―地上では人々が『怪物祭』に浮かれ、ベルがシルバーバックと戦っていたのと同時刻。
「………」
ノアは34階層にたどり着き、探索を進めていた。ただし今回の依頼は漠然としたものだ。
『34階層で怪しい人影がたびたび目撃された。場所は特定できているから、そこに向かい調査してほしい』
実際に何をしているか、敵が何者かは不明。それも合わせての調査であり、ノアならばどんな相手だろう対処できるだろうという信頼の現れではある。が、内容としては非常に面倒な依頼だった。
そしてフェルズも、敵の目星は付けているのだろう。
(『
下層に分類される34階層に現れる、という時点で、ただの野盗や冒険者崩れの仕業ではない。
『邪神』を自称する神々を奉じ、オラリオの秩序の破壊を掲げた過激派組織。6年前に【ファミリア】としては壊滅し、主神らも粗方天界へ送還されたが、根まで絶やしたわけではない。その残党は地下深くに潜み、今もなお息を潜めて活動しているはずだ。
あの連中が、再び動き出した可能性は十分にあった。
「しかし、この位置…。先にあるのは、34階層の、
人が来ないという意味では都合のいい空間だが、モンスターの襲撃頻度も高い場所で、何をしようというのか。正直、目的はさっぱり分からない。
……まあ、行けば分かるだろう。
気配を隠す必要はない。むしろ敵を引きつけるように、わざと足音も立てて進んでいた。マントのフードを目深に被り、顔も覆面で隠してある。傍目には不審者以外の何者でもないだろう。
そのノアの首筋に、殺気が迫る。瞬間、影が立ち上がり、白刃を受け止めた。
「………!!!」
首を刈るつもりだった一撃を防がれた相手が飛び退る。濃紺のマントとボディスーツのような服装、そして赤髪の覗くフード。顔を覆面で隠しているが、目元と体格から女性であることは明らかだった。
跳び退る一瞬、視線が交錯する。言葉よりも早く、互いの表情に驚きが走った。
「……シュリ?」
「……ノア?」
名を呼び合った次の瞬間、沈黙が落ちる。交わされた言葉と視線が、わずかにその場の殺気を和らげる。――それをかき消すように、響き渡る濁声。
「ハッハァー!!!!」
「駄目、ビラク!」
ノアの頭上目掛けて、巨大なハンマーが振り下ろされる。生半可な冒険者であればミンチと化したであろうその一撃も、ノアの【
「シュリ、こんなところで、何をしている」
「答える義務は……、ない」
ノアはその相手を一瞥もせずに、シュリに対して問いかける。無視されたビラクと呼ばれた男は激昂し、怒声と共に再度ハンマーを叩きつけるが、【
ここで初めてノアの視線が、ビラクに向いた。
次の瞬間、空気が弾けた。短剣を携えたシュリが再び動き、ノアとの距離を瞬時に詰める。加速した剣閃が、連撃を浴びせる。だが、影はそれすらも全て受け止めた。
「私が時間を稼ぐ。撤退しろ、ビラク」
ノアはまだ剣を抜いてすらいない。それでも――いや、それゆえに、シュリは悟った。この男を、今ここで倒すのは不可能だ、と。
自分の『加速』を防ぎ切ったあの影、その後ろに立つ“昔の少年”は、間違いなく――、化け物になっていた。
「あの『神』は、あなたに何をした!!!」
【
「答える義務はない」
会話を断ち切られ、初めてシュリの顔が歪む。再び空気が弾けた。しかしシュリが選択したのは、撤退。超速でノアの視界から姿を消した。
「……Lv.6、いやLv.5で敏捷を強化する魔法かスキル持ちというところか。……強くなったものだ。……思い切りがいいのは、相変わらずだな」
ビラクと呼ばれた男の方は、すでに姿を消している。
「………」
呼吸を整え、体の具合を確かめる。連続使用したが、問題はない。
シュリの魔法【
反面、体への負担は大きい。使い過ぎれば骨折や筋繊維の断裂もあり得る。覚えたての頃、使い過ぎた翌日に全身筋肉痛で動けなくなり、皆の笑いものになったのはシュリの黒歴史だ。
34階層の、
「……ハァ、死ぬかと思った。あいつ、何なんだよ?」
不満とも恐怖ともつかない声で呻くビラク。ハンマーを肩に担ぎ、やたらと乱暴に地面に唾を吐く。
「冗談じゃねぇ……オレの一撃、防ぎやがった。しかも一回も剣抜いてねぇし」
隣で黙り込んでいるシュリを横目に見て、ビラクが大きく息を吐いた。視線が合った時、死を覚悟した。殺気とは少し違う。確定事項として殺される。そんな感じだった。
「……ノア・セファル。……【フォルトゥナ・ファミリア】の、Lv.2冒険者」
シュリが地上で得ていた情報を伝える。ただの冒険者のふりをして、彼女は時折地上に出ていた。
「Lv.2!?……嘘だろ?」
「わからない」
【フォルトゥナ・ファミリア】、あるいはギルドが所属する団員のLvを意図的に騙っているのか。それともあの『神』の仕業なのか。
シュリはノアの見立て通りLv.5、ビラクはLv.4だ。その二人掛かりが、魔法一つであしらわれた。
「……お前、あいつの知り合いか?」
「うるさい。……とにかく、ここはもう『使えない』」
今回組んではいるが、決して同僚以上の仲ではない。詮索されるのは不愉快だ。だから意図的に、仕事の話に戻す。その態度がビラクには意外だったようで、からかうように言う。
「……まさか、昔の男とか?」
次の瞬間、ビラクの首筋に、ひやりとした殺気が走った。
「……黙れ、殺すよ」
その声音は、平坦だった。怒鳴りもしない。感情を殺し切った、ただの宣告。
「っ……わ、悪かったって」
さすがのビラクも苦笑して両手を上げる。首を落とされかけたことを、肌で理解していた。シュリはやると言ったらやる。これは最後通告だ。
「…一度、『レヴィス』に連絡を取る。少なくとも、34階層からは一時撤退。『
「フェルズ、報告だ。34階層、
『……珍しいな。敵のLvは?』
「おそらくLv.5の『敏捷』特化型とLv.4の前衛型」
ノアは手に持った水晶に向かって語り掛ける。遠隔通信を行うフェルズの
取り押さえて尋問しようとしたところ、相手の『敏捷』が予想以上に高く逃げられた。フェルズにはそう報告したものの、半分は本当で、半分は嘘だ。
『
ノアの報告を受け、フェルズが結論を出す。通信を切ると、闇の中にたたずむ大神に視線を向ける。
「……聞いての通りだ、ウラノス」
ウラノスは表情を動かさない。15年前、ゼウスとヘラの二大派閥が壊滅してからの、『
ギルド長のロイマンは早々に安全宣言を出したかったようで、ウラノスとしてもオラリオの復興と発展のために許可はしたのだがー。
「壊滅したわけではなく、地下に潜ったとは思っていたが」
根まで狩り尽くした、などとは思っていない。第一級冒険者級の存在がいる、というのも、まあ想定内だ。しかし、「その第一級冒険者級の存在の情報が無い」というのは、事態としてかなり重い。
「人材が育っている、ということか。……やはり、繋がっている【ファミリア】が残っている」
表向き健全な【ファミリア】を装い、裏で『
「ともあれ、ノアの派遣は正しかった。あの者でなければ、その―、シュリとかいう者を退けることは不可能だっただろう」
「それは賛同する。ハシャーナであれば、逆にやられていただろう。……だが、捉えられていないぞ」
皮肉めいたフェルズの返しにも、ウラノスは頷いた。ノアにしては珍しい失態だ。彼の実力と魔法であれば、そのくらいは容易いはずだ。
「良い。名と力は知れた。今回は、それで充分としよう」
それでもフェルズ不満げであった。ノアが何かを隠している。そのシュリという女との間に、何かありそうな気がしている。そのフェルズに、ウラノスは告げる。
「あの者は、縛り付けておくことなどできない。使い方を誤れば、我らであろうと牙を剥く。ゆめゆめ忘れるな、フェルズ」
フェルズがそれを思い知るのは、この後すぐのことになる。
第二ヒロイン、シュリ登場。
主要オリキャラとしてはノア21歳、シュリ20歳、リース18歳の設定です。
なおこの話では
【アストレア・ファミリア】生存→5年前の【疾風】の暴走が起きない→『闇派閥』の根が残る→原作より大幅強化
という流れになります。