音と共にある人生   作:Taku-One

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第11話_ソロパート

 

 吹奏楽部のオーディションを終え、学習期間を一週間挟んで期末テストが終わった。

 

 「次は大槻、流石だな! 今回も全教科m……」

 

 「先生! 前々から何度も点数を勝手に公開しないでくださいとお願いしているはずですが。僕らには勉強しろって言っているのに、先生は学習してくれないんですか?」

 

 「え? お、おう、すまん。良い成績なんだから、気にしなくていいと思うんだが……」

 

 この担任、アホだな(確信)。個人情報とかの概念が頭に入ってないと思われる。

 次のテストの前に教頭に釘を刺してもらおう。

 テスト結果を持ち帰り、自分の席に戻る。

 

 「よ、満点男」

 

 「というか、全教科満点とか、もはや北宇治にいる意味ない気がする」

 

 担任の態度から満点を確信している岡部、まぁそりゃわかるよね。

 そして微妙に核心をつく吉野。

 確かに全教科満点ってのは、この学校のテストでは僕の成績は評価できないということだ。

 普通ならもっと偏差値の高い学校に行って切磋琢磨したほうが良いと言われるのも当然かもしれない。

 

 しかし、残念ながら僕の北宇治志望理由は「家から近い」からだ。

 そして僕は今のところ学歴を必要としていない。

 現状僕の考えている高卒後進路は、トランペット奏者か、父の会社へ就職して楽器設計職につくか、音楽理論を学びに音大へ行くか。

 つまりぶっちゃけ高校を選ぶという思考がそもそもなかったのである。

 

 「北宇治にいる意味か。あるぞ。家に近い」

 

 「おま、舐めとんな」

 

 「あと、これは最近追加されたけど、吹奏楽で本気になれそうってことかな。3年間楽しめそうかもしれない」

 

◇ ◇ ◇

 

 返却されたテスト結果に震え上がる生徒も多いながらも、なんとかテスト期間は終了した。

 この後すぐに2者面談期間だから、成績の悪い生徒は気まずい面談を過ごすことが確定しているのである。

 

 今日は先日実施されたオーディション、つまりはAメンバーおよびソロ奏者の発表の日だ。

 ちなみに明日はファーストやセカンドといった楽譜のパート分けなどがされるが、それはAメンバーが選出されれば自然と決まる類のものだ。

 つまり、今日発表されるメンバーが重要なのだ。

 

 「トランペットパートはどうなるんだろうねぇ」

 

 笠野先輩が囁くような声でそう不安をもらす。 

 優子先輩が頬を抑えながらもっともらしい顔を作る。

 

 「普通の編成だと5名か6名。今回はトランペットが要なところがあるから6名選出にはなりそうですよね」

 

 確かに自由曲である『三日月の舞』はトランペットのメロディが印象的な曲だ。

 そこの音の厚みを考えると少し多めの編成がされるのも予想されるところだ。

 

 「皆そろったか!」

 

 パーンと勢いよく扉が開く。威勢の良い声に驚いていると、松本先生が大股で教室へと闊歩してきた。

 今の季節に不似合いな、暑苦しい真っ黒なスーツ。その後ろに滝先生はいない。

 どうやら発表は、副顧問によって行われるようだ。

 僕としては、顧問が発表してくれるものと思っていたが、『軍曹先生』とあだ名される松本先生の方が文句が出にくいのかも知れない。

 どちらにしろ結果は変わらないのだから、あまり意味のない思考だが。

 

 「オーディションを受けた72名、全員揃っています」

 

 小笠原部長が答える。そうか、と松本先生も応じ、ピアノの上にファイルを並べた。

 

 「早速だが、Aメンバーを発表する。ここで名前を呼ばれなかったものは、次回の合奏練習からBの合奏に参加するように。集合場所は第二視聴覚室だ」

 

 「はい!」

 

 「合格者は全員で55名だ。呼ばれたものは大きな声で返事をするように」

 

 「はい!」

 

 「また、この結果に異議を唱えることは許さない。我々は贔屓することなくメンバーを選出した。それだけは理解するように。わかったか」

 

 「はい!」

 

 「よろしい」

 

 彼女はそう言ってファイルを開く。彼女を前にすると無意識のうちに背筋が伸びる気がするのはなぜだろうか。

 やはり軍曹だからか。部員の返事も心なしかいつもより大きい気がする。

 

 「まずはパーカッション……田邊名来」

 

 「はい!」

 

 「加山紗希」

 

 「はい」

 

 ……

 

 メンバーの発表は順調に、というか有無を言わさず進んでいく。

 3年生部員は今のところ全員選出されているが、2年生部員はちらほら落選がある。

 最後はトランペットパートの選出だ。

 

 「では、最後にトランペット……中世古香織」

 

 「はい!」

 

 「笠野紗奈」

 

 「はい」

 

 「滝野純一」

 

 「はい!」

 

 「吉川優子」

 

 「はい!」

 

 「高坂麗奈」

 

 「はい」

 

 「大槻透理」

 

 「はい!」

 

 「以上6名……ソロパートは大槻透理に担当してもらう」

 

 今までの発表でも落選した部員が泣き崩れるなどあったが、このタイミングでは別種のざわめきが音楽室に広がった。

 「香織先輩がソロじゃないの?」と思う部員が一斉に疑問のざわめきを上げたのだ。

 

 「はい!」

 

 しかし、指名されたからには一生懸命頑張る。それがオーディション前に香織先輩と約束したことだ。

 それを蔑ろにしては、香織先輩やAから落選したメンバーにあまりに失礼だ。そこだけは徹底しよう。

 そう思って前を向く。

 

 ただ、そのざわめきはなかなか収まらないのだった。

 

 ……

 

 「以上55名がA部門に出場する。次回からの合奏では滝先生の指導もさらに厳しくなるだろう。選出されたメンバーは気を引き締めておくように」

 

 「はい!」

 

 「これで、今日のミーティングは終了だ。速やかに帰宅するように。では、解散!」

 

 「ありがとうございました!」

 

 小笠原部長の言葉に続き、部員たちが同じ言葉を繰り返す。

 松本先生は満足そうに微笑むと、それから颯爽と教室を後にした。

 残された生徒たちは、皆、複雑そうな表情を浮かべたまま帰る支度を始めていた。

 選ばれた人間、選ばれなかった人間、この瞬間ばかりはふたつの間に明確な差が生まれている。

 

 僕はカバンを掴みながら、これまでの練習を思い出す。

 梅雨の季節だからか、少し汗ばんで居るのを今更感じた。

 今日はさっさと帰るか、そして家で練習だ。

 と、ここで予想外の声がかかった、香織先輩の声だ。

 

 「トランペットパートの皆、集合して!」

 

 声に反応してみれば、香織先輩の近くにいる優子先輩は泣いている。

 優子先輩の名前はAメンバーで呼ばれていたから、自身の落選を嘆いているわけではないはずだ。

 きっと香織先輩にこそソロパートを吹いてほしいと思っているんだろう。

 その思いと現実の差を受け止めきれずに泣いている。

 

 しかし、当の香織先輩はいつもどおりだった。

 というか、ここ最近のオーディションに向けた切羽詰まった表情よりはよほどスッキリした表情に見える。

 

 その香織先輩のもとにパートメンバーが集まる。何かあるんだろうか。

 

 「ごめんね、こんなときに集まってもらって。でも、ちょっと皆で話したいことあるから、来られる人は今日の帰りにファミレスにでも寄って話さない? というか、私が話をしたい」

 

◇ ◇ ◇

 

 トランペットパートのメンバーは、誰ひとり欠けることなくファミレスに集まっていた。

 このファミレスは北宇治高校と最寄り駅の間にあることもあって多くの生徒に利用される店だ。

 食事時としては中途半端な時間なだけあり、店内は空いていた。

 隅の席を8名分確保して、皆は席についた。

 

 最初に口を開いたのは、やはり香織先輩だった。

 

 「皆お疲れ様、結果は分かれちゃったけど、みんな入学したときとは比べられないくらいうまくなったと思う。私はそれが一番嬉しい」

 

 ……

 

 「友恵ちゃんも、秋子ちゃんも、絶対来年はAに上がってこられると思う。それだけの練習と熱意を感じた。胸を張っていいと思う」

 

 他ならぬ香織先輩から評価されたとあって、二人の目はぐらぐらと揺れている。

 二人の努力は、他の部員も認めるところだろう、もちろん僕も。

 

 「あと、ソロパートの選出の話なんだけど、皆はどう思った?」

 

 唐突に出た話題だが、皆の表情が一気に引き締まった。

 その話題が香織先輩から出るとは思わなかった。

 一部の部員は香織先輩が不服を抱いていると思っているようだ。

 でも、僕はオーディション結果発表が終わったときの香織先輩の表情を見ている。

 ここでやっぱり私がソロやりたい!などと言うような雰囲気ではない。その先を見据えている目だ。

 

 「私、正直に言うと、3年に上がったときに思ったんだ。ソロパート絶対に吹きたいって。3年で、最後だから、ここ2年苦労もしたんだから、好きなところを思いっきり吹きたいと思ってた」

 

 「香織先輩……」

 

 「でもね、高坂さんが入ってきたときに、全国って目標を持ったからには、やっぱり上手い人がソロを吹くほうが良いかもって思って。……それで、透理くんが入ってきたときに、あの『ロマネスク』を聞いたときに、自分が吹きたいだなんていう気持ちは吹き飛んじゃってたんだ。全国を目指すなら、透理くんに任せるのが絶対に良いって心底納得しちゃったと言うか」

 

 「でも、でも、香織先輩は3年間頑張ってました。去年のつらい時期も、部員皆を支えようと必死でした。それを抜きに、何もなかったように、ソロが決まるのは納得できません!」

 

 言いたいことはわからないでもない。

 今回はオーディション形式で実力のみが測られたが、去年までは上の学年が優先して出ていたという。

 『去年のつらい時期』というのは良くわからないが、世話になった先輩にソロを吹いてほしいと思うのは自然な考えだ。

 特に優子先輩にとっての香織先輩は特別だろうから。

 

 「そんなこと言われてもなぁ。私自身がもう納得しちゃってるし、逆に透理くんのソロがどこまで行くのか楽しみで、この最高の演奏を全国に見せつけてやりたくて、めちゃめちゃポジティブなきもちなんだ。優子ちゃんも切り替えて、コンクールにむけて頑張ってほしいな。難しい?」

 

 香織先輩の言葉にも俯いたままの優子先輩は、今度は八つ当たりのように、あるいは救いを求めるように僕に視線を向けてきた。

 

 「……あんたは、透理はどう思ってんの?」

 

 「僕ですか? 滝先生が公平に実力で選んだというのなら、僕が吹くべきだと思います」

 

 「っ! あんた、まだ入ってきて1ヶ月しか経ってないのに、よくそんなこと言えるわね! 皆の気持ち無視して自分がソロ吹きたいなんて……」

 

 ……それは違う。

 

 「優子ちゃん、そういう言い方は……」

 

 「皆の気持ちを無視してるのは、優子先輩の方なんじゃないですか?」

 

 ……

 

 「確かに僕はこの部に入って1ヶ月ちょっとしか経っていない、にわかも良いところです」

 

 「だったら……」

 

 「ですが、最近みんなで合奏練習をしていて思いました。この部は、全国を目指しているんだなって。そのときまだ僕はいませんでしたけど、滝先生が初めて来たときに目標を全員で決めたらしいですし」

 

 「……何の話よ?」

 

 「オーディションに参加した72人は当然のこと、初心者の人たちの演奏も、それこそゼロから1ヶ月2ヶ月しか練習していないのに、見違えたような音色を奏でていました。優子先輩はしっかり聞いてましたか? 加藤さんのチューバも、釜屋さんのグロッケンも、福井さんのトロンボーンも、良い音出してましたよ。全国に向かって皆頑張ってます」

 

 ……

 

 「それなら、皆の気持ちを無下にしないためにも、実力がある方が本番で吹くべきだと思います」

 

 僕の言葉が終わるか終わらないかくらいで、優子先輩は無言で席を立ち、ファミレスから飛び出していってしまった。

 それに続くように香織先輩も優子先輩を追って出ていった。

 

 言い過ぎたかな? いや、正直言いたいことの半分くらいしか言えていない。

 でも優子先輩完全に泣いてたよな。

 傍目から見て男子が正論でぶん殴って女子を泣かした最悪な絵面だった気がする。

 でも僕のホントの気持ちであったことも確かだ。

 

 「僕、言い過ぎましたかね? 皆さんの気持ちとしてはどうです?」

 

 「いやー、優子は香織先輩好き過ぎる所あるからねー。でも、いつもなら出る怒涛の反論をしないで逃げてったってことは、優子も本心では分かってるんだと思うよ」

 

 友恵先輩は優子先輩と仲がいいから、優子先輩もホントは分かっているというのは信用して良いのだろう。

 でも感情ってどう動くか分からないからなぁ。分からないから面白いとも言えるのだけど。

 

 「いや、優子先輩のこともですけど、僕がソロで大会に出ることについてとか。高坂さんとかも不満だったりしない?」

 

 「ないわ……いえ、今すぐ奪い取りたいくらい悔しいけど、それは実力で貴方を上回ってからね」

 

 今までのやり取りなどどうでもいい様な表情で、しかし目に炎を宿して高坂さんは言葉を返してきた。

 相変わらず戦闘民族だなぁ。

 

 「秋子ちゃんとかはどう思った? 私の場合、正直オーディションが終わったときは、あーあ、落ちちゃったーってくらいで、周りなんて見てなかったからさー」

 

 友恵先輩が吉沢さんに話しかける。

 少し話題から離れた吉沢さんを気遣えるのは、友恵先輩らしい優しさだと思った。

 

 「え、私ですか? うーん……」

 

 ……

 吉沢さんは少し天然っぽいところがある。この、「うーん……」が始まると長いというのはパート全員が知るところだ。

 十数秒が経過して顔を上げた吉沢さんは感想を口に出した。

 

 「私は、今のトランペットパートみたいな雰囲気が、北宇治の皆に広がれば……全国行けるかもって思いました。ホントにもしかしたら、全国金賞かもって」

 

 「秋子ちゃん、言うねー! そりゃそうだ、透理くんとか高坂さんとか香織先輩みたいなメンバーがこれだけ真剣にぶつかり合ってれば、秋頃にはとんでもない超強豪校北宇治爆誕! してるかもねー」

 

 吉沢さんの発言に乗っかって、友恵先輩が場を明るくしてくれる。これは空元気なところもあるだろう。

 でも、と僕は思った。

 でも、ホントにこのまま皆で高め合えば、北宇治は行けるところまで行けるかも知れない。

 秋には全国大会が開催される。そこまでたどり着ければ。

  

 「とりあえず、食い逃げしていった香織先輩と吉川は帰ってきそうにないし、その分の会計は大槻な」

 

 「えっ」

 

◇ ◇ ◇

 

 ファミレス近くの公園のベンチの端に、吉川優子は座っていた。

 

 「やっとみつけた……」

 

 少し息を切らしながら、香織先輩が近づいてきた。

 追ってきてくれたことは嬉しいけど、今だけは香織先輩と話したくないなと優子は思った。

 

 「どうして逃げちゃったの?」

 

 逃げた、そうだ、私は透理の言葉に反論もできず、かといって認めることも出来ずに逃げ出してしまった。

 

 「だって、このままだと香織先輩が……ソロ」

 

 「それはもう仕方ないよ。私自身も納得したって言ったでしょう?」

 

 ……

 

 「優子ちゃんだって、全国目指すなら透理くんが吹くべきって、ホントはわかってるんでしょ?」

 

 「でも……」

 

 「しっかり言ったことなかったかもね、今回のことだけじゃなくて、優子ちゃんが私を応援してくれるの、すごい嬉しく思ってるよ。部活続けてると辛いときもあったけど、優子ちゃんのお陰で折れずにやってこられたと思う」

 

 「そんな、私が好きでやってるだけで、迷惑に思われてるかもなとか少し思ったり」

 

 「迷惑なんて思ってないよ、大声で褒められるのとかはちょっと恥ずかしいけど、いつも励まされてた」

 

 香織先輩がこんなにはっきり言葉をくれたのは初めてだ。

 どうしよう、めちゃくちゃ嬉しい。

 さっきから感情が乱高下していてうまく頭が回らなくなってきた。

 

 「オーディションの前にさ、約束、してもらったでしょ」

 

 オーディション前……覚えている。

 

 「ソロも、Aメンバーについても、選ばれたら一生懸命頑張る、選ばれなかったメンバーもコンクールに向けて出来ることを一生懸命頑張る」

 

 透理はソロに選ばれた、香織先輩はソロは落ちたけどAメンバーには選ばれている。

 私も、Aメンバーに選ばれている。

 

 「じゃあさ、今やるべきことは決まってると思わない?」

 

 そうだ、やるべきことは決まっている。

 正直感情はぐちゃぐちゃで、収まる気配もない。

 でも部のために、何よりも香織先輩のために、やるべきことは決まっている。

 

 「……Aメンバーとして、一生懸命に、練習を頑張る」

 

 「そう! 大正解!」

 

 じゃあそろそろ帰ろ! と香織先輩はベンチから立ち離れていく。

 私も手の甲で涙を拭いてから、香織先輩に遅れないように走り出す。

 

 やっぱり、好きで良かった。

 やっぱり、着いてきてよかった。

 これからも、一緒にいたいと思う。

 

 

 

 

 

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