『神造』の英雄   作:蘭陵

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18.逆鱗

「ウラノス、非常にまずい。リース・クランフォードが攫われたらしい。誰が相手だろうが、ノアは踏む込むぞ」

 相手が大物で無い事を願うしかないフェルズだが、その希望は儚く消えた。繁華街に存在する大賭博場(カジノ)の中でも最大級の大賭博場である『エルドラド・リゾート』のオーナー、テリー・セルバンティス。それが、リース・クランフォードとアンナ・クレーズを買い取った男の名だ。

娯楽都市(サントリオ・ベガ)との外交問題になる……」

 よりにもよって『最大賭博場(グラン・カジノ)』とは。フェルズは天を仰いだ。迷宮都市(オラリオ)の中にありながら、外国資本のためギルドですら運営に口出しできない、『治外法権の地』。

 

 フェルズはノアが負けるなど、微塵も思っていない。大賭博場(カジノ)には【ガネーシャ・ファミリア】の上級冒険者が守衛として配備されており、テリー・セルバンティス自身もまず間違いなく裏の護衛を雇っているだろうが、ノアが本気になれば鎧袖一触だ。

「……そのままを伝えよ。それしかない」

「正気か、ウラノス!娯楽都市(サントリオ・ベガ)は後でどうにでも処理できようが、ノアの力が明るみに出る。……私達でも、隠しきれん」

 ノアの力の全容を知っているのは、本人以外にウラノス、フェルズ、それにフォルトゥナだけだろう。ギルド長のロイマンにすら、ウラノスとノアの繋がりや、ましてやノアの規格外ぶりなどは知らせてない。

 

「【剣姫】など一部の者には疑惑を持たれているが、それはまだ許容できる範囲内だ。……だが、『最大賭博場(グラン・カジノ)』を叩き潰したとなれば、大騒ぎになるぞ」

 そんなことぐらい、ウラノスとて承知の上だ。だがノアを止める方法など無い。なるようになる、と諦めるしかないのだ。

「幸い、ノアの力が公開されても、理由は解るはずがない。どうやってあの者の力が『造られた』のか。そこさえ隠せれば、ひとまずは良い」

 それに今回の事件を思えば、対した相手は明らかに悪事を働いている。力に溺れて秩序の破壊者になったわけではない。ここまで個人的感情に突き動かされるとは思ってなかったにしても、まだ制御不能な脅威とはならない。

「せめて、その刃の行き先が誤っていなければ……。まだ、よい……」

 石像のように静かに座したまま、老神は暗闇の天井を仰いだ。

 

 

「……『エルドラド・リゾート』、テリー・セルバンティス」

 それだけ聞けば充分だ。他の者がざわつく中、ノアは愛剣を手に取った。【ガネーシャ・ファミリア】の守衛も、裏家業の護衛も関係ない。

「お兄ちゃん、いってらっしゃい」

 フォルトゥナが送り出した時だけ、ノアは頬を緩めた。無謀だと止めようとした周囲を、フォルトゥナが押しとどめる。

「大丈夫。お兄ちゃんは、とっても強いから」

 ―この日、『ノア・セファル』という異端児の名は、世界に刻み込まれる。

 

「………」

 【無影脚】を連発し、影さえ置き去りにする速さで、ノアは『エルドラド・リゾート』の正門前に立っていた。策を練る必要も潜入する必要もない。正面突破で、事は済む。

「お、おい!そこの男、ちょっと待て!」

 明らかにカジノの客とは思えない格好の男がいきなり現れ周囲がざわつく中、早速、【ガネーシャ・ファミリア】の守衛が止めに入る。

「テリー・セルバンティスは何処だ」

 ノアの口調は、いつもの抑揚の薄い声のままだ。だがわけもなく恐ろしかった。守衛が思わず後ずさる。

「………」

 返事が無いと見るや、ノアが歩を進める。我に返った守衛が、肩を掴もうとした。その守衛の顔面に裏拳を叩き込み、さらに歩を進める。

 

「ま、待て!どのような理由があろうと、狼藉は許されんぞ」

 騒ぎを聞きつけた守衛が集まってくる。ノアは構わず歩を進めた。おそらく外回りの守衛では、オーナーの居場所を把握していない。建物内まで、突き進む。

「テリー・セルバンティスは何処だ」

 【ガネーシャ・ファミリア】の守衛の大半を叩きのめし、玄関まで達したところで再び聞く。今度はカジノの使用人であったが、あまりの恐怖に腰を抜かし、ただ奥を指さすだけ。

 

 天井から吊るされた金色のシャンデリア、色と模様に富む大絨毯、ルーレットやカードゲームのテーブル、金と欲望に溢れた賭博場は、一人の男の登場で悲鳴飛び交う混乱の坩堝に変わる。

 あまりにも大胆な狼藉者を取り押さえようと警備員が駆けつけるが、ノアはそれを殴り伏せ、蹴り上げ、投げ飛ばす。巨大なホール内はもはやパニックだ。

 体術だけで【ガネーシャ・ファミリア】の冒険者が蹂躙されていった。中にはLv.4もいるにもかかわらず、たった一人を止めることができない。投げ飛ばされた男はルーレットのテーブルまで飛び、賭札(チップ)の山を吹き飛ばした。それがまたパニックに拍車をかける。

「あれか」

 奥にいかにも貴賓室と言うべき、重厚な樫の扉がある。ホールの騒ぎには一瞥もせず、ノアの歩みは止まらない。

 

「……何の騒ぎだ?」

 その奥の貴賓室では、大柄なドワーフの男がソファにふんぞり返りながら、ワイングラスを傾けていた。ようやく狙っていた獲物が手に入った。ドレスに着替えさせはしたものの、目から反抗的な光は消えていない。まあいい。その内、他の女と同じように従順な色に染めてやる。

 そう考えていたところ、やけに外が騒がしい。喧嘩くらいならままある事だが、警備にすぐ捕らえられるはずだ。

 この『最大賭博場(グラン・カジノ)』には、ギルドの権力さえも介入できない。ギルドすら無視して、ここに攻めてくる馬鹿な奴など、いるはずが―。

 扉を、閃光が駆け抜けた。

 

「……は?」

 いた。ギルドすら無視する馬鹿が、ここにいた。扉が崩れ落ちる音と共に、テリーはそれを悟る。

「ファウスト!!!ロロ!!!やれぇ!!!!」

 反射的に叫んだ。テリーの背後から、人影が飛んだ。ヒューマンと猫人(キャットピープル)の用心棒。テリーの切り札の二人である。

(こいつらは『黒拳』と『黒猫』だ!どんな奴だろうが、こいつらなら―)

 黒金の拳具と、二振りのナイフ。『黒拳』と『黒猫』とは、かつての『暗黒期』にオラリオで猛威を振るった、伝説の『賞金稼ぎ』と『暗殺者』の通り名だ。

 5年ほど前、暗黒期が終息に向かった頃から名を聞かなくなったが、流れ着いた二人を拾った時、テリーは歓喜した。裏で邪魔な人間を、何度も葬ってきた。今回もまた―。

 

 閃光が、再び駆け抜ける。それだけで、二人が崩れ落ちた。四肢の腱が斬られている。致命傷ではないが、戦闘など覚束ない―。

「……は?」

 理解が、まったく追いつかない。『黒拳』と『黒猫』が、一蹴された?そんな馬鹿な。ありえない。……困惑する中で、一つだけはっきりしていることがある。

(こいつは化物だ―)

 そして自分はその化物の逆鱗に触れた。ここにきて、恐怖が全身を支配する。周囲も誰一人として動こうとしない。物音一つすらしない。息を呑む沈黙に場が染まる。

 

「ノアさん!!!!!」

 ただ一人、リースだけがその中で、泣きながら乱入者に抱き着いた。

「下がっていろ」

 ノアはいつもの様に短く、無愛想に言う。リースには一度視線を向けただけで、普段のようにテリーに向かって歩を進める。その一歩一歩が、テリーには死神が近寄ってくるように思えた。

 

「ま、待て!貴様、俺が誰だか解ってるんだろうな!!!俺に手を出したら、ギルドだって黙ってない!!!俺は『娯楽都市(サントリオ・ベガ)』の人間で―」

「関係ない」

 テリーの必死の脅迫も、ノアが足を止めることはない。

「貴様だろうが、ギルドだろうが、黒竜だろうが関係ない。あいつに手を出した以上、五体満足でいられると思うな」

 

 絶望の宣告だった。この男はイカれている。そもそも、どうしてこんなことになったんだ。ノア・セファル。当然、獲物(ターゲット)の関係者として事前に調べている。Lv.2の冒険者のはずだ。何が起きても自分の邪魔にはならない、羽虫のような存在のはず―。

「わ、わかった!!!女は返す!!!!金もそのままでいい!!!!!」

 もはや、降伏以外に道はない。押し止める様に手を出し、叫んだ。ノアが剣を一閃した。十の指が、全て消し飛んだ。

 

「あ、あがががが………。ひ、ひぃぃ!!!」

 許されることはなかった。力による排除も、どのような脅迫も、降伏しようとも、この男を止めることは出来ない。出来ることは逃げるしかない。しかし、恐怖で腰が抜けて、力が入らない。四つん這いのような無様な体勢で、それでも一歩でも離れるべく、必死で逃げる。

「………」

 ノアの剣が、また一閃。股間に焼けるような痛みが走った。何が起きたのか、理解まで数瞬を必要とした。この男、自分を強制的に()()()()

 

「外を出歩けないように、足も切り落としておくか?」

 激痛に悶えながら、テリーは理解する。この男、自分を殺す気はない。そう言えばファウストとロロの二人も殺していない。誰かに「殺すな」と厳命されているのか。

 しかしこれでは、「死んだ方がマシ」ではないか。

 

「そこまでだ!!!」

 貴賓室の入り口から、声が響く。【ガネーシャ・ファミリア】団長、シャクティ・ヴァルマ。さらに二人、【アストレア・ファミリア】団長のアリーゼ・ローウェルと、団員のリュー・リオン。

「【象神の杖(アンクーシャ)】と【紅の世花(スカーレット・ハーネル)】に、【疾風】……」

 三人とも、Lv.5の第一級冒険者。駆け付けてきた三人の姿を見て、呼吸すら止めていたような周囲がざわめく。

 

「『最大賭博場(グラン・カジノ)』で騒ぎが起きたと聞いたが…、状況を説明してくれ」

 状況と言われても、と困惑する周囲をよそに、リースが証言する。攫われたこと。それを助けに来たのがノアだということ―。

「……成程。しかし、この惨状は……。とにかく、もういいだろう。テリー・セルバンティスの身柄は我々が預かり、捜査はこちらで行う」

 そう言われ、ノアは剣を納めた。その上でテリーを引き起こし、告げる。

「助かりたいなら、洗いざらい白状しろ。……そうしなければ、殺す」

 そして最後の一発と言わんばかりに、顔面に拳を叩きつける。テリーの鼻梁が潰れ、前歯が三本折れて飛んだ。

「帰るぞ」

 それだけ済ませて、ノアは何事もなかったかのようにリースに顔を向けて言った。

 

「ま、待て!!!」

 そのノアを、リューが呼び止める。彼女からすれば、今回の一件は明らかにやり過ぎだ。テリーの行為は確かに裁かれてしかるべきだろう。しかしそれでも、いやだからこそ、処罰は正規の手続きを通してするべきである。

「いーのいーの。……ほら、行きなさい。逃がさないようにね」

 そのリューを押し止めて、アリーゼはリースの背を押した。そこから『エルドラド・リゾート』の門まで、二人で並び歩く。まるで結婚式のように、野次馬で道が出来ていた。

 

 翌日のオラリオは、フェルズの予想通り大騒ぎになった。『エルドラド・リゾート』の警備を正面から突破するような暴挙が、騒ぎにならないはずがない。金目当てではなく、攫われた恋人を助けるため、というのも、噂の拡散に拍車を掛けた。

「あの、いつの間にかノアさんと私が、恋人になっているんですけど…」

 ステイタスの更新を受けながら、リースが嘆く。いや、確かに傍目からはそうとしか見えないだろうが、まだそうではない。

 

「ねえ、リース。あなた、あの子に本気で惚れちゃった?」

 不意にフローラが言い出し、リースがびくっと体を震わせる。真っ赤になって「な、何をいきなり!!!」と叫ぶが、明確な証拠を突き付けられては否定もできない。

「【一念恋華】。こんなスキルが発現するほどよ。普通の憧れじゃ、出てこない」

「……そんな、……わたし、ただ、あの時―」

「『貴様だろうが、ギルドだろうが、黒竜だろうが関係ない。あいつに手を出した以上、五体満足でいられると思うな』―でしょ?」

「!!!!!!!」

 女神がにやりと笑った。羞恥で言葉も出ないリースに、さらに告げる。

「もう街中に広まっているわよ?私の店に来る女の子たちが、口々に噂してるから」

 

 リースは黙ったまま、指先をぎゅっと握る。顔が赤いのは、羞恥か、誇りか、それとも憧れか―。

「……ま、女としては分かるけど。私だって、言われてみたいと思うから。……………だから、()()()()()()()()()()()

 え、とリースが振り向く。今は、『半脱退』状態。好きな神と契約して良い、自由に『改宗(コンバージョン)』できる状態。

「もし『そばにいたい』って本気で思ったのなら……。他の誰かに奪われる前に、しっかり繋ぎ止めておきなさい」

 

 リース・クランフォードが【フォルトゥナ・ファミリア】に改宗するのは、この後すぐのことになる。

 




【一念恋華】
・早熟する
・懸想が続く限り効果持続
・懸想の丈により効果向上
・懸想が適わぬ限り精神汚染

・ベル・クラネルの【憧憬一途】と同系統スキル。ノアへの恋心が爆発して手に入れた。
・実は本人も知らぬ裏の事情があり、ベルが『本人の思い』だけで発現させたのに対し『本人の思い+α』という感じで発現している。つまりこの世界線でなければ『+α』がなく発現しない。(逆に言えば『+α』無しで【憧憬一途】を発現させたベルはやはり化物)
・「懸想が適わぬ限り精神汚染」は、恋が適わないと徐々にヤンデレ化していく、ということ。
・フレイヤによると「ベルと比べて大分どす黒いからいらない」らしい。
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