『神造』の英雄   作:蘭陵

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19.後始末

 当然ながら、ノア・セファルによる『最大賭博場(グラン・カジノ)』への襲撃事件は、迷宮都市(オラリオ)中を揺るがす大問題となった。

 街中では囚われのお姫様を救いに行った黒い騎士だの、闇に輝く復讐者だのと、ロマンチックな脚色で語られていたが、ギルドとしては、そんな英雄譚で片付けるわけにはいかない。

「ギルドの威厳を無視しての暴挙は、断じて許せん!」

 そう声を荒らげたのは、ギルド長ロイマン・マルディールである。

 確かにテリー・セルバンティスによる非道な行為は明白であり、糾弾されてしかるべきだ。しかし、それとこれとは話が別。ギルドの監督外で勝手に暴れられては面子が立たぬ。

 ロイマンは【フォルトゥナ・ファミリア】に対して何らかの罰則(ペナルティ)を課す必要があると主張する。

 だが、その一方で、かねてより繁華街を侵食していた『娯楽都市(サントリオ・ベガ)』との利権争いにおいては、これを好機と捉えていた。今回の事件を理由に、都市間の権限の見直しを要求するつもりである。

 

 『娯楽都市(サントリオ・ベガ)』側からの連絡も早かった。

 表向きは沈静化に努めてはいるが、オーナーである「テリー」の悪行は都市全体の信用問題であり、決して軽くはない。不法行為は明らかなので、いかんせん分が悪いのは承知だ。

 彼らの立場としては、何とかして「悪事は当人の独断」という結論に持ち込みたい。そして「ノア・セファルによる暴走についてはオラリオ側が責任を取れ」と、謝罪と賠償を要求したいところである。

 

「貴様らが『治外法権』などと言って馬鹿をのさばらせたのが、そもそもの原因だろうが」

 その両陣営に対し、ノアは臆することなく、そう言い放った。確かに正論であるがゆえに、誰も反論できなかった。ノアにとっては、それで終わりだった。引く理由が、そもそも無い。

 

 風向きが変わったのは、当のテリー・セルバンティスの全ての供述が明るみに出てからだった。

 まず、そもそも『テリー』という名が偽名であり、元の人物はオーナー就任前に事故死していたという事実が明かされた。その死を「好機」と見たテッドという冒険者が、身代わりとして成り代わったのだ。

 さらにテッドは、ノアに言われた通り、震えながらすべての罪状を白状した。自白以外に助かる道がないと理解していた。ちなみに誘拐以外に脱税や恐喝など、色々やっていたらしい。それも全て吐いた。

「次は殺される」

 あの男が断言した以上、地の果てまで追ってくる。その恐怖に取り憑かれていた。ギルドの独房に収監される際には、誰にも会わないように最奥の独房を懇願したほどである。

 

 『娯楽都市(サントリオ・ベガ)』にとっては反転攻勢の好機である。全責任をテッド個人に押し付けた上で、監督不行き届きを謝罪。一方でギルド側の要求は過大であるとして、ほとんどを突っぱねた。

 ただし、今後は都市間での監査体制を強化することだけは誓約し、かろうじて外交問題の火種を回避する方針を示している。

 ぐぬぬと呻いたロイマンであったが、テッドという冒険者を放置した責任はギルドにもある。これ以上『娯楽都市(サントリオ・ベガ)』を叩いてもかわされるだけだと感じた彼は、それを呑む。

 

 【フォルトゥナ・ファミリア】に対しては、主神であるウラノスから厳しい罰を与えないように釘を刺された。下手をすれば、ギルドが『エルドラド・リゾート』の二の舞になる、と言われて。

「わかりました。が、ノア・セファルに対して、その『ステイタス』を開示せよとは、命じさせていただきます」

 ロイマンとしても、そこだけは譲れない。

『ノア・セファルの実力が明らかにおかしい。【フォルトゥナ・ファミリア】がLvを偽っているのではないか?』

 ノアがLv.2である事を知るファミリアからは、そういう疑問や告発が相次いだ。ロイマン自身もそう思う。【ガネーシャ・ファミリア】の守衛は最大でLv.4、テッドが雇っていた用心棒はLv.3だったという。要塞と評してもおかしくない守備を、Lv.2が蹴散らせるわけがない。

 

 『ステイタス』の開示については、ノアはあっさり受けた。

「いいだろう。ただし、魔法とスキルは除外する。『ステイタス』だけだ。…そして嘘ではない場合、ギルドと告発したファミリアには相応の代償を支払ってもらう」

 魔法とスキルまで公開するなら、その条件がさらに重くなる。例えば手始めとしてロイマンのギルド長解任とかになるが、それでいいかと凄まれた。

 ロイマンとしては不本意ながら、自信満々なノアの態度に折れた。ロイマンとて、ギルドの長として数多くの人間を見てきた身だ。この男は、嘘を言っていない。そして、本気で言ってくる。そう予感した。

 

 ノアのステイタス公開はロイマン自身とギルド職員監視の上で行われた。選ばれたのは、神聖文字(ヒエログリフ)が読めるということでエイナであった。もちろん、ロイマンも神聖文字(ヒエログリフ)は読める。

 二人の意見は一致。間違いなく、ノアはLv.2。ステイタスが全体的にG評価に達しているのは、つい先日Lv.2に到達したはずなので少々早すぎる気もするが、Lv.2であるのは疑いようがない。

「では、【フォルトゥナ・ファミリア】によるLvの偽装はなかったということで、こちらからの要望を出させてもらう」

 ノアが言ってきたことは、『オラリオの自由通行権』。普通、神や上級冒険者が都市外に出るには、煩瑣な手続きを必要とする。都市からの戦力流出を防ぐためであるのはもちろんだ。上級冒険者を多数抱えていることが、オラリオが『世界の中心』と評される理由なのだから。

 ノアはそれを、【フォルトゥナ・ファミリア】には適応外にしろ、と言ってきた。実際、【ヘルメス・ファミリア】や【デメテル・ファミリア】には与えられている特権である。

 

「断るなら、告発したファミリアに対し、重大なペナルティを要求する」

 ノアにそう言われて、ロイマンは折れた。もっとも理由が馬鹿馬鹿しかった。「フォルトゥナにこの世界を見せてやりたい」である。意地を張ってファミリアを多数潰すような真似をするわけにはいかない。

「ギルドに対し、先に外出計画の書類を提出すること。緊急事態でない限り、ギルドはそれを優先的に承認する。それでどうだ?」

 妥協案を出す。流石に自由気ままは許せないが、それに近い権利は与えた。ノアもそれでいいと呑んだ。後は罰則の件である。ギルドの面目が立つように、罰金くらいは課させて貰う。

「【ガネーシャ・ファミリア】の守衛の治療費と合わせて、400万ヴァリスだ」

 設立2か月のファミリアには酷な金額だろう。ここから、交渉に入るつもりであった。少しでもこの若造の頭を押さえつける材料になればいい。

 それに対しノアは無言で証書を切り、ロイマンに突き付けた。

 

 

「……ということが、あったんだよ」

 面談用のブースで、珍しくエイナがベルに愚痴を吐く。いつもの優しくてしっかり者のエイナではない。どこかぐったりしていた。ベルとしては「あはは…」と苦く笑うことしかできない。

「あ、あの……、ノアさんって、本当にLv.2だったんですか?」

 ベルが半ば呆けたような声を漏らすと、エイナは深々と頷いた。

「うん。間違いなく、Lv.2。信じられないかもしれないけど……、嘘じゃないよ」

 そう言って、エイナは机の上に置いてあったお茶に手を伸ばす。だが、半分まで持ち上げたところでまた項垂れるように手を止めた。

「はぁ……、あの時のギルド長の顔、忘れられない。その場にいただけで、どれだけ胃に穴が空きそうだったか……」

 『学区』で神聖文字(ヒエログリフ)の勉強なんてするんじゃなかった、と後悔した。ギルド長に凄むLv.2冒険者など、聞いたことが無い。

 

「でもね、その理由が優しかったんだよ。神フォルトゥナに、この世界を見せてあげたいって」

「……へ?」

 ベルがぽかんとする。エイナは、その様子にやや呆れつつ、目を細めた。

「『最大賭博場(グラン・カジノ)』に攻め込んだ理由だって、恋人を助けるためだって言うじゃない?とっつきにくいけど、ベル君が言った通り、悪い人じゃ無いんだな、って思ったよ」

「僕もそう思います。リリもノアさんに助けられた、って言ってましたし」

 

「ところが問題は、ギルド長の方が虚仮にされたと感じたらしく、『あの男を探れ!』って言っちゃって」

 ではあるが、『ステイタス』の開示に応じたばかりの【フォルトゥナ・ファミリア】を尋問にかけるわけにもいかない。ノアを怒らせれば、何を言ってくるか知れたものではない。

 そこでエイナとしては、親交のあるベルを呼び出したという訳だ。とはいっても、ベルに答えられることは少ない。

「……ノアさん、ものすごい魔法を持っているので、そのせいじゃないでしょうか?」

 【閃光刃】のことだ。何度か見ているが、破格の強さである。

「うーん、でも、今回は体術だけで第二級冒険者を叩きのめしているし、魔法だけじゃないと思うんだよね」

 それは確かに、とベルも納得する。それに本人が「Lvでは測れない」と言っていた。何か秘密はあるのだろうが、ベルには想像もつかない。

 

「魔法、か…」

 エイナに「ありがとう。参考になったよ」と言われた帰り道、空を見上げて呟いた。ベルの魔法はまだ発現していない。空きスロットは一つあるので、希望がないわけではないが。

「ふふっ、ベルさん、魔法に憧れているんですか?」

 そのベルの肩口から覗き込むように声をかけてきたのは、シルだった。考え事をしていたベルは全く気付かず、声をかけられて「うわっ」と奇声を上げて飛び退る。

 

「シ、シルさん!?」

 こんにちは、とシルは丁寧に挨拶をする。それなら驚かさないで欲しい、とベルは思ったが、シルはふふっと微笑んだだけだ。

「それよりもベルさん、魔法を使えたら、って思ってるんですね」

「えっと、それは…、はい……」

 否定することではない。シルには日々の探索のことも色々話している。魔法を使えないというのも把握しているはずだ。

「……じゃあ、うちの店に来てください。ちょっと、いいものがあるかもしれません」

 

 特にやることも無いので、ベルは大人しく付いて行くことにした。『豊穣の女主人』に着くと、シルは一冊の本を差し出す。

「お客さんの忘れ物のようで、中をちょっと見てみたら魔法について書いてあるようなんです。だから、ベルさんにいいんじゃないかなー、って」

「はあ…、あ…、ありがとう、ございます…」

 本をちょっと読んでも、魔法を使えるようにはならないだろう。そのため礼がぎこちないものになったが、好意を無碍にするのも良くない。それに魔法についてほとんど何も知らないようなものだから、勉強にはなるはずだ。

 そう考えたベルは、その本を受け取った。それが『魔導書(グリモア)』だと知るのは、使ってしまった後のことになる。

 

 そして時を同じくして―。

 アイズ・ヴァレンシュタインは37階層の階層主(ウダイオス)を単騎撃破し、Lv.6の門を通り抜けた。

 

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