「うーん、『メーテリア』という名前に該当しそうな人は、ちょっと見つからなかったよ」
エイナにそう言われ、ベルが「そうですか」とがっくりと肩を落とす。謎の短剣の持ち主探しは、早速暗礁に乗り上げたらしい。
「これ、遺失物として、ギルドで預かってもらったりは…」
「出来ないことはないけど、こんな業物を『持ち主を探してます』なんて公開したら、騒ぎになっちゃうから…。絶対に自分の物だって偽る人が出てくるから…。あまりオススメはできない、かな……」
ギルドは公平公正な組織ではなく、また冒険者の遺失物など数が多すぎて、いちいち構っていられない。ダンジョンで物を落としたと泣きついても、「落とした方が悪い」で終わりだろう。
それならベルが持っていた方が、まだいいかもしれない。
「……そう言われても、どうしたものかなぁ」
本当にどうしようと考えながら、中央広場まで出てきた。既にパン屋の屋台は撤収し、
端のベンチに座って、問題の短剣を抜いてみる。新品同然の刀身は、ほとんど使われたことがないことを示している。大事に大事にされていたであろう品を、自分がこのまま持ち逃げするわけにはいかない。
もう一本の、ヘスティアがヘファイストスに頼んで作ってもらったというナイフも抜いてみる。こちらは正真正銘自分の物だ。僕にはこれがある、と思えば、惜しくはない。
「お兄さん、お兄さん、白い髪のお兄さん」
そんなベルに、話しかけてきた少女がいた。
小柄な体にクリーム色のフード付きローブを被った少女。背にはその体の何倍もありそうな巨大なバックパックを背負っている。
「初めまして、お兄さん。突然ですが、サポーターなんか探してたりしませんか?」
その少女が先日ノアにサポーターを依頼され、大変な目に遭った少女―リリルカ・アーデであることなど、ベルに知る由もない。
「……えっと、居て欲しいとは思ってるかな」
サポーターが欲しい、というのは、ベルもここ数日考えていたことだ。アイズとノアの訓練により、
一方、到達階層が増えるということは、往復により時間がかかるということだ。大荷物を持ったまま戦う訳には行かず、こまめに地上まで戻り、魔石やドロップアイテムを換金しなくてはならない。それゆえ、到達階層が増えても、稼ぎはあまり伸びないということが頭を悩ませていた。
「本当ですか?それでは、ぜひリリを雇っていただけませんか?」
「う、うん。それはいいんだけど……」
リリの大きな瞳は、ベルの持つ短剣とナイフに向かっていた。
(今日は、カモですね~)
相手はいかにも純朴そうな少年。装備品からもLv.1は間違いない。そのくせ、遠目から見ても高そうな短剣とナイフを持っている。リリにしてみれば、最高におあつらえ向きの相手だ。
「あれ…、でも、この短剣、どこかで見たような…」
心の声が、つい漏れてしまった。その言葉にベルが「えっ、どこで!?」と勢い良く食い付く。
「え、えっと……、多分ですけど、よく似たデザインを前に見たような、気がしただけで……。……とにかく、近いです!!!」
身を乗り出してきたベルに、リリは焦って肩を押し返す。ベルは「ご、ごめん」と真っ赤になって謝ったが、希望を見出したように言った。
「でも、どこかで見た気がしたんですよね?何でもいいです、どんな些細な情報でも!」
(……やっぱりこの人、カモですね~)
内心でにんまり笑う。うっかりした発言だったが、思わぬ形でベルの信頼を得る材料になった。こういう手合いは、一度信用させればあとは転がすのは簡単だ。
そう、先日の、これとは全く逆の化物と比べれば―。
「……ノア様?」
その化物の事を思ったことで、思い出した。ノアが使う長剣の他に、腰にもう一本差していた短剣だ。断言はできないが、確かこんな装飾だったと思う。
「え?ノア様って、もしかしてノア・セファルさんの事?これって、ノアさんの持ち物……」
そう言えば、短剣も持っていたような気もしないでもない。とにかく、ベルにとっては大きく前進した。何で『ダイダロス通り』に落ちていたのかは謎だが、戻ってきたら聞けばいい。
しかしリリにとっては、それ以上に問題があるようだった。
「……あの、ベル様は、ノア様のお知り合いなのでしょうか?リリは、先日サポーターを頼まれたのですが」
「あ、うん。……戦い方を教えてくれたから、一応『師匠』と言えばいいのかな?」
「………」
またしてもマズい奴に当たったぞ、とリリは後悔する。下手なことをしてノアが出てきたりしたら、自分の命がどうなることやら。
仕方ない、今日は従順なサポーターを演じ、もう少し様子を見よう。とにかくノア・セファルとベルの関係をはっきりさせなくては、仕事にならない。
その日、何も事件は起きなかった。
まだ日が沈まないうちに、ベルは【フォルトゥナ・ファミリア】のホームであるパン屋に向かう。
「すみませーん。フォルトゥナ様、ノアさんいらっしゃいますか?」
午後の便で焼き上がったパンと、それを買いに来た客でパン屋は賑わっていた。ちなみにフォルトゥナが看板娘となり、出店も出したということで、店名を『パーネ・フォルトゥナ』に変えたらしい。
「もちろん前の名前に愛着はあるけど、フォルトゥナちゃんがずっとここにいてくれる、この店がフォルトゥナちゃんの居場所になるなら、それもいいかなって思ったの」
もともとこのパン屋は、マルコとカテリーナの夫婦が冒険者を辞めた後に始めたものだ。息子が一人いたが、7年前の『大抗争』で失った。【フォルトゥナ・ファミリア】のホームとして店が残るなら、それも良い。
「お兄ちゃんなら、奥だよー」
客を相手にしながらの返事に、ベルは「失礼します」とドアをくぐって裏に向かう。夫婦に挨拶して、さらに奥へ。飛び石の道を越えた先が、【フォルトゥナ・ファミリア】の本当のホームである離れの家だ。
「すみません、ノアさん、いますか?」
ドアをノックして呼びかけると、迎え入れてくれはしたが「何の用だ」と素っ気ない。ただし、ここ数日の付き合いでノアの性格も分かってきた。
「あ、この短剣なんですけど、ノアさんの持ち物なんじゃないかって…」
珍しく、本当に珍しく、ノアが表情を僅かにしかめた。「フェルズの奴…」と呟いたが、それはベルにとって答え合わせをしたのと同じだった。
「……知り合いから預かっていた品だ。だが、もうその者は……戻らない。所有者はいないと思っていい」
観念したように、ノアが静かに告げる。それなら、とベルは短剣を差し出したところ―。
「返さなくていい。『怪物祭』の礼と、俺との縁だと思って、持っていろ。……街中でシルバーバックに襲われるような『運命』に愛された奴には、ちょうどいいお守りだ」
それは、皮肉でも嫌味でもなく――どこか優しい声音だった。しかし、それと同時に、ノアの手がベルの頭を掴む。ごつり、と重く強い圧が頭蓋を包み込む。
「ただし、だ。絶対に失うな。死ぬまで持ち続けろ。………生活に困って売るような真似をした時は、殺す」
声色が変わった。指に力が込められる。ベルはごくりと唾を飲み込んだ。言葉ではなく、身体が理解した。
(こ、この人……、冗談じゃない……。本気だ!!!)
まるでリンゴを握り潰すように、その時は本当に自分の頭を―。
「わ、わかりました!!!………あの、これ、本当に僕が持っていてもいいんでしょうか?大事な品なんじゃ…」
それに対してノアは答えない。逆に、「どうして知った?」と聞かれた。リリの事を説明すると、ノアは何か考え始める。
「確か【ソーマ・ファミリア】とか言っていたな。……三日後に、連れて来てくれ」
もう話は終わりだな、と感じたベルは、一礼して引き下がる。とにかく、この短剣は無くさないようにしなくては。
「………義理は一つ果たしたぞ、アルフィア」
去って行く背に、ノアは一つ言葉を落とした。
それから三日、ベルはリリと一緒にダンジョンに潜り、毎日飛び上がって喜ぶほどの稼ぎを上げた。リリはノアが会いたいと言っていたと聞いた時にはびくっと体を震わせたが、変わらず献身的に働いてくれている。
「でも、ノアさんがリリに会いたいなんて、どうしたんだろう?」
リリを連れて『パーネ・フォルトゥナ』に向かいながら、軽く疑問を口にした。リリの方は答えるどころではない。この三日、変な動きは何もしていない。斬られるはずはない…はずだ、と思いながらも、冷や汗を気取られないようにするので精一杯だ。
(ノア様とベル様、かなり親しいようですね…)
ナイフと短剣は諦めるか、と思わないでもない。しかし、やはり惜しいし、ベルと一緒ならサポーター業でもそれなりに儲けている。
この数日、ベルと行動を共にして、重々に理解した。この兎、とにかく人がいい。すれっからしたリリからすれば、「放っておいたらすぐ誰かに騙されそう。むしろ自分が護ってやらねば立ち行かない」と思うほどに。
リリはフードを深々と被る。
リリの魔法【シンダー・エラ】。能力は自分の見た目を好きに変えられる『変身』だ。この魔法があるからこそ、リリの盗賊業は成り立っている。
ノアのサポーターを務めた時は、向こうから話しかけられたので魔法を使う暇もなかった。ベルとノアに付き合いがあるなど思ってなかったので、どちらにも本名を名乗ってしまったのも失敗だった。
(後の問題は、神様ですが…)
神は下界の子の嘘をすぐ見破ってしまう。最後の手段として、魔法のことはバラしてしまうか。弱っちい
「すみませーん。フォルトゥナ様、ノアさんはまた奥でしょうか?」
「兎のお兄ちゃん!…うん、そうだよ。あれ、今日はもう一人…」
ちょうど客足が途切れた時だったようで、フォルトゥナがカウンターからとててと走り寄ってきた。そしてリリの顔をまじまじと覗き込み―。
「栗鼠のお姉ちゃん」
またしても、呼び方を決めてしまったようである。
「は、はいい!????」
リリの困惑が、一気に許容値を振り切った。「いきなりなんですかこの子は!?」と面食らったが、そういえばベルはこの子を「フォルトゥナ様」と呼んでいた。となるとこの幼女が、神様?
(こんな神様が居たなんて―)
心配した自分が馬鹿のような気がしてきた。表裏がまるでない。こちらの手札を開示しながら騙し合いをしても、勝てそうな気がする。
「ああ、来たか」
今日はノアの方が裏から出てきた。頼んだ以上は迎えねば、という意識はあったようだ。
「用は大したことではない。神ソーマに会わせて欲しい」