悪魔と青春の記録   作:黒凪カズキ

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プロローグ
mission00 (プロローグ) ~半人半魔の先生~


俺とあいつ――ダンテの手でクリフォトの根を絶ってから、どれほどの時が流れたのだろう。とある原因で長きにわたり魔界へ閉じ込められていたが、そこでは相も変わらず悪魔が現れ続ける。

現れては斬り、また現れては斬る。そんな悪魔狩りにも、いい加減飽きが来ていた

……まだダンテと勝負をしていた方が退屈しなかった。

それでも悪魔は懲りることなく現れる。

今日もまた、魔を踏み潰すだけの日々。

 

バージル「·····はぁ」

 

……ダンテは、隣で眠っている。

よほど疲れているのだろう。

無防備に、間の抜けた顔をさらして。

そんな男が、力だけを求め続けた俺と最後まで渡り合ったとは、かつては想像もしなかった。

 

俺は静かに腰を下ろし、一人思考を巡らせる。

 

バージル(……人として生きることを選んだお前と、悪魔として生きることを選んだ俺)

(もし、その選択が逆だったなら……俺が人として生きる道を選んでいたなら――)

(……くだらん。考えるだけ無駄か。瞑想でもして、雑念を払うとしよう)

 

近くにいる悪魔たちは、命が惜しいのか姿を現さない。

ならば今は、心を静めるだけだ。

あらゆる雑念を斬り捨て、ただ無となり、静かに目を閉じた。

 

······

 

どれほど経ったのか。

目を開くと、そこは魔界ではなかった。

 

バージル(……ここは、外界か?、なぜだ。つい先ほどまで魔界にいたはずだが……)

 

走行音が響く電車の車内。

座席に腰掛けていた俺の向かいには、一人の見知らぬ少女が座っていた。

 

意識はまだ朦朧としている。それでも、自身の置かれた状況を少しずつ把握していく。

 

身体に異常はない。

魔力も残っている。

だが、衣服はいつの間にかボロボロになっていた。

 

……いや、それ以上に。

俺は、とある物を失っていた。

 

 

長年使い続けてきた魔具――魔剣「閻魔刀」が、どこにも見当たらない。

 

 

???「……私のミスでした」

 

窓から差し込む光に照らされながら、血を流す少女が静かに口を開く

 

???「私の選択。そして、それによって招いてしまった、このすべての状況……」

 

状況を理解できないまま、少女は言葉を続ける。

 

???「……図々しいお願いだとは分かっています。先生。きっと私のことも、この話も忘れてしまうのでしょう。それでも構いません」

 

意識が、ゆっくりと薄れていく。

 

???「私の手に負えない厄災が、キヴォトスに迫っています」

「あなたになら、この捻じれ、歪んだ結末とは違う未来へ辿り着けるはずです」

「バージル先生……きっと、あなたなら――」

 

その瞬間。

俺の思考は、唐突に断ち切られた。

 

[misson00(プロローグ)]

~半人半魔の先生~

 

???「──……」

「……先生」

「……バージル先生、起きてください」

 

バージル「……」

 

誰かに呼びかけられ、ゆっくりと目を開く。

視界に映ったのは、知性と気品を感じさせる一人の少女だった

 

???「……少々お待ちくださいと言ったのですが、お疲れだったようですね」

 

バージル「…誰だ?」

 

奇妙な夢を見たような感覚が、まだ頭の奥に残っている。

目を覚ませば、そこは見知らぬ場所に状況は何一つ理解できていない。

だが、今は目の前の少女から話を聞くしかない。

 

???「では、改めてご説明します」

 

リン「私は七神リン。学園都市『キヴォトス』、連邦生徒会所属の幹部です」

「そしてあなたは……恐らく、ここへお呼びした先生だと思われます」

 

バージル「……は?」

(俺が……先生だと?)

 

リン「あ……申し訳ありません。あくまで推測に過ぎません」

「私も先生がここへ来られた経緯を知らないのです」

 

バージル(……どうやら、この少女も事情を把握しているわけではないようだ)

「俺を呼び出した者は、どこにいる?」

(俺をここへ連れてきた本人から聞いた方が早い)

 

リン「……申し訳ありません」

「先生をお呼びした方――連邦生徒会長は、現在行方不明です」

 

バージル「·······そうか。」

 

リン「混乱されるお気持ちは分かります」

「ですが、先生にはお願いしたいことがあります」

「時間もありません。詳しい話は移動しながらお話ししますので、ついて来てください」

 

バージル「······」

(今の状況は分からん。だが、ここで立ち止まっていても始まらないか)

 

リンの後に続き、目の前の昇降機へ乗り込む。

 

静かに上昇を始めると、窓の外に巨大な都市が姿を現した。

立ち並ぶ高層ビル。

透き通るような青空。

そして、空に浮かぶ巨大な輪。

 

リン「ようこそ、『キヴォトス』へ」

「ここは数千もの学園が集う学園都市です。そして、これから先生が働く場所でもあります」

 

バージル(キヴォトス……)

(少なくとも、俺の記憶――Vとして得た記憶にも、そのような都市は存在しなかった)

 

リン「おそらく先生のいらした世界とは、何もかも違うでしょう」

「最初は戸惑われるかもしれません」

 

バージル「だろうな」

 

リン「ですが、心配はいりません」

「先生は、あの連邦生徒会長が自ら選ばれた方ですから。その理由については、後ほど改めてご説明します」

 

バージル(話を聞く限り、俺をここへ呼んだのは連邦生徒会長。そして、その本人は行方不明ということか)

 

やがて昇降機が停止し、甲高い金属音とともに扉が開く。

 

リン「先生、こちらです。」

 

リンの後を黙って歩く。

改めて彼女を観察すると、人とは異なる形状の尖った耳が目に入った。さらに、その頭上には正体不明の光輪のようなものが静かに浮かんでいる。

 

バージル(……この世界では、それが普通なのか)

(この世界では、これが“普通”なのだろうか)

 

そんなことを考えていると、不意に廊下の向こうから大きな声が響いた。

 

ユウカ「ちょっと待って! 代行! やっと見つけた! 待ってたのよ! 連邦生徒会長を呼んできて!」

 

菫色の髪をツーサイドアップにまとめ、黒い制服の上から白い上着を羽織った少女が勢いよく駆け寄ってくる。その後ろからも三人の少女が足早に続いてきた。

 

ハスミ「首席行政官、お待ちしておりました」

 

背中には黒く大きな翼を持つ少女。

 

チナツ「連邦生徒会長にお会いしに来ました。風紀委員長が、この状況について納得のいく説明を求めています」

 

リンと同じような尖った耳を持つ少女。

 

スズミ「スケバンのような不良たちが私たちの生徒を襲う頻度が急激に増えています。このままでは治安の維持が困難です」

 

耳の後ろから小さな翼を生やした少女が続ける。

 

リン「……はぁ。面倒な方々に捕まってしまいましたね」

 

四人は一斉にリンへ詰め寄り、それぞれの不満をぶつけ始める。

リンは深くため息をつきながら、その抗議を受け流していた。

 

バージル「……騒がしい」

 

話を整理すると、連邦生徒会長の失踪をきっかけに、キヴォトス各地で混乱が広がっているらしい。

各種武器の流出。戦闘機の盗難。不良生徒による襲撃で悪化する治安。

 

そして、『サンクトゥムタワー』と呼ばれる重要施設の行政制御権まで失われたという。

 

ユウカ「……って、その大人の人は?」

 

リン「……こちらの方が、それらの問題を解決へ導く存在になってくださるでしょう」

 

ユウカ、ハスミ、チナツ「「「この方が……?」」」

 

バージル「……俺が?」

 

ユウカ「ちょっと待って! そもそも先生って誰なの? どうしてここにいるの?」

 

ハスミ「キヴォトスの外から来られた方だとは聞いていましたが……先生だったのですね」

 

リン「ええ。こちらはバージル先生。これからキヴォトスで活動していただく方であり、連邦生徒会長が自ら指名された人物です」

 

ユウカ「行方不明になった本人が指名した……? ますます訳が分からなくなってきたじゃない」

 

リン「先生。その騒がしい方は気にしなくて結構です。話を続けます」

 

ユウカ「誰が騒がしいですって!? わ、私は早瀬ユウカ! 覚えておいてくださいね、バージル先生!」

 

ハスミ「私はトリニティ総合学園、正義実現委員会副委員長の羽川ハスミです。よろしくお願いいたします、バージル先生」

 

スズミ「同じくトリニティ総合学園、自警団所属の守月スズミです。よろしくお願いします」

 

チナツ「ゲヘナ学園、風紀委員会所属の火宮チナツです。よろしくお願いしますね、バージル先生」

 

バージル「……ああ」

 

一通り挨拶を終えると、リンは再び話を切り出した。

 

リン「先生には、連邦生徒会長が設立した特務機関――連邦捜査部『S.C.H.A.L.E(シャーレ)』の顧問を務めていただきます」

「ここからおよそ三十キロ離れた外郭地区にシャーレの部室があります。その地下には、連邦生徒会長の命令で運び込まれた『とある物』が保管されています」

 

そう説明を終えると、リンは携帯端末を取り出し、通信越しに"モモカ"という少女と話し始めた。

 

・・・・・

 

リン「……先生、申し訳ありません」

 

バージル「どうした?」

 

リン「どうやらヘリを手配できない状況になってしまいました。目的地付近で不良生徒による暴動が発生しているようでして……」

 

バージル(……子供の暴動程度で、航空機も出せないのか)

 

リン「ですが、ご安心ください。多少予定は狂いましたが、大した問題ではありません」

 

そう言うと、リンは四人の生徒へゆっくりと視線を向け、不敵な笑みを浮かべる。

 

リン「なぜなら、ここには時間を持て余している優秀な生徒たちがいるのですから」

 

四人「「「「え?」」」」

 

~D.U.外郭地区・シャーレの部室付近~

 

ユウカ「な、なんでこんなことになってるのよーー!!」

 

銃声が鳴り響き、爆発音が周囲にこだまする。

バージルは慌てることなく後方から戦況を見渡していた。

 

バージル(……これがこの世界の日常か)

(戦場と大差ないな)

 

チナツ「仕方ありません。サンクトゥムタワーの制御権を取り戻すためにも、シャーレの部室の奪還は必要なのですから」

 

ユウカ「それはそうなんだけど…。私これでも、うちの学校の生徒会に所属していて、それなりの扱いなんだけど!なんで私が……!」

 

ハスミ「今は先生の安全確保が最優先です」

 

チナツ「ハスミさんの言う通りです。先生はキヴォトスの外から来られた方です。私たちとは違い、弾丸一発でも命に関わる危険があります。十分注意しなければなりません」

 

バージル(……人間なら、の話だがな)

 

四人の戦いを静かに観察する。

 

そこで一つ、この世界の常識を理解した。

 

生徒たちは銃弾を受けても致命傷にはならない。

良くても痛みを感じる程度で済んでいる。

 

バージル(耐久力は、俺やダンテ、ネロと同等……いや、それに近い水準と見ていいか)

そう結論づけると、再び無言で戦況を見守った。

 

…………

 

ユウカ「よし! もうシャーレの部室は目の前よ!」

 

その時、リンから通信が入る。

 

リン『今、この騒ぎを起こした生徒の正体が判明しました』

『ワカモ。百鬼夜行連合学院で停学処分となった後、矯正局を脱獄した生徒です。同様の前科も複数確認されています。極めて危険な人物ですので、十分注意してください』

 

通信を受けながらも、立ちはだかる不良生徒たちを退け、一行はようやくシャーレ部室の入口へとたどり着いた。

 

ユウカ「よし! 到着! さっさと中に――」

 

重い金属音とともに、一両の巡航戦車が姿を現した。

 

チナツ「気をつけてください! 巡航戦車です!」

 

突如現れた戦闘車両を前に、四人は防戦一方となる。

 

バージル「……苦戦しているな」

 

リン『まさか不良生徒が、これほどの装備を持ち出しているなんて……』

 

バージル「……仕方あるまい。戦闘車両が相手では分が悪いか」

(そもそも、銃火器でどうにかできる相手にも見えん)

そう呟くと、バージルは静かに歩き始めた。

 

リン『先生! 危険です! 下がってください!』

 

バージル「……心配無用だ」

ただ一言だけ返し、四人の前へ出る。

 

バージル「下がっていろ。ここからは俺が相手だ」

 

ユウカ「ちょっ……先生!? 何を考えてるんですか!」

 

ハスミ「先生は私たちと違い、銃弾一発でも命に関わるのですよ!」

 

チナツ「先生! 今すぐ下がってください!」

その瞬間、戦車の砲身が火を吹く。

 

砲弾は一直線に飛来し、バージルへ直撃した。

 

四人「「「「先生!!」」」」

 

――しかし。爆煙が晴れた場所に、バージルの姿はなかった。

 

不良生徒A「……え?」

 

気づけば彼は、すでに戦車の死角へ潜り込んでいた。

戦車前面、その装甲の下へ静かに拳を構える。

 

そして――

一撃。

 

鈍い衝撃音が響いた。次の瞬間、衝撃波が地面を駆け抜ける。

アスファルトがひび割れ、巡航戦車の巨体が宙へと浮かび上がった。そして数メートル吹き飛び、何度も回転した末、轟音とともに地面へ叩きつけられる。

装甲には拳の形そのままの大きな陥没と、蜘蛛の巣状の亀裂が刻まれていた。

 

不良生徒A「な、何ぃーーー!?」

不良生徒B「巡航戦車が……吹き飛ばされた!?」

 

バージル「……ちっ。この程度か」

(素手では、やはり効率が悪い)

(龍手か具足でもあれば、手間は省けたものを)

 

ユウカ「ちょ、ちょっと先生!」

 

バージル「……何だ」

 

ユウカ「素手で戦車を吹き飛ばすなんて……一体どういう身体をしてるんですか!?」

 

バージル「……貴様には関係ない」

 

それだけ言うと、ユウカから視線を外す。説明する気など、最初からなかった。

 

リン『……まあ、その話は後にしましょう。それでは先生。地下でお待ちしています』

 

~シャーレ・建物の地下~

 

???「うーん……これが一体何なのか、さっぱり分かりませんねぇ。これでは壊そうにも壊せません」

 

地下へ降りると、そこには先客がいた。狐の面を被った、一人の少女。

こちらに背を向けたまま、何かを調べているようだった。

 

バージル「……誰だ」

(先ほどの不良どもとは違う)

(この女……明らかに格が違うな)

 

???「連邦生徒会の子犬ですか。まあ構いません。まずは小手調べ――」

 

少女がゆっくりと振り返り、視線が交わった。

その瞬間だった。

 

???「……あら?」

 

少女の動きが止まる。

まるで時が止まったかのように、その場で硬直した。

 

???「…………」

 

バージル「……?」

(殺気が消えた……?)

 

少女は何かを言おうと口を開く。

???「あ……あぁ……」

「……し」

 

バージル「……何だ?」

 

次の瞬間――

???「し、失礼しましたぁぁぁぁぁーーーっ!!!!」

 

少女は叫びながら、部屋を飛び出すように逃げていった

 

そう叫ぶや否や、少女は一目散に部屋を飛び出していった。

バージル「……?」

 

バージル「……何だったんだ」

(怯えて逃げた、という様子ではない)

 

(妙な奴だ)

 

リン「お待たせしました、先生。……何かありましたか?」

 

バージル「……いや、何でもない」

 

リン「そうですか」

 

リンは小さく頷くと、一台のタブレット端末を差し出した。

 

リン「こちらを」

 

バージル「……これは?」

 

リン「『シッテムの箱』です」

「連邦生徒会長は、『これは先生の物であり、この端末でサンクトゥムタワーの制御権を回復できる』とおっしゃっていました」

「私にできることはここまでです」

「先生。あとは、よろしくお願いいたします」

 

そう言い残し、リンは地下室を後にした。

 

バージル「……」

(どう扱えばいい)

 

初めて目にする機械。だが、不思議と手は迷わなかった。

まるで身体が覚えているかのように、自然と端末を起動する。

画面が淡く発光し、一文が表示された。

 

『シッテム接続パスワードをご入力ください』

 

バージル(……パスワード?)

 

知るはずがない。そう思った、その時。

頭の奥底から、一つの言葉が浮かび上がる。

 

――我々は望む。七つの嘆きを。

――我々は覚えている。ジェリコの古則を。

――……

 

無意識のまま、その言葉を入力した。

 

『……接続パスワードを承認』

『現在の接続者は"バージル"――確認しました』

『『シッテムの箱』へようこそ、バージル先生』

『生体認証、および認証書生成のため、メインオペレートシステム"A.R.O.N.A"へ接続します』

 

瞬間。視界が白く染まった。

気づけば、そこは先ほどまでの地下室ではない。

 

崩れかけた教室。

床一面には静かに水が張り巡らされ、その先にはどこまでも続く青い海が広がっていた。

 

バージル「……ここは」

 

見慣れた魔界でも、人間界でもない。

不思議な空間。

 

ふと視線を向けると、一人の少女が机に突っ伏したまま、静かな寝息を立てていた。

 

バージル「……誰だ、こいつは」

 

???「くぅ……Zzz……」

 

バージル「……起きろ」

 

???「……すやぁ」

 

バージル「……おい」

 

???「むにゃ……カステラにはぁ……イチゴミルクより……バナナミルクのほうが……。えへへ……まだ、たくさんありますよぉ……Zzz……」

 

バージル「……はぁ」

 

反応がない。

バージルは呆れたようにため息をつき、人差し指で少女の肩を軽く突いた。

 

???「んにゅ……」

「……んぇ?」

「……んん?」

「……ありゃ?」

 

バージル「……起きたか」

 

少女はゆっくり顔を上げると、目をこすりながらこちらを見る。

そして。

目が合った瞬間、大きく目を見開いた。

 

???「え? あれ?」

「あれれ?」

「この空間に入ってきたということは……ま、まさか!」

 

アロナ「バージル先生ですか!?」

 

バージル「……先生と呼ばれるつもりはないが、そうらしい」

 

アロナ「う、うわぁぁ! 落ち着いて……落ち着いて私!」

 

深呼吸を一つした後、アロナは勢いよく頭を下げた。

 

アロナ「改めまして! 私はアロナです!」

「『シッテムの箱』に常駐しているシステム管理者であり、メインOS。そして、これから先生をサポートする秘書です!」

「やっとお会いできました! 私はここで、先生をずっと……ずーっと待っていたんですよ!」

 

バージル「……寝ていたようだが」

 

アロナ「あ、あぅ……」

 

痛いところを突かれ、アロナは肩を落とす。

 

アロナ「そ、それより! これからよろしくお願いします!」

「まだ身体のバージョンが低いので調整が必要ですが、その分たくさん頑張ります!」

「先生のお役に立てるよう、精一杯サポートしますね!」

 

バージル「……」

 

アロナ「あっ、そうでした!」

「まずは形式的ではありますが、生体認証を行います!」

「うぅ……少し恥ずかしいですが、こちらへ来てください」

 

どこか照れくさそうに頬を染めながら、アロナは人差し指を差し出した。

 

バージル「……何のつもりだ」

 

アロナ「この指に、先生の指を重ねてください」

 

バージル「……」

露骨に顔をしかめる。

 

アロナ「そ、そんな嫌そうな顔をしないでください!」

 

バージル「……仕方あるまい」

渋々、アロナの指へ自分の指を重ねる。

 

バージル(……本当に必要なのか?)

 

アロナ「これで先生の指紋を確認します! すぐ終わりますよ!」

「こう見えても、目はいいんです!」

 

バージル(……目がいい?)

(それなら指を重ねる必要はないだろう)

 

アロナ(うーん……よく見えないかも……。……まあ、これでいいですかね?)

「…はい!確認終わりました♪」

 

バージル「適当に終わらせたな」

 

アロナ「さ、さあ? 何のことでしょう?」

ごまかすのが、あまりにも下手だった。

 

アロナへ現在の状況を説明する。

 

連邦生徒会長の失踪。

サンクトゥムタワーの制御権喪失。

そして、自身がこの世界へ呼び出された経緯を。

すべてを聞き終えたアロナは、小さく頷いた。

 

アロナ「先生の事情は分かりました」

「連邦生徒会長が行方不明になり、その影響でサンクトゥムタワーの制御権も失われてしまったんですね」

 

バージル「連邦生徒会長について、何か知っていることはあるか?」

 

アロナ「いえ……私はキヴォトスについて多くの情報を持っていますが、連邦生徒会長に関する情報はほとんどありません」

「ですが、サンクトゥムタワーの問題なら解決できます」

 

バージル「……そうか」

 

アロナ「では、アクセス権を修復します。「少々お待ちください」

アロナは静かに目を閉じる。

 

アロナ「……サンクトゥムタワーの管理者権限を取得完了」

「先生。現在は、サンクトゥムタワーは私の管理下にあります」

「先生が承認してくだされば、制御権を連邦生徒会へ移管できますが、実行してもよろしいですか?」

 

バージル「……構わん」

 

アロナ「了解しました!」

「これより、サンクトゥムタワーの制御権を連邦生徒会へ移管します!」

 

・・・・・

 

リン「……はい。確認しました」

リンは端末を操作し、小さく頷く。

 

リン「サンクトゥムタワーの制御権が無事に回復しました」

「これで、連邦生徒会長がいらっしゃった頃と同じように行政機能を運用できます」

「お疲れ様でした、先生」

「キヴォトスの混乱を防いでくださったこと、連邦生徒会を代表して心より感謝いたします」

 

「それでは最後に、連邦捜査部『シャーレ』をご案内いたします」

リンに案内され、シャーレの施設内を見て回る。

 

建物には執務室をはじめ、複数の部屋が用意されており、自由に使用して構わないとのことだった。

 

リン「こちらへどうぞ」

部屋の扉を開き、リンが静かに告げる。

 

リン「ここがシャーレの部室です。そして、先生の職場になります」

 

バージル「……ここが、か」

「それで、俺はここで何をすればいい?」

 

リン「特に決まった業務はありません」

「シャーレは権限こそ与えられていますが、明確な目的を持たない組織です」

「つまり、先生ご自身の判断で行動していただくことになります」

「いわば超法規的機関ですので、必要と判断すれば各学園自治区において、制約なく活動する権限も有しています」

 

バージル(……便利な制度だ)

(だが、一歩間違えれば責任をすべて押しつけられる立場でもあるな)

 

リン「現在、私たちは連邦生徒会長の捜索に全力を注いでいます」

 

「そのため、キヴォトス各地で発生している問題へ十分に対応する余裕がありません」

 

バージル「……問題ばかりというわけか」

 

リン「はい。今後はシャーレへ様々な依頼が届くことになるでしょう」

「救援要請、紛争の仲裁、治安維持など内容は様々です。書類は先生の机にまとめてあります」

「ですが、最終的にどう判断するかは先生の自由です」

リンは軽く一礼した。

 

リン「それでは先生、ごゆっくりお過ごしください。また必要になりましたら、ご連絡いたします」

 

リンと入れ替わるように、先ほどの四人が部屋へ入ってくる。

 

ハスミ「それでは先生、本日は失礼いたします」

「近いうちに、ぜひトリニティ総合学園へお越しください」

 

スズミ「……お待ちしています」

小さく頭を下げる。

 

チナツ「私も今日の件を風紀委員長へ報告してきます」

「ゲヘナ学園へ来られた際は、ぜひお立ち寄りください」

 

ユウカ「ミレニアムにも来てくださいね!」

「またお会いしましょう、先生!」

 

それぞれ挨拶を済ませると、四人は部屋を後にした。

静寂が戻る。

 

バージル「……はぁ」

「疲れたな」

 

バージルがシャーレのオフィスに戻ると、『シッテムの箱』からアロナが声をかけてきた

 

アロナ「あはは……今日は本当に慌ただしい一日でしたね」

「でも、ひとまず落ち着いたみたいです」

「お疲れ様でした、先生」

 

バージル「……ああ」

 

身体の疲労とは違う。

 

一日で起きた出来事があまりにも多く、精神の方が先に疲弊していた。

 

アロナ「でも、本当に大変なのはこれからですよ!」

「先生には私と一緒に、キヴォトスの生徒たちが抱える様々な問題を解決していただきます!」

「簡単そうに見えて、とても大切なお仕事なんです。これからよろしくお願いしますね、先生!」

 

バージルは静かに目を閉じる。

キヴォトスへ来てから、あまりにも多くの出来事が起こった。

 

だが、一つだけ分からないことがある。

瞑想に入ったあの瞬間から、なぜ自分はこの世界へ来たのか。

 

思い出そうとするたび、記憶には濃い靄がかかる。酷い時には頭痛さえ伴う。

誰かに記憶を封じられているのか。それとも、自分自身が無意識のうちに思い出すことを拒んでいるのか。

 

答えはまだ出ない。

――ならば、まずはこの『キヴォトス』という世界を知ることから始めるしかない。

 

…………

 

その後、連邦生徒会によって半ば強引に『当番制』なる制度が導入された。

 

そして―。最初の当番として任命されたのは。

早瀬ユウカだった。

 

――翌日。

 

ユウカ「またお会いしましたね、先生!」

 

バージル「……」

「……口うるさい奴が来たな」

 

ユウカ「……何か言いましたか? 先生」

 

バージル「……いや、何でもない」




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