希美先輩ってやっぱり美人だしスタイルもいいな、それに夏紀先輩も雰囲気怖いけどよく見ると可愛いし、ちょっと緊張する。
というか北宇治吹奏楽部の女子レベル高すぎないか? 初対面の女子に会うたびに惚れそうになるんだが。
「へ~、ってことは、1年生でソロやってるんだ。しかもトランペットソロを勝ち取ったってことは香織先輩を押しのけたってことでしょう? 北宇治、ホントに変わったなぁ」
「まぁひと悶着もふた悶着もあったけどね。結局透理が実力で黙らせたって感じ」
「黙らせたって……印象悪いのでもうちょっと言葉選んでくださいよ。あの再オーディション言い出したの僕じゃないですし」
「いや、あの演奏聞いて全員完全に黙ったのは事実じゃん。音楽不真面目勢の私ですら透理の演奏で鳥肌立ったよ。ていうかぶっちゃけちょっと泣いた」
とりあえずプール横の芝生エリアで日陰になっているところに、レジャーシートで場所を確保できた。
まだ早い時間帯のためか、それほど人は多くない。
今は僕が買ってきたかき氷を食べながら自己紹介も兼ねた雑談中である。
同じ部活の部員である夏紀先輩のことすら殆ど知らないからな。
よくこのメンツで一緒に遊ぼうとなったものだ。
「希美先輩はなんで夏紀先輩と仲がいいんですか? クラスメイト?」
と軽く言葉を発した瞬間に、地雷の話題を踏んだことに気がついた。
「あ、なんかまずいこと聞いちゃいました?」
……
「……まぁ今更隠すことでもないからいいか。希美もいいよね?」
「うん、もう部員の間には結構広まっちゃってるっぽいしね」
部員の間に広まってる噂を知らない僕。
まぁあんまり噂話とかに頭突っ込まないからなぁ。
あ、もしかして最近部の雰囲気がざわついているあれかな。
「実は私と希美って同中なんだよね、南中。っていっても透理は静岡から来たから良くわからないか」
「はい、正直よくわかりません。麗奈とか久美子とか秀一が北中? から来たのは知ってるけどそれ以外は全然」
「で、去年の1年生、今は2年生の代の部員が大量にやめた事件は知ってる?」
「……知らないです。あ、でも2年生の人数が極端に少ないなぁとは思ってました」
「あぁ、それって去年の1年、まぁ今年の2年が一斉にやめた事件があったからなんだよね。で、その時に部活やめたひとりが、希美なんだよ。その時の3年と色々揉めてね、やる気ある希美たち南中メンバーと、やる気のない3年と、あと顧問と。それで色々あって希美は吹奏楽部やめたの」
「じゃあ、もと吹奏楽部の仲間だったんですね、希美先輩は楽器何やってたんですか?」
「フルートやってたよ。でもパート違っても夏紀とは仲良かったけどね。今も一応地元の吹奏楽団に入ってフルートやってる」
部活をやめても吹奏楽団にまで入って音楽をやるってことは、相当な音楽好きだ。
僕も吹奏楽団に入っていたことがあるから分かる。中高生が社会人の吹奏楽団に入るのは結構ハードルが高いのだ。楽器パートの空いてる楽団を探したり、年上の奏者とのコミュニケーションを取ったり、それだけしても周りのモチベーションの低さに引きずられたり。
まぁ僕は幸運にもモチベの高い楽団に所属できたけど、大抵はそうではないだろう。
この時点で希美先輩への親近感が上がった。
そもそもやる気あるメンバーが、やる気ないメンバーと顧問にやめさせられるとか、正直僕の中では一番許せない出来事だ。
「というか、私が希美に憧れて吹奏楽部に入ったからね、私から絡んでいったというか」
「やめてよ。そんな立派なもんじゃないってば。恥ずかしいし」
夏紀先輩が吹奏楽部に入ったきっかけの人が希美先輩ってわけね。
そりゃ仲いいのも自然だわな。
「なら、希美先輩も今なら戻って来ても良いんじゃないですか? 今は顧問も滝先生だし、部員もやる気出して練習に励んでますよ。戻るにはいいタイミングだと思うんですけど」
僕が言うと、二人して暗い顔になってしまった。
また地雷踏んだ?
「私もそう思ってね、戻ろうとしたの。でもあすか先輩に断られちゃってさ」
「……ん? 部活に戻るのに田中先輩の許可とか必要なくないですか? 滝先生か部長に言えばいいのに」
「いや、あすか先輩には色々恩があってさ。部活辞めるときも引き止めてくれたし。あすか先輩の許可だけはもらってから戻ろうと思ってる。これは私なりのけじめってやつかな」
「そうなんですね。で、田中先輩が断った理由ってなんなんですか?」
「それがさー、教えてくれないんだよね。『今希美ちゃんが戻っても部にとってプラスにならないから』って。悪いところあるなら直すって言ったのになぁ……何が、私何が駄目なんだろう。もう、わからないよ。それ以外は何も教えてくれなくてさ。『コンクール後なら好きにしていいよ』って。あすか先輩に恩返しするつもりだったのに、あすか先輩が引退後にならないと復帰しちゃだめとか……何か嫌われることしたのかな?」
希美先輩は泣いていた。絶望と失望に泣いていた。
この分だと何日も田中先輩のところに通ったのだろう。
彼女は北宇治吹奏楽部に戻りたいが、もう何も打つ手がないと感じているのだろう。
夏紀先輩もそこまで僕に打ち明けて良いのかって顔をしながらも、心底希美先輩に同情しているようだ。
やっぱりこの人は根本的にいい人なんだなと感じた。それとも、希美先輩に対しては特別、なんだろうか。
でも僕は別の感想を抱いていた。
僕から見ると希美先輩は自分のことしか考えていないように感じた。視野が狭いと言うか。
もっとやるべきことや、筋を通すべき所が沢山あるのに、眼の前の田中先輩のことしか見えていない。
これは僕から意見するべきだろうか、でもそうすると多分田中先輩とか周りの先輩、吉川先輩あたりに迷惑を掛ける気がする。
察するに、彼女らはあえて情報を与えずに、コンクール後まで状況を引き延ばそうとしているのだろう。
僕が介入すると、彼女らの都合とか今の吹部の人間関係を壊してしまう可能性がありそうな気がする。
でも、ある意味自分勝手な希美先輩とはいえ、この状況はあまりにも可哀想だ。
「少し変なこと聞きたいんですけど、希美先輩、フルートは、音楽は好きですか?」
希美先輩は目を丸くして驚いた後、目に涙を浮かべたまま拭こうともせずに、知り合ってから最高の笑顔を浮かべて答えた。
「うん、好きだよ。フルートも、音楽も、大好き」
僕は、その笑顔は本物だと感じた。ならそれでいいか。責任は僕が取れば良い。取れればだけど。
音楽を好きな人が、音楽を出来なくなるなんて、そんなのは可哀想過ぎる。
まずは情報収集からだな。まぁ今日は楽しい楽しいプールの日だ、動くのは明日……はまだ休みだから、合宿からでいいかな。
◇ ◇ ◇
「やっぱこのプール来たからには、1回はウォータースライダー滑らないとねー」
眼の前には市民公園には不釣り合いな2レーンのウォータースライダーが備えられている。
「け、結構高さありますね。市民公園にこんな施設あるんだ」
「え、なに、透理ビビってんの? 大丈夫、先輩が丁寧に案内してあげるから。はいまずはここに立ってー」
「案内って突き落とす気まんまんじゃないですか!? それ危険行為ですよ! 希美先輩もなんか言ってください!」
「大丈夫、私も隣で滑ってあげるから安心して!」
何も安心できない!
僕は高所恐怖症というわけではないのだが、ジェットコースターとか、こういうウォータースライダー系のアトラクションが苦手なのだ。
なんとか隣の波のあるプールあたりで勘弁してもら……
「はい、どーん!」 ※危険なので一般の方はやらないでください。透理は特別な訓練を受けています。
「ゴーゴー!」
「ギャーぁぁああ!」
強制ウォータースライダーに突入させられた。
周りは緑豊かないい景色だが、そんなものは楽しむ余裕もない。
なんとかコースからはみ出さないよう手と足でバランスを取って、出来るだけゆっくり滑る。
「透理、遅いぞー。はいドーン!」
後ろから夏紀先輩が追いついてきた。
夏紀先輩の運動エネルギーが足されて、僕のスピードまで上がってしまう。
というかもうラストのプール突入が目の前に!
「うわぁぁああ! ぎゃぼぼぼぼおっ」
為すすべもなく、僕は猛スピード(体感)でプールの底に沈んだのだった。
……
と、プールに沈む僕の手を掴み、引き上げてくれる存在を感じた。
「ぶはっ! ゲホッ! ゲーホッ!」
「あははっ! 透理大丈夫? もしかして運動神経ないの?」
あんたが突っ込んできたせいだろ! やっと咳が止まってきたので、文句を言うべく前を向く。
「夏紀先輩が後ろから突っ込んできたから! 頭から沈んじゃったん……ですよ」
最後は勢い任せに文句を言い切ることが出来ず、目をそらしてしまった。
なんでって、そりゃ、あれだよ。転生するとこういうのに遭遇する確率とか上がるのかな?
「夏紀! 前! 前見えてる!」
「えっ? うぉぉ! まじやば!」
夏紀先輩のリアクション、もう少し可愛くできないですかね。
いや、見ちゃった側からは何も言えることはないんですけどね。
ゆるい膨らみとピンクのポッチ……
「……透理、見た?」
「全く何も見えてません」
「絶対嘘でしょ! ソッコー目逸らしてたし!」
「それが分かってるならいちいち聞かないでくださいよ! こっちも恥ずかしいんだから!」
「おまっ、男のくせに責任逃れする気か! アイス!!」
「ええっ!? 今回のはむしろ夏紀先輩が悪かった気が……」
「透理くん、夏紀がアイスって言ってるうちに許してもらったほうが良いよー、吹奏楽部の先輩からのアドバイス」
……
確かに、こんなことが吹奏楽部に広まろうものなら、ラッキースケベをしといて女子に責任をなすりつける最低野郎の烙印を……
なんか最近同じようなことがあったような……全てはゴシップ爆散空間吹奏楽部が悪い。おのれ噂話大好きなホルンパートめ。
僕は希美先輩のアドバイス通り、怒れる夏紀先輩に大人しくアイスを奢るのだった。3段。しかも何故か希美先輩の分も。解せぬ。
◇ ◇ ◇
あの後は少し休憩した後に普通にプールで遊んだ。
僕が持ってきたビーチボールを使ってバレーもどきをしたり、夏紀先輩が持ってきていた水鉄砲で遊んだり。
僕もだんだんテンション上がってきて、高校生とは思えない程はしゃいでしまった気がする。
遠くに他の北宇治のメンバーの姿もあったが、今の希美先輩の状況を考えて、接触しないようにした。
ふたりもそのように動いていたと思う。
それでも、遊んでいる間はふたりとも笑顔で楽しそうだった。
心の底にしこりがあっても、表面上だけでも楽しめていたなら、少しは気分転換になったのかなと思う。
……
「たはーーっ! 遊んだー」
そう言って希美先輩は帰りのバスの座席に座り込んだ。
「いやぁ、まじ、やりすぎたわ、疲れたー」
夏紀先輩も倒れ込むように座席を2つ占領する。バスの座席が空いてて、一番うしろの席だから良いけどね。
でもその姿勢だと、その、夏紀先輩はちょっと女子としてのガードが緩い気がする。
「夏紀ー、それだと透理くんにパンツ見えるよ……さっきといい、もしかしてアピってんの? それなら余計な指摘だったね。ごめんごめん」
夏紀先輩はガバッっと勢いよく座り直し、スカートを抑える。
「ん、んなわけないでしょうが! 透理も! 変な勘違いしないでよ!」
「あ、はい」
僕は夏紀先輩をこれ以上刺激しないように、希美先輩を挟んで反対側の座席に座った。
うわ、希美先輩なんか良い匂いする、プールの後なのに。って何か今日は頭の中がピンクになりやすくなってないか? いかんいかん。
全ては夏紀先輩のせいということで。
「いやーホント楽しかったねー。もう夕方近いよ。こんなにプールで遊んだの小学生以来かも」
「私は冷たいもの食べ過ぎてちょっとお腹壊したけどね」
「いやそれ完全に3段アイス頼んだ夏紀先輩のせいでしょ」
横からキッと視線が飛んでくるのを感じる。
かき氷も食べて、3段アイスも食べたらお腹壊すのも当然だと思う。
でもあれ? 希美先輩は同じもの食べてもピンピンしてるな。おかしい、妙だぞ。
「もしかして希美が同じもの食べたのにお腹壊してないの変だなとか思ってない?」
「エスパー!?」
「いやそんだけ希美のお腹見てたら分かるって。ちなみに希美もしっかり壊してるからね、お腹。私の隣の個室で私と一緒の地獄を味わってたよ」
「えっ」
「夏紀なんで言っちゃうのよ! 透理くんが気付いてないなら言う必要ないじゃない!」
「いやなんか今日私だけ汚れキャラだったから、希美だけコソコソトイレとか許されないと思って」
「だから話に出さないでって言ってるでしょ! そんなんだからいつも優子とやり合うことになってるんだよ」
関係ない外部一般人たる僕からすれば、今のふたりの様子は、いつもの夏紀先輩と優子先輩のやり合いと同レベルに見えますけどね。
あー今日は平和で楽しい一日だったなー。