『神造』の英雄   作:蘭陵

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11.影、動き出す日

「説明してもらおうか、フェルズ」

 ダンジョン10階層。霧の立ち込めるこの階層は、正規ルートから外れれば非常に密談に適した階層になる。ノアはそこで、黒いローブを着た、謎の人物と対していた。

「………機嫌が悪いのではないか、ノア?」

 別に、と素っ気なく返されたが、明らかにイラついている。これは不味いと感じ取ったフェルズは、余計なことは言わず本題に入ることにした。

「34階層で、暴れて来て欲しい」

 

 

「ウラノス、例の依頼だが、30階層にはリド達とハシャーナを、34階層にはノアを派遣した。……ずいぶん変わったよ、彼は」

「そう報告したくなるほどか」

 黒いローブの人物、ノアに『愚者(フェルズ)』と呼ばれた存在は、闇が広がる大広間で大男に報告を上げていた。

 大神『ウラノス』。およそ千年前、この世界に初めて『神の恩恵(ファルナ)』をもたらし、オラリオの原型となる要塞都市を創り上げた、『オラリオの創設神』。

 そして『愚者(フェルズ)』は、その意を受けて極秘裏に動く影の腹心と言える。

 

「2ヶ月前に『フォルトゥナに改宗した』と言ってきたときは面食らったが、私達との繋がりは切るつもりはなさそうだ。依頼は受けてくれたよ」

 【ウラノス・ファミリア】は存在しない。『ギルド』はウラノスを主神と崇めてはいるものの、武力を持たせず、中立の存在として都市の管理を行わせている。権威はどの神にも勝るが、実力はない。それがウラノスという神だ。

 しかしそれは『表向き』。『裏』ではフェルズとその協力者を使い、色々暗躍している。ノアもその一人…というより、ウラノスが隠し持つ最強の『切り札(ジョーカー)』だ。

 

「手放すには、あまりに危険すぎた。……選ばれたのがフォルトゥナであったのが、せめてもの幸いだ。あの神であれば、安心できる」

 ノアの存在は、オラリオを崩壊させかねない。下手な神の眷族にすることもできず、手元に置くしかなかった。【カイルス・ファミリア】は、そのために作られた偽装ファミリアだ。

「……それにしてもフォルトゥナとはね。何が彼の琴線に触れたのだろう」

 ウラノスの独白に、フェルズも独り言のように呟く。ウラノスが眷族にしてから7年、他のどの神にも無関心であったノアだ。ウラノスもフェルズも、安心というか油断していた感があった。

 

「報酬の一つが『フォルトゥナと怪物祭(モンスターフィリア)に行く予定を反故にするのだから、その埋め合わせを考えろ』だよ。……あと試しで食事中に使い魔を送ったら、ものすごい怒ってた」

「己の力の意義を見つけたということだ。私の所には、ただ一度の更新にしか来なかった、あの者が」

 ウラノスがノアの『ステイタス』を更新をしたのは、わずか2回。『改宗』の時と、数年前に仕事の報酬で『半脱退』状態にした時のみ。繋ぎ止めてはいたものの、それはどこまでも『契約』でしかなかった。

 フォルトゥナとリース・クランフォード。今後のノアについては、この二人が鍵になるようだ。そしてもう一人―。

「それに、この短剣を【ヘスティア・ファミリア】のベル・クラネルの手に自然な形で渡るようにしてくれ、と、妙なことを言われたよ」

 

 

 翌日、『怪物祭(モンスターフィリア)』当日。ベル・クラネルはいつもの様に、本拠(ホーム)である廃教会の地下室で目を覚ました。

「………」

 虚空を掴むように、腕を伸ばす。指を閉じ、開き、これが夢でないと確認したところで、自分の荷物を見た。昨日ノアから貰った訓練用の木刀は、ちゃんとある。昨日までのことも、夢ではない。

(ここ数日、ものすごい密度だったなぁ…)

 改めて思い返すとそうなる。あのミノタウロスと会ったことで、自分の『運命』はとんでもない方向へ転がってしまったのではないか。そう思いたくなるほど、これまでとは一変した。

 

「……神様、まだ帰ってきてない」

 『神の宴』に出掛ける際に「数日留守にするかも」と言っていたので、事件に巻き込まれたとかではないだろう。が、やはり心配にはなる。

 ソファー(ベッドはヘスティアの寝床なので)から身を起こす。何か言ってくる人は誰もいない。今日は切羽詰まった予定もない。とは言っても、このままだらだらと惰眠をむさぼるわけにもいかない。何よりベルの性格から、そういうことができない。

「僕もこの数日で少しはしっかりしたと思うし、神様が戻ってきたときに、『いやー見違えたよ』なんて言って貰えるかも。……なーんて、調子乗り過ぎかな?」

 これもすべてアイズさんとノアさんのおかげ、と思ったところで、「そうだ」と思いつく。

「フォルトゥナ様に、神様のことを何か知らないか、聞いてみよう」

 思いつき、戸締りをして部屋を出る。あのパン屋で朝食を買えばちょうどいい。訓練のおかげで到達階層を延ばすことができ、ファミリアと自身の懐にも多少の余裕が出来るようになった。

 

「兎のお兄ちゃん!」

 開店したばかりのパン屋に入ると、フォルトゥナがぱっと笑顔になり呼びかけてくる。相変わらず兎呼ばわりなのは諦めるしかないのだろうか。

「……あれ、ノアさんは?」

 ノアの姿はない。そう聞くとフォルトゥナが今度は「むー」と拗ねたように表情を変える。

「お兄ちゃん、仕事で昨日から出かけてるの」

 一緒に『怪物祭(モンスターフィリア)』に出かけるつもりだったのに、と、今度は頬を膨らませる。神様(ヘスティア)よりさらに幼い仕草に、ベルは空笑いをするしかない。

(『しばらく留守にする』って言っていたから、中層あたりに向かったのかな)

 並みのパーティなら、18階層までの片道が半日掛かりの道程だ。それがまさか、いくらノアが強いと言っても、34階層まで単独(ソロ)で向かったなどとは、ベルは夢にも思ってない。

 

「だから、兎のお兄ちゃん、『怪物祭(モンスターフィリア)』に連れて行って」

「はいっ?」

 何が、「だから」なのだろうか。子供の、論理など何も通ってない我儘に一瞬あっけに取られたベルであったが、自分を見つめてくる金の瞳に、断るのも悪いと思い直した。

(ノアさんにはお世話になっているし、まあいいかな)

 ベルだって、『怪物祭(モンスターフィリア)』に行きたくなかったわけではない。ノアへのお礼にもなると思えば、今日一日くらい費やしてもいい。

「おじいちゃん、おばあちゃん、私、兎のお兄ちゃんと『怪物祭(モンスターフィリア)』に行ってくるね」

 フォルトゥナがそう言うと、パン屋の主である老夫婦は「行ってらっしゃい」と快く送り出してくれた。【ヘスティア・ファミリア】とはまた違う家庭的な雰囲気に、ベルも何となく「いいな」と思う。

 その後しばらくしてやってきた神ロキが一部始終を聞き、「しもうたー!!!出遅れたー!!!」と大騒ぎしたのは別の話である。

 

 目指す闘技場は東のメインストリートの外れにある。【フォルトゥナ・ファミリア】の本拠(ホーム)から向かうとすれば、必然的に西のメインストリートに出て中央広場を抜け、東を目指すことになる。

 普段なら街の中央に向かう道は、ダンジョンに向かう冒険者が多数を占める道である。だが今日ばかりは、明らかに冒険者ではない、普通の人が多い。

「フォルトゥナ様、はぐれたら危ないですから、手を繋ぎませんか」

 ベルがそう言うと、フォルトゥナは「うん!」と頷き、小さな手をベルの手に合わせてくる。神の一部には、『神威』を発しない神もいるという。フォルトゥナもその一柱なのか、『超越存在(デウスデア)』らしさは全くない。

 

「そう言えば、僕の神様…、ヘスティア様のこと、何か知りませんか?この前の『神の宴』から、ずっと帰ってこなくて」

「ヘスティア?ヘスティアなら、ヘファイストスに何か用があるようだったよ?」

 ヘスティアとヘファイストスは同郷の仲だ。久しぶりなら積もる話もあるだろうし、そのまま友人宅に泊まることもあるだろう。一言くらい言付してくれればいいのに、とは思うが、そういう事なら安心できる。

 ちなみにヘスティアは降臨後三か月ほどヘファイストスの元に居候し、グータラの限りを尽くしたため追い出されている。その話はベルも聞いていたものの、相手がヘファイストスであることまでは聞いてない。

 

「あっ、ベルさーーん!!!」

 そう思って歩いていると、いきなり呼び止められた。ちょうど『豊穣の女主人』の店先で、呼び止めたのは店員のシル・フローヴァという少女である。ただ、今日は私服姿だ。

「あれ?シルさん?」

「わあー、いいところに。実は、これから『怪物祭』に行くつもりなんです。ベルさんも同じようですし、一緒に行きませんか?」

 ベルも今日は武装していないし(護身用にいつものナイフだけは持ってきたが)、何よりフォルトゥナが隣にいる。当てることは簡単だろう。

「ええ、いいですよ」

 ベルもあっさり応じる。断る理由はどこにもない。

 

「おーい、待つニャー。シルー、財布忘れてるニャー」

 店の中から呼びかけてきたのは、猫耳と尻尾を持つ猫人(キャットピープル)の店員だった。入口から顔をのぞかせただけで、ほいっと財布を投げ渡す。

 いわゆる『がま口』と言われる型の財布は10Mほどある距離を越え、きれいな放物線を描いてシルの手元に飛び込んだ。

「あ、ごめーん。ありがとー、アーニャ」

「サボるんだからお土産買って来いニャー!ミャーたち一同の総意ニャー!」

 あはは、と苦笑いして、シルは「さ、行きましょう」と先を促す。

 

「……えっと、お店の方は大丈夫なんですか」

「ミアお母さんの許可はちゃんと取りました。さっきのはアーニャの冗談ですから」

 『サボった』という言葉に不安を感じたベルが確認すると、どうやら心配はないらしい。ただ、「お土産買ってこい」というのは本音だろう。シルも「何かお菓子でも買って帰ろっと」と、軽く受けていた。

 

「それでベルさん、こちらの子は…。まさか、ベルさんの隠し子とか…」

「違いますよ!!!」

 慌てて否定する。しかし、冗談だったのか、シルは「ふふっ」とほほ笑んだだけだ。

「えっと…、シルでいいの?」

「はい、シル・フローヴァです。シルって呼んでね、フォルトゥナ様」

 どうやらシルは、先日の騒ぎでフォルトゥナのことを見知っていたらしい。神様という事も知っていたようである。からかわれて遊ばれただけ、と分かり、ベルは苦笑いしかできない。

 

「シルは、兎のお兄ちゃんの事、好きなの?」

「ちょ!!!フォルトゥナ様、ストレートすぎますって!!!」

 子供の直球すぎる質問に、再びベルが慌てる。しかし、慌てたのは男の方だけである。女の方は余裕たっぷりに「さあ、どうでしょう」とはぐらかした。

「???」

 フォルトゥナは少しだけ首をかしげたが、すぐにシルに懐いたようだ。

 

「…それにしても、どうしてシルさんは呼び捨てで、僕は『兎のお兄ちゃん』なんですか?」

「シルは『シル』で、兎のお兄ちゃんは『兎のお兄ちゃん』なの」

「いやなんですかそれ!?」

 理由になってないことをあっさり返され、ツッコミながらも「あ、これは駄目だ」とベルは悟る。まあ何か害があるわけでもなく、子供の変な癖と考えて聞き流せばいいだけのことなのだが。

 ―彼がその意味を知るのは、ずっと後のことになる。

 




【カイルス・ファミリア】の真相はウラノスが作ったペーパーカンパニーでした。

なお、原作主人公(ベル)この作品の主人公(ノア)は、間に二人ほど挟んで縁があります。(名前だけは知っていたから4話でベルが名乗った際に「……ベル・クラネル」と呟いている)
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