『神造』の英雄   作:蘭陵

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17.静寂の終わり

 結局、【ソーマ・ファミリア】団員の大量死は、ダンジョン攻略の失敗として処理された。死亡した団員はファミリア内でも特に素行が悪い、と言われていたので、あまり問題視はされなかった。

「一攫千金を狙って無茶な攻略(アタック)でもしたんだろ」

 それが、ある程度の事情を知っていた者の、一般的な感想である。【ソーマ・ファミリア】は主神ソーマの無関心と団長ザニスの私物化のせいで、団員が金に意地汚いファミリアとして有名だった。無茶をして全滅、というのは、いかにもありそうなことだ。

 

 とはいえ団員20名以上、特に団長のザニス以下、複数のLv.2冒険者の消失は、ギルドとしては看過出来ない。【ソーマ・ファミリア】と主神のソーマには、罰則(ペナルティ)こそないものの、譴責処分が与えられた。

「わかった。……以後、団員に無茶はしないように言っておく」

 神ソーマにも思う所があったらしい。殊勝に処分を受け入れ、【ファミリア】の運営にも以前より積極的になった。下界の子供を見直したというより、酒の原料にできるダンジョン産の産物が欲しいからというのが本音だろうが。

 とにかくザニスと危険分子となっていた団員が消えた【ソーマ・ファミリア】の運営は、だいぶ改善されたと言える。

 

「何か大変だったみたいだけど…、リリ、大丈夫だったの?」

「ええまあ…。リリはその時、ノア様と組んで、その人たちとは違うことをしてましたので」

 表情がひきつらないようにするのに、多少の努力が必要だった。『千光刃』はそれほど衝撃的だったのだ。20人以上の人間が、一瞬で小さな肉片の山と化した。理解が追いつかず、何を感じることもできなかった。

「何はともあれ、リリが【ファミリア】に加わってくれて、嬉しいよ」

 ベルが心底笑顔でそう言う。リリの方も、笑顔で返した。

 

 これまでリリを閉じ込めてきた【ソーマ・ファミリア】の檻が壊れ、リリは【ヘスティア・ファミリア】に行った。【フォルトゥナ・ファミリア】にも心惹かれないわけではなかったが、リリには選べなかった。

「ノア様は、強すぎます……」

 『ノア・セファル』に『リリルカ・アーデ』が提供できるものなど、何もない。強いて言えば荷物持ちの労働力くらいである。あの強さがあれば、リリの小知恵など必要ない。何でも力でねじ伏せればいい。

 一方、『ベル・クラネル』なら、リリは提供できるものが多くある。特に人の悪意に全く免疫のない点は、フォローできるのは自分しかいないとまで思わせる。

 自分が何を求めているのかを、一晩じっくり考えた。認めてくれる誰かと、一緒に居たかった。同じ道を、誰かと共に歩みたかった。

 ノアを選んだら、この寂しさはきっと消えない。リリは、共に歩ける存在を選んだのだ。

 

 さて、狙い通り『神酒』を手に入れたノアはどうしたかというと、『バベル』に向かった。と言ってもダンジョンに入るのではない。用があるのは、その巨塔の最上階だ。

「神フレイヤに会いたい」

 応対した相手は、【猛者(おうじゃ)】オッタル。オラリオ唯一のLv.7、すなわち都市最強の存在であるにもかかわらず、ノアは物怖じ一つしない。

「要件は」

「【フォルトゥナ・ファミリア】の団長として、簡単な頼みがある。進物はこれだ」

 『神酒』の瓶を受け取ったオッタルはおもむろに栓を抜き、他の団員に持ってこさせたグラスに一口分だけを注ぐ。それをまじまじと眺めた後、口に含む。毒見であろう。

 

「これは…」

 そこでオッタルも気付いた。確かに『神酒(ソーマ)』ではあるが、市販の物と比較にならないほど洗練された出来である。噂の『完成品』とは、これのことか。

「……成程、フレイヤ様に献上するのに、充分な品であると認めよう。……ここで少々待て」

 そうは言ったものの、オッタルはノアの前から動かない。団員に顎で指図しただけである。その団員は部屋の中に消え、すぐに出てきた。フレイヤの許可が下りたという。

 

「ふふっ、それで、あの娘の団長さんが、何の用なのかしら?」

 フレイヤには、フォルトゥナに対抗する意識はない。むしろ仲良くやっていきたいとさえ思っている。しかしその団長が一人でやってきたとなると、多少の用心はする。

「『神会(デナトゥス)』でフォルトゥナが困らないよう、見守って欲しい」

 『神会(デナトゥス)』とは、オラリオ在住の神による、3か月周期で開催される会議の事である。主な議題は重要な情報の共有と称号の進呈。厄介なのが称号の進呈の方になる。

 Lv.2以上の上級冒険者に、神々が与える『二つ名』。……と言えばカッコいいのだが、要は神々にしたら黒歴史確定の『痛恨の名』を与える儀式である。

 もちろんアイズの【剣姫】やオッタルの【猛者(おうじゃ)】など、神からも下界の者(こどもたち)にも畏敬されるような名が付けられる場合もあるが、新参の場合は大抵酷い。

 

「フォルトゥナを泣かせるような無謀な神はいないと思うけど…、それだけ?」

 悪意だらけの二つ名を回避する方法はいくつかある。まず一つが、他者の悪意を跳ね返せるほど強い場合。【ロキ・ファミリア】や【フレイヤ・ファミリア】に喧嘩を売るような真似をする馬鹿はいない。

 第二が、そういった有力なファミリアが後ろ盾となった場合である。金や珍品でご機嫌を取り、援助を引き出すのだ。ちょうど今、ノアがしている交渉がこれに当たる。

 第三は、冒険者自身が神々に気に入られた場合。これは女性の方が可能性は高いとされる。見目好い女の子には、やはりしっかりした『二つ名』を与えてやりたいと思う神が多いということである。

 第四が、神自体が気に入られている場合だ。フォルトゥナはまさしくこれに当てはまる。大方の神は彼女の味方であろう。それにフォルトゥナを泣かせでもしたら、ロキや他の神々が宣戦布告と受け取りかねない。

 

「まあ、それが望みというのなら聞いてあげるけど……。ロキの所には行かないの?」

「行く必要がない」

 ノアの答えは簡潔極まる。ロキなら何も言わずとも、フォルトゥナの味方になるだろう。そう考えれば、あとはフレイヤさえ抑えれば、フォルトゥナに悪意を向けたくてもできなくなる。

 ノアの要件は本当にそれだけだったようで、話が終わったと見てフレイヤに背を向けた。その背中に、フレイヤが静かに告げる。

「私としても、あの娘は好きよ。仲良くしたいし、泣かせるようなことはしたくないわ」

 わざわざ『神酒』なんて持ってこなくても、そんなことをするつもりはない。とはいえノアの心配も解らないでもない。あのフォルトゥナに海千山千の連中との折衝など荷が重すぎると考えるのは、フレイヤも同じだ。

 

「それだけのために、この『神酒』をね……。面白い子ではあるわ」

 ノアが去った後、『完成品』の『神酒』をゆっくり味わいながら、フレイヤは独り言つ。いったいどうやって手に入れたのか。

 グラスの中で揺れる透明な液体を見つめる。そういえば、ロキも飲みたいが駄目だったとこぼしていた。フォルトゥナとの関係が薄かったため飲むことが出来たというのは皮肉だが、面白いので良しとしよう。

「面白いけど…、あの子の輝きは、黒すぎて見通せない」

 ノアの輝きは、まるで巨大な黒い穴が広がっているように見えた。どこまでも透き通っていたベルとは真逆だ。数えきれないほどの(ひかり)を見てきたフレイヤが、思わずぞっとしてしまうほどに。

「普通の子ではないのは確か……。特別なことはしないにしても、注視はしていた方がいいかしらね」

 

 

「あ、ノアさん?」

 最上階から降りる昇降機(エレベーター)の途中、8階で別の客が乗り込んできた。ベルとリリと、たしかギルドの職員だったか。制服からしても間違いない。

 ベルの装備が一新している。8階は【ヘファイストス・ファミリア】の中でも末端の職人の作品を扱う階層だ。掘り出し物を見つけたという所か。

「あなたがノア・セファル氏ですか。私はベル・クラネル氏の担当アドバイザーのエイナ・チュールと申します。このような場ですが、クラネル氏にご好意を寄せてくださり、ありがとうございます」

 エイナが丁寧に挨拶するものの、ノアは「ああ」と素っ気ない。話を継げずに困ったところに、「悪い人じゃないので……」とベルが小声でフォローする。

 

「……あの、ノアさんは、これからどうするつもりですか?」

 ベルは今日、リリの改宗手続きでギルドに行ったところ、アドバイザーのエイナから「これ以上到達階層を増やすなら、防具を整えること」と叱られたという。

 次は手狭になった本拠(ホーム)を移せないかと考えていたので、不動産屋を巡ってみるつもりでいる。

「………数日は空いているな。フォルトゥナの面倒でも見るか」

 『神会』の根回しは済ませたし、特にやることはない。金はフェルズの依頼の報酬で、その気になれば一月豪遊するくらいの額は手に入る。もっとも、ノアもフォルトゥナもそんなことに価値を見いだせない性格なので、するつもりは全くないが。

 それより『怪物祭』でフォルトゥナを一人にしてしまった埋め合わせを、早々に考えよう。手近なところで、オラリオの名所でも周ってみるか。

「あはは……」

 なんか子育てみたいですねー、とは言えなかった。ノアも自覚はあるので、その乾いた笑いの裏の意図は読み取れる。別に怒る事ではない。【フォルトゥナ・ファミリア】団員の宿命のようなものだ。

 

 ベルたちと別れ『パーネ・フォルトゥナ』に戻ったノアであったが、来客があった。神フローラと、女性三人に男が一人。全員表情が硬い。何かあったのは明白だ。

「お兄ちゃん、遅い!」

 フォルトゥナが怒るというのも異常事態であることを示している。動揺は一切見せず、「何があった」とノアは聞く。返ってきたのは予想外の答えだった。

「…その、リースとアンナが、攫われたの」

 

「……判明しているだけの情報を寄越せ」

 ノアが静かに言う。だがフォルトゥナを除く全員がぞっとするような殺気に満ちていた。特にフローラの連れの男は顔面蒼白になった。

 事の発端は、このヒューイという男が、違法賭博に手を出したためである。路地裏の酒場で、冒険者崩れのならず者と賭博をやって、大負けに負けたらしい。

 そこまでは、まだいい。いや、良くは無いが、ままある話として聞き流せる。問題は、そのならず者たちが、金を払えないなら【フローラ・ファミリア】の団員を連れてこいと言ったことだ。

 

「悪かったよぉ……。でもそうしなけりゃ、娘のアンナを売ると脅されて……。仕方なかったんだ……」

 【フローラ・ファミリア】は先日のミノタウロス事件で、借金を抱える身になった。簡単に稼ぐ方法がある、と、言葉巧みに連れ出したまでは良かったが、結果は揃って大負けで終わった。

「何が仕方ないだよ!!!馬鹿ばっかりだね!」

 一人激昂するのは、関わりのなかったヒューイの妻のカレンである。【フローラ・ファミリア】団員の二人もうなだれていた。最初はちょこちょこ勝っていたが、色気を出したところで負かされたらしい。ギャンブルの初心者が嵌る手だ。

 

「あなたたちもあなたたちよ。このくらいの借金なら、返す当ては充分あったんだから」

 主神の言葉に、団員の二人さらに身を小さくする。とはいえ、自分たちが入院していた間、リースは一人で必死に頑張っていたのだ。何もしないではいられない、という気持ちだったのだろう。

「自信あったんです…」

 団員の一人が消え入りそうなで言う。おそらく、それも仕込みか。以前から二人の身柄を狙っている者がいた。その周囲で罠にかかりそうな相手に、軽い賭博で儲けさせていたのだろう。

 

「……聞こえていたな、フェルズ。二人の行方を捜せ。2時間以内だ」

『ちょ……ちょっと待ってくれノア!2時間だと!?』

 ノアが『眼晶(オクルス)』を取り出し、語り掛ける。フェルズの焦った声に、「それ以上かかるなら独自に動く」とノアが宣言すると、フェルズも折れた。

『わ、わかった…。ただ、どうなるにしても人殺しは避けてくれ。地上では、騒ぎが大きすぎる』

 女性が攫われた、となれば、まず疑うのは歓楽街だ。関係ある無しに関わらず、ノアは片端から叩き潰すだろう。歓楽街を支配する【イシュタル・ファミリア】との抗争になろうと、構いなしに。

 その惨劇を避けるためには、フェルズが犯人を見つけ、被害を最小限に抑えるしかない。フェルズは慌てて、全ての使い魔を空に飛ばした。

 




リリにせよ誰にせよ、「原作がそうだから」ではなく一応自然な流れを考えて行動させるようにしています。
(逆に言うと私が「こっちの方が自然だよな」と思っていればリリの【フォルトゥナ・ファミリア】入りもあり得た)
なおこのリリはまだ原作ほどベルにベタ惚れではありません。

一方で、ようやく主人公とヒロインの関係が進展します。
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