音と共にある人生   作:Taku-One

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突発の出張で遅くなってしまいました。
今後も更新周期が乱れることもあることもあるかもしれませんが、大目に見ていただけると嬉しいです。


第12話_集中

 

 期末テストが終わり、オーディションの結果発表が終わり、次に待ち受けていたのは二度目の面談だ。

 今回は入学直後の三者面談とは違い、担任との二者面談だ。

 あのアホ担任と話して何か得るものがあるのだろうか。

 と少し失礼な思考をしながら向かった職員室の面談スペースには、予想外の人物がいた。

 

 「よう大槻、来たな、じゃあ二者面談を始めるぞ」

 

 このアホ担任はどうでもいい。その隣に当然のような顔をして座っている人物が問題だ。

 

 「こんにちは大槻くん。今回はよろしくお願いしますね」

 

 担任との二者面談のはずなのに、なぜか滝先生がいつもの笑顔で座っていた。

 

 「こんにちは、なんで滝先生がいるんですか? 担任との二者面談の予定だったと思うんですけど」

 

 「ああ、それな、おれから頼んだんだよ。大槻おまえ、進路に、就職(楽器メーカー)、トランペット奏者、京都府立芸術大学音楽学部とか書いただろ」

 

 「はい、書きましたね」

 

 「そんなん普通の国語教師のおれが面倒見きれるわけ無いだろ! ということで滝先生に付き合ってもらったんだよ」

 

 「自分のクラスの生徒の面倒も見きれずに、吹奏楽部で忙しい滝先生に迷惑かけたんですか」

 

 「おまえ辛辣だな! だから、滝先生が担当している事務仕事をある程度おれが引き受けることになったんだよ。では滝先生、あとのことはお願いしてもいいですか?」

 

 「ええ、こちらとしても助かります。大槻くんの面談については報告書を後ほどお持ちしますので」

 

 「ではよろしく。大槻もしっかり相談に乗ってもらえよ」

 

 といって、なんと担任なのに面談をブッチしてどこかにいってしまった。

 自由すぎる。

 

 「クラス担任ってあんなに適当でいいんですか?」

 

 「私は彼なりに大槻くんを思って行動していると思いますがね」

 

 「そうですか? 雑なだけでは?」

 

 「まぁ時間ももったいないですし、面談を始めましょう。ちなみに、進路の方向性が変わらない場合、今後の面談は引き続き私が受け持つことになります」

 

 「はぁ……まぁいいです。確かに滝先生に聞いてもらったほうがいい内容だと思いますしね」

 

 「この進路指導票を見る限り、音楽を仕事にしたいというのは一貫しているようですね」

 

 「はい。というか、今更音楽とは関係ない生活をイメージできないと言うか」

 

 両親といい、環境といい、共感覚のことといい、これだけのアドバンテージを捨ててどこに進むのかって話である。

 

 「就職、奏者、音大と分かれているのは?」

 

 「それは……迷っているんです。父の起業したメーカーに就職してより良い楽器を作ることで音楽に関わるか、プロ奏者として楽団に所属して皆に音楽を届けるか、ひとまずは音大で理論を勉強して土台をしっかりさせるか」

 

 「他2つは実現性があるとして、プロ奏者というのは何か見込みがあるんですか?」

 

 「浜松にある楽器メーカーの楽団と、母のツテでドイツの楽団から誘いをもらっています、まぁこちらは奏者の空き次第なところもあると思いますけど」

 

 「今の時期に声がかかってるんですか……それはすごいですね」

 

 「母がとりあえず得意な曲の音源録って送れっていうので送ったら、いつの間にか招待が来てました。まぁ年齢を加味した育成プレイヤーという扱いのようですけど」

 

 「それでもすごいと思います。そういうチャンスというのは中々訪れることではありません。音大で数年やっても声がかからないことがほとんどですからね」

 

 「では滝先生は、奏者の道を選ぶ方が良いと思いますか?」

 

 「違います。私は大槻くん自身が最もふさわしいと思う進路を選ぶべきと考えていますから」

 

 滝先生の言うことが少し理解できず、首をかしげる。

 

 「最もふさわしい進路……ですか?」

 

 「はい。他の、一般的な生徒であれば現在の学力とか能力とか、選んだ進路に進める実現可能性が重要な話題になるのです。例えば偏差値が足りないので、この大学は諦めて、こちらの大学のこの学部に……などですね。しかし大槻くんは違いますよね」

 

 ……

 

 「大槻くんは、どの進路にも進めるから、比較して困っている。ならばその先を考えるべきでは?」

 

 「先、ですか」

 

 「そう、先です。私にはどうも大槻くんが進路指導票に書いた進路は、目標そのものではなく、目標を達成する手段であると感じます」

 

 この人いつも鋭い指摘するよな。

 確かに、楽器設計も、奏者になることも、音大進学も、それ自体が目的かと言われると違う気がしてくる。

 

 「では、大槻くんの中には、それぞれの先にある目標、夢のようなものがあるのではないですか?」

 

 夢、夢か……

 前世では研究チームのメンバーと共にがむしゃらに目標を追っていた。

 あれは今思えば夢を追っていたと言えるような気がする。

 

 では今世はどうだろう。

 前世の夢を追うのを続けようとすれば出来るだろう、しかしその熱は不思議なほど湧かない。

 小さい頃から始めたお金稼ぎも、もう目標額を達成して今は惰性の活動である。そもそもお金稼ぎも夢ではなく手段だ。

 トランペットはどうだろう。小さい頃から一生懸命練習してきて、今はそれなりの奏者になり、部活では全国を目指している。

 

 でも、その先は?

 

 聞かれた途端、靄がかかったようによくわからなくなる。

 どうしたら良いのだろう。

 僕が考え込んでいると、滝先生は比較的楽観的に見える笑顔で話しかけてきた。

 

 「まぁ大槻くんはまだ1年生ですしね、考える時間はたっぷりあります。時間を置けば、自然に答えが出ることもあるでしょう」

 

 ……

 

 「ですが、あと2年と少ししか時間がないとも言えると思います。今はまだ答えが出ないかも知れませんが、常に考え続けるべきことだと思いますよ」

 

 「はい、ホントにその通りですね。僕なりに考えてみます」

 

 「ちょうど時間なので、面談は終わりとしましょう、大槻くんは学業成績は文句無しなので、私の方で面談報告書は適当にでっち上げておきます」

 

 「でっち上げ……まぁ良いです、よろしくお願いします。とりあえずは今日の部活の練習を頑張りたいと思います。」

 

 「それが良いと思います。今日の合奏練習もよろしくお願いしますね」

 

◇ ◇ ◇

 

 昨夜香織先輩にロインで確認したところ、優子先輩も納得はせずとも前を向いてくれたとのことだった。

 僕は喧嘩しながらでも同じ方向に向いて頑張れているなら良いと思っているので、この報告はありがたかった。

 とりあえずトランペットパートは全国大会に全速前進できる態勢を整えられたということだ。

 

 しかしその態勢が部全体で共有出来ているかというと、全くそんなことはなかった。

 まぁ、香織先輩の人望すごすぎぃ!ということである。

 

 この日最初の合奏は課題曲から始めて比較的すぐに滝先生の握りこぶしで止められた。

 

 「なんですか、これ」

 

 滝先生、こわっ。

 周りは僕以上にざわついている。

 僕が入る前になにか似たようなことでもあったのかな?

 

 「みなさん、しっかり集中してますか? こんな演奏を続けるなら、合奏練習は無駄、というか逆効果になり得ます。今日はパート練習にしましょう。では、解散」

 

 そう一言だけ残して滝先生は音楽室を出ていってしまった。

 うわぁ、一瞬で解散になっちゃった。

 確かに雰囲気は悪かったけど、もう少し何とかならなかっただろうか。

 滝先生って音楽技術はすごいけど、人間関係は苦手分野なのかもな。

 

 確かにこの雰囲気が続くとなると、合奏練習どころではない。

 しかし、その雰囲気を改善する作業も顧問の仕事なのではないだろうか。

 

 合奏練習が出来ないとなると、コンクール曲の完成度は上がらない。

 このまま行くと本番でのクオリティは散々なものになりそうだ。

 

 

 この悪い雰囲気は、ぽっと出の1年大槻透理が、人望MAXの3年生中世古香織からソロを奪い取ったことに不満を持つ生徒が多いことに端を発する。

 なんで滝先生は大槻透理をソロに選んだのか、その話題は尽きることはなかった。

 

 「ララ、聞いちゃいました! 大槻くんのお母様は、あの世界的なトランペット奏者大槻静理さんなんだそうです」

 

 「え、そうなの。じゃあ仕方ないかもねえ。日本を代表する奏者の息子を選ばないわけにもいかないし」

 

 「滝先生も音楽業界で生きてるから、贔屓せざるをえないよね」

 

 部の雰囲気は悪くなるばかりだった。

 流れる噂は根も葉もないものばかりだったが、否定できるのが当事者たる僕ひとりでは、火に油を注ぐようなものだ。

 黙っていたほうがまだ良い。そう思って日々の練習だけは頑張っていた。

 

 トランペットパートの皆は、オーディションの結果は実力が反映された公平なものであると主張してくれたが、周りの反応は鈍かった。

 高坂さんなどは、自分のことでもないのに、いかに僕が上手いか、滝先生の審査が公平なのかを(半ギレで)演説してくれるレベルだったのだが、それでも周囲には響かなかった。

 元々人間というのは事実よりも、自分の信じたい真実を信じる生き物である。

 香織先輩の人望も相まって、僕がソロを吹くというのは身の程違いであるという論調は高まっていった。

 

◇ ◇ ◇

 

 そんな雰囲気が続くのを見て、滝先生は唐突に皆にあることを宣言した。

 

 「京都府大会の前日、ホール練習があるのは皆さんご存知かと思います」

 

 それはだいぶ前にプリントで配布されたから知っている。

 

 「そこで時間を取って、希望者には再オーディションを行いたいと考えています。全員で投票する形式を取ろうと思っています。全員で決めれば文句もないでしょう」

 

 ざわっと、教室中がざわめいた。

 これで、贔屓された大槻透理ではなく実力のある中世古香織がソロを任せてもらえるかも、と。

 しかし、ここで予想外の人物から物言いが入った。

 

 「先生、この雰囲気を京都府大会前日まで引っ張るつもりなんですか?」

 

 それは香織先輩だった。

 

 「ホール練習まで、まだ2週間以上あります。集中しない状態で2週間を過ごすなんて、全国大会出場という目標から明らかに遠ざかることになると思います」

 

 ……

 

 周囲の部員は訳が分からない様子だ。

 折角正当に自分のソロを取り戻せそうなのに、なぜ滝先生に反対しているのだろうと。

 

 しかし僕には分かった。香織先輩は全国大会に最短距離で進むための手を取ろうとしているのだと。

 ならば僕は香織先輩に協力したい。何が出来るだろうか。

 

 「では、他になにか方法が?」

 

 滝先生は少し困惑しているようだ。

 

 「今、皆に決めてもらいましょう。わざわざホールまで行って決める必要はありません。音楽室でも演奏の違いはわかるでしょう……ホール練習は本来の目的通り、本番の準備に使うべきだと思います。少しでも無駄な時間にしてはいけないと思います」

 

 ……

 

 「思えば、今までの合奏練習では、自由曲のソロパートは不公平にならないようにトランペットパート全員で吹いていました。透理く……大槻くんも全体の演奏を崩さないように私達に合わせて違和感のないように抑えてくれていました。トランペットパート以外の人には大槻くんの実力がわかりにくいのも仕方がないのかもしれません。……それでも私は、皆に、分かってほしかったですけど」

 

 その言葉には香織先輩には珍しい、ほんのりとした怒りのような感情が漏れ出ていた。

 

 「この辺りで、透理くんの、うちの大エースの実力を皆に見せつけてやりたいと思います。そうすればみんな納得すると思います」

 

 「ホールでの再オーディションであれば、中世古さんにもチャンスがあると思いますが、その辺りはいいのですか?」

 

 「滝先生、オーディションで透理くんのソロ演奏を聞いてるんですよね。その上でそんな事言うのは、かなり甘いと思いますけど」

 

 「……確かに、そうですね。私もすこし甘えていたかも知れません。早めに決着を付けたほうが良いというのも全くもって正論です。……まだ部活終了時間まで余裕がありますね。ではこの場で再オーディション、いえ、トランペットパートのなかで実力が抜きん出ている中世古さん、高坂さん、大槻くんのソロ演奏を全員に聞いてもらいましょう」

 

 ここまで香織先輩に言ってもらえて、その上で曖昧な態度など取れるはずもなかった。

 僕が出来ることは、吹奏楽部員全員が納得して練習に邁進できるだけのソロを披露することだけだ。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 それからは早かった。教壇の上には3つの譜面台と三人の奏者が並んでいる。

 あとは一歩下がって全部員が観客として座っている。

 滝先生は横に下がってピアノの近くから見守る形だ。

 

 「それでは、これから3人には、自由曲『三日月の舞』のソロパートを吹いてもらいます。三人全員が吹き終えてから、各部員は一番良かったと感じた奏者に拍手を送ってください。集計は私が取ります」

 

 そう言って、滝先生は近くにおいたメトロノームを鳴らし始めた。

 拍手か、また曖昧なものを。

 ということは、そんな曖昧な基準でもぶっちぎれということだろう。

 

 「ではまず中世古さんから」

 

 「はい!」

 

 ……

 

 香織先輩の演奏は完璧だった。まだ大会まで間がある時期にも関わらずかなり完成されていた。

 明確なミスもせず、楽譜通りにしっかり吹けていた。

 しかし、あの日、自分自身に納得してしまったといったように、絶対にソロを勝ち取るという情熱は感じられなかった。

 それでも、多くの部員は香織先輩に投票を決めた表情を浮かべていた。

 

 

 「次、高坂さん、お願いします」

 

 ……

 

 高坂さんはバチバチにソロ奏者を奪うという気迫が感じられる演奏だった。

 一時期は苦戦していた音程のジャンプも当たり前のようにこなし、実力を見せつけたといった感じたった。

 部員も香織先輩とどっちにしよう、などとヒソヒソやっていた。

 

 ……

 

 次の演奏が耳に入るまでは。

 

 「では最後に、大槻くん、お願いします」

 

 今ここで僕が香織先輩のためにできることは……

 

◇ ◇ ◇

 

 大槻くんの演奏の最初の一音目で、音楽室の雰囲気は一変した。

 黄前久美子は咄嗟に自分の心を守るように胸の前に手を組んだ。

 それでも奏でられる演奏によって心臓が震え、全身の肌が泡立ち、脳が焼かれてしまう。

 それだけの演奏だった。

 

 『大槻くんは演奏を崩さないように私達に合わせて違和感のないように抑えてくれていました』、中世古先輩はそう言っていた。

 そしてそれは正しかった。

 頬を紅潮させる者、涙を流す者もいたが、皆がその場から動くことも出来ず、ただただその音を受け入れることしか出来なかった。

 

 大槻くんが素晴らしい奏者だということは麗奈から聞いてはいた。しかしこれ程のものだとは。

 

 ……

 

 「では、全員が吹き終えたので、投票に移りましょう」

 

 滝先生が話し出す。

 そういえば、ソロパートの再オーディションという話だった。

 久美子は今更に状況を思い出した。

 

 「まず、中世古さんの演奏が良かったと思う人、拍手をお願いします」

 

 すぐさま吉川先輩が立ち上がり拍手を始めた。

 演奏前には中世古先輩を支持するような発言をしていた先輩たちは、どうしよう、といった感じで目線を交わすだけにとどまった。

 

 「では、高坂さんの演奏が良かったと思う人」

 

 久美子はビクリと体を震わせた。

 勝手に拍手をしそうな手を咄嗟に止めた。

 麗奈と目が合う、それは拍手をしない久美子を咎めるような色を含むものではなかった。

 逆に、今ここで拍手をしていたら、自信を持って麗奈と友達でいられなくなったかも知れなかった。

 

 「最後に、大槻くんの演奏が良かったと思う人」

 

 まず、吉川先輩以外のトランペットパート全員が立ち上がって拍手を始めた。

 ステージ上では中世古先輩も小さく拍手をしている。小粒の涙を浮かべながらも、表情は驚くほど優しい。

 麗奈も悔しそうに俯いてはいるが、不服の色を見せているわけではない。

 

 『この辺りで、透理くんの、うちの大エースの実力を皆に見せつけてやりたいと思います』

 

 演奏前に滝先生との会話で中世古先輩が口に出した言葉は、真実だった。

 最近部内で噂になっていた大槻くんが贔屓でソロ担当になったという話など、トランペットパート部員にとっては笑止なことだったのかも知れない。

 緑や葉月達一年生からも上がり始めた拍手の音は、一気に部全体を覆わんばかりに広がっていった。

 

 ……

 

 再オーディションの後、大槻くんの演奏の熱も冷めないまま練習は行われた。

 不信感に満たされていた集中を欠く雰囲気ではなく。

 かといって皆が理性的に練習に集中する落ち着いた環境にもならなかった。

 誰もが先程の大槻くんの演奏の熱を引きずり、あの熱にもう一度飛び込みたいと興奮していた。

 

 向上心が上がったといえば聞こえは良いが、ちょっと狂騒的な雰囲気を感じ、久美子は少し恐怖を覚えた。

 これは良いことなのか、悪いことなのか。

 

◇ ◇ ◇

 

 部活からの帰り道、いつもの低音3人組は今日のことを話しながら歩いていた。

 

 「大槻くんの演奏、すごかったね!」

 

 「はい、みどり、感動しちゃいました! 私中学では毎年全国まで行ってましたけど、あんなすごい演奏は聞いたことがありません!」

 

 「私も、京都の大会では聞いたことなかった」

 

 というか、今まで生で聞いた音楽の中で間違いなく一番の衝撃を感じた。まだ心臓が震えている気がする。

 もしかしたらプロの演奏を含めてもあんな演奏は聞いたことがなかったかもしれない。

 

 「大槻くんは静岡出身でしたよね? 全中の東海代表には間違いなくあんな奏者はいませんでした、大槻くんの学校は県予選で落選していたのでしょうか」

 

 「麗奈に聞いた話だけど、中学はそもそも吹奏楽部に入ってなかったらしいよ。北宇治の吹奏楽部にも、麗奈が結構無理やり勧誘してきた感じらしいし」

 

 私が口に出したことに緑は驚いた様子だ。

 

 「だから入部が遅かったんですね。……吹奏楽部以外にあんな奏者が隠れているなんて! みどり、中学で全国金賞取ったときに、コントラバスなら誰にも負けないって思ってましたけど、もしかしたらもっと上手い子が居るのかも知れませんね」

 

 大槻くんみたいに。緑が言いたいことはよく分かった。

 確かに他校から見れば、猫同士で争っていた街の路地裏に突然ライオンが飛び込んできたみたいな感じだろう。

 

 「でも、これで私達低音パートも今まで以上に忙しくなりそうですね」

 

 「え? トランペットパートがすごかったって話じゃないの?」

 

 葉月が無邪気な意見を口にするが、久美子にはなんとなく緑の言いたいことがわかる気がした。

 

 「今日の再オーディションでトランペットパートの実力がこの部内では図抜けていることがわかりました」

 

 確かに、三番手に見える中世古先輩ですらかなり完成された演奏を奏でていた。あの演奏で三番手ということがどういった意味を持つのか。

 

 「トランペットパート、つまり高音パートが活躍するということは、低音パートも同じくらい活躍しなければなりません!」

 

 音楽のバランスを保つためには当然のことだ。

 音圧やレベルを低い方に合わせるという手もあるが、それはなんとも格好が悪い。

 

 「今年はチューバは二人、ユーフォも二人しか選ばれていません。みどりのコンバスも一人です」

 

 ……

 

 「今回のことで、もしかしたら楽譜も変わるかも知れません。久美子ちゃん、ここが踏ん張りどころですよ! 一緒に頑張りましょう!」

 

 そう、緑の言う通りだ。

 ここが北宇治吹奏楽部が結果を出せるか出せないかの切所だ。

 

 久美子は明日からの練習に更に集中することを覚悟した。

 今までの練習でもぼーっとしていたつもりはないが、より集中しなければ、今のモチベーションの高い部活からはじき出されてしまうような危機感を感じた。

 上手くなりたい、上手くならないと。

 

 中学以前ではこんな危機感と熱量を抱えたことなどなかった。

 こんなに必死に吹奏楽に取り組むのは、久美子の短い人生でも初めての事かもしれなかった。 

 

 

 

 

 

 

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