シロコ「っ!?……何あの姿?」
シロコ《色彩》「悪魔の力……先生たちに流れる悪魔の血。その力を解放した姿」
シロコ「悪魔?……先生が?」
そんな二人の会話をよそに、ダンテとバージル──魔と魔が激突した。ダンテはわずかに宙へ浮かび、その高度を活かして魔剣を振り下ろす。
しかし、その程度の有利で均衡が崩れるバージルではない。
魔剣ダンテと閻魔刀が幾度となく衝突し、火花が周囲へ飛び散る。
ダンテの豪快な一撃を、バージルは紙一重で躱し、背後へ回り込む。その生まれた隙を逃さず、流れるような疾風居合を放つ。
ダンテもまた身を捻り、左右へ滑るようにその斬撃を回避した。
互いに一歩も譲らない、一進一退の攻防が続く。
シロコ「あれが先生の本気……今までの先生は本気じゃなかった?」
シロコ《色彩》「……さっきも言ったけど油断大──」
シロコ「ん! 同じ過ちは二度も起こさない」
両者の先生が持つ『シッテムの箱』の介入により、銃弾は互いに逸らされる。
もはや銃撃では決着はつかない。シロコたちは銃撃戦をやめ、互いの拳をぶつけ合った。
四人はそれぞれ一対一の戦いへと移行した。
一方、ダンテとバージルは真魔人を解き、人の姿へ戻った。
しかし、その攻防が緩むことはなかった。
真魔人の魔力をその身に残したまま、人の姿へ戻ったダンテ。その周囲には、魔剣ダンテから分離した四本の赤い魔力の剣が浮かび上がる。
それに対し、バージルも背後へ幾本もの幻影剣を展開し、一斉に放った。
赤と蒼――二色の魔力の剣は空中で幾度となく激突し、相殺された。だが、バージルが放つ十本の幻影剣のうち、相殺できたのは四本だけ。
残る六本がダンテへと迫る。
ダンテは一振り、二振りとかわし、三本目以降も滑るような身のこなしで抜けていく。
そして最後の六振り目――。
ダンテ《色彩》「これは、返すぜ」
ダンテは迫る幻影剣を足の甲で蹴り上げる。
軌道を変えられた幻影剣はそのまま一直線にバージルへ飛び返った。
だが、バージルは読んでいた。地面を強く踏み、その姿は掻き消える。
気付いた時には、ダンテの背後へと回り込んでいる。
振り向く間もなく放たれた蹴りがダンテの脇腹を捉え、そのまま大きく吹き飛ばした。
ダンテ《色彩》「……っ、流石だ。俺とやり合ってきただけはあるな」
吹き飛ばされたダンテは、ゆっくりと立ち上がる。首へ手を添え、コキッ、コキッと骨を鳴らすと、口元に余裕の笑みを浮かべた。
ダンテ《色彩》「そろそろ、この戦いを終わらせようか。シロコたちの方も片が付いたみたいだしな」
バージルは視線だけをシロコたちへ向ける。
疲弊しながらも立ち続けるシロコの前では、別時間軸のシロコが膝をついていた。
シロコ《色彩》「どうして……私の方がたくさん経験を積んできたはずなのに……」
「戦って、藻掻いて、生き抜いて……なのにどうして……こうなってしまったんだろう」
ダンテ《色彩》「少し休んでろシロコ……さて、決着を付けようか」
バージル「そうだな」
両者は再び真魔人へと変貌し、構えた。
ダンテは足元に魔法陣を浮かび上げる。空気が張り詰める。静寂。
バージルは閻魔刀を構え、低い姿勢を取る。すると、バージルの周囲にドーム状のサークルが展開される。
ダンテは一切躊躇うことなく踏み込み、バージルへ向けて魔剣が一閃、二閃、三閃と舞う。振るわれた刃の軌跡を赤き魔力がなぞるように奔り、一拍遅れて、バージルの全身へ無数の斬撃が刻み込まれる。鮮血が宙を舞った。
それでもバージルは退かない。閻魔刀を腰に納めたまま、ただ静かに柄へ右手を添え、構えを崩さなかった。
斬撃はなおも降り注ぐ。傷は増え続ける。それでも、動かない。抜刀の時が訪れる、その瞬間まで。
やがて剣舞が終わる。ダンテは魔剣を胸元へ引き寄せ、剣先を静かに天へ向けた。
その刹那だった。
バージルの指先が柄へ触れる。閻魔刀から一瞬、刀身に反射された光が見えた時には、姿が消えた。
抜き放たれた刀身を起点に、半球状の空間へ無数の亀裂が走る。まるでガラスが砕けるように軋み、空間内を数え切れない斬撃が縦横無尽に駆け巡った。
そして次の瞬間には、バージルは既に抜刀を終え、静かに刀を鞘へ納めようとしていた。
それでもダンテは止まらない。胸元で構えた魔剣へ、なおも魔力を注ぎ込んでいく。
静かに、バージルも刀を鞘へ納める。
――カチリ。
納刀の音と同時に、止まっていた斬撃が一斉に現実へ解き放たれた。同時に、ダンテが胸元で構えた魔剣も深紅の魔力を纏い、眩く輝きを放つ。
バージルを飲み込むほどの紅蓮の爆炎が奔流のように押し寄せる。
それを迎え撃つように、無数の次元斬が空間を切り裂く。
炎と斬撃。二つの奥義が正面から激突する。
激突した瞬間、爆発的な衝撃波が周囲一帯へと広がり、箱舟そのものを大きく揺るがした。
互いの最大火力が真正面から激突し、二人は爆心地から大きく吹き飛ばされる。
なおも倒れることはなかったが、その凄まじいダメージは真魔人を維持できる限界を超え、二人の姿は同時に人へ戻った。
二人は片膝をついたまま、互いを見据え、一歩も動かない。
バージル「……まだやるか、ダンテ?」
ダンテ《色彩》「……」
激突の余波が二人の間を吹き抜ける。
そのとき、シロコ以外のアビドス対策委員会の面々が駆けつけた。
ノノミ「先生!ご無事ですか?」
ホシノ「先生、シロコちゃん……大丈夫?」
セリカ「って先生!そんな傷負って平気なの!?」
シロコ「ホシノ先輩に、みんな……」
ホシノ「シロコちゃん、お待た──……ん?」
シロコ《色彩》「……」
ホシノ「君は……」
シロコ《色彩》「……う……ううっ…………っ……」
別時間軸のシロコはホシノたちの姿を見た瞬間、動きを止めた。
そして──
その瞳から涙が溢れる。力が抜けたように膝を崩し、その場へうずくまった。
シロコ《色彩》「ごめん、なさい……わたし、が………わたしが……」
「わたしの、せい……すべて、は、わたし、がアビドスに、いたせい……」
「わたし、が、いなければ……」
「わたし、さえ、いなければ──!!」
何かを思い出したように自己否定を続けるシロコへ、ダンテは歩み寄る。
そして何も言わず、その背中へそっと手を添えた。
アヤネ『あの人が……プレナパテス?』
ノノミ「でも、どこか……」
セリカ「雰囲気が……」
ホシノ「……先生に、似てる」
シロコ「ん、先生とは親族らしい」
対策委員会4名「「「「え?」」」」
ダンテ《色彩》「……シロコ」
シロコ《色彩》「先生……ごめんなさい、ごめん、なさい。私が、私がいたから……」
ダンテは目を閉じる。やがて何かを決意すると、ダンテはそっとその背中から手を離し、彼女の前へ歩み出る。
そして口を開いた。
ダンテ《色彩》「A.R.O.N.A……箱舟内のエネルギーを俺に集めてくれ」
A.R.O.N.A「……疑問。そこまでして偽りの仮面を被り続ける必要はないと思われます」
ダンテ《色彩》「……」
A.R.O.N.A「……はぁ」
「……了承。ただし、推奨はしません。それでも、ダンテ先生の指示を実行します」
アロナ「これは……!!」
「『アトラ・ハシースの箱舟』の全エネルギーが……プレナパテスに、集中しています!」
ダンテは静かに右腕を出し、掌を天へ向ける。《アトラ・ハシースの箱舟》の膨大なエネルギーが、その掌へと渦を巻くように集束し始めた。
全神経をその制御へ注いでいるため、ダンテはその場から一歩も動かない。
アロナ「この量……現状の先生が受け止められる範囲を超えています!」
「先生!プレナパテスを止め──」
全身を駆け抜ける悪寒が、迷うことなく身体を動かした。閻魔刀を抜き放ち、ダンテへと突き立てた。
しかし──その刃は、突如として現れた魔力の障壁によって阻まれた。
それは、ダンテが手にする閻魔刀から展開された防壁だった。
バージル「っ……閻魔刀を、そこまで使いこなしていたのか」
ダンテ《別時間軸》「いや……あんたが魔王とか名乗ってた頃に張ってた障壁を思い出してな」
「見よう見まねでやってみたら、案外できちまっただけだ」
バージルは障壁から距離を取り、一度態勢を立て直すように後方へ下がる。
その時、通信が入る。
アヤネ『対策委員会のみなさん……そして、先生、私の声が届いていますでしょうか?こちらは「脱出シーケンス」──』
『脱出可能だった皆さんは、『脱出シーケンス』で地上へ転送済みです!』
『箱舟は、間もなく完全に崩壊します!!』
『現在、箱舟内部に残っているのは――ホシノ先輩、ノノミ先輩、シロコ先輩、セリカちゃん、私、リンさん、そしてバージル先生です』
『箱舟が完全に破壊されてしまえば脱出はできなくなります!気を付けてください!!』
リン『プレナパテス……一体何をしようとしているのかは定かではありませんが、あのエネルギー量……下手すれば箱舟が宇宙まで──』
『先生。私も一度だけなら援護できます』
バージル「援護など──」
リン『必要ない──と? ですが先生、今この状況を改めて考えてみてください』
『今の問題はプレナパテスを覆う障壁です。あれを破壊して本体を露出させなければ、時間内に止められません』
バージル「……どう援護するつもりだ?」
リン『ヒマリさんが整備してくださったウトナピシュティムの主砲による支援を行います 』
『主砲なら、「箱舟」ごとプレナパテスを無力化できるだけの威力があります』
『ですが、発射まで時間がかかります。それまで……どうか耐えてください』
『発射指示はバージル先生に任せます!』
バージルは黙って待つつもりなどなかった。主砲が放たれるその瞬間まで、一撃でも多く障壁を削るべく駆け出す。
背へ手を伸ばす。
そこから引き抜かれたのは、バージルの魔力で作られたミラージュエッジ。
閻魔刀とミラージュエッジ――二振りの刃を幾度となく障壁へ叩き込む。結界を少しずつ削り取っていく。
シロコ「ん、先生。私たちも戦う」
バージル「……誤射はするなよ」
シロコ「ん!」
四人もバージルに続くようにプレナパテスに向けて銃撃を集中させる。
銃弾と斬撃が絶え間なく障壁へ叩き込まれる。しかし、プレナパテスを覆う結界は凄まじい強度を誇っていた。
無数の攻撃を受け、表面には亀裂が広がっていく。それでもなお、結界は崩れ落ちることなく、プレナパテスを守り続けていた。
するとアロナが声を上げる
アロナ『発射準備完了!先生!指示をお願いします!』
バージルは障壁から大きく飛び退き、主砲の射線を空ける。そしてアロナに命じた。
それを聞きアロナは声を出す。
アロナ『ウトナピシュティムの主砲、発射!!!』
A.R.O.N.A「ウトナピシュティムよりエネルギー探知。ダンテ先生、回避を!!」
ウトナピシュティムの主砲から放たれたエネルギーが、 プレナパテス──ダンテへ一直線に放たれる。
削られ続けて限界に達していた結界は、主砲の直撃に耐えきれず砕け散る。 直後、主砲のエネルギーがダンテを真正面から飲み込む。
アヤネ『プレナパテスが、倒れました!!』
リン『あとは脱出するのみです。このまま箱舟崩壊に巻き込まれてしまえば、宇宙に弾き飛ばされるか、地上に叩きつけられます!!』
リン「アヤネさん、先に避難を」
アヤネ『……分かりました。みなさん、地上でお会いしましょう!』
【脱出シーケンス】:残り6回
リン「先生! そちらの皆さんを避難させてください!」
「こちらも先に脱出準備へ移ります!」
【脱出シーケンス】:残り5回
アロナ「脱出シーケンス、準備完了!先生!指示をお願いします!」
バージルはシッテムの箱を操作し脱出シーケンスを起動する。
セリカ、ノノミ、ホシノは光に包まれ、そのまま地上へと転送された。
【脱出シーケンス】残り2回
そして最後に残った生徒――シロコを地上へ転送した。
【脱出シーケンス】:残り1回
アロナ『あとは先生だけです。脱出シーケンスを使って早く脱出をしてください……!!』
バージルはシッテムの箱の液晶へ指を伸ばす。しかし、その手は途中で止まった。
シッテムの箱から視線を外し、別時間軸のシロコ、そして別時間軸のダンテへと目を向ける。
やがてシッテムの箱へ向き直り、迷いなく操作する。
だが──転送されたのは、バージルではなかった。
最後の『脱出シーケンス』は、別時間軸のシロコへ使用された。
アロナ「……せ、先生!?」
シロコ《色彩》「っ!?」
光が別時間軸のシロコを包み込み、その姿は箱舟から消える。
アロナ「い、一体何をしているんですか!?」
こちら側のアロナが声を荒げる。
しかしバージルはその叫びを意に介さず、もう一人のアロナ――別時間軸のA.R.O.N.Aへ視線を向けた。
バージル「……そっちの時間軸のアロナに、一つ言いたいことが有る」
A.R.O.N.A「……疑問、なんでしょう?」
バージル「愚弟はともかく、箱舟の崩壊に巻き込まれ、俺が生存できる確率が二割と言っていたな」
A.R.O.N.A「肯定。正確には19.0%です」
バージル「……細かいな。だが計算違いだ。その程度の可能性で俺の安否を測ることができるわけがなかろう」
アロナ「ですが先生! 地上までどれほど距離があると思っているんですか!」
バージル「それを一番理解しているのは、そこにいる最後まで演じ切れなかった半魔だろう。なぁ、ダンテ?」
ダンテ《別時間軸》「……なんだ、分かっていたのか」
バージルの言葉に、倒れていたダンテはゆっくりと身を起こし、その場で胡坐をかく。これまで浮かべていた冷たく張り詰めた表情は、もうそこにはなかった。
代わりに現れたのは、バージルが長年見慣れてきた、どこか気の抜けた笑みを浮かべるダンテ本来の顔だった。
バージル「愚問だな。ところどころ本性が漏れていたぞ」
ダンテ《別時間軸》「あぁ……マジか。やっぱ演技は向いてねぇなー」
「でもよ、まさか自分じゃなく、生徒の方に使うとは思わなかったぜ」
バージル「ふん。脱出シーケンスを使うということは、貴様から逃げるのと同義だ。俺はまだ戦える」
ダンテ《別時間軸》「いや、そこかよ……。あんたは本当に勝ち負けにうるさいな」
バージル「貴様が先に俺から逃げるというのなら、俺も退いてやるがな」
ダンテ《別時間軸》「……あんたは……閻魔刀を使い慣れてるから、地上へ帰れるだろ?」
バージル「お前が先に地上に堕ちろ」
その瞬間――。
箱舟全体を揺るがす轟音が響いた。
《アトラ・ハシースの箱舟》の各所で爆炎が噴き上がり、崩壊はもはや止められない。
崩れ落ちる巨大な箱舟は、最後まで立ち続ける兄弟を飲み込むように爆炎を広げ、やがて視界は白一色に染まった。
爆炎と衝撃波に呑まれた二人の身体は、それぞれ異なる方向へ吹き飛ばされる。
いつからだっただろうか。
結果がどうあれ、自らの手で誰かを救おうとするようになったのは。
――いや、それは今に始まったことではない。
閻魔刀で生還する術はあった。それでも、自分だけが生き延びるという選択肢は、最初から存在しなかった。
あの半魔──ダンテも同じ状況にいることを理解していた。
だからこそ、自分だけが閻魔刀の力で安全に生還するなど、バージルにとっては敗北にも等しかった。
それが、バージルなりの勝負への矜持だった。
バージルの身体は、雲を超える高度から地上へ向かって落下していく。
だが、その胸に死への恐怖はなかった。
ただ静かに、地面へ辿り着くその時を待つように、バージルは目を閉じた。
ダンテのジャッジメントの文章表現がむっっっっず……。
あと、次回こそ本当に『あまねく奇跡の始発点』最終話です。