気づけば、バージルはシャーレ執務室のソファで目を覚ましていた。
見慣れた天井。見慣れた執務室。
――現代のキヴォトスだった。
恐らく、あの後に別時間軸のシロコが自分を連れ帰ったのだろう。目を覚ました時、執務室には誰の姿もなかった。
別時間軸のシロコとダンテが、その後どうなったのか。今は知る術もない。
……考えないようにした。今更深く考えても仕方がない。バージルはいつものキヴォトスの日常へと戻った。
ただ一つだけ、服の内側に見覚えのない重みがあった。
取り出したのは、一つの金メッキのアミュレット。
別時間軸のダンテが、別れ際に餞別として忍ばせたものなのだろうか。
帰還後すぐ、バージルは連邦生徒会へ呼び出された。
内容は、悪魔という存在についての説明と、バージルがキヴォトスから丸一日姿を消していた件についての状況確認だった。
悪魔という存在については、詳しく説明すると時間がかかるため、「そういう者だ」の一言で押し通した。
――単純に、説明するのが面倒だったのである。
バージルは、姿をくらました理由についても「プレナパテスの捜索にあたり、遠方まで出ていた」と適当に説明した。
しかし、七神リンは最後まで納得していない様子だった。
それでも、それ以上追及しても意味はないと判断したのか、渋々話を切り上げた。
アトラ・ハシースの一件から半月。
色彩によって損壊した建物の再建も進み、キヴォトスは少しずつ元の日常を取り戻していた。
~シャーレ・執務室~
プラナ『今更ですが……アロナ先輩と共に、バージル先生のサポートを担当することになったプラナです。これからよろしくお願いします』
バージル「……尽力してもらうほど、何かやってもらう事はない」
キヴォトスへ戻ると同時に、ダンテが所有していたシッテムの箱に宿っていたプラナは、バージルのシッテムの箱へと転送されていた。
恐らく、バージルが気を失っている間に行われたのだろう。
バージル「でだ、アロナはどうした?やけに静かだが」
お喋り好きなアロナが一言も発していないことを、バージルは不思議に思った。
プラナ『アロナ先輩は……』
アロナ『へへ……イチゴミルクは……やっぱり……』
プラナ「……まだ眠っています」
バージル「珍しいな。いつもなら、この時間帯には起きているはずだが……」
プラナ『……解、それに関しては……』
バージル「別にいい、どうせ疲労が蓄積したのだろう」
「騒がしくないだけ、十分マシだ」
プラナが理由を説明しようとするが、バージルはそれ以上踏み込もうとはしなかった。むしろ、話をする必要がないのであれば、バージルにとって都合のいいことだった。
プラナ『……』
アロナ『うーん、ありゃ……ありゃりゃ……?』
二人の会話が耳に入ったのか、アロナは目を覚ました。
アロナ『う、うわああ!?も、もう朝ですか!?』
寝坊したことに戸惑いながら、アロナは慌てて起き上がった。
プラナ『朝ではなく昼です』
アロナ『あうぅ……プラナちゃんのお手本となる予定だったのに……』
プラナ『まずは早起きから始めましょう。お手本となるのはそれからです』
バージル「……そのままずっと寝ていればよかったものを」
バージルは、アロナたちに聞こえないほど小さく呟いた。
アロナ『何か言いましたか。せんせい!』
バージル「……何も」
・・・・・
プラナ『では、バージル先生。本日のスケジュールですが……』
バージル「何かあるのか?」
プラナ『いえ、本日の予定はありません。ただ、数日後にシャーレで祝宴会が行われます』
バージル「……なんだそれは?」
プラナ『……アロナ先輩から説明されていませんか?』
バージル「聞いていないな」
アロナ『ちょ、ちょっとプラナちゃん、こういうのは秘密にするべきですよ! 生徒さん方もそうして隠していたんですから』
どうやら、アロナはバージルにこのことを隠していたようだった。
プラナ『疑問。バージル先生は、サプライズより事前に説明された方を好むと判断しました。不信感を与えないためです』
アロナ『うぅぅ……たしかにそうかもしれませんが』
バージル「……で、何の祝宴会だ?」
アロナ『それは……』
プラナ『シャーレ一周年記念パーティーとのことです』
バージル「一周年……もう過ぎているだろう」
アロナ『過ぎてますけど、本当はもっと早くやる予定だったんですよ!』
バージル「……なるほど。別時間軸のダンテが巻き起こした一件で延期になったということか」
プラナ『……申し訳ありません、バージル先生』
バージル「構わん。もう終わったことだ」
ダンテが起こした事件を思い出したのか、プラナは俯いた。
一方、バージルは特に気にした様子を見せなかった。
そもそも、自分自身も似たようなことをしている以上、強く責められる立場でもない。
バージルは懐から金メッキのアミュレットを取り出すと、その宝玉に走る亀裂を親指で静かになぞった。
そして、しばしの間、そのアミュレットに思いを馳せる。
バージル「……それどころか、あいつには借りを作ってしまった」
・・・・・
数日後。
アロナとプラナから聞かされていた通り、シャーレ一周年記念パーティーの準備が始まっていた。
この催しは、生徒たちが自主的に企画したもので、連邦生徒会も協力しているらしい。立場などは関係なく、皆でシャーレの一周年を祝う、ごく普通の記念パーティーとのことだった。
会場は――なぜかシャーレ。
バージルには、その理由だけは最後まで理解できなかった。
~シャーレ・屋上~
バージルはパーティー会場を離れ、人気のない屋上へと足を運ぶ。
静かな風が吹き抜ける。
屋上へ向かったバージルに、アロナとプラナはシッテムの箱から声を掛けた。
アロナ『先生、一周年記念パーティーには参加しないんですか?』
バージル「騒がしい場所は御免だな」
プラナ『生徒さん方が準備してくださった催しです。少しでも参加されてはいかがでしょうか』
アロナ『そうですよ! プラナちゃんの言う通りです!』
バージル「最初はそのつもりだった。しかし──幾分、生徒が多い」
あまりにも会場に生徒が集まってきていたため、バージルは一度屋上へと退避していた。
プラナ『解。現在確認できる参加団体は、アビドス対策委員会、ゲーム開発部、ミレニアムセミナー、補習授業部……その他多数です』
アロナ『ま、まぁ先生に助けられた生徒さんや、この機会に先生のことを知ろうと思った生徒さんとか……色々いるんでしょうね』
どうしても周年パーティーに乗り気ではないバージルだったが、アロナとプラナの説得で会場に向かった。
扉前、生徒のざわめきが聞こえる。
扉を開いた、その瞬間――
パンッ!!
パンッ!! パンッ!!
いくつものクラッカーが鳴り響く。
色鮮やかなテープが頭上を舞い、バージルへと降り注いだ。
唐突な出来事に、バージルは思わず呆気に取られた。
そんな彼の反応など気にすることなく、生徒たちは次々と祝いの言葉をかけた。
しかし、バージルの表情は明らかに引きつっていた。
バージル「なんだ、ここまで壮大にして、何か得でもあるのか?」
その言葉に、真っ先に答えたのはシロコだった。
シロコ「ん、ただ先生に恩返ししたくてやった事、後悔はしてない」
ホシノ「やっぱ、思い立ったら、ノリと勢いでやるしかないよねぇ」
バージル「……ここにいる全員がか?」
モモイ「もちろん! パーティーって聞いて居ても立ってもいられなくて、準備を手伝ったんだよ!」
ミドリ「お姉ちゃんは、ただ部室にあるゲーム機を持ってきただけでしょ?」
モモイ「うぅ、それはそうだけど」
アリス「アリスはこの場にいる全員に宣戦布告をします。格ゲーでボコボコにします!」
ゲームコントローラーを手に、アリスは全員を指差しながら自信満々に告げる。
それに対し、アズサが反応した。
アズサ「ヒフミ、宣戦布告を受けたぞ、すぐ臨戦態勢に入らないと」
ヒフミ「えっと、アズサちゃん、あの子はそう言う意図で言ったものではないと思いますが」
コハル「というか、アズサは何でガスマスクなんてつけてるのよ!」
大勢の生徒を警戒しているのか、アズサはガスマスクを着け、完全に臨戦態勢を整えている。
アズサ「コハル、用心に越したことはないはずだ」
コハル「変人って思われてるわよ!?」
ヒフミ「あ、あはは、アズサちゃんらしいですね」
ハナコ「それもアズサちゃんの良いところですよ」
ノノミ「わぁ、賑やかで楽しい雰囲気ですね」
セリカ「な、なんかここにいる人たち、個性が強いわね」
アヤネ「それでも、ここにいる人たちは先生に助けられてきた方がほとんどなのでしょう」
バージル「……まず、恩を返すのなら本人に先に聞いてから行動するだろ」
しかし、その言葉は生徒たちの賑やかな声にあっさりと埋もれていった。
学園の垣根を越えて、生徒たちは交流を深めながらパーティーを楽しんでいった。
パーティーに参加してから数十分経過。
バージルは特に積極的に動くこともなく、生徒たちに好き勝手にされていた。ゲームに付き合わされたり、生徒たちの世間話を聞かされたり、質問を受けたり。
そうしているうちに、時間だけが過ぎていった。
そんな彼の表情には、わずかに疲労の色が浮かんでいた。
その時――
コン、コン。
扉を叩く音が響いた。
バージル「……?」
生徒たちの話し声に紛れていたノック音に気づき、バージルは顔を上げる。
周囲の生徒たちはパーティーに夢中で、誰も気づいていない。
バージルは席を立つと、そのまま扉へと向かった。
そして扉を開けた瞬間――
そこには、バージルのよく知る人物が立っていた。
短めの白髪。
バージルに近い身長。
そして、背には大剣を背負っている。
バージルが忘れるはずもない人物――
ネロが、そこにいた。
バージル「……ネロ……?」
ネロは一瞬、目を見開いた。
しかし、すぐに深く大きなため息を吐き、まっすぐにバージルを見つめ直すと──
一拍。
ネロは一歩後ろへ下がる。
次の瞬間――
ネロは勢いよく床を蹴り、バージルへ向かってドロップキックを放った。
ドゴォッ!!
鈍い音が、パーティー会場に響き渡った。
パーティー会場にいた生徒たちの視線が、一斉にバージルへと向く。
生徒たちの瞳に映ったのは――
何者かに吹き飛ばされたバージルの姿だった。
ある生徒は困惑し、ある生徒は即座に臨戦態勢へ入り、またある生徒は事態を見守った。
ネロ「はぁ、探したぞ。クソ親父」