音と共にある人生   作:Taku-One

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第3話_出会い

 

 田原先生とのセッションは楽しかった。

 初対面にも関わらず、かなり息の合ったセッションができたことは気持ちが良かった。

 流石に慣れ親しんだ母親とのセッションほどではないが、僕の周囲は輝かしい光学エフェクトと曲調に合わせた良い匂いが振りまかれ、時間を忘れるほど演奏に熱中した。

 田原先生も楽しそうで、時折ギターを持ち出して来たりしてセッションは続いた。

 

 僕らが夢中になって演奏していると、ガチャ、と扉の開く音がした。

 

 「田原先生、いつまでやってるんですか? もう次の生徒さん来ちゃってますよ。時間ですから、片付けてください」

 

 時計を見ると、確かに僕に割り当てられたレッスン時間どころか、休憩時間に設定された時間も超えて次のコマの時刻になっている。

 呼びに来た受付の人も呆れた顔をしている。常習犯なのだろうか。

 受付の人の後ろには、次の番の生徒らしき女子もいる。

 というか、北宇治の制服着てるし、リボンの色も赤だし同級生?

 

 「げ、ホントだ。ごめんごめんすぐ準備するから! 透理くんも今日はありがとう、楽しかったよ! 次は君のレベルに合ったトレーニング用意しておくから、よろしくね」

 

 「はい、よろしくお願いします。じゃあ僕はもう失礼しますね。あとの生徒の方も迷惑かけてすみません」

 

 「……いえ」

 

 そして僕は急いで音楽教室をあとにした。サインを貰いそこねたけど、来週にはすぐに次の機会があるので焦らなくてもいいだろう。

 

◇ ◇ ◇

 

 翌朝、僕がまだ慣れない学校に登校し教室に入ると、目が合う人がいた。

 

 「「あっ」」

 

 目があった人とは声もハモった。

 同じ学校の同級なだけじゃなくてクラスも同じだったのか、気づかなかった。

 自己紹介のときとか半分寝てたしな。

 

 「あ、えーと、音楽教室で会った人だよね。同じクラスだったんだね。気付いてなかった。これからよろしくね」

 

 「……こっちは、気付いてたけどね。新入生代表の大槻くん」

 

 ……

 

 なぜか猫が警戒して尻尾を逆立てているような雰囲気で言葉を返してきた。

 クラスメイト同士の友好的な感じでは、断じて無い。

 

 「えっと、何か怒ってる? 僕、知らない間になにかしちゃったかな?」

 

 なぜかは分からないけど、圧に負けて謝りそうになるから、その目線やめて。

 

 「別に……」

 

 全然別にって感じじゃないんですけど! あとその抉るような目線やめて!

 

 「え~と、あ、知ってるかも知れないけど、僕は大槻透理、よろしくね」

 

 「……高坂麗奈(こうさかれいな)

 

 話、する気、なし! よし逃げよう!

 

 「じゃあ高坂さん、授業もそろそろ始まるから、またね」

 

 僕は逃げ出した。同じ教室内だけど。

 席が遠目で助かったわ。

 

◇ ◇ ◇

 

 授業は真面目に受ける。前世でも真面目に受けていた。

 ぶっちゃけ内容は簡単すぎて寝そうだが、たまに知らない内容とか記憶があやふやなところがあるので寝てはいられない。

 ノートも真面目に取る。本当は前世であやふやだった覚え直したいところだけ取りたいが、授業中に書いたノート提出が義務で、先生に中身全部見られて成績に加味されるとかいう悪夢のような文化があるので、成績を上げるためにはすべて取らざるを得ない。

 

 中学までは授業を真面目に受け、テスト前にさらっと復習するだけで何とかなってきた。

 つまり、宿題以外には自習時間を取らずに優等生の体を維持できてきたわけだ。

 僕はトランペットの演奏練習とか、音楽のための身体づくりとか楽器製作とか、色々とやりたいことが多いので、自由に使える時間がとにかく足りなかった。だから学校の勉強に関しては、学校での授業と前世の知識だけで全てを習得するというゴリ押し戦法を取った。課外時間の自主学習とかやってられん。

 たまに「こっちの問題集からもテスト出すからな~」とか「夏目漱石の『こころ』の文節をテストに使うから読んでおいてね」とか言ってくるゴミカス…おっと厳しい先生もいるが、基本的には授業時間以外は使わずに大いに充実した課外活動が出来ていた。

 

 「この前やった実力テストの結果を返すぞー。出席番号順に取りに来るように」

 

 え~、や、ぎゃー、といったざわめきがクラス内をつつむ。

 実力テストってなんだったっけ? ……ああ、あの入学2日目にやったあれか。

 入学試験で大体の生徒の成績は分かってるはずなのに、入学直後にテストする意味が最初はわからなかったが、周りの悲鳴を聞いた今ならわかる。

 要は、推薦とかで直接の成績に関わらず入ってきた生徒とか、受験だけ頑張って春休みボケしてた生徒の尻を蹴り上げるつもりなのだろう。

 

 「じゃあ次、大槻」

 

 「はい」

 

 呼ばれたので取りに行く。手応えはまぁあったので文句は言われないだろう。

 

 「お前すごいな! 全教科満点! 流石新入生代表だな」

 

 教室中の視線が僕の背中に刺さるのを感じた。褒めてくれるのは良いけど、この先生、余計なこと言うタイプか。

 

 「……先生、勝手に点数を公開するのはやめてください」

 

 「おお、すまんすまん。ま、次もこの調子で頑張れよ」

 

 全く反省しとらんな。テストの点数は立派な個人情報やぞ。

 できるだけ謙虚に見えるように席に戻り前を向く。

 あ、高坂さんの番だ。

 

 「高坂も良かったな。トップクラスだぞ。次も頑張れよ」

 

 「はい」

 

 何故か気になって高坂さんが席に戻るまで眺めてしまう。

 高坂さんはテスト結果の中身を広げゆるゆると全体を見ている、と、不意にこちらに視線を向けてきた。

 

 え、なぜ?

 

 高坂さんは歯ぎしりでもしそうなほどの雰囲気で僕の方をみている。

 なんかデジャブ? こういう光景みたことあるような。

 あ、そうか新入生代表でステージに上ったときに感じた視線だ。今思えばあれも高坂さんだったかもしれない。

 

◇ ◇ ◇

 

 昼休みになったのでコンビニで買った弁当を食べていると、二人の男子が寄ってきた。

 

 「流石は新入生代表だな!」

 

 「全教科満点!」

 

 「うざっ、触んな」

 

 先生の声真似をしながらベタベタと肩を撫でてきたので振り払う。

 こいつらは一応友人だ。入学式の日に向こうから話しかけてきた。

 新入生代表! と言ったのが岡田、全教科満点! と言ったのが吉野だ。

 からみは若干ウザイが、意外と気が利くところもあり、中学時代の友人たちよりは仲良くなれそうな予感がしている。

 

 「おまえらは結果どうだったんだよ」

 

 「いやぁ、言うほど悪くはなかったんだけど、春休み油断してた分順当に少しずつ落ちた感じ」

 

 「それな、入学2日目に実力テストとか鬼過ぎ」

 

 まぁそうは言うがこいつらも進学クラスにいるのだ。

 それほど酷い点数を取ったというわけでもないのだろう、表情も暗くない。

 

 「それより大槻、朝のあれ何だったんよ。ずっと聞きたかったんだけど」

 

 「ああ、あれな。俺も聞きたかった!」

 

 「あれ? ……ああ、高坂さんね」

 

 教室ざわざわしてたもんな、そりゃ気になるよね、高坂さんって文句無しクラス一の美人だし。

 

 「何話してたんだ? ……というか高坂さんが男子と話してるの初めて見たわ」

 

 「なんかしらんけど大槻めちゃビビって逃げたよな」

 

 「逃げてない、席戻っただけ」

 

 めちゃ逃げたけどね、なんか怖かったし。

 まぁ別に話してもいいか。

 

 「実は昨日こっちで初めて音楽教室に行ったんだけどさ、そこで僕の時間が終わったときに、同じ部屋に高坂さんが入ってきたんだよ。そのときはクラスメイトだって気付いてなかったから、特に話もしなかったんだけど」

 

 「なんでクラスメイトだって気づかないんだよ、初日に自己紹介とかも一応したろ」

 

 「しかもクラス一の美人高坂麗奈に気づかないとか」

 

 「いや、自己紹介のとき眠くて、自分の番終わったら半分意識飛んでたんだよ」

 

 よく考えれば自己紹介くらいはしっかり聞くべきだったね。

 だけど前日夜通しトランペットのマウスピースの形状設計してたからね、仕方ないね。

 そう、こちらに引っ越してようやく楽器の開発環境も整い、研究に没頭していたのだ。金にあかせて高性能PCと高性能旋盤などを揃えたため、その辺の大手楽器メーカーにも劣らない質の作業ができるようになったといえるだろう。

 

 「というか、音楽出来るなら吹奏楽部とか入るの?」

 

 岡田がなんとなしに聞いてくる。

 

 「入らないよ……まぁ、ちょっと吹奏楽部は苦手でね」

 

 最初から最後まで理由を説明するとめんどいので、曖昧に答えてしまう。

 まぁ共感覚とか一般人に説明しても理解できんでしょ。

 

 「へぇ、吹奏楽部に入れば高坂さんとお近づきになれそうなのに、彼女、吹奏楽部に入りますって宣言してたし」

 

 吉野は無責任にそんなことを言ってくる。

 

 「いや、高坂さんって何か怖いし、それに何故か僕に当たりきつい気がするんだよね」

 

 「「確かに」」

 

 おい、そこでハモんなよ。

 でもホント確かに当たりきつい気がする。何故だろう。

 高坂さんはどんな風に思ってるのかな。

 

◇ ◇ ◇

 

 高坂麗奈は才色兼備、完璧だ。それは外野からの評価だ。

 高坂麗奈は完璧に、特別になりたい。それが本人の決意だ。

 

 トランペットは父親に憧れて幼い頃から始めた。それなりに長い期間やってきたが、同年代では自分より上手い奏者を見たことがない。ライバル、というより目標は常に年上の奏者だった。

 勉強はトランペットの二の次ではあるが、やるからには一番を目指した。中学では吹奏楽部の練習の忙しさもあり一位を譲ることもあったが、三年生の部活引退後の時間は受験勉強にもかなり打ち込めた。

 ちょっとずるいとも思ったが、母経由の情報で滝先生が来ると分かっている北宇治高校、そのレベルなら首席で合格出来るのではないかと思った。

 ささやかだが、自分の格好良い姿を見せられるように勉強に打ち込んだ。

 

 それが……

 

 「続きまして、新入生の挨拶です。新入生代表、大槻透理」

 

 新入生代表は、基本的に入学試験で一番成績が良い生徒が選ばれる。

 それは、負けたということだ、それなりに頑張った入学試験の成績が劣っていたということだ。

 この時点で麗奈は自分でも高いと自覚しているプライドを刺激された。

 次こそは負けないと心を決めた。

 

 

 そして次の機会は思いの外早く訪れた。

 しかも想定していた学力テストではなく、音楽においてだった。

 

 麗奈は不定期でJR宇治駅の近くの音楽教室に通っていた。

 父親が居るときは父に教えてもらうが、最近は海外遠征で不在であることが多かった。

 部活はまだ仮入部期間で滝先生に教えてもらうことは出来なかったのも影響している。

 だから父の伝で腕が良いと評判のトランペット講師を頼って練習をさせてもらっていた。

 

 その日も放課後に帰宅し、一息ついてからトランペット教室に向かった。

 すると基本的には時間になるといつも受付の横で迎えてくれる田原先生の姿が見えない。

 少しテンションが高くめんどくさいところはあるが、流石元プロということもあり、その教えは身になるし、麗奈的には数少ない尊敬できる大人だ。

 その姿が今日に限って見えないことに少し不審を覚える。

 

 「今日レッスンの予約を入れていた高坂です」

 

 顔なじみの受付の女性に要件を告げる。

 

 「あ、高坂さん、こんばんは! 田原先生ちょっと遅いわね、呼んで来ますね」

 

 「あ、それなら私も行きます、練習室もいつもと同じですよね?」

 

 「そうね。そうしてくれると嬉しいわ。もう前の生徒さんとの時間は終わってるはずなんだけど……」

 

 そうして受付の方について左奥の防音室に向かっていく。

 すると防音壁越しとはいえ、トランペットのセッションの音が聞こえてくる、二重奏だ。しかも両方ともかなり上手い気がする。

 受付の女性がドアをノックするが、演奏者は夢中になっているのか反応がない、仕方なく強制的に扉を開いて入っていった。

 

 「田原先生、いつまでやってるんですか。もう次の生徒さん来ちゃってますよ。時間ですから、片付けてください」

 

 外から聞いていてもなんとなく分かっていたが、受付の方が扉を開けてから生で聞こえてきた音色は素晴らしいものだった。

 片方はいつも教えてもらってる田原先生のトランペット。……そしてもう一つは。

 

 「げ、ホントだ。ごめんごめんすぐ準備するから! 透理くんも今日はありがとう、楽しかったよ! 次は君のレベルに合ったトレーニング用意しておくから、よろしくね」

 

 一瞬しか聞けなかったが、互いが互いを高め合うような素晴らしいセッションだった。

 最初から聞いていたかった、という思考が出るほどには。

 ということは田原先生の相手の技量も相応に高いということだ。田原先生は元プロ奏者で、父も認める実力派だ。

 その田原先生に時間を忘れさせるくらいに対等に演奏を作り上げている。しかも相手は学生くらいの若さに見える、というかあれは北宇治の制服だ。

 そして、顔に見覚えがある。入学式で新入生代表を務めていた大槻…透理とか言ったはずだ。音楽教室で会うのは意外だった。

 

 麗奈の中でぐつぐつと熱が湧き上がってくるのを感じた。

 もしかしたらこれって、入学試験の結果で負けて、トランペットの実力でも負けているかも知れないってこと?

 いや、トランペットの演奏は一瞬しか聞いていないし……

 

 「はい、よろしくお願いします。じゃあ僕はもう失礼しますね。あとの生徒の方も迷惑かけてすみません」

 

 「……いえ」

 

 しかも、相手は私のことを初対面のような対応をしてきた。同じクラスだから、しっかりと入学式の日に自己紹介もしたのに。

 学業の成績で負け、トランペットの演奏でも同等以上(明確に劣っているとは認めたくない)、そんな同級生。

 そんな存在はこれまで麗奈の周りには皆無だった。

 

 透理の存在は麗奈のプライドというか逆鱗というか、とにかくその辺りを大いに刺激した、16連打した。

 そして翌日、返ってきた実力テストの結果を受けて、麗奈は透理を一方的に宿敵に認定した。

 学業も、そして何よりトランペットの実力では負けるわけには行かない、絶対にだ。

 高坂麗奈の苦難の? 日々が始まった。

 

 

 

 

 

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