『神造』の英雄   作:蘭陵

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12.小さな英雄の誕生

「むっ、ベル・クラネル、…と、確か酒場の店員さんと、…神フォルトゥナ?」

「あ、レフィーヤさん…」

 ベルたちが東のメインストリートを歩いていると、レフィーヤとばったり会った。そのレフィーヤは、フォルトゥナの姿を見て怪訝そうに聞く。

「……ロキとアイズさんがフォルトゥナ様の本拠(ホーム)に向かったはずなのですが、知りませんか?」

 神ロキはフォルトゥナを連れ出して『怪物祭(モンスターフィリア)』に行くつもりで、アイズを連れて出ていった。そのフォルトゥナが、何故こんな組み合わせで歩いているのか。

 

「…ロキ?来てないよ」

 フォルトゥナがあっさり答え、入れ違いになったのか、とレフィーヤが状況を理解する。「ではアイズさんはどこに…」と悩むレフィーヤに…。

「おひさまのお姉ちゃん!!!」

「はい!?」

 どうやら、彼女の呼び方が決まってしまったようである。

 

「……あの、……その、諦めた方がいいと思います。……僕も『兎のお兄ちゃん』ですし」

 意味が解らず食って掛かるレフィーヤに、ベルが気の毒そうに告げる。レフィーヤの連れのアマゾネスの一人から「あはは、確かに兎っぽ~い」と言われたが、もう苦笑いするしかない。

「おーい、そこー、往来の真ん中で立ち止まるなー。今日は流れに沿って歩けー」

 と、そこにやる気のなさそうな声で注意をしてきたのは、【ガネーシャ・ファミリア】の団員である。道路の警備を担当しているのだろうが―。

 

「……相変わらずですね、ナッセン」

「ん、レフィーヤか?……ああ、いい迷惑だよ。僕は研究をしていたいというのに、人手が必要だからって駆り出された」

 やっぱり、という表情でため息を吐いたレフィーヤである。とにかく必要最小限の仕事だけして、さっさと研究に戻りたい。そう考えているのがありありと見える。

(……ナッセンと言いバーダインと言い、学生のころから全く変わってない)

 『学区』を共に過ごした仲間が相変わらずという安堵と、相変わらずの問題児であるという嘆息が一緒になった。

 

「……どうして私の周りには、こう変なのが多いのだろう」

「同胞の魔法を何でも使い、【千の妖精(サウザンド・エルフ)】なんて大層な二つ名を得た君には言われたくない。君は自分の異常性を自覚すべきだ」

 つい口に出たレフィーヤの嘆きに、ナッセンも言い返す。ナッセンだって【万象の編者(トリカール・リキター)】なんて二つ名を頂いたくせに、それに性格の話であって能力の話ではない、と言い返したいところだが、ナッセンに口喧嘩で勝てたためしが無いので、心の中で留めておく。

 

 ナッセン・フレーミ。Lv.3の【ガネーシャ・ファミリア】所属冒険者で、小人族(パルゥム)でありながら上級冒険者として名を聞く数少ない一人である。

 3年前、レフィーヤがロキ・ファミリアに入団したのと同時期に、彼はガネーシャ・ファミリアに入団している。本人によれば、最も効率よく研究できそうな選択をしたため、らしい。

「ガネーシャ様はあれでも学問も司る神様だぞ」

 神ガネーシャと学問のイメージが全くなく、何でガネーシャ・ファミリアを選んだのか聞いたレフィーヤに、ナッセンはそう言った。しかし、「あれでも」と言ったところに、彼も似た思いを抱いていたようである。

 今では、【ガネーシャ・ファミリア】で持ち前の知識と研究心を発揮し、「ファミリアの生き字引」とまで言われる存在になっているとか。

 

 もう一人のバーダインの方も、Lv.3ではあるものの、所属はなんと【デメテル・ファミリア】である。卒業時はLv.2で、当然多くのファミリアからスカウトの声がかかったのにそれを蹴り、生産系のファミリアに所属しながら「もっと畑を耕せるようになればデメテル様が喜ぶ!」とランクアップまでしてしまった変人だ。

(………)

 レフィーヤはその理由をよく知っている。ナッセンの時とは違い「それは、あのバーダインなら…」とは思い納得はしたものの、呆れるしかなかった。

 

「まあ何でもいいから、騒ぎだけは起こさないでくれよ」

 面倒は勘弁してくれ、とナッセンは注意して去って行った。その背を見送りつつ、レフィーヤは小さくため息を吐く。

(悪い人では無いんだけどなー)

 そう思っても、あの独特の距離感やマイペースぶりに、どうしてもついていけないと感じてしまう。口喧嘩では絶対に勝てないのもまた腹立たしい。

 

 と、隣からぴょこっと顔を覗かせてきた小さな神が、不意に言う。

「おひさまのお姉ちゃんにとって、ナッセンのお兄ちゃんは、とても大事な人なの?」

「え、えーと、単なる昔馴染みですから。……まあ友人と言える存在ではありますけど。それより、おひさま、って。私はそんなに明るくもないですし……」

 自嘲気味に呟くレフィーヤに、フォルトゥナはいつもの様に頭の上に「?」を浮かべて首をかしげる。

「お姉ちゃんは、すごく綺麗な光だよ?心の中が。だから、おひさま」

「なっ……」

 思わず絶句した。からかっているわけではない。瞳は純粋で、ただ本当にそう思っていると告げていた。

 

「ふふっ、懐かれちゃったようですねー。……あ、そうだ。私、ちょっと寄り道したいところがあるので、フォルトゥナ様を預かっていただけないでしょうか?」

 不意に、シルがそんなことを言い出した。レフィーヤはちょっと迷っていたが、シルがさらに何か囁くと「行きましょう」と乗り気になった。

「あ、ベルさんは私に付き合ってください。すみませんが、荷物持ちをしていただけるとありがたいので」

「え、ええ…。僕はかまいませんけど…」

 フォルトゥナの面倒を見るという話だったが、レフィーヤに懐いたようだし、悪い人ではないと知っているし、まあ大丈夫だろう。

 

「……シルさん、レフィーヤさんに何て言ったんですか?」

「大したことじゃありませんよ。【剣姫】様を探しているなら、フォルトゥナ様と一緒にいればロキ様が匂いを辿ってやってくるんじゃないかなー、って」

 犬じゃないんですから、と思ったベルだが、納得したという事はレフィーヤもそう思ったということだろう。……なお、よくよく考えてみると、ベルも自信を持って否定することができない。

「えっと、それで、シルさんの『寄り道』って……」

「ああ、それはアーニャに言われたお土産と、酒場のみんなだけじゃなく、他にも届けたら喜んでくれそうな知り合いがいるので」

 そう言いながら適当な店で『怪物祭』限定と銘打たれたお菓子を大量に買い、大通りを外れてどんどん路地に入って行った。

 

「ちょ……、シルさん、そっちは……!」

 気付いたベルが慌てて止めようとする。『ダイダロス通り』。奇人とまで言われた設計者により、何度も区画整理が行われた結果、秩序が忘れられた広域住宅街だ。

 石造りの建物と階段、路地が縦横関係なく錯綜するこの街は、地上に存在するもう一つの迷宮と言っていい。当然ながらそんな住みにくい街に好んで住む物好きはそうそうなく、必然的に貧民層が住む貧民街(スラム)となっている。

「大丈夫ですよー。私、何度も来てますから」

 シルはどんどん『ダイダロス通り』に向かって進んでいく。都市の中でも治安の悪いと聞くこの街を、女性一人で歩くのは危険というより迂闊ではないか。とにかく一人にはできないと、ベルも急いで追いつく。

 その二人を、屋根の上から見下ろす、大きな影があった。

 

「…え?」

 何かの唸り声ではないか?ベルが反射的に足を止め、辺りを見回す。

「……何か、聞こえませんでしたか?」

「音……?うーん、風かネズミか、じゃないですか?」

 シルが笑ってごまかそうとするその瞬間――。

 ――ドォンッ!!!

 反射的に地面を転がった。何か巨大な物が、頭上から降ってきたのだ。何かは判らずとも、全身の毛が逆立つような感覚が、とてつもなく不味い事態が起きたということを告げていた。

 

「……あ」

 白い総体。腰を越えて流れる銀色の髪。知識としては、ベルも知っている。出現階層は11階層。巨大な猿型モンスター、シルバーバック。だが、それが何でここに?

「ベルさん!!!」

 シルの声に、ベルがはっと意識を取り戻す。とにかくシルを連れて逃げるべきだ。大通り、いや、その近くまで逃げれば、【ガネーシャ・ファミリア】なり【アストレア・ファミリア】の警備員が助けてくれる。先程の学者のように見えたナッセンだってLv.3の冒険者だ。シルバーバックの1匹くらい、何とでも―。

 

「シルさん、こっちへ!!!」

 とにかく来た道を引き返そうと、ベルはシルを引き起こそうとした。しかし、シルは「痛っ!!!」と顔をしかめる。先程の襲撃の際、足をひねったらしい。

『ガアァァ!!!』

 シルバーバックが突進してくる。考えている暇は無かった。シルを抱え上げ、すんでのところでその突進をかわす。シルバーバックはその先の建物に大穴を空けた。

 

「………」

 汗が、手の震えが止まらない。怖い。自分が倒せるとは、到底思えない相手。逃げる?足を引きずる女性を連れてどうやって?自分が引き付けるか?いや、失敗すれば奴はまずシルさんを襲う―。

『男なら女の尻を追いかけろ。男なら女子(おなご)のために突っ走れ。見栄を張れ。前を向け』

『惚れた女子達のためなら、英雄だろうが、何だろうがなれる。何でもできる』

 それは、遥か昔、ベルの祖父が口にした言葉。彼にとって、一番古い、一番思い焦がれた、いつかの淡い憧憬。

(畜生―。畜生―。畜生―!)

 何でこんな時に祖父の言葉が頭をよぎるんだよ。シルさんを見捨てて、逃げたくて逃げたくてたまらないっていう時に。

 

「シルさん、下がってて!!!」

 それでもベルは立ち上がる。戦って、誰かが気付いてくれるまで時間を稼ぐしかない。腹をくくれ。再び、祖父の残像が、頭をよぎる。

 迫るシルバーバックの咆哮に、ベルは全身を震わせながらも立ちはだかる。突っ込んできた。それをかわしながらの、一撃。短刀の刃は確かにシルバーバックの体を捕らえた。

 が、キィンッ、という金属の悲鳴が響き渡る。

 ベルの短刀はギルドの支給品。冒険者の装備としては最低ランクの代物。シルバーバックの厚い毛皮に阻まれ、傷一つつけられない。

 

 逆にベルは、攻撃を受ければ一撃で終わる。死ななくても致命打だ。だが、逃げられない。目の前の少女を、守らなければならない以上。

(よく見ろ、よく見ろ、よく見ろ―!)

 シルバーバックがいかに脅威だろうと、あのアイズさんとノアさんには遠く及ばない。たった数日の訓練であったが、滅茶苦茶手加減されていたにしても、あの人たちの攻撃を食らい続けたのだ。見切れる。

「くそっ……!」

 武器が弾かれ、ベルの手から短刀が飛ぶ。地面に転がったその刹那、彼の視界に、闇に埋もれていた“何か”が映った。

 ――短剣。誰かが、まるでここに「置いていった」かのように、土埃にまみれず横たわっている。導かれるように、ベルはそれを手に取った。

 

(これは……!?)

 明らかに無駄な装飾の多い、戦闘用とは思えない代物。だがベルでも分かる、相当の業物。とにかく迷っている暇はない。シルバーバックが、再び迫る。

『オオオオァァァ!!!!』

「あああああああああぁぁぁぁ!!!!」

 獣の振り下ろした拳が空を切り、その胸元に、ベルの跳躍とともに銀光が走った。肉を穿つ感触に続き、確かに硬質な何かを砕いた手ごたえ。

 ―そして、シルバーバックは膝を崩す。色素が抜け、灰となった全身が、風に舞って散っていく。

 

 ―小さな英雄が、生まれた瞬間だった。

 




『怪物祭』の相手がシルになった理由
①原作通りのシーンは書きたくないので変える必要があった
②ノアの短剣の件を入れたかったため
③原作も元々はシルの構想だったとか

とりあえず、この後【フレイヤ・ファミリア】には足を怪我する人が続出しました。
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