バージル「ぐっ……」
上空から地上へと落下した先には、あまり人のいない廃墟が広がっていた。 地面には髪の毛ほどに細い亀裂が無数に走り、それは半径数メートルに及んでいた。
骨が砕けるまでには至らなかったが、回復には時間がかかるだろう。
引きちぎられた腕を元の位置に合わせようと、強く押さえるが、バージルに異常事態が起きる。
吐き気、頭痛、めまい。
これまで経験したことのない症状が、バージルを襲った。
おそらく、この世界がバージルに何かしらの影響を与えている。だが、今の彼には閻魔刀がなく、この世界から出ていくこともできない。
ただ彼の脳裏に浮かんだのはこのまま衰弱死という予想だった。
近くから足音が聞こえる。
しかし、彼の瞼は次第に重くなっていく。最後に見えたのは、彼に近づいてくる淡い水色の髪の少女だった。
・・・・・
ふと、彼は意識を取り戻した。目を開けると、見慣れぬ天井があった。どうやら部屋の中らしい。どこか生活感のある部屋だった。
バージルは自身の状況確認を行う。傷口には包帯が巻かれて、応急処置程度の施しがされていた。
部屋にはややほこりが籠っており、掃除はたまにしかされていないのだろう。
先ほどまでの吐き気、頭痛、めまいといった症状は弱まっており、やや倦怠感や頭痛がする程度までに落ち着いていた。
そのとき扉が開くと少女が入って来た。
???「あ、目覚められたようですね」
臨戦態勢を取る癖で閻魔刀に手を掛けるも閻魔刀を損失したことを改めて把握した。
それでもバージルは目を細め、目の前の少女を見据える。
???「まぁ、待ってください。警戒するのは分かりますが、貴方の命の恩人みたいなものですよ。少しは警戒心を解いてほしいです」
バージルを前にしても少しも動じないその少女、殺気やら胡散臭さを感じず若干敵意を解く。
バージル「……ここに運んだのは貴様か」
???「その通りです。運んだだけではありませんよ。相当な大けがをしてましたので拙いながらも応急措置をしました」
改めて包帯で巻かれた自身の体を見た。そして立ち上がる。
常人ならばまだ動ける状態ではないが、バージルはある程度動けるようになっていた。
???「ふふ、治りが早いのですね」
それを平然とした表情で見ている少女。それを見てバージルの不信感が増すが敵意は無い以上、放っておくことにし、損失した閻魔刀の早期回収をしようと向かうが──
体がふらつき、壁に腕をつき支える。バージルに倦怠感が増した。
バージル「くそっ、またこれか」
それを見た少女はバージルの症状は分からぬが安静にするように諭す。
???「まだ、お体がよろしくなさそうですし、お休みになっても」
バージル「貴様には関係ないはずだ。その案を聞き入れる必要はない」
???「……正直の所、このまま外に出すわけにはいきませんね。キヴォトス外から来た人を匿っている訳ですし」
バージル「……キヴォトス?」
???「はい。いくつもの学園都市が聳え立つ。様々な学園が、独自の政治をもつ世界」
「そして私はその学園都市の行政を担う機関。連邦生徒会の代表の連邦生徒会長なのです。すごい人なんですよ」
どこか自信ありげに言う少女に対してバージルは興味なさげに眉、瞼、口角に一ミリも動きが見られなかった。
連邦生徒会長「うーん、もう少し、迫力ある自己紹介が良かったでしょうか」
バージル「……」
連邦生徒会長「まぁ、それは置いときまして、このまま、貴方を外出させてキヴォトス民に知れ渡ってしまえば、大事になって、責任やら対処が全て私持ちになって大変なんですよね」
「できれば、公衆の面前でも人目を気にせず歩けるようになるまでこちらで手続きしますので、大人しくしてほしい所です」
バージル「随分と都合の良いことを言うのだな」
「俺の事を知りもせず、世のため人のためのように動いてからに」
連邦生徒会長「困っている人を見過ごせなかったからですよ。その上、まだ安静が必要そうですし」
バージル「差し出がましいな」
連邦生徒会長「誉め言葉として貰っておきます」
バージル「まぁいい、明日までにはここを出ていくつもりだ」
連邦生徒会長「……というと?」
バージル「そのままの意味だ。とある物を使えば一秒にも満たない時間で出て行ける」
連邦生徒会長「そちらの物というのは? 私があなたを見つけた際、そのような物はありませんでしたが」
バージル「……今は知らんが、今日中に探し出せばいいことだ」
連邦生徒会長「どこへ落としたとかは分かりませんか?」
バージル「……さぁな、上空に放り出された際、その物は彼方へと飛んで行った」
連邦生徒会長「……先に言いますとここキヴォトスは結構広大ですよ。その広大な都市からあなたの所有物を探し出すなど、砂漠で宝石を探し出すぐらい難しい事ですよ」
バージル「……」
連邦生徒会長「……こちらの方も調査しておきますので安心してください」
バージル「初対面の貴様にどう安心しろと、まぁいい」
そうして連邦生徒会長とかいう少女は部屋を後にしていった。
今の時間帯は夕暮れで太陽が地へと沈みかけている。
連邦生徒会長から外出を禁じられていたが、そんなお願いをバージルが聞くわけもない。太陽が沈み、辺りが暗くなった夜、彼は勝手に外へと出た。
面倒ごとにならないように暗い裏路地を通り、バージル自身がキヴォトスの地へ初めて堕ちた場所の廃墟へと来ていた。しかしその場所には人が数名おり、バリケードテープが幾度も柱やフェンスに結ばれている。
そこにいたのは、今日会った連邦生徒会長と同じく、少女たちだった。盾と重火器を所持、盾には『K.S.P.D V A L K Y R I E』と書かれており、何かしら会話をしている。
その会話に耳を澄まして聞く。
V A L K Y R I EモブA「なんでこんな所で被害調査しないといけないんだ?」
V A L K Y R I EモブB「よくわからないけど、ここらへんで落下物が観測されたとか噂らしいよ」
V A L K Y R I EモブC「落下物ってどんな?」
V A L K Y R I EモブB「それが分からないから調査してるんじゃない?」
V A L K Y R I EモブA「連邦生徒会はこの事について何か言ってた?」
V A L K Y R I EモブB「さぁ? 局長に詳しく聞かされてないからわかんないや、証拠品があったら回収しろとか言われたけど」
V A L K Y R I EモブC「はぁ~、早く帰ってお布団に入りたい~」
V A L K Y R I EモブA・B「「分かる~」」
少女達の会話を聞いても特段、何か得られる情報はなく。大事になる前に踵を返そうとするが、このキヴォトスの影響で立ち眩みがおき足音を鳴らしてしまう。
周りの少女達にはバレてはいなかったが──
バージルの背後から鋭い声が飛んだ。
???「誰だ!」
その声が聞こえ、少女がバージルに気づきライトで彼を照らそうとするが、照らされる前にバージルは即座にその場を後にする。ちらりと声をかけた人物を見るとその少女は犬耳の、鋭い目つきをした少女だったが、目視される前にその場から離れた。
日が昇る前に身を晒すことなく帰ってくる。その翌日の朝。
連邦生徒会長が頬を膨らませ、やや不機嫌な様子でバージルの前へと現れた。
どうやらバージルが勝手に外出したことに腹を立てている様子だった。
連邦生徒会長「言いましたよね。こちらの方で調査するので大人しくしてくださいって」
バージル「それを聞いて信用しろと? 無理がある話だな」
連邦生徒会長「私、そんな信用ないように見えます?」
バージル「外見ではなく、初対面の相手の言葉を真っ先に信じるやつなど馬鹿かそれ以前の問題だ」
「まぁ、貴様の言い分も分からんこともないがな」
バージルは自身の体に起きている症状を誤魔化しながら会話を続けた。
今現在バージルが借りている部屋は空き部屋で、あまり手入れもされないまま放置されていた部屋だそうだ。
そのため都合がよく、バージルはそこを有効活用していた。
・・・・・
連邦生徒会長とバージルの奇妙なかかわりが続いた。連邦生徒会長がバージルの食事に関して聞いたりなど、キヴォトスの全生徒を代表する人物という重みを背負っている以上、僅かな気配りが出来る人だったが、食事については問題ないと答えた。
それでも彼女には、バージルが普段どうやって生きているのかという疑問が残っていた。
そうして少しずつ、連邦生徒会長はバージルの心理的な縄張りへと入り込み、彼を知ろうとしていった。
連邦生徒会長のバージルイメージはよく言えば自主性があり、目的に向かって努力を惜しまない。悪く言えば自分勝手な行動が過ぎる男。
それから一週間ほどの早朝にて、またしても彼女はバージルの前に現れた。
連邦生徒会長「体調の方はどうでしょうか?」
バージル「……問題はないな」
「……それで今度は何用だ? 食事情に関して問題ないが」
連邦生徒会長「……前から思っていましたがだいぶ変わった体質ですね。今回は、余りに過激な業務だったので少し愚痴を零しにと」
という連邦生徒会長だがあたかも、過酷な激務を終えた人がするような雰囲気はなく。笑みは崩れていなかった。
バージル「はぁ、貴様が好きでやってることだろ?」
連邦生徒会長「そうなんですけど! 大変な物は大変なんですよ! 日々の書類の束を見るたびにめまいがして」
バージル「分からんな。やらなければいいだろ?」
連邦生徒会長「……いえ、連邦生徒会長として私の役目や期待には応えないといけないのです……が」
バージル「……なんだ?」
連邦生徒会長はやや俯き、表情は髪で隠れる。
連邦生徒会長「私のやりたいことが分からなくなってきまして。どうして私は日々この激務に負わされているのか。その答えが出なくなってきまして」
バージルは黙って淡々と聞く。
連邦生徒会長「このキヴォトスにいる全員からの過度な期待が私の枷をより強くくくりつけて」
「度々思うのです。すべてを投げ出したい、辞めたいと──」
バージル「……」
連邦生徒会長「……なんて殆ど冗談ですよ。そんな辛気臭そうな顔で見ないでくださいよ」
先ほどの暗い表情とは一転、連邦生徒会長は余裕の笑みに戻るが、そんな彼女に第三者であるバージルは何か言葉を掛ける事はしなかった。
連邦生徒会長「それより、嬉しいお知らせを持ってきました」
バージル「というと?」
全てが前座話だったかのように唐突に連邦生徒会長は話題を変えた。
連邦生徒会長「私個人で、バージルさんが人の目を気にせず歩けるよう、こちらで準備を整え終えました」
「これでこの狭苦しい部屋からも出ることができますよ」
バージル「やっとか、でだ。その準備というのは?」
連邦生徒会長「その前に少し場所を変えてみませんか? 例えばですが……空いている電車内などは?」
バージル「……場所など。どうでもいい、好きにしろ」
連邦生徒会長「では少し歩きましょうか。人目につかないように」
・・・・・
早朝故か、まだ日が昇っておらず、その上人気も殆どなく。
駅にて到着した電車にバージルと連邦生徒会長は乗り込んだ。
座席はスカスカかつ誰も乗っておらず、貸し切りかのように空いていた。
連邦生徒会長が座席に座ると、バージルはその対面へ座る。すると彼女は真剣な面持ちでバージルを見て口を開く。
連邦生徒会長「ではバージルさん、先程の話に戻りますが……先生をしてみませんか?」
バージル「……先生?」
連邦生徒会長「はい、これから少し先に建設される予定の連邦捜査部 通称『シャーレ』の担当顧問になってもらおうと考えています」
バージル「それは一体なんだ?」
連邦生徒会長「まぁ、簡潔に言いますと法や罰則に縛られることがない超法的機関と言ったところでしょうか」
バージル「……明確な目的が見えてこないのだが、俺をその組織に入れて何をしようとしている?」
利益しかなさそうな提案にバージルは不信感を抱き、突き止めようとする。すると連邦生徒会長の表情が崩れる。
連邦生徒会長「……私のミスでした」
バージル「……?」
連邦生徒会長「私の選択。そして、それによって招いてしまった、このすべての状況……」
「……図々しいお願いだとは分かっています」
「頼ることになって申し訳ありませんが、これから先、私の手に負えない厄災が、キヴォトスに迫っています」
「その厄災に太刀打ちできる存在。『先生』をキヴォトス外から招き入れようと考えていました。その時、バージルさん、あなたがちょうどキヴォトスへと来ました。これほど都合の良いことはありません」
バージル「つまりは、俺の目的と同時にこのキヴォトスの未来のために力を貸せと?」
連邦生徒会長「大まかに言いますと、そうなりますね」
バージル「面倒な」
自分にほとんど関係ない事に巻き込まれ不服な表情を浮かべると、連邦生徒会長は不敵な笑みを浮かべる。
連邦生徒会長「ふふ、そんな事を言ってもいいのでしょうか? 今貴方が取るべき行動は、連邦捜査部の顧問になるか、ならないかです」
「さらに厄災により、必ず生徒方が関わることになります。それらを解決していけば自ずとバージルさん……あなたが求めるものへと辿り着けると思いますよ」
バージル「先ほどから憶測で物を言っているようだが、断言できん話に易々と──」
連邦生徒会長「それはあくまであなた次第です。貴方がこれからしていくであろう選択、判断、行動によって運命は変わります」
バージル「……あたかも未来を知っているような言い回しだな」
連邦生徒会長「えぇ、曖昧ですが見えます、いえ、分かります。の方が正しいでしょう」
バージル「なに?」
連邦生徒会長「このキヴォトスにいる生徒方にはそれぞれ特殊な何かを持っています」
「例えばですが、未来を予知する力、見た記憶を二度と忘れることがない力、など」
「個性豊かな生徒が多くいます」
バージル「貴様もその一人というわけか」
連邦生徒会長「黙秘権を行使させてもらいますね」
連邦生徒会長の提案は悪いものではなかった。だがバージルにとってこの少女は出会ったばかりでまだ謎が多く、その心理も読み取れない。
とはいえ、現状バージルの行動に制限はある。だったら素直に提案を呑むべきかなどバージルは深く考え込む。
バージル「言いたいことはあるが……まぁいい、良いだろう条件を呑もう」
連邦生徒会長「なら良かったです。では先生になってくれた印、私から二つ程プレゼントを」
すると連邦生徒会長は懐からカードを取り出した。
バージル「なんだそれは?」
連邦生徒会長「これはですね。端的に言いますと」
「『不可能を
「これを使い貴方が今このキヴォトスに適応できず、出ている症状をなんとかできるかもと予想しています」
バージル「そんな便利な代物があるのだな」
連邦生徒会長「そんなことはありません。すべての物事から利益を得られる、ということはありません。必ず代償がついてきます」
「ですが、貴方がキヴォトスの未来を支えてくれるのであればこちらを使い、キヴォトスでも不自由することなく活動できるようにできます」
連邦生徒会長がそう言うと、大人のカードが光りだした。
するとバージルの熱や倦怠感は消え、人間界、魔界にいた時と変わらない感覚へと戻っていった。
バージル「……」
連邦生徒会長「先ほどより顔色が良くなりましたね」
連邦生徒会長がそう言うといきなり吐血をした。バージルの表情に僅かに驚きが見られる。
連邦生徒会長「すみません、代償が来てしまいました。ですがあまり気にしないでください、そこまでたいしたことではないので」
バージル「……そうか」
言いたいことは山ほどありそうだが、バージルは何も疑問をぶつけることなく見据える。
連邦生徒会長「では、こちらの大人のカードをお渡しします」
バージル「先ほどの代償を見て、それを受け取れと?」
連邦生徒会長「全ては使い道次第です。使う時期が来るか分かりませんが、貴方なら有効に使ってくれるでしょう」
バージル「まぁ、貰っておこう、だが不本意だ」
連邦生徒会長「おや、まだ何か欲します? 贅沢さんですか?」
バージル「その逆だ、お前から貰い物が多い、それが不服と言っている」
連邦生徒会長「別に気にしなくていいですよ、せめてこのキヴォトスにいる生徒方を大切にしてもらえれば私はそれで……」
バージルが黙って連邦生徒会長を見据えると連邦生徒会長は表情を暗くする。
連邦生徒会長「もし、私の願いが叶うのなら新しい人生を送りたいですね。連邦生徒会長でも、生徒でもない、社会の闇、政治的競争、それらを知らない純粋だったあの頃に……」
「……いえ、なんでもありません」
急に落ち着いたり、暗くなったり、笑顔になったりと喜怒哀楽が激しい少女だなとバージルが脳裏で考えていると──
連邦生徒会長「そういえば、言い忘れていたことが一つありまして」
バージル「なんだ?」
連邦生徒会長「私とバージル先生、貴方との会話は都合よく記憶から消えることとなります」
バージル「…………は?」
あまりに唐突で重要な情報に、バージルの口から素の声が漏れる。
連邦生徒会長「言い忘れていました」
ややドジっ子アピールを演出する連邦生徒会長。
バージル「おい、そういう重要なことは先に言え、そのうえで取り消せ」
連邦生徒会長「すみませんが不可能です。そういう誓約なので」
バージル「結んでもいないというのに……もういい」
連邦生徒会長にやや呆れ気味になりながら、バージルは彼女に最後の質問をした。
バージル「そういえば、貴様の名前を聞いていなかったな」
連邦生徒会長「たしかに言っていませんでしたね」
「では改めて私の名前は──」
・・・・・
???「──……」
「……先生」
「……バージル先生、起きてください!」
バージル「……」
少女の声を聞いてバージルは目を覚ます。
アロナ「あっ!やっと起きてくれました、寝坊は駄目ですよ!」
プラナ「解、アロナ先輩も言えた立場ではないですよ」
アロナ「うぐっ、それはそうですが──」
プラナ「それにバージル先生もお疲れなのでしょう、もう少し休めてあげても」
バージル「……気にするな、珍しく、アロナは俺が言ったことを真っ当にやってくれただけのこと」
アロナ「珍しくってなんですか!?」
バージル「俺より寝ている時間が多く、起きている時間が短いだろ」
アロナ「ムカー!流石に言っていいことと悪いことがありますよ!」
アロナの声を半ば聞き流しながら、先程の夢が何か重要なものだったのではないかと、片隅で思い出そうとしながら窓の外を眺めていた。
どこか夢の中で、アロナと似た人物に会ったような気がする。そんな曖昧な感覚を抱えながら、バージルは窓の外を眺めていた。
プロローグの出来事と少し矛盾が生じていますが、その点は大目に見ていただけると幸いです。
次話はプレナパテス(別時間軸のダンテ)の話となります。