家に帰ってライトノベルを読んでいれば傍らに置いてた携帯がブルブルと振動した。なんだよ、今良いところなのに。iPodで読んでいたのは最近更新されていたVtuber百合物のネット小説で、一貫して恋愛に否定的だった主人公の"のん"が遂に"みこみー"への恋心を自覚して、でもそれを表にするのは……ってジレンマから次の展開が読めなくて早く続きを読みたかったところなのに。
10秒ほど待っても振動が止まらなかったので恐らく姉でも親でもなさそうだ。つまり消去法的に小宮山さん。連絡帳が伽藍洞であるおかげで発信者特定が容易で助かる。なりたくてそうなってる訳じゃないけどね。
着信が収まる気配が全く感じないので仕方なしに僕はスマホを手に取った。画面には推測通り小宮山さんの名前が躍っている。
スワイプすると電話からホワイトノイズみたいな環境音が聞こえてくる。
「あーもしもし」
『取るの遅いよ嶋守くん。取るならもうちょっと早く取ってよ。お風呂とか晩御飯中かと思って5分後に掛け直そうかと思ったじゃん』
「すみません……」
5分で再着信しても僕に取れる自信はあまり無い。ちょっと猶予が無さすぎる。それなのになんで僕は殊勝にも謝ってるんだろうか、絶対に小宮山さんの方がおかしなことを言ってるのに。
……というかこのザラザラとしたシャワーの音に、声が響いてる感じ。もしかして小宮山さん、お風呂に入りながら電話掛けてる?
ふとして湧いた余念に頭を支配されている僕を無視して、コホンと息をついて小宮山さんが話を切り出す。
『早速なんだけど会議しようよ』
「会議?」
『そう会議。さっきも言った通り私が友達30人作るためのミーティングをこれから開催するからよろしくね』
いやそんな話一切聞いてないんですけど?
『それでさ、時間なんだけど一旦明日の朝で良い?』
「明日の朝? 普通に学校あるよね?」
『だから午前6時に21世紀公園で待ち合わせ』
「え、どういうこと?」
『いやー。今月小遣いが厳しくって……ちょっとカフェとかは難しいんだ』
そうじゃなくて。そうじゃなくてなんだけど小宮山さん。
「何でそんな早朝なのさ」
『ほら、私って今日都落ちしたじゃん。だから明日の朝のファーストムーブが最重要なんだって』
「そうなんだ」
頷きにくい話を持ち出すのやめてほしいなと思いつつ取りあえず適当に相槌を返す。
『そういうことだから公園の入り口付近で待ち合わせね。それじゃまた明日』
「え! ちょっと僕は行くって言ってないしそれ以前に会議ってどういう……」
……切られた。完全に。
通話終了になったスマホの液晶を見ながら考える。そもそも今みたく通話できるのに何で面と面向きあって話さなきゃいけないんだろう。
勝手に言われてるだけだし別に行かなくとも良いけど……そうすると小宮山さん、何をしてくるか分かんないしな。一応同じクラスだし、今後ギャルの小宮山が復権したときに仕返しとして僕の悪口を広めて、高校生活がしづらい環境を作り上げるかもしれない。今の見た目はサバサバ系だけど本来の小宮山さんって結構陰湿でねちっこいからそのくらいは普通にやって来そうだ。
それに……ちょっと同情してるっていうのもある。これで行かずにサボって、翌日から不登校にでもなられたら僕の精神衛生上に宜しくない。
僕は肩を落としながらタブレットを再度手に取った。嫌だけど行くか……。
そんな感じで明日の起床時間を頭で計算しつつネット小説を読んでいると、ふとどうでも良いことが頭を過る。
……小宮山さん、風呂入りながら裸で他人と通話することに忌避感とか覚えないタイプなんだ。
△
翌朝、僕は早起きをすると家族の意外そうな視線を浴びながら足早に家を出た。
今日は公園を経由して、そのまま登校する予定である。
本当は21世紀公園までは家から自転車を漕いで行きたいところだけど、そうすると高校による前に一度自転車を置きに家へと戻らないといけない。だからしょうがなく歩いて20分の道程を徒歩で行く。本当は嫌だけど資産を投じてバスで最寄り駅まで行けば、高校の一限に遅刻することもないはずだ。……なんで朝からこんな面倒臭いこと考えてるんだろうね僕。
すぐにその近辺には辿り着いた。けやき通りに入ると路肩を彩る景色が青く茂った桜並木から本格的な林へと生え代わり、自然の密度が一段と上がる。
久々に来たけど相変わらず面積が物凄い。
21世紀公園はこの辺りだと一番大きな公園で、カフェテラス併設の人工池があったり、親子連れが遊べる広場が2つあったり、野草園なんかもある松戸市民にとって憩いの場らしい。僕はあまり来ないけども。
縦長の楕円上に公園は造られていて、その中心を真っ二つに切り裂くようにけやき通りという大きな道路が通っている。
ちなみに傍には図書館や森のホール21という市民文化会館、加えて市立博物館なんかもあって、松戸市の文化がこの一点に集約されていたりもする。それにしては駅から少し遠いのが難点だ。
さて、小宮山さんは公園の入り口って言ってたよな。
公園入口は6つあるんだけど、今更ながらどこのことを言っていたんだろうか。
一先ず家から程近い森のホール21という市民文化会館(これも公園に負けず劣らず立派だ)の脇にある入口への階段を下りると、公園はまだ開いてなく鉄扉は固く閉ざされている。そういや全然来てなかったから忘れてたけどもここの公園って開園するの朝9時くらいだった気がする……。
あと5つ探していたら流石に時間も持ったないよなぁ。
よし、小宮山に電話だ。これは小宮山さんの情報連携の不手際なんだから小宮山さんに責任を取らせるべきだ。
謎の言い訳をしながら僕はLineで小宮山さんの連絡先をタップすると、思考を逡巡させた後に電話を掛けた。
コールして2秒で小宮山さんは出た。
『どうしたの嶋守くん。何かあった?』
「公園まで来たけどさ、どこにいるの小宮山さん。ホールの入り口にはいないっぽいけど」
『あ、そっか。ごめん、伝えてなかった。博物館の前にあるベンチ分かる?』
「あー」
僕が今歩いて通り過ぎてきた対向車線側の歩道にあるやつね。完全に見逃してたや。
というか全然入り口って呼べる場所じゃないぞそこ。どちらかと言うと市立博物館前って言ってくれた方が分かりやすかった。反省してほしいと思います嶋守的には。
ホールから道路を挟んだ先には博物館がある。僕は地下通路を通り抜け、地上へと続く階段を上がって博物館の敷地に足を踏み入れる。
上り切ってすぐの場所で、小宮山さんが半円状の洒落た金網のアーチの下、石造りのベンチに座っているのを見つけた。スマホを弄りながら退屈そうに画面を眺めている。
足音で気付いた小宮山さんがこちらを見た。
「あ、来た。ほら座って」
「う、うん」
小宮山さんは尻を浮かせてベンチの端に座り直した。これ横に座らないと駄目かな。隣にもベンチあるからそっちに座りたいんだけど心の距離的に。
少し迷ったけど結局僕は小宮山さんの座わっているベンチの端に座った。もう一人は余裕で座れるくらいの距離間が僕と小宮山さんの間には出来上がる。
鳥の囀りが途切れるのを待って、小宮山は口を開いた。
「ごめんね、こんなところに朝から呼び出して」
そう思うのなら呼び出さないでほしいな。せめて昼過ぎにしてほしい、今とても眠かったりするから。
僕は途端に眠気を感じて、目を擦りながら眼前に広がる森林をぼんやりと見つめる。
……しかし、公園入り口と指定された時から何となく察しはしていたものの、会議と言っておいて集合場所が野外とは。
「なんでこの場所だったの?」
気になって聞けば、当たり前のことを言うみたいに小宮山さんは言う。
「だってクラスメイトにも同中の人間にも見られたくないじゃない? 朝から空いてる場所もないし、ここなら多分誰も来ないでしょ」
まあそうだろうね。開園前の朝の公園にやってくるのは大抵けやき通りをランニングコースにしているランナーたちだ。彼らは皆、黙々と走っていて、朝っぱらから駄弁ってる僕らみたいな高校生に興味なんて持たないだろう。
うんうん。気持ちは分かった。
じゃあ早速、僕が何で会議とやらに参加して小宮山さんの助力をしなきゃならないかについて確認を進めないとだね。
「なるほどね、で、肝心な話をしたいと思うんだけどいいかな」
「うん。今私は一つ作戦を考えててさ」
「聞いてよ僕の話を」
「クラスに
いやだから僕の話!
滅茶苦茶無視するじゃんこの似非ギャル系腐女子! しかも何かターゲットまで戦略的に定めてさ……完全にギャルゲ、というか乙女ゲーみたいな思考回路じゃんか。現実にゲームを持ち出すのはNGでしょ。これだから腐女子は。
「そもそも聞くけど小宮山さんはどうなりたいの? クラス内じゃ……まああんなことがあった訳だけど、もう一回カースト上位に返り咲きたいって気持ちがあるって解釈で良いの?」
「それがいいかなーとは思ってる。出来れば赤里たちとも仲直りしたいかな」
「仲直りかぁ」
「うん、厳しいことを言ってるのは分かってるけど手っ取り早い友達稼ぎのために権力がほしい」
最悪な言い分だ。
友達稼ぎとか悪役しか使わなそうな言葉を平気で使っちゃう当たり、やっぱり小宮山さんの本質は陽の光を暗く淀ませる陰者の権化だ。権力で友達を作ろうとか独裁者の発想だろ。
「だからまずはもっかい足場を固める必要があると思ってて。そのために魚井くんを使おうかなって」
「……その使うって表現止めない? 絶対的に小宮山さんの言葉の使い方は悪いと僕は思うよ」
「本音ベースで話してるから私。何のために誰も来ない場所にしたと思ってるの?」
「別に親友でも何でもないんだから、せめて僕にも外面良くって言うか、学校内でやってたみたいにオブラートに包んだ話し方をしてほしいんだけど」
そんなクレームを入れれば小宮山さんのパチパチとした瞬きを繰り返す瞳が僕を捉えた。
「必要無くない? だって私のこういう本性を知ったところで嶋守くんは誰にも話せないじゃん。話す相手がいないんだし」
不思議そうな目をしてるのがちょっと腹が立つ。
確かに話し相手はいないけどさ。そうやって明け透けと思ってることを話されると、小市民的な暮らしに慣れきった胃がズキズキ痛くなってくるんだよな。小宮山さんに足りないのはそういう配慮の部分だと僕は思うね。多分。
「話を戻すとね、私が考える友達補完計画としては魚井くんが軸になってくるの」
小宮山さんの両手がトントンと自分の膝を叩く。
「魚井くんさえ落とせればクラスの穏健派は消極的に私側に付くことになる。そうなれば後は赤里のグループと併合するも傘下に加えるも、取れる選択肢は広がるじゃない?」
これって完璧な作戦だよね!
そんな面持ちで語り掛けてくる小宮山さんに僕は溜息を殺した。
これは……なんだか長い話になりそうだぞ。
▽
公園を出た後は小宮山さんと同じバスに乗って、駅から僕が一本早い電車を乗ってバラバラに登校した。こればかりは小宮山さんだけではなく僕自身のためでもある。今の小宮山と変な噂をされればお互いに失うものがある。だから別れて登校することに不満は全くなかった。
場面は変わって昼休み。
小宮山さんは作戦通り、既にクラスを抜け出して待機場所にスタンバイしてもらっている。赤里さん率いる女子トップカースト集団はというと……。
「今日どこ行くん? カラオケとかアリじゃね?」
「私パス。喉痛いし」
「じゃあ私もいくちゃんが行かないなら止めてこうかなー」
「いくちゃん言うの止めろ」
よし、どうやら誰も小宮山さんのことなど話題にも出していないみたいだ。
動くなら今だね。
僕は機を見計らって魚井くんの座る最前列、廊下側から二列目の席へと歩み寄る。動きながらも視界の端で僕の動きが誰にも見られていないことを確認しつつ、席の前で立ち止まった。
「魚井くん。ちょっといいかな」
呼ばれて初めて魚井くんは僕のことを認識したようで、気怠げな視線が向けられる。怜悧でまるで僕に興味を持っていない目だ。
「何か用?」
「僕には用は無いんだけど、実は女の子に魚井くんを呼ばれるように頼まれてて」
「お前に?」
怪訝そうな表情で眉を僅かに顰める。
……疑われるのは当然だ。でもこればっかりはね。もし"小宮山さんが呼んでるから来てほしい"とか言おうものなら絶対に魚井くんは待ち伏せ場所に来てくれないだろう。基本教室内で昼ご飯を食べるらしい魚井くんは昨日の諍いを見ているはずで、それを知っていれば小宮山さんの名前を聞いた瞬間に面倒事と判断して僕の言葉を即却下するだろう。
とまあ、そんな感じで。
僕が小宮山さんから命じられた役割は魚井くんをクラスの人たち───主に赤里さんからバレないように指定の場所へと誘う誘導係である。誘導先には既に小宮山さんが待機する流れになっている。どうも小宮山さんは魚井くんを説得する材料というのを持っているみたいで、朝会話した時はかなり自信ありげだった。……ぶっちゃけ僕は滅茶苦茶不安だけどね。小宮山さんはかなり楽観的に考えている気がする。本当に大丈夫かな……ただ秘策があるとか言ってたし大丈夫か。
まあ万が一失敗したとしても僕には関係ないことだ。精々小宮山さんには頑張ってほしいものである。
「うん。というわけで一緒に悪いけど来てくれないかな?」
「なんでお前に頼んだんだそんなこと。告白だったら直接来ればいいだろうが」
うわ。告白前提で話始めてる。これだからイケメンのリア充って奴はあまり好かないんだ。
しかしまあ勘違いされてるなら都合がいいや。
「彼女は中学時代のクラスメイトでね、その伝手で僕に頼んできたんだよ」
「はぁ」
「多分恥ずかしがったんじゃないかな。で、どうかな。そんな時間はかからないと思うよ?」
肩を竦めて、仕方なくこうして魚井くんと話しているんだといった雰囲気を出しながら僕は口八丁で丸め込もうとする。
嘘は吐いていない。僕は中学の頃から小宮山さんとはクラスメイトだったし、何だったら卒業証明書をエビデンスとして提出しても良い。それで証明だ。魚井くんが確たる証拠の提出を求めるかと言えば流石にそれはないだろうけども。
相変わらず魚井くんは疑いの眼差しを継続するが、やがて僕の言葉をどれだけ警戒しても意味がないことを悟ったのか鼻白んだ顔になる。
「まあいい。5分だ。5分だけ俺の時間をやるからそれで手を打とう」
「ありがとう」
何だコイツウザ。
とか本音を口にすることはしなかったけど、やっぱり上から言われるとそう思っちゃうのが心の狭い一般モブオタクの僕なのである。
ともかく、魚井くんを引き連れることに成功した僕は早速小宮山さんの待つ場所へと足を進める。即ち、5号棟の4階、階段踊り場である。
秋柏高校の5号棟は部活棟だ。最も秋柏高校で古い校舎で、それ故にか活動実績に乏しい部活動が優先してこの5号棟に割り当てられている。例えば僕が所属するカルタ部もこの5号棟の2階にある。まあ全然行ったこと無いんだけどね。
後ろを歩く魚井くんも本校舎を出た時点で気付いたようで、間延びした声が背後から響く。
「なんだ、随分遠くまで行くな」
「まあね。因みにさっき言った5分っていうのは移動時間は含まないよね?」
「含むって言ったらどうする?」
どうするって言ったってね。
「別にそっかあ、で終わりかな」
「意外と淡白だな」
「魚井くんを呼び出した女の子とは本当に中学時代に同じクラスだっただけだからさ。魚井くんに食い下がったり説得することも無い、特に思うことはないよ」
「……お前意外と面白い奴だな」
「へ?」
突然なんだろうか。
僕が振り返ると、魚井くんは感心するみたいに口元を緩めていた。
「そこまで他人を他人と割り切れる奴も早々いない。普通ちょっとでも関われば情が湧くからな」
「は、はあ……そうなんだ」
ホント、なんなんだこの人。何が言いたいんだろうか。
「ところで、名前なんなのお前」
「え……
クラスメイトの名前覚えてないのかよ……と思ったけど僕も人のこと言えないかもね。3カ月経った今でも僕はクラスメイトの半分の名前も諳んじれない。
僕の名前を聞いて何か反応を見せるかと思ったけど、しかし魚井くんはそれ以降相槌すら打たず、口を閉ざして開くことはなかった。魚井くんの中では今ので会話終了判定らしい。
……うん、僕、魚井くんのことはちょっとばかし苦手かもしれない。
△
5号棟の4階踊り場。正確には3階と4階の中間地点なんだけど、そこで小宮山さんは出窓から夏空を見上げながら待ち構えていた。
僕と魚井くんが着たことに気付いた小宮山さんはこちらを見て、僕からすれば違和感満点の向日葵みたいな笑顔を浮かべる。
「ありがとーもり……涼木くん! 連れて来てくれたんだね!」
うっわ。改めて直視すると凄まじく異物感。正直気持ち悪いかもしれない。流石に口には出さないけどさ。
小宮山さんは僕に義務的な感謝を述べればすぐに魚井くんに向き直って、
「それでさ魚井くん、話したいことがあってね! クラス内で流れてる私の噂の事なんだけど……」
「タンマ」
「え?」
「お前がいるんなら話は終わりだ」
「それってどういう?」
一瞬肌がピリピリするような錯覚。なんだろうと思ってその発信源を目で探せば、魚井くんが小宮山さんを睨んでいた。
「俺も暇じゃないから端的に言うが、俺は小宮山揚羽、お前に関わる気はない」
「それは……なんで?」
「俺は嘘吐きが嫌いだ」
魚井くんは表情一つ変えず、瞳には言葉よりも雄弁な圧が宿っている。
噓吐きが嫌い……ね。
だとすると小宮山さんと致命的に相性が悪い。なにせ小宮山さんの今までの立身出世は全て虚偽と欺瞞で築き上げられたものだ。
……これじゃ小宮山さんの秘策とやらも泡沫に帰すかな。
「あの、私は魚井くんと友達に……」
「俺は御免だ。お前みたいなつまらねえ奴と友達なんざ時間の無駄でしかない」
「……っ!」
愕然と表情を笑みを湛えたまま固める小宮山さんに対して魚井くんは言い切った。
……何故だろう。少し嫌な気持ちだ。
小宮山さんは僕からすれば無関係のただのクラスメイトでしかないはずだけど、やっぱり2年ちょっと知っているからだろうか。或いはクラスの端っこで冷や飯を食べて、図書館で共にラノベを読んだ仲だからだろうか。はたまた単純にオタクに優しいギャル属性を意図せず身に付けた小宮山さんに、僕が電灯に寄り着く蛾みたいに知らず知らずのうちに惹かれてしまったのか。
頭が上手く働かない。昔から僕は僕自身が何が好きだとか何をしたいだとか考えるのが苦手なのだ。自分に対して一番無知な存在がこの世にいるとすれば僕だ。僕自身が僕を分からない。
でも不快感を覚えたのは事実で、僕の口は気付けば勝手に言葉を並べていた。
「魚井くん。そうやって世間の噂で流された意見で他人を語るのは良くないと思うよ」
「……ほう?」
興味深い話を聞くみたいに魚井くんは僕へと向き直ると、聞く姿勢を作った。
ああもう、僕は何を言ってるんだろうね!
「確かに小宮山さんは噓を吐いてるよ。確かに男同士の絡み合いが好物な生粋の腐女子オタクだし、クラス内での笑顔はずっと胡散臭かったし、本性は結構陰険けどさ」
「ねえ嶋守くん。喧嘩売ってる?」
「でもこんなんでも悪い人じゃないと僕は思う。中学から2年間以上見てる僕が保証する。根の根の根は腐ってないんだ」
小宮山さんの言葉も無視して言い切った。
ホント、僕はイカれてしまったんだろうか。全くの他人に対してここまで肩入れするような発言をするなんてね……。
魚井くんはジロリと僕と視線を突き合わせる。正直怖い。容姿端麗な人間は得だよね。こういう真面目なシーンで、何てことない普通の表情をしていても自らに正義の旗がはためいてるかの如く相手に威圧感を与えられるんだから。
いつもなら僕から視線を逸らすこの場面でも僕は視線を外さなかった。なけなしのプライドか、それともただのド根性か。自分じゃ良く分からないけど、目を逸らしてはダメだなという直感だけはきっとあったんだろう。
暫くして魚井くんは後ろ髪を掻きながら静かに息を漏らす。
「涼木、お前って芯通ってんだな」
「は、はぁ……」
……褒められた? のかな?
「まあなんだ。涼木に免じてハッキリ言うが、俺が小宮山のことを認める気になれないのは昨日の騒動とは無関係だ。一目で分かる。小宮山は仮面を被ってる、だろ? 本心がどうこうは知らんが俺は少なくともその本心を見たことが無ければ、必然的に媚び諂う小宮山への評価はそれが反映される。分かるな?」
「あ、ああ。そうだね」
「だから俺を認めさせたくば、そのガワをどうにかするこったな」
ふんと鼻息を鳴らすと、魚井くんは左腕に付けていた腕時計に視線を落とす。
「5分経った。俺はクラスに帰る」
「う、うん……」
階段をコツコツと音を立てて降りていく姿を僕と小宮山さんは呆然と送った。