~崩壊したアトラ・ハシース船内~
壊れた船体の隙間からは夜空が覗き、静寂だけが広がっていた。
ダンテ「ここもだいぶボロボロだな。天井は吹き飛んで、星空が丸見えじゃねぇか」
アトラ・ハシースの船内を見渡すダンテに、バージルは本題へ入るよう促した。
バージル「で? ここに来て何をしようと」
ダンテ「まぁ、説明は難しいんだが……」
ダンテが説明に困っていると、懐から機械的な音声が響いた。
A.R.O.N.A「解、色彩の権能と無名の司祭のテクノロジーを利用して、再度次元と世界線の壁を繋げます」
ダンテ「説明サンキュー、A.R.O.N.A。そういうことだバージル」
バージル「色彩か。特に変化はないと言っていたが、色彩そのものは感知されるはずではなかったか?」
「よくその力を隠し通せたな。連邦生徒会に見つかるかもしれないだろう」
ダンテ「まぁ、俺にはA.R.O.N.Aがいるしな。あんたの生徒に色彩の反応を感知されないよう隠してくれてたんだ。感謝しかねぇよ」
「それにあんたとの戦闘で相当消耗したしな。今の俺に色彩の嚮導者としての立場はもうないさ」
そう言うと、ダンテは懐からシッテムの箱を取り出した。
その画面には、長く使い込まれてきたことを物語るように、いくつもの傷が刻まれている。
A.R.O.N.A「肯定、ダンテ先生の目的が叶うよう補佐する。それがシッテムの箱の役割です」
バージルは、ダンテのシッテムの箱に常駐するA.R.O.N.Aと、自身の知るアロナを見比べた。
同じシッテムの箱に宿る存在でありながら、その雰囲気や応答の仕方には明らかな違いがある。
その違いが気になったのか、バージルは僅かに眉をひそめた。
バージル「思ってたことだがこっちのアロナと雰囲気や精神が違うな」
アロナ「なんですか!バージル先生もしかしてそっちのアロナちゃんの方が良かったんですか?」
バージルがA.R.O.N.Aとの違いについて口にしたことで、アロナには「そっちのアロナのほうが良い」と言われたように聞こえたらしい。
アロナはどこか嫉妬した様子で、バージルへ詰め寄った。
バージル「そうとは言ってないだろう」
そのやり取りを見ていたダンテも、二人のアロナを見比べるように視線を動かし、黙り込む。
A.R.O.N.A「疑問、ダンテ先生どうしたのでしょうか?」
ダンテ「うーん、今思ったことなんだが」
「アロナが二人いるのはややこしいな」
ダンテの率直な言葉に、バージルも賛同する。
二人の視線が、それぞれのシッテムの箱に宿る二人のアロナへと向けられる。
同じ名前のままでは、確かに紛らわしい。
ダンテとバージルがどうしたものかと考えていると、二人の間に機械的な声が響いた。
A.R.O.N.A「理解。同一名称では識別に支障があります」
「私の呼称を変更するべきでしょう」
ダンテ「新しい名前かぁ」
そう告げるA.R.O.N.Aに、ダンテとアロナは少し考え込むように首を傾げる。
そして、アロナの方が何かを思いついたように顔を上げた。
アロナ「では、プレナパテスから取って、プラナちゃんはどうですか?」
バージル「安直だな」
アロナ「えぇ!?」
ダンテ「まぁ、いいんじゃないか? 俺は可愛い名前だと思うぞ」
プラナ「か、可愛いですか……肯定…その名前を好意的に受け取ります」
プラナはそう答えると、僅かに頬を赤らめた。
ダンテ「あぁ、よろしくな、プラナ」
アロナ「よろしくです、プラナちゃん!」
ダンテとアロナは、新しい名を与えられたプラナに改めて挨拶する。
一方、バージルは何も告げず、腕を組んだままそっぽを向いていた。
ダンテ「バージル?」
バージル「なんだ、俺は言わんぞ」
どうやら、素直に挨拶するつもりはないらしい。
そんな彼に対し、ダンテ、アロナ、プラナの三人は無言のまま視線を向ける。
三人からの無言の圧を受け、バージルはしばらく黙り込んだ。
バージル「……ちっ、言えばいいのだろう」
そして、僅かに視線を逸らしたまま――
「……頼んだ、プラナ」
バージルは最後までプラナと目を合わせようとはせず、視線を逸らしたまま言った。
それを見たプラナは、疑問を抱いた。
プラナ「……理解。これがダンテ先生が言っていた兄ですか。事前に聞いていた情報とは、やや異なるようです」
バージル「情報? なんと言っていた?」
ダンテが自分のことをどう説明していたのか気になったバージルは、問いかけた。
ダンテ「ちょっ、プラナまっ」
プラナ「解。『面倒くさい』『頑固』『脳筋の兄』と聞かされています」
「ですが、現在のバージル先生を観察する限り、素直に言葉を発することに躊躇する傾向が確認されます」
「どちらかと言えば、『人見知り』や『無愛想』という表現のほうが適切かと」
バージル「誰が人見知りだ」
反射的に否定するバージル。
その言葉を聞いたダンテは、どこか小馬鹿にしたような表情を浮かべ、にやついていた。
それに気づいたバージルは、苛立たしげにダンテを睨みつける。
バージル「おい、ダンテ……? 事が終わったら覚えておけよ」
ダンテ「ははっ、そりゃ怖ぇな」
『面倒くさい』『頑固』『脳筋の兄』。
どれも完全な間違いではない。むしろ、否定しきれない部分もある。
だが、それを実の弟から改めて聞かされたことが、どうにも不服だった。
そのうえ、ダンテが小馬鹿にしたようにニヤついていることが、バージルの苛立ちにさらに拍車をかけていた。
そんな二人を、アロナは微笑ましそうに見つめていた。
アロナ「流石兄弟です、仲がいいですね」
プラナ「仲は……良いほうなのでしょうか?」
二人のやり取りを見つめながら、プラナは小さく首を傾げる。
・・・・・
プラナ「アトラ・ハシースの動力を確認…残量7%を確認」
「帰還時の使用も想定し、省電力で稼働させます。およそ2メートルの男性が余裕を持って往復できる程度の境界を開くことが可能です」
「展開準備に要する時間は、6分と想定されます」
これからダンテのいた世界へ向かうというのに、ダンテとアロナは緊張感もなく他愛もない会話を続けていた。
そんな二人を、バージルは呆れた様子で眺めていた。
そして、六分後。ポータルの展開を終えたプラナが、二人へ告げる。
プラナ「ダンテ先生、バージル先生、時空間同士の結合が完了しました」
「いつでも、別時空へと移動ができますよ」
ダンテは緩みきっていた表情を引き締め、目つきを変える。
ダンテ「よし、じゃあ行くか。……その前にバージル」
バージル「なんだ?」
バージルがポータルへ足を踏み入れようとした、その時だった。
ダンテ「生徒に何か伝えなくていいのか? 『数日の間、不在にします』とか残さないのか?」
バージルは、何を言っているのか分からないといった様子で眉をひそめる。
バージル「必要ないだろ?」
ダンテ・プラナ・アロナ「必要だろ?」「否定、必要と思われます」「必要です!」
三人から同時に指摘され、バージルは僅かにたじろいだ。
バージル「……そこまで言うか……まぁたしかに、完全否定できる話ではないか」
「キヴォトスの状況や情報が入ってこなくなるのは問題か」
「だが、俺がいるかいないかで、キヴォトスがそう簡単に面倒事になるわけでもない」
いまだに先生としての自覚が薄いバージルを見て、アロナは「またこの話」とでも言いたげな表情を浮かべる。
アロナ「はぁ……一応、もう私が連邦生徒会に報告しましたので、安心してください」
バージル「おい、アロナ勝手なことを──」
アロナ「勝手なことをしてるのは先生ですよ!先生におけるほうれんそうは大事なんですよ?」
バージル「……ほうれん……何だって?」
唐突に野菜の話をされたバージルが困惑する中、プラナが説明する。
プラナ「解。先生における『ほうれんそう』とは、報告、連絡、相談。それぞれの頭文字から取った言葉です」
バージルはどこか納得していない様子だった。
ダンテ「本当、勝手なことばかりして、自分勝手な野郎だぜ」
バージル「なに?」
ダンテ「あんたが虚構のサンクトゥムに接触した時、肝が冷えたぜ」
「びっくりしたからな! 無策で後先も考えずに突っ込んで、その結果、周りに被害を出しやがって 」
「後始末が面倒だったからな。そこら中に現れたオートマタの処理にな」
バージルは何も言い返さず、僅かに眉間へ皺を寄せた。
ダンテの言葉には、反論できない部分もある。たしかに、あの時の自分は迂闊に動きすぎた。
バージル自身も、かつての自分の行動に至らぬ点があったのだと改めて理解する。
だが、それを認めることと、納得することは別だった。
よりにもよって、それをダンテ本人から指摘されたことが、どうにも不本意だった。
それでも、バージルはそれ以上何も言わなかった。
プラナが開いた時空の裂け目へ、二人は並んで歩き出す。
光が視界を覆い尽くし――
次に目を開けた時、そこは滅びた世界だった。
・・・・・
〜滅びたキヴォトス〜
バージル「ここがキヴォトスなのか?」
そこは、バージルが知るキヴォトスとはまるで別物だった。