音と共にある人生   作:Taku-One

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第4話_勧誘

 

 「おまえらさぁ、部活どこにするか決まってる?」

 

 昼休み、弁当を食べながら岡部が問う。

 大きめのタッパいっぱいの白飯に、更に一回り大きいタッパにおかずが詰まっている。

 僕も男子高校生だし普通に食べる方だが、あまりにも量が多すぎないか。

 でも岡部は特に太ってはいないし、運動部系男子にとってはこれが普通なのか。

 

 「おれはサッカー部。入学する前から決めてた。というか中学からサッカー部だったしな」

 

 吉野はもう決めているようだ。

 そういう吉野も岡部ほどではないが僕の弁当に倍するレベルの量を腹に詰め込もうとしている。

 

 「おれは野球部だなぁ。でも北宇治の野球部微妙に弱いっぽいんだよなー」

 

 「それはお前が入って強くする! ぐらいのつもりじゃないと駄目じゃね?」

 

 「ぐう正論。だけど流石に一人でってのはきつい気が……」

 

 状況はどうあれ、二人はもう入る部活は決めているようだ。

 まだ仮入部期間だが、練習とか友人とか考えると、早めに入部を決めることは良いことだと思う。

 

 「大槻は吹奏楽部には入らないとか言ってたよな」

 

 「うん。個人的にやることも多いし、暇な時間に近くの吹奏楽団とかで活動できればいいかな~とか思ってる」

 

 吹奏楽部に入らない理由の大半を占めるのが、ゴミダメの匂いの中に居たくない、というものなのだが、流石に口には出さない。

 まぁ個人的にやることが多いというのも本当だ、トランペットの練習や教室はもちろんだが、楽器設計とか、父の会社の手伝いとか、地味に忙しい。

 これで一般的な進学クラスレベルの勉強をしなければならなかったかと思うと冷や汗がでる。転生知識バンザイ。

 お金稼ぎはもう開始当時に立てた目標額を達成していることもあり、落ち着いている。逆に稼ぎすぎて余計な付き合いが発生しかけていたりするが、今のところはそれほどでもない。

 

 吹奏楽団も、急いで探さなくても良い気がしている。

 今は楽器の研究開発熱が燃え上がっているので、そっちに注力したい。

 楽団のトランペット奏者枠って空きが無いところが多いしなぁ。

 

 「じゃあ帰宅部か。帰宅部だと彼女できないんじゃない?」

 

 つらつらと考え事をしていると、吉野が余計なことを聞いてきた。

 

 「大槻の高校生活はもう灰色で終わるの確定かぁ……」

 

 岡部もさらに余計なことを口に出す。

 

 「いや、クラスメイトとかいるでしょ。不吉なこと言うのやめてよ」

 

 ホントにやめてよ。

 そう、転生して通算年齢は同級生のトリプルスコア以上あるが、精神年齢は体に引っ張られたのか結構若いと自分でも思う。

 さすがに中学生くらいまでは話が合わずそんな気も出なかったが。

 高校生になった今では彼女くらい普通に欲しくなってきたのだ。

 

 「大丈夫、おれらだけ彼女出来ても、暇なときは遊んでやっから」

 

 「そうそう、だから落ち込まないでも大丈夫だぞ」

 

 「なんでもう上から目線なんだよ! お前らもまだ彼女の影すら見えてないだろ!」

 

◇ ◇ ◇

 

 部活体験期間も終わった数日後、北宇治での高校生活にも慣れてきた。

 今は3回目のトランペット教室の帰り道で、この季節ではもう完全に日も沈んでいる。

 

 僕が通うトランペット教室はJR宇治駅の近くにある。近くと言っても駅よりもかなり宇治川寄りにあり、少し歩く必要がある。

 北宇治高校の近くに住んでいる僕は、この教室への交通手段に少し悩んだ。

 素直にJRを使うか、北宇治高校の生徒も多く使う京阪宇治線にするか、少し遠いが自転車で通うか。

 結局、帰り道に宇治橋を渡って川の景色を眺められる、という理由を取って京阪で通うことにした。

 景色に飽きたらどうしようかな、せめて紅葉の季節までは京阪でいいか、などと歩きながら考える。

 

 そして今ちょうど宇治橋を渡り切ろうかというところで、左目に街灯や車のライトとは異なる光がちらっと入ってきた。

 これは、音楽の光だ。誰かが宇治橋の上流の川辺で演奏をしているようだ。

 ちょっと興味が惹かれた僕は、ふらふらとその光の方向へ向かった。

 

 見えた光はトランペットの音色だった。曲は『ロマネスク』、ジェイムズ・スウェアリンジェンによって作曲された名曲だ。

 透理の視界に映る輝きは美しく、夜の宇治川を夜景のごとく彩っていた。

 しかしその香りは芳しいながらも、少し気の抜けた乾いた感じがする音である気がした。

 

 演奏者が見える位置まで来て気付いた。

 あれは高坂さんだ。高坂さんが京阪宇治駅と広がる茶畑を背にしてトランペットを吹いていた。

 時刻も19時を過ぎている。周囲も暗くて表情は良くわからないが、トランペット奏者の理想の姿勢よりもわずかに下を向いて見える。

 

 「高坂さん、こんばんは」

 

 「っ! ……大槻くん。なんで……」

 

 演奏の区切りのいいところで声をかけた。

 高坂さんはビクリと肩を跳ね上げて返事をした。

 向こうは気付いていなかったようだ。いきなり声をかけて悪いことしたかな。

 

 「トランペット上手いね! びっくりしたよ。教室の帰りに宇治橋渡ってたら聞こえてさ、ついついこっちに来ちゃった」

 

 「……ありがとう、演奏褒めてくれて、うれしい」

 

 返ってくる言葉とは裏腹に、高坂さんの表情は全く嬉しそうではない。

 

 「僕も『ロマネスク』は好きでさ、よく練習で吹いてるんだ。いい曲だよね」

 

 「うん。そうね……」

 

 話が続かない、というよりも明らかに僕に隔意がある感じがする。

 やっぱり僕がなにかやっちゃったかな、声をかけたのは失敗だったかも。

 

 「あ、もう時間も遅いのに話しかけてごめんね、僕はそろそろ帰るから」

 

 今日はとっとと退散してしまおう、高坂さんはこの後も一人で吹きたい気分かもしれないし。

 僕がそうして背を向けて京阪宇治駅へ向かおうとしたところに予想外の声がかかった。

 

 「待って、大槻くん」

 

 「ん? どうかした?」

 

 高坂さんはトランペットをお腹の下辺りに持ちながら、上目遣いに話しかけてきた。

 

 「トランペットは当然持ってるわよね? 出来ればでいいんだけど、大槻くんの『ロマネスク』、聞かせてくれない?」

 

 声がかかったことも予想外だが、演奏のリクエストとは、更に意外だった。

 

 「最初にトランペット教室で会ったとき、田原先生とセッションしてたでしょ。あれが耳に残ってて、でも少ししか聞けなかったから、大槻くんの演奏が気になってたの」

 

 そういえばあのときは僕らが夢中になっていたせいで、受付のお姉さんが扉を開いてもちょっと演奏を続けちゃったっけか。

 まぁ、今日はこちらが一方的に演奏を盗み聞きしたような感じになってるみたいだし、一曲くらい良いか。

 

 「うん、まぁ、聞きたいって言ってくれるなら。音楽は人に聞かせてこそだしね」

 

 いつも、最近は特に防音室で一人練習を続けていたが、ここらで母親や田原先生以外の人に聞いてもらうのも良いことかもしれない。

 僕は少しやる気になって右手に持っていたケースから、マイトランペットを取り出した。

 マウスピースを差し入れながら、少し緊張する。

 あまり交流のない女の子の前でひとり演奏するというシチュエーションは初体験だ。

 

 少しだけズレていた音を手早く耳でチューニングして、顔を上げた。

 

 「じゃあ、吹くね。下手でも笑わないでね」

 

◇ ◇ ◇

 

 大槻くんは、ゆったりとしたテンポで『ロマネスク』を吹き始めた。

 この曲は盛り上がりどころこそあるが、終始ゆとりのあるリズムで、楽器の音を優しく聞かせるような曲だ。

 だから私は心を落ち着かせたいとき等によく吹いていた。

 

 しかし今目の前で大槻くんが吹いている『ロマネスク』は、私が吹くものとは違った。

 何が違うのか、一言でいうと全ての音の質が段違いだった。

 知らずに鳥肌が立ち、涙が溢れそうになる。

 

 音の粒がしっかりしている。音のはじめと音の終わりの処理は完璧だ。低音も高音も変わらず高い質で奏でている。抑揚やリズムも文句をつけるところがない。

 それでいてその音には感情が、色が着いていて心に届く。そんな演奏だった。

 

 短い曲を吹き終えて、大槻くんは気まずそうにこちらを見た。

 

 「って感じかな。一応一生懸命吹いたけど、どうだった?」

 

 彼は自信なさげだが、こんな感動的な演奏を聞かされて、吹いた本人がそんな様子なのはことさら不自然に感じた。

 そのちぐはぐさに、今までの、認められない、絶対追い抜いてやる。といった感情は今だけは溶け消えて。

 そして何故か自然に笑みが浮かんだ。

 

 「最高だった」

 

 他人の演奏に対して、「最高」なんて口にしたことがあっただろうか。父親への賛辞にもそこまでの言葉は口にしたことがなかったように思う。

 でも今の大槻くんの演奏に対しては何故か素直な感想が滑り出た。

 

 「えっ?」

 

 「だから、最高の演奏だった。今まで聞いた『ロマネスク』の中で、最高」

 

 「それはちょっと褒め過ぎじゃないかな、高坂さんの演奏も良かったよ」

 

 「そう言ってくれるのは、嬉しいけど……」

 

 先日の田原先生とのセッションを聞いてからのもやもやしていた感情がある意味すっきりした。

 私の中では完全敗北だという思いがあった。少なくとも今このときは。

 音楽は人それぞれの良さが有って、競い合うことが全てというものではないけれど、それでも負けたという思いがあった。

 

 「大槻くん、ごめんなさい」

 

 突然の謝罪に、大槻くんは大いに驚いているようだ。

 

 「え? なになに、僕なんかされたっけ?」

 

 「いや、この前の朝とか、実力テスト返ってきたときとか、態度悪かったなって」

 

 「あぁ……、あれは、まぁちょっとは怖かったけど、酷いこと言われたわけでもないし、気にしないでいいよ」

 

 ちょっとは怖かったのか。

 ひとりの女の子として、男子に怖がられる態度を取るのは良くない。

 私は改めて反省した。

 

 そしてさっきの演奏を聞いてひとつ思い浮かぶことが会った。

 

 「大槻くんは、吹奏楽部入らないの? 新入部員が集まる日に居なかったけど」

 

 「え、あ~っと、入らないと思うかな。ちょっと吹奏楽部は苦手で」

 

 大槻くんはちょっと慌てたというか、不自然な感じの返事をした。

 いつも明るく素直な印象の彼にしては珍しい。

 

 「大槻くんが入ればトランペットパートもかなり強くなるし、私としても嬉しいけど」

 

 これは本音だ。本音だが、勝手に宿敵認定した相手は目に見える場所に居たほうが追いかけやすい、という私情もちょっと挟んでいる。

 

 「あ~、ま、気が向いたら考えてみるよ」

 

 全く考える気もないのに適当なこと言ってるな。

 私はそう思いつつも、このときは素直に引き下がった。

 

◇ ◇ ◇

 

 あの夜以降、つまり、高坂さんと河川敷でお互いの演奏を聞いて以降、高坂さんとは関係の改善が出来た気がする。

 といっても急に仲良くなったとかそんなことではない。普通に会えば挨拶をする。小テストでいい点数をとっても睨まれない。そんな普通のクラスメイトレベルの関係だ。

 というか、今までがひどすぎた気がする。とりあえず一安心だ。

 

 学校の雰囲気は、新入生が部活に入ったこともあって、競技ごとに春や夏の大会に向かって燃えているといった感じだ。

 僕は帰宅部ではあるものの雰囲気だけは感じた。みんな頑張ってくれー。そんなことを心の中で棒読みで応援している。

 あとは僕のクラスは一応理系進学クラスということもあり、一年生のうちから勉強に精を出している人も一定数いる。

 

 成績がぶっちぎりトップであることが、入学式および担任の失言により露呈した僕は、よく勉強会に誘われた。

 しかし、今のところすべて断っている。

 

 それは何故か。一番大きな理由は忙しいからである。

 以前述べた色々によって僕はそれなりに忙しい。おそらく僕にメリットがないと思われる勉強会とやらに時間を取るのは、誘いを断る罪悪感や新たな友達獲得チャンスと天秤にかけても釣り合わない。

 そして他の理由としては、勉強なんてものは、少なくとも中高生レベルの勉強なんてものは集中してひとりでやった方が圧倒的に効率が良いことがわかりきっているからである。

 まぁ男女で集まって親睦を深めるのも良いかも知れないが、流石にそのためだけに無駄な時間を浪費する気にはならなかったというのが現状だ。

 だから灰色の青春確定とか言われるのだろうか。

 

 まぁいい、それよりも楽器設計の方でもう少しで成果が出そうな雰囲気を感じている僕は、研究開発にのめり込んでいるのだった。

 トランペット本体にはまだ、まだまだ手が出ないが、マウスピースの設計がいい感じなのである。

 いい感じと言っても開発の進捗ではなく僕の心持ちだけの話なのだが。

 

 僕の唇の形は少し特殊で、唇は薄いのだが、少し幅が広く、一般に売られているマウスピースだとしっくりこない。

 普通の奏者は、自分に一番相性の良い(近い)マウスピースを使い、少しのズレは唇を開き気味にして合わせたり、逆にマウスピースに唇を押し込み気味にして合わせたりするのだ。

 

 僕は思った。これは音楽的には損失だと。

 もちろんオーダーメイドの楽器などは存在するが、それはかなり天文学的な価格の、つまりトッププロ専用ともいえるものしかない。

 簡単に相性の良いマウスピースを提案し、安価で個人にフィットするマウスピースを提供できたら、多くのトランペット奏者が喜ぶのではないか。

 そんなことを思って、まずは自分専用のマウスピースを作っているわけである。

 

 マウスピースと個人の相性と言っても様々なポイントがある。

 今話題に出した唇の形状、口周りの筋肉、腹筋や横隔膜の強さによるブレススピード、肺活量などなどにより、ひとそれぞれ最適なマウスピースの形状というのがあると思っている。

 最近は世間の3Dスキャニングや金属加工の技術も上がってきているし、どうにか世界中の皆がその技術の恩恵に気軽にあずかることが出来たりしないだろうか。

 と、そんなことを考えに考え続ける日々を送っていた。

 

 

 そんなある日、一通のロインメッセージが僕のスマホを揺らしたのだった。

 

 「サンフェス、見に来て」

 

 例の夜の宇治川プチ演奏会の後、一応ということで高坂さんと友だち登録をしていた。

 その後一通も個人ロインを交わしてはいなかったが、唐突に来た。

 僕の予定とか都合とかを考える気はないらしい。少し柔らかくなった気がしたが、僕の気の所為だったかもしれない。

 

 そもそもサンフェスというものを知らなかったので調べてみる。

 検索するとすぐに出てきた。略さず言うとサンライズフェスティバルは京都では人気のマーチングフェスティバルのようだ。

 僕は去年まで静岡に住んでいたため聞いたことはなかったが、地元では強豪校の演奏をまとめて聞ける事もあって多くの人が詰めかけるようだ。

 そんなサンフェスに僕を呼ぶ。その意味はなんだろう。

 

 まぁ考えるまでもなくこのまえの勧誘、まだ諦めてないんだろうな。

 なんでそんなに僕に拘るのかわからないけど。

 

 でもなぁ……。入学式の吹奏楽部の演奏を思い出すと、少し憂鬱な気分になる。

 せっかくサンフェスを聞きに行っても、マーチングの列の真横でノイズキャンセリングイヤホンで別の曲を聞くという謎の状況が発生しそうだ。

 なのでもし聞きに行くにしても最低条件がある。ちょっと性格悪いと思われるかも知れないが、仕方ない。

 

 「失礼とは思うけど、聞けるレベルになってる? 入学式から変わってないなら、あんまり行きたくないかも」

 

 メッセージを送ってしまってから、かなり感じ悪いなと思った。でも僕の気持ちとしては正直なところなので、訂正も出来なかった。

 しばらく間を開けて、高坂さんからのロインは返ってきた。

 

 「入学式とは見違えてる。滝先生が指導してくれたから。だから、見に来てほしい」

 

 

 

 

 

 

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