音と共にある人生   作:Taku-One

6 / 20
第6話_顎関節症

 今日は中間テスト前の最後の練習だ。

 北宇治では定期テスト前の一週間は部活動が禁止になる。

 自主練習も校内では禁止になるので、やりたければ外でやるしかない。

 吹奏楽部に入部して2日で学習期間入りとか、少し肩透かしを食らった気分である。

 

 とはいっても勉強も学生の本分だ。

 北宇治は比較的真面目な生徒も多いので、テスト期間中は練習はやめて勉強をするというのが多数派だ。

 いやだいやだと言いながら勉強を頑張る生徒が多いのである。えらい。

 ちなみに僕は高1の中間テストレベルなら、授業中に前世知識を整理して、後は少し指定の単語帳とかをさらえば大体なんとかなる。

 つまりテスト期間は実質ただ自由時間が増えるだけのフィーバータイムだ。

 

 「大槻くんって、静岡に住んでたんだ。なんで京都に引っ越して来たの?」

 

 休憩時間になると中世古先輩が積極的に話しかけてくれる。

 早く部に馴染めるように気を遣ってくれているようだ。

 可愛い上に優しいとか天使か。

 今日の部活開始時に中世古先輩と遭遇した吉川先輩が奇声を発したときは何事かと思ったが、少なくとも言っていることは正しかった。マジエンジェ!

 

 「父親の仕事の都合ですね。それまでサラリーマンしてたんですけど、突然起業するって言い出して。父の実家がこのあたりなので、祖父母にも手伝ってもらえそうだしって感じで」

 

 「起業! すごいね」

 

 「そんな少人数で新しい会社って作れるもんなのね。何をする会社なの?」

 

 基本常に中世古先輩の近くにいる吉川先輩も話に混ざってきた。

 

 「オーダーメイドで楽器を作って売る店って感じですかね。まぁまだ本格始動まで時間かかるので、まずは普通の楽器店として立ち上げることになるとは思いますけど」

 

 「楽器! 大槻くんのお父さん楽器作れるんだ、すごいね!」

 

 「もともと静岡に居た頃も楽器メーカーで開発の仕事してましたからね。多分皆さんご存知の……」

 

 「え、私のトランペットもそのメーカーだよ。というかうちの部の楽器ほとんどそうなんじゃないかな」

 

 「そんな有名企業に勤めてたのに独立なんて、すごいやる気あるお父さんなんだね」

 

 「まぁ周りに縛られずに好きにやりたいとか言ってたし、わがままなだけかも知れませんよ?」

 

 「でもホントにすごいよ~、あ、もう時間だね。練習始めないと! また今度話聞かせてね」

 

 「ええ、まぁ、はい。機会があれば。練習頑張りましょう」

 

 中世古先輩との話が弾めば弾むほどジト目になっていく吉川先輩が怖いが。まぁいいだろう。

 そろそろパート練習を終えて個人練習の時間だ。各自集中して練習して演奏の腕を上げていかなければ。

 

◇ ◇ ◇

 

 ……ん?

 

 トランペットの自主練習中、息が切れてきたので、水をひとくち飲みながら他のパートメンバーをちらっと見渡すと、一瞬違和感を感じた。

 滝先生の指導もあってか、メンバー間のレベルの差はあれども皆集中して個人練習をしている。

 しかしその中のひとりの吹き方に違和感があった。

 

 すたすたと、その人、加部先輩の前に移動してもう少ししっかり見てみる。

 加部先輩は、ハート形のヘアクリップで前髪を上げているのが特徴の先輩で、トランペットは高校から始めたそうだ。

 1年以上やっている割にはそんなに上手くないが、流石に初心者の域は脱しており奏でる音色が不快だとかいうわけではない。

 

 「あれ? 大槻くん、急にどしたの。なんか怖いよ?」

 

 そりゃいきなり大して仲良くもない後輩が真正面からまじまじと観察してきたら疑問に思うだろう。

 周りもなんだなんだと注目している。

 

 「すみません、ちょっと気になって。加部先輩、もう一度今やってたハイトーン吹いてもらってもいいですか?」

 

 「え、まぁ、うん」

 

 僕の有無を言わせない雰囲気に押されたのか、素直にハイトーンを吹いてくれる。

 ……やっぱり。

 

 ぷにっ

 

 両手を伸ばして加部先輩の下顎を触ると予想以上に温かくて柔らかかった。

 

 「……えっ?……うぇっ!!」

 

 加部先輩の頬がトランペットを吹くかたちのまま急激に赤くなる。

 隣で練習していた吉川先輩が鬼の形相で詰め寄ってきた。

 

 「ちょ、あんた友惠に何やってんのよ! 今すぐ離れなさい! 変態! 変態!」

 

 「ちっ違! 違います変態じゃありません!」

 

 「女子の顔いきなり触って変態じゃないなんて通らないわよ! 警察呼ぶわよ!」

 

 吉川先輩の怒りが収まらない。

 つい無意識に手でほっぺを触ってしまったのはまずかった。

 このままでは吹奏楽部に入部して2日で女子にセクハラする変態として有名になってしまう。

 

 「ごめんなさい、無断で肌を触ったのは謝るので、話を聞いて下さい。理由があるんです」

 

 「あんたとする話なんてないわよ! まずは滝先生に来てもらって……」

 

 吉川先輩が僕を社会的に◯そうと邁進しているのに対し、中世古先輩が止めに入ってくれた。

 

 「ちょっと優子ちゃん、何かホントに理由がありそうだから、まず話を聞こうよ。それに大槻くんも、そんないきなり変なことしてくる子じゃないと思うし」

 

 「でも香織先輩……」

 

 吉川先輩の勢いが止まった!ここがチャンス!

 

 「加部先輩、ハイトーンのときにアンブシュアの形が崩れてます。余計なところにかなり力が入ってて、このままだと筋肉とか痛めるかも知れません」

 

 ……突然のネガティブな発言に教室内が静まり返る。

 

 「それに今顎と頬を触って分かったんですけど、ちょっと炎症も起きてるっぽいです。あともしかしたら少し右の顎あたりとかの関節が歪んでるかも。今日の練習はここまでにして、すぐに病院に行ったほうが良いと思います」

 

 そう発言すると、僕の変態疑惑騒動以上に大騒ぎになったトランペットパートは、全員練習どころではなくなった。

 

◇ ◇ ◇

 

 あの後、僕の変態疑惑とは関係なく滝先生を呼び、事情を説明した。

 滝先生は少し驚いていたが、すぐに加部先輩のご両親にも連絡し、自ら車で加部先輩を病院に連れて行ってくれた。金管奏者の怪我や病気に理解のある医師のつてがあるらしい。

 

 部活は少し騒ぎになったが松本先生が来て落ち着かせてくれた。

 そして規定時間通りに活動を終了させ、定期試験前だからと自主練習もなしにして生徒を帰らせた。

 

 今は部活終了後、加部先輩は診察後に一度荷物を取りに学校に戻るということで、一応関係者の僕は音楽室で待機しているところである。

 松本先生は帰って良いと言ってくれたが、さすがに自分で指摘したことであるし気になる。

 中世古先輩と吉川先輩も心配なようで残っている。

 

 三人しか居ない寂しい音楽室でぽつぽつと話していると、複数の足音が近づくのを感じた。帰ってきたようだ。

 ガラガラと扉を開け、まずは滝先生が入ってくる。

 

 「皆さん、まだ残っていたんですか。松本先生には帰すよう伝えたんですが」

 

 「はい、友恵ちゃんが心配で……」

 

 中世古先輩が答える。そして滝先生の後ろに控える加部先輩に視線を送る。

 

 「いやぁ、流石に自分が指摘しておいて帰っちゃうと、気になって眠れなくなりそうで」

 

 僕も正直に残っていた理由を話す。

 

 「で、加部先輩は大丈夫だったんですか?」

 

 そして僕も滝先生の後ろにいる加部先輩へと視線を移す。

 

 「いやぁ、結構危なかったみたいだねー。大体大槻くんの言う通りだったみたい」

 

 「私も一緒に医師から話を聞きましたが、顎口腔筋……顎の筋肉の炎症と、少し右側の顎関節付近の軟骨に歪みがあったようです」

 

 加部先輩は軽い感じで話すが、やはり症状は出ていたようだ。

 

 「ですが、炎症自体は自覚症状もないレベルなので数日休めばなくなるそうですし、関節の方も今後吹き方を正しく矯正すればおそらく問題ないとのことでした。ちょうど明日からは中間テストの学習期間なので、楽器を吹く必要もないですし、良い休みを取れそうです。……休み明けは正しいフォームの修正とおさらいですね。私が徹底して面倒を見ますのでご安心を」

 

 ご安心を。滝先生以外が発したからには安心するのだが、滝先生のセリフだと、ただの災害の前触れの気がするのは気のせいか……。

 加部先輩ご武運を。

 

 「そうですか。よかったぁ……」

 

 中世古先輩がずっと緊張させていた肩をおろし、安心したようにこぼした。

 

 「ホントに、ホントに良かった……」

 

 僕も安心した。トランペット奏者が無理な演奏を続けると、顎関節症などにより演奏を続けられない状態になるのは、割とよくあることなのだ。最悪の場合は音楽家生命に関わってくることもある。

 加部先輩も最近の急激な練習量の増加により無意識のうちに無理をしていたのだろう。

 

 「加部先輩、心配させないでください。金管奏者の顎関節症はホントに危ないんですから」

 

 「友惠……本当に、大槻の言う通りよ。良かった……」

 

 吉川先輩の目はふるふると揺れている。

 

 「いやー、ごめんねー。私本人なのに全く気付いてなくて……お医者さんがいうには、数ヶ月、もしかしたらもっと短期間で駄目になったかもって。大槻くんが気付いてくれなかったらトランペット吹けなくなってたかも……ありがとうね、これは一つ借りだね!」

 

 「借りなんてそんな、加部先輩がこれからも吹けそうで良かったってだけですよ」

 

 僕も自然に涙が出てくる。

 音楽を好きな人が、怪我とか病気とかで吹けなくなるなんて、ホントに最悪の事態にならなくてよかった。

 

 ……

 

 「皆さん、今日はもう遅いので帰りましょう。加部さんは私が送ってご両親にご説明しますので、三人はすぐに帰宅してください。夜も遅い時間なので気を付けて」

 

 「はい、わかりました。友恵ちゃん、お大事にしてね」

 

 「香織先輩、ありがとうございます。優子も、大槻くんもありがとね」

 

 「タイミング良くと言えるかは分かりませんが、これからは中間テストに向けての学習期間です。特に加部さんは、吹奏楽の練習は一旦忘れて、勉強に集中しましょう。加部さんの担任からちょくちょく小言をいただいていますよ。今回はいい機会でしょう」

 

 「ゔっ、頑張ります…」

 

 そうして、慌ただしかった一日は、やっとのことで終わりを迎えるのだっった。

 

 

 

 と思ったが、女子三人が音楽室から遠ざかって行ったタイミングで滝先生が僕を呼び止めてきた。

 

 「大槻くん、遅い時間なのにすみません。ちょっと依頼というか、お願いがありまして」

 

 なんとなく要件は察したし、僕も必要だと思った。

 

 「加部さんの件は中間テスト後に周知するとして、他にも怪我や病気の可能性がある子がいるかも知れません。私も気をつけますが、最初に気付いた大槻くんも出来るだけ部員の皆を見てくれませんか。これは顧問としてのお願いです。加部さん風に言うと、一つ借りとくといったところですね」

 

 「滝先生もそんな冗談言うんですね。……もちろん、言われなくてもそれとなく確認しておきますよ。ただパーカスとか木管とかは正直門外漢もいいところなので見てもわからないかも知れませんけど」

 

 「今回、加部さんの件は大槻くんが気づかなかれば、取り返しのつかない事態になった可能性がありました」

 

 「そうですね。確かに、僕も加部先輩がトランペットを吹けなくなったかも知れないと思うとぞっとしますね」

 

 僕も特に滝先生に気を使わずに正直に感想を述べる。

 

 「大槻くんは、今回の件、なぜ気付いたのですか? 私も加部さんと面と向かっての個人指導は何度かしたんですが、正直何も気づきませんでした。情けないことです」

 

 「あぁ、ほぼ偶然みたいなものですよ。僕は父の仕事柄というのと、僕自身も最近楽器設計を趣味で始めていて、勉強をしている最中なんです。その勉強用の資料の中に、口周りの筋肉の構造とか、それこそ金管奏者の顎関節症になりやすい問題を研究した論文とか、そういうものがあって、そんなのを最近読み込んでいたんですよ」

 

 「そういえば、大槻くんのお父様は楽器メーカーの方でしたね」                                                                                             

 

 「そうです。それでパート練習の時間の合間に少し息を入れるついでに皆を見ていたら、加部先輩の吹き方に違和感を感じまして……力の入り方とか、顎の位置とか……」

 

 ホントに今回の件は運が良かった。

 早めに加部先輩の件を気づけたことにより、音楽を続けることができるようになったのだ。いや、まだ完全には安心できないけど。

 部員全員に目を配ることはするとして、加部先輩の吹き方の修正は滝先生に丸投げせず僕もある程度責任を持つべきだろう。

 

 「正直、北宇治に赴任してからは、どうやって合奏の実力を伸ばすかで精一杯で、最低限生徒の健康とかには気を付けていたつもりですが、実際には目が行き届いていませんでした。それも、今日加部さんの件でやっと気づくという体たらくです……」

 

 いつも笑顔かポーカーフェイスな滝先生には珍しく、表情がはっきりと暗い。

 今回の件は、滝先生的にはかなりの痛手だったようだ。

 この先生は口は悪い割に、結構正義感が強いようだ。正義感というよりも、自分なりの正しさを追い求めているような。

 

 「では私達も行きましょう。三人を待たせてしまいますから。ところで先程大槻くんが言っていた文献とか論文なんですが、良ければ……」

 

 滝先生と一緒に音楽室を出て昇降口へ歩いていく。

 今日ほど一日を長く感じたことも珍しい。正直疲れた。

 ほとんどの灯りが消えた学校の中で、階段の中ほどに灯る照明が目に染みた。

 

 

 

 

 

 

 




この話を投稿し始めて、まだ1週間も経たないにも関わらず読んでくれる方、評価してくれる方、更には感想をくれる方が何人も来てくれました、本当に嬉しいです、ありがとうございます。
ユーフォは僕が大好きな作品で、世の中にユーフォ推しの人たちが増えることを目標としてこの小説を書いています。僕の活動が少しでも世の中のユーフォ成分の空気中の濃度を上げることにつながりますように。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。