空は禍々しい赤黒色に染まり、建物は崩れ落ち、人が暮らしていた痕跡だけが辛うじて残されている。
しかし、かつてのキヴォトスの面影は、ほとんど失われていた。
バージル「……ここがお前のいたキヴォトスの末路か」
「正直、いい気分はしないな」
滅びたキヴォトスを目の当たりにし、バージルは明らかな不快感を示した。
その姿を見たダンテは、どこか嬉しそうに笑った。
この時代のダンテが知っている兄なら、他人の世界がどうなろうと、自分には関係ないと言っていただろう。
だが今この場にいる別時間軸のバージルは違う。
ダンテは、そんな兄の変化を感じ取っていた。
ダンテ「……本当に変わったよな。そっちのあんたは相当、人らしく成長したわけだな」
バージル「……何回も言うが……ダンテ。俺はお前を哀れんで来たわけでも、馴れ合うつもりで来たわけでもないからな。あくまでも倒すべき存在がいるからこうして来ただけだ」
ダンテ「そこは変わらないのな。でも……こうやって並んで戦うのは何十年ぶりだ?」
ダンテは腕を組み、昔のことを懐かしそうに思い出していた。そんな彼に、バージルは淡々と答える。
バージル「……さぁな。お前がこれまでどのような時間を過ごしてきたのか、俺は知らん。どう別の俺と関わってきたのかもな」
「俺とお前の歩んだ時間が完全に同じとは限らない以上、明確な答えを出すことはできん」
ダンテ「頭固いなぁ、少しは良いだろ、お喋り好きなんだから大目に見てくれよ」
バージル「……今は、過去を掘り返す必要はないはずだ。目的だけ考えろ」
時間が限られているにもかかわらず、過去の話を続けようとするダンテに、バージルは話を切り上げるよう促した。
ダンテ「へいへい、あんたにとって過去は苦い思い出ってわけか。悪かったな」
バージルは一息つくと、本題へと話を戻した。
バージル「……そんなことより、最古は一体どこにいる? このキヴォトスにはいなさそうだが」
ダンテ「わからん」
バージル「………は?」
ダンテのその一言に、バージルは思わず耳を疑った。
ダンテ「俺が知っているわけないだろ、情報無しでこれから探すに決まってるだろ」
バージル「……一周回って感心する。そこまで無計画でよく生き残ってこられたものだ」
ダンテ「まぁ、そうだな。まずは魔界へ行って散歩でもしていたら、そのうち出会うだろ?」
「とりあえず、滞在時間に限界はある。それまでに見つけ出すさ」
帰還までに使える時間は限られている。
最古の悪魔を捜索し、討伐する。
そして、ポータルが閉じるまでに帰還しなければならない。
しかし、ダンテはそこまで深く考えている様子ではなかった。
バージル「本当に貴様は……」
「相変わらず、行き当たりばったりにも程がある」
ダンテ「何とかなるだろ? 今までだって事前準備とかせず、思いつきのまま行動してきたしな」
バージル「……その根拠のない自信だけは、俺の所のダンテとは変わらんのか」
ダンテ「まぁ、とりあえずだ! すぐ見つかるとも限らねぇしな」
「いきなり魔界へ行って出くわして、そのまま戦うってのも味気ない。少しこの世界を歩いて、気持ちを切り替えようぜ」
そう言いながら、ダンテはかつて人が暮らしていた場所へ目を向け、先を歩き始める。
バージル「……」
バージルは答えず、黙ってダンテの後を歩いた。
二人はD.U.を皮切りに、ゲヘナ学園、トリニティ、ミレニアム……滅びたキヴォトスを巡っていく。
だが、どこへ足を運んでも目に映るのは崩れ落ちた建物の残骸だけだった。
生徒たちの気配はどこにもなく、街を徘徊しているのは虫のように湧き続ける下級悪魔だけ。
学園を一つ巡るごとに、バージルの表情は徐々に険しさを増していった。
・・・・・
ダンテ「ここで最後だな。これで一通り見て回ったことになるな」
「正直、気持ちを切り替えられるような場所ではなくなってしまったな」
バージル「……ダンテ」
ダンテ「ん?」
バージル「お前が俺の世界へ来る直前まで、このキヴォトスはこんな有様だったのか?」
ダンテ「……いや、まさか」
「生徒はほとんどいなくなってたが、建物はまだ原形を保っていた。空だって、こんな赤黒く染まっちゃいなかったさ」
「そもそも、魔界化なんて起きてなかった」
バージルは無言で、赤黒い空を見上げる。
バージル「……そうか」
少しの沈黙のあと、静かに口を開いた。
バージル「これ以上ここに居る必要はないな」
「そろそろ魔界へ向かうぞ。最古を見つけ、討つためにな」
――その時。
ゾクリ――。
空気が凍りつくような殺気が、一帯を包み込んだ。
バージル「……!」
ダンテ「……本命のお出ましか」
「わざわざこっちを探しに来るとはな」
???「スパーダの息子、ようやく探したぞ」
ダンテ「ようよう、長生きだけの取り柄のおじいさん、元気そうで何よりってこった」
その姿は、周囲の建物すら霞むほどに巨大だった。崩れた建物の残骸でさえ、その前では取るに足らないものに見える。
ムンドゥスほどの巨体ではない。
それでも、ただその場に立っているだけで、周囲を圧するおぞましい威圧感を放っていた。
頭上には禍々しい光輪が浮かび、背中からは六枚の黒翼が広がっている。
最古の悪魔「その隣のは何だ? そいつからも魔剣士スパーダの血の気配を感じるが……」
最古の悪魔は、その巨体でバージルを見下ろす。
バージルは黙って見据える。
最古の悪魔「……なるほど。見慣れない立ち振る舞いだと思ったが、そうかそうか」
「別次元から助っ人を呼び連れてきたのか」
最古の悪魔は、バージルたちが入ってきた後方のポータルへと視線を向ける。
そこから漂う気配を感じ取り、口元を歪めた。
ダンテ「………そう言ったらどうする? あんたを今日、冥土へ送ってやるぜ?」
最古の悪魔「……愚かだ。実に愚か。蟻ん子がどんなに足掻こうが無駄なことだと言うのに」
「まぁいい。駒が一匹増えたところで問題はない。我にとっては有益なだけのこと」
その場には、誰もが言葉を発することすら躊躇うほどの、異様な緊張感が漂っていた。
ダンテ「バージル、コイツは今までの悪魔とは違うぞ」
ダンテの顔つきは、バージルがこれまで見たことのないものだった。
いつもの軽薄さは消え、顎を引き、鋭い眼差しで最古の悪魔を見据えている。
バージル「……見れば分かる。純粋な悪魔としての力は、魔帝とは比べ物にならん」
最古の悪魔「ふん……あのガキと我を一緒にくくるな」
バージル(ガキ……か。魔帝ですらそう呼ぶほどの年月を生きてきたということか)
「だが……なぜこのような存在がいるというのに、歴史書や言い伝えに残されていない?」
ダンテ「さぁな。だが、俺たちの目的は、この時代遅れの悪魔を倒すことだろ? それが俺たちの目標だ」
最古の悪魔は、二人を前にしてもなお余裕を崩さない。
その姿には、まるで油断しているかのような隙すら見えた。
バージルは瞬時に最古の悪魔の背後へ回り込み、閻魔刀に手をかけた。
一太刀浴びせようとした――その時。
最古の悪魔の一枚の黒翼が、瞬く間に形を変え、触手のようにしなやかな形状となった。
その翼は生き物のようにうねりながらバージルへ伸びる。
黒翼が大きく振り抜かれ、バージルの身体は容易く吹き飛ばされた。
バージルは建物の残骸へ叩き込まれた。
やがて瓦礫を押しのけ、バージルはゆっくりと姿を現す。
バージルの口元から血が滲み出ていた。
バージル「ぐっ……なるほど」
(あの翼……単なる飾りではない。奴自身の肉体の一部か。形状まで自在に変化させるとは……)
バージルは口元を腕で拭うと、体内に宿る悪魔の力を一気に引き出し――目にも留まらぬ速さで最古の悪魔へ突っ込む。
最古の悪魔に隙はあった。だが、それは油断によるものではない。
バージルの一撃を受け止めることなど容易いと判断していたのだ。
それでも刃は皮膚を裂き、最古の悪魔の腕から僅かに血が滲んだ。
最古の悪魔「……ちっ」
最古の悪魔は腕を振り払い、バージルへ強烈な一撃を叩き込む。
その動きを察したバージルは咄嗟に両腕を交差させ、防御する。
しかし――受け止めたはずの一撃は、その防御をものともせず、凄まじい衝撃を全身へと叩き込んだ。
両腕が激しく痺れ、バージルはそのまま後方へと押し込まれる。
空中へと弾き飛ばされたバージルは、やがて地へと降り立つ。
そのまま片手を地面につき、数メートルほど滑りながら勢いを殺し、体勢を立て直した。
そして、最古の悪魔と一度距離を取り、ダンテのもとへ戻る。
バージル「今まで戦った連中とは訳が違うな。お前が負けた理由も、分からんことではない」
ダンテ「だから言ったろ。あいつだけは別格だって」
「だが、全く効かないわけじゃない。協力して倒すぞ」
バージル「……仕方がない。やるだけのことはしよう」
ダンテが何を考えているのか、バージルには分からなかった。それでも、今は目の前の敵を倒すことだけを考えるしかない。
ダンテは腰に差していた閻魔刀を抜き、地面へと突き立てた。代わりに魔剣ダンテを片手に構える。
バージルは鞘を握る左手に力を込める。
最古の悪魔「まだ食らいつこうとするのか、スパーダといいその血族といい、貴様らは本当に我の血を沸騰させるのが好きなようだな」
ダンテ「いくぜ、バージル」
バージル「わざわざ合図をするな」
二人は悪魔としての力を解放した。
その背から、それぞれ四枚の翼が大きく広がる。
・・・・・
何度斬り込んでも、最古の悪魔の巨体を崩すことはできない。
攻撃を避け、受け流し、反撃する。それを何度繰り返したのか――二人が最古の悪魔を相手にして、すでに数時間が経過していた。
ダンテとバージルには明らかな疲労が見られたが、最古には汗一つかいた様子もなく、息を荒げる様子すらなかった。
ダンテ「はは、まだ行けるか? バージル」
バージル「愚問だな。貴様と違って、俺はシャーレの先生になってからも鍛錬を欠かしてはいない。貴様ほどバテてなどいない」
「だが、このままでは打つ手がないぞ、ダンテ。貴様が言っていた勝ち筋は、いつ使うんだ?」
バージルの言葉に俯き黙り込むダンテ。
ダンテ「……」
バージル「おい、ダンテ?」
反応を示さないダンテに、バージルは疑問を抱いた。
ダンテは静かにバージルへ向き直る。
そして――
手にした魔剣ダンテを、ためらいなくバージルの胸へ突き刺した。
バージル「……!?」
あまりにも唐突な出来事だった。
バージルは、ダンテの行動を理解することすらできないまま、不意を突かれた。
魔剣を突き刺してなお、ダンテは黙ったままだった。
その目は前髪に隠れ、表情を窺うことはできない。
ただ一つだけ――
口角だけが、静かに吊り上がっていた。