音と共にある人生   作:Taku-One

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第17話_プール

 

 お盆休み1日目にプールに行くことはちかおの熱意によって決まったが、後から考えると、少しストーカーじみていてまずいのではないか、という思いが僕の中に浮かび上がってきた。

 しかし、その懸念も翌日には解消された。

 

 「透理くん、1年生の女子でお盆休みにプールに行く予定なんですけど、一緒に行きませんか?」

 

 緑が男子の僕をプールに誘ってくれたのだ。香織先輩から天使の称号を受け継ぐのは緑で確定だな。

 

 「え、緑、男子も誘うの? それは……」

 

 「あー、久美子、気持ちは何となく分かるけど、元々男子組っていうか、僕とちかおもお盆休みにプールに行く予定だったから、誘われなくても行ってたと思うよ」

 

 ちかおの下心からリサーチして行くことを決めたことは当然言わない。

 

 「それに男子女子だから一緒に遊ぶってこともないと思うし、そんな気にしないでよ。久美子には残念かもだけど、秀一は家の用事で来られないらしいし」

 

 「えっ、いや、秀一とか関係ないし。なんでそんな情報伝えてくるのかな?」

 

 いや、おまえにとって最重要情報だろ。少し口調もおかしくなってるよ?

 嬉し恥ずかしくてテンション上がってたのが、露骨にしょんぼりしてるんだが。

 そんなことも気にせず緑は喜んでいるようだ。

 

 「男子みんなも行く予定だったんですね! プールで会ったら一緒に遊びましょう!」

 

 「いや、ちょっとそれはハードル高いかもなー。 まぁトラブル解決係くらいはするから、なんかあったら呼んでくれていいよ」

 

 この北宇治吹奏楽部かわいい集団が集まれば、女子側の人数が多いとはいえナンパ突撃してくる輩が出てこないとも限らない。

 その時の盾にでもなろうか、という提案だったのだが、緑は全く分かっていない様子で『?』と疑問符を浮かべている。

 幸い久美子は分かっている様子で苦笑してうなずいているので、何かあったら連絡が来るだろう。

 

 「それにしても泳ぐの久しぶりだなー。ちょっと楽しみ。最近は海とか川とか行ったら釣りしかしてなかったから」

 

 「透理くん、釣りするんですね! 趣味ですか?」

 

 「うん、静岡に住んでたときは、海の近くだったし、浜名湖も天竜川も眼の前にあったしね。空き時間によく行ってたよ」

 

 「じゃあお魚のことなら透理くんに聞けば良いんですね! お魚博士ですね!」

 

 「いやまあ、他人よりは詳しいだろうけど……まぁ聞いてくれていいよ」

 

 相変わらず緑は押しが強い、この勢いに耐えられたことがあっただろうか、いやない。

 

 「ちなみにメンバーは誰なの? 誰か一人でも男子がいると嫌って人がいたら、こっちから日付避けるけど」

 

 「大丈夫ですよ。メンバーはここにいる3人と、麗奈ちゃんです! 透理くんは仲いいから大丈夫ですよ」

 

 麗奈も来るのか、意外。こういう大人数のイベントとか片っ端から断ってる印象があるんだけど。

 久美子効果かな。久美子との夏の思い出を作っておきたいとか。

 あながちあり得ないとも言い切れないのが面白い。

 滝先生と久美子とどっちか選べと言ったらどうなるんだろう。

 

 「うぉぉ、高坂来るの? やべぇ、一生分の運使い果たしたかも知れねぇ。おれ、死ぬのかな」

 

 隣で女子には聞こえない小声でちかおが呟いている。

 確かに麗奈とプール行くなんてイベントは全校生徒でも僕らだけの独占イベントだろう。

 しかし、そのイベントで何かが進展するかと言うと、その確率は限りなく0%に近いだろう。むしろちかおが麗奈の視界に入るのかも怪しい。

 

 恐ろしいことに8月も半ばという時期なのに、麗奈は未だに部員の顔と名前がうろ覚えなのだ。

 トランペットパートや幹部役職、久美子と愉快な仲間たちくらいしか頭に入っていないのではないかという疑惑が拭えない。

 ちかおが馴れ馴れしく近づくと、完全に他人の悪質なナンパ扱いを受けそうである。

 僕にはちかおの心が壊れないことを祈ることしか出来ない。無力、圧倒的無力である。

 

◇ ◇ ◇

 

 最近少し、部内の雰囲気がざわついている気がする。

 大会が近づくことの緊張とかそういうのではなくて、言葉にしにくいが、ざわついている、というのが一番しっくりくるのだ。

 主に2年生以上の先輩がこそこそ噂話をしているが、1年には情報が降りてこない。

 集中を切らしているというほどではないが、少し嫌な感じだ。

 

 今日は盆休み前の最後の練習日だ。

 今まで何度かあったことだが、今日は自分たちが演奏した曲を録音し、それをスピーカーから聞き、客観的に耳を傾け反省する会となるようだ。

 僕としてはスピーカーから聞こえる音は共感覚の対象ではないため、いつもより繊細な感覚で聞くことはできないので、少しつまらない催しだ。

 

 「ここ、低音の伸ばしのあとの八分音符が、全体に合っていません。前の音から崩れていますね。田中さん、分かっていますか?」

 

 「はい、チューバのとこですよね。多分後藤と梨子の肺活量の違いからくる狂いだと思います。パート練習で修正したいと思います」

 

 田中先輩は流石だ。滝先生の指摘も、前々から気になっていたのだろう、即座に論理的な回答を導き出している。

 

 「お願いしますね。あと、このフォルティッシモの部分ですが、音が大きいのは結構ですが、そのせいで音色自体が汚くなっていますね。音量を出せばいいというものではありません。あくまで質の良い音を出すようにしてください」

 

 これは、後半のユーフォとチューバに向けての指摘だ。

 久美子は思い当たる節があるのか、楽譜になにやら書き込んでいる。

 

 「それと、ここの木管のメロディ、楽譜通りに揃えようという意識は認めますが、なんだか淡々としていますよね。もっと感情を込めて吹かないと」

 

 「はい!」

 

 また来た。

 

 最近、滝先生は楽譜通りの演奏以上を求めることが増えた。

 もっと感情的に、表現力を、そういう指摘が増えてきた。今まで楽譜通りに吹くことさえ精一杯だったのに、要求されるレベルが更に引き上がってきた。

 音に感情を載せる、作曲者や指揮者が求める表現を楽器で奏でる。言葉では簡単だが、相当に難しいのは確かだ。ここが二流と一流の境目とも言えるかも知れない。

 

 つまり、北宇治の演奏は楽譜通りを超えるべき所まで来ているのだ。

 感情、表現力を音楽に載せて届けるべき次元にきているのだ。これは高校生レベルの吹奏楽部としてはかなりポジティブなことだと思う。

 楽譜通りに演奏した音楽は、その曲は当然のことながら作曲家、編曲家が作り上げたものだと言える。

 しかしこの感情、表現力の壁を超えることが出来れば、それは『北宇治の音楽』だと胸を張って演奏すること出来るだろう。

 

 と、ここで滝先生の横で黙って聞いていた橋本先生が前に出てきた。

 

 「滝くん、ちょっといいかな」

 

 「もちろん、どうぞ」

 

 「今、木管パートが滝くんに『もっと感情を込めて吹かないと』って言われてたよね。君たちは簡単に『はい!』って返事してたけど、ホントにちゃんとわかってる? ……北宇治の演奏は技術的に言うと、もう他の強豪校に引けを取らないくらいにまでなってると思う。でも君らには表現力が足りてない。明工とか秀大附属とか大阪東照とか、そういう超強豪校との差はそこにある。ここで言う表現力ってのは……えーっと、じゃあ折角だから大槻くん、表現力ってのは何をすると得られると思う?」

 

 「作曲者の思いを汲み取って、あとは……その音をしっかり出すことですかね? それと、滝先生がどういう音楽を作り上げたいかを理解して、それを実現するように努力するってところですか?」

 

 「……」

 

 なんか橋本先生が、ゆるくキャッチボール始めようとしたら1発目から160km/hのストレートを鳩尾に食らった、みたいな顔してるんだけど。

 僕変なこと言っちゃった?

 

 「あれ、すみません、僕なんか変なこと言っちゃいましたか?」

 

 「いや、ごめんごめん。分かってない前提で質問投げたら正論ど真ん中で返されたからびっくりしちゃっただけ。……って話題それちゃったけど、言いたいことは大槻くんの言う通りそのまんま。北宇治はどんな音楽をつくりたい? みんな合奏中に滝先生が言ってる言葉の意味を、きちんと理解してる? 先生はテキトーに指示を出してる訳じゃない。こういう音楽を作りたいっていうのが先生の頭の中には明確にあって、君たちはそれを皆で協力して作り上げなきゃだめなわけ」

 

 この人いいこと言うな。

 でも普段とのギャップがありすぎてちょっと固まっちゃうな。

 いやもしかしてこのギャップでショック状態に持ち込んで、生徒に無理やり受け入れ体制を作らようとしてるとか?

 だったら中々のやり手だな……考えすぎか。

 

 「そのためには技術的なものはもちろんだけど、それにプラスアルファで表現的なもんが必要になってくるわけ。楽譜通り完璧に吹けるようになるっていうのがこれまでの目標だとしたら、今日からはそれをどう表現するかも考えて欲しい。高校生に何を求めてるんだって言う人も居るかもしらんけど、ボクはやっぱり音楽をやる以上そこだけは皆に考えて欲しいと思う」

 

 珍しく真剣な面持ちの橋本先生に、部員ははっきりと返事する。その反応に満足したのか、橋本先生は嬉しそうに目元を細めた。

 

 「橋本先生、たまには良いこと言いますねえ」

 

 「いや、『たまには』は余計でしょ。僕は歩く名言集だよ」

 

 反論する彼のセリフに、部員たちからは笑い声が上がった。

 その人柄のせいか、橋本先生は場の空気を和らげるのが上手い。いや、先程話していたときは皆引き締まっていたから、場の空気を操作するのが上手いと言うべきか。

 滝先生には無い能力だな、いいコンビネーションで指導が回りそうだ。

 あとは、もう一人木管の指導者が来るという話だが、どんな人なんだろうか。

 

 この日は、表現力というものをまだ良くわかっていない部員たちの試行錯誤が続いた。

 

◇ ◇ ◇

 

 お盆休み1日目。

 今日は前から約束していたプールに行く日だ。

 プールのある太陽公園は自宅から割と遠いため、自転車は諦めて素直に電車とバスで向かうことにした。

 バスなしで歩いても良かったのだが、プールのある位置が太陽公園の中でも駅から遠い位置だったので、バスに頼ることにした。

 この炎天下の中で何kmも歩く気力が湧かなかった。

 

 そして漸くたどり着いた太陽公園ファミリープール、その入口で僕は呆然と立ち尽くしていた。

 別にここに来るまでに体力を使い果たしたわけでも、夏の日差しにやられて熱中症になったわけでもない。

 僕が呆然としていた理由は、友人からの一通のロインメッセージにある。

 

 《わりぃ、夏休みの補習忘れてて担任に呼び出しくらって行けなくなった、お前だけでもプール楽しんでくれぃ!》

  

 この胸に湧き上がってくる感情はなんだろうか。

 向こうから誘ってきておいて集合時間を過ぎてからドタキャン、夏休みの補習があるのも忘れてプールに行く企画を立てる計画性の無さ、補習になるということはそれ相応の定期テストの成績の悪さ、そして約束をブッチするのにはあまりにも軽いメッセージ。

 

 今からでも北宇治高校の教室に乗り込んで、ヤツの後頭部をコントラバスで張り倒してやろうか。

 いや良くない、ヤツごときのためにコントラバスという貴重な楽器に傷がつくかも知れないのは割に合わない。

 ここはやはり己の拳で……

 

 もしかしたら、前世も含めた長い人生経験の中で初めて抱いた殺意の波動に支配されていた僕を止めてくれたのは、意外な声だった。

 

 「あれ、大槻じゃん、こんなとこでぼーっと突っ立って、何してるの?」

 

 「あ……中川、先輩」

 

 そこには、少なくとも僕は見知らぬ少女を連れた中川先輩がいた。

 

 「なんか、めちゃめちゃ怖い顔してたけど、どうしたん? 熱中症とか? 水でも買ってこよーか?」

 

 様子のおかしそうな後輩に対して気を遣って声を掛けてくれるとは、やはり中川先輩はヤンキーな見た目に反して優しいし、面倒見が良い。

 

 「あ、すみません。大丈夫です。体調悪いとかそういうことではないです。心配かけてすみません」

 

 「じゃあなんでそんな顔でこんなところにボー立ちしてたの? プールに遊びに来たんだよね?」

 

 そう、僕は友達とプールに遊びに来たのだ。今更ながらそのことを思い出した。

 そして呆然としすぎて忘れていた怒りも思い出した。

 僕はちかおのメッセージが表示されているスマホ画面を、中川先輩に見えるように差し出した。

 

 「え? ロイン? なになに……ぶっっ! あははははっ! ドタキャンされたの。しかも理由がひどすぎる! あーはははははっ! ……あ、ごめん」

 

 「いや、良いですけどね、クソな状況なのは確かですから。笑ってもらえるだけありがたいですよ。ハハハ」

 

 中川先輩に爆笑されたことで、『ちかおSATSUGAI計画』に脳内を支配されていた状態から、なんとか冷静な頭に戻れた。

 まぁ戻れたといっても最低な状況には変わりない。

 どうしよう、ちかおは一人でプールを楽しめ、と言っていたが、僕には一人プール(吹奏楽部部員との遭遇可能性あり)とか無理だ。

 明日には一人でプールを泳ぐ寂しいやつ、女子部員の水着姿目当てで一人でプールに来た変態の烙印を押され、噂は瞬く間に広がるだろう。

 

 ちかおに天罰を与えることは当然として、今日は素直に帰ってトランペット吹いて気分転換でもしようかな……

 そんなことを考えていると中川先輩が声をかけてきた。

 

 「遊ぶ相手がいないなら、一緒にプール行かない? お金と水着は持ってるんでしょ?」

 

 「……それは、惨めな僕を拾ってあげる代わりに、全ての料金を持てと、そういう取引ですか?」

 

 「うわぁ……卑屈すぎ。今の状況じゃそう思うのも仕方ないけど、私は後輩相手にそんなことしないって。普通にプールで遊ぼうってだけ。希美もいいでしょ?」

 

 そういえば中川先輩はもうひとり友人と思われる女子を連れているのだった。あまりの状況に落ち込みすぎて思考の外においてしまっていた。

 

 「全然いいよ! その子、北宇治のトランペットの子でしょ。半分顔見知りみたいなものだし、少し話もしたいし、一緒に遊ぼうよ」

 

 いきなり見知らぬ男子とのプール、というシチュエーションにここまで前向きになれるのか。

 正直僕の常識からはかけ離れているが、今から虚しく自宅に帰るのと、先輩女子二人と一緒にプールというのは、天秤に載せて比べるまでもない。

 僕の中の気持ちは一緒に遊ぶ方へ急速に傾いていった、のぞみと呼ばれた女子も、なにやら僕のことを知っているらしいし、会話が途切れて空気が死ぬということも無いだろう。

 

 「じゃあ中川先輩、お言葉に甘えてご一緒させていただきます。荷物の監視とか飲み物パシリとかは任せてください」

 

 「だから卑屈すぎるって! あと呼び方も夏紀でいいよ。あ、希美もいいよね?」

 

 「いいよいいよー。というか、傘木って呼びにくいし、名前のほうが呼ばれ慣れてるから、そっちの方が良い」

 

 ここで初めて知ったが、この先輩の名は傘木希美というらしい。確かにのぞみという呼称のほうが呼びやすい。

 

 「じゃあ夏紀先輩、希美先輩、かき氷買ってくるので何味が良いですか? 場所は適当に取っておいてください、こちらから探しますので」

 

 「だからさっきも言ったけど卑屈すぎるって! まぁでも、かき氷は欲しいからブルーハワイで。希美は~『いちご!』……はいお金。場所取りはやっとくよ。位置おしえるから今のうちにロインID交換しとこう」

 

 「あ、はい」

 

 思わぬところで先輩女子部員の連絡先をゲットしてしまった。

 というか、夏紀先輩って話したことなかったけど、見た目に反してかなり面倒見の良い優しい先輩だな。

 ぶっちゃけヤンキー寄りの性格だと思ってました、すみません。

 

 

 

 

 

 

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