑張って生きようって気になっちまう。まるで背中を押されてるみたいだ。
「さて、帰ったら記憶が鮮明なうちに今日のライブの記事でも書くか。」
アイツらの夢は前に進み続ける限り続いていく。これからもこの先も。俺も頑張らねぇとな。スマートフォンの画面をつけてSNSを確認しようとするとネットニュースが目に入った。また行方不明者事件だ。そうだ、俺がこうしている間にもストマック社による人攫いは続いている。これが今、俺がやらなきゃいけないこと。
「誰の夢も奪わせねぇ。」
俺は夜空を見上げた。そして、季節が移り変わり俺達の世界は春を迎えた。