剣を取りに本拠に向かったアイズを見送ったノアは、一度中に戻った。相変わらず、彼の主神フォルトゥナはロキが抱っこしたままだ。
「……神ロキ。先程走り去った少年の代金を、【ロキ・ファミリア】持ちにしてもらいたい」
訝るロキに、ノアはその少年が先ほどの話の当事者であったことを告げる。酒の席で嘲笑ったのだから、そのくらいのペナルティはいいだろう。
「あー可愛い」とフォルトゥナを愛でていたロキも、さすがにそう聞くと表情を引き締めた。
「んー、そやな。…流石にそう聞くと、後味悪いわ。わかった。……ところでアイズたんは?」
その少年を追った、と返され、ロキが目を丸くする。あのアイズが他の誰かを気にするなど、これまでになかったからだ。
「ロキ、もう何人か捜索に出そう。これで彼に死なれたら、僕も寝覚めが悪くなる」
フィンの言葉に、ロキも頷く。ろくな装備も持たずダンジョンに潜るなど、自殺行為もいいところだ。ベートは「けっ!」と舌を鳴らしたが、フィンはかまわず人選に入る。
この酒場にいた人間は皆、【ロキ・ファミリア】が新人冒険者を嘲笑う姿を見た。そのくらいならままあることで悪評が立つには至らないだろうが、本人がその場にいて、挙句に見殺しにしたとなれば批難されるのも当然だ。
【
「フォルトゥナ、帰りは遅くなる。先に寝ていてくれ」
ノアも自分のテーブル近くに立てかけてあった剣を取ると、主神に一声かけて店を出た。それに対し主神の方は「むー」と膨れた。
「…せっかくお兄ちゃんのレベルアップのお祝いなのに、台無し」
膨れっ面の幼女をなだめ、ロキに相手を任せたところで、ノアは店を出ようとする。その前に立ち塞がったのは、この店の女主人であるミアだ。
「ここは飯を食べて酒を楽しむ場所だよ。次に面倒を起こしたら、あの狼と一緒に店の下に埋めるからね。…それと、あの坊主に伝えな。冒険者なんて、最後まで立ってた奴が勝ちなのさ。みじめだろうと何だろうとね」
「承知した」
ノアは相変わらず抑揚の薄い声で答える。それでもミアは満足したらしい。「坊主も連れて、また来い」とノアを送り出した。
剣を取ったアイズは自身の最高速でダンジョンに向かった。入り口にたどり着いた時、ノアは既にそこにいた。
「【剣姫】、目撃者がいた。やはりあの少年はダンジョンに入ったらしい」
「彼を助けたのは、5階層。彼の実力からすると、5階層を狩場にしているとは思えない」
軽く驚きながら、短く情報を交換する。アイズが剣を取りに帰った時間を考えても、並みの冒険者なら追いつけるはずがない。事実、【ロキ・ファミリア】の団員は誰も到着していなかった。
(やはりLv.3以上…、いやLv.4は確実。……それに、何か『敏捷』を大幅に強化するスキル持ち?)
心の中で、ノアの評価を一段上げる。レベルは絶対の指標だ。Lv.5のアイズに付いて来れるというだけでも、そのくらいに考えなくてはならない。二人並んで、5階層まで楽に駆けた。
いくら逆上していても、見知らぬ光景を目にすると感情は冷める。だからまず調べるべきは5階層と6階層。それより上の階層にいるなら、危険は小さくなるから後回しで良い。
二人の推測は正鵠を射ており、あの少年は6階層にいた。6階層を担当したのはアイズだ。だがここで運がなく、アイズは彼のいた反対側から探し始めてしまったのだ。
ダンジョンの便宜的な区切りとして、12階層までを『上層』と呼ぶ。上級冒険者がこの『上層』で行動することが推奨されない理由は、主に二つある。
まず単純に、そこを狩場としている下級冒険者の邪魔になる事。上級冒険者がその力に任せて根こそぎ
もう一つが、上級冒険者に怯えた怪物が大挙してそれを避けるように逃げる事。17階層でミノタウロスの大軍相手に起きたことと同じだ。その大波と下級冒険者がぶつかってしまえば、ひとたまりもない。
だからアイズがその姿を発見した時、あの少年は怪物の大軍に囲まれ、気力体力とも使い果たして崩れ落ち、今まさに喰われる寸前だったのである。
「【
『上層』ではまず使わない魔法を、アイズは解禁した。纏う風が怪物を吹き飛ばし、粉砕する。少年は大怪我をしていた。回復薬は、と考えて、しまったと思う。
幸い、使いかけの
「首尾よく見つけたか」
5階層で、運良くノアと合流する。探す手間が省けたとアイズは思う。一度この少年を治療施設に預けてから、もう一度5階層まで降りることになると思っていたからだ。
背負うのを代わるという申し出を「自分の責任だから」と丁重に拒否し、背中の少年を揺らさないように駆ける。
「一つだけ聞きたい。貴方には関係ないはずのこの子を、何故助けようとしたの?」
道すがら、アイズが問う。単に人がいい、と言ってしまえばそこまでだが、何となくそれだけとは思えなかった。
「フォルトゥナの見立てでは、この少年の背負う運命は非常に大きいとのことだ」
「………?」
アイズが首を傾げた。そんな大きな運命を背負っているのなら、ここで死ぬことはないはずだ。自分たちが助けに動いたことは、余計なお節介だと思わなかったのか。
「その理解は違う。運命は絶対ではなく、日々刻々と変わる。…例えば、今日この少年を助けた。それがこの先この少年の運命に良かったのか悪かったのか、それはフォルトゥナでも判らない」
助けたことにより運命がより大きくなったかもしれないし、逆に萎んでしまったかもしれない。未来を観る神でもいれば話は別かもしれないが、とノアが続けると、アイズもひとまず納得できた。
もっとも、今は運命がどうなるなど小難しいことは考えず、この少年を助けられたことを、胸の痛みは消え温かな想いに満たされていることだけを考えればよい。未来のことは、その時のことだ。
「アイズさーん!!!」
5階層を抜けようとしたところで、呼び止められる。正面からレフィーヤが駆け寄ってきた。フィンが出した捜索隊だが、アイズを慕っていた彼女がリーダー役を買って出たのだ。
「あう、もう助け出しちゃってたんですね…」
ほっとしたような、拍子抜けしたような、凛々しさ皆無の表情で呟くレフィーヤであったが、次は何故アイズがこの少年を背負っているのかとノアに噛みつく。男なら率先して代わるべきだろう。
「……ん、………あ……れ……?」
アイズが違うと言おうとしたところで、肩越しに小さな声がした。首だけで振り向こうとするアイズの横顔が、少年の視界いっぱいに広がる。
「わっ!」
目の前に女性がいるということを理解した少年が、反射的に飛び退ろうとする。だが足を掴まれているから、上半身だけが後ろに倒れる。そうなると人間、反射的に何でもいいから目の前の物を掴もうとしてしまう。
「……へ?」
むりゅりと、柔らかい感触。レフィーヤが声なき絶叫を上げる。少年の手は、アイズの胸を掴んでいた。宴会で防具も外していた、そこを。
「ご、ごごごごご、ごめんなさぁぁぁぁいぃぃぃ!!!」
少年が慌てて手を放す。アイズも反射的に胸を守ろうと両手を前に回したから、少年を支えるものは無くなった。今度こそ後頭部から落下し、せっかく戻った意識がまた刈り取られる。
「……………」
かあっ、と赤くなるアイズ。心拍数が跳ね上がり、頭の中が真っ白になる。しかし呪詛のような呟きを聞き取ると、慌てて現実に戻り、少年を庇うように立ち塞がった。
「【解き放つ一条の光 聖木の弓幹 汝、弓の名手なり】……ってアイズさんどいてください!そいつ殺せない!!!」
「…殺すのは、駄目」
呪詛の正体は、レフィーヤの魔法詠唱。Lv.3のレフィーヤであるが、魔力だけならLv.5冒険者にも匹敵する力を持つ。Lv.1の駆け出し冒険者が受ければ、骨の欠片も残さず蒸発することは疑いない。
「うぬぬ…、うぐぐぐぐ……」
アイズを女神の様に慕うレフィーヤにすれば、それでも飽き足らぬ思いでいるに違いない。だが被害者であるアイズが庇おうとする以上、そうはできない。必死で内心の葛藤と戦っている。
「【開け、深淵の扉】―」
不意に、アイズが大きく跳んだ。無意識的に、剣の柄に手が行っている。
(なに、今の感覚―)
体の奥から怖気立つような、かつて感じたことのない感覚。魔法詠唱だとは思うが、階層主を相手にした時でも感じたことのない『恐怖』。
レフィーヤは何が起きたのか理解が追いつかず、集中が乱れたことで
「……殺されては全てが無駄になるので、俺が連れて行く。……『運命』などこんなものだ。この少年を助けたため、危うく殺されかけることになった」
ノアが軽く言ったため、アイズも警戒を解く。この少年については、再び背負うなど絶対にレフィーヤが許さない以上、任せるしかない。
…『運命』については、何というか、腑に落ちた。
翌日、日課の素振りを終え朝食を食べ終えたアイズは、いきなりロキに捕まった。【フォルトゥナ・ファミリア】に『神善』に行くので、護衛をしてほしいという。本心はただ幼女に会いたいだけだろう。
神が他の神の本拠地に行くのだから、いざという事態に備えて護衛が必要というのは道理である。とはいえ、聞いたところ神フォルトゥナは善神である。表裏のない無邪気な少女、としか思えない。
だから、護衛など必要ないと言える。いつもなら「ダンジョンに行く」と言って突き放してしまうアイズだが、珍しくあっさり受けた。あのノア・セファルについて、何か知れると思ったからだ。
(あれだけの強さを持ちながら、私がまったく知らない―)
アイズの疑念はそこだ。『強くなること』に誰よりも貪欲なアイズである。この
ノアには、それが無い。神々から与えられる二つ名を知っている者は、【ロキ・ファミリア】に一人たりともいなかった。その二つ名を与える神の一人であるロキですら、命名式で見た覚えがないという。
「あないな奴、出てきたら忘れるはずないんやけど」
とロキは言う。真顔で唸っていたところを見ると、本当に覚えがないのだろう。
出立しようとすると、正門のところで門番が誰かと話していた。白い髪が見えてアイズが顔を向けると、相手も気付いたようで視線が合う。昨日の少年だった。
「んー?……おお、昨日の少年か?無事なようで何よりや」
死なれていたら今後あの酒場で酒を飲むたびに後味悪いからな、と続けるロキだが、不謹慎なようで誰よりも『下界の子供達』を愛しているのが彼女である。自分の眷族ではない子でも、心配していたのだ。
「はい、ありがとうございました。……昨日はお礼も言えず、ヴァレンシュタインさんには迷惑をかけてしまい、聞いた話では僕の夕食代と治療費を払っていただいたということで―」
少年が袋を差し出す。金が入っているのだろう。ただ、わずかな額でしかないのは明らかだった。足らない分は、手持ちが出来たら都度返すと言う。
「あー、ええ、ええ。……こっちこそ、笑いもんにして悪かったわ。アイズたんが使ったというポーションとメシ代で、チャラということにしよ。……ところで少年、どこのモンや?」
「はい!【ヘスティア・ファミリア】の、ベル・クラネルと申します!」
少年―ベルが元気よく返す。だがその一言で、和やかだったはずの空間にピシリと亀裂が入った。理由が全くわからないが固まった空気にを明敏に感じ取り、ベルはひきつった表情で「…あれ?」と後ずさる。
「あのドチビの眷族か~~~~!!!!!!なら話は別やーーーーーー!!!!!!メシ代返せーーーー!!!!!!ポーション代払えーーーーーー!!!!!!」
「え!?ええーーーーーー!?」
彼の主神であるヘスティアとロキの関係を知らないベルは困惑するしかない。常々ヘスティアはロキの悪口を言っているが、それは零細貧乏派閥が都市最大派閥に対して抱く嫉妬だと思っていたのだ。
だからロキの方には遺恨などあるはずがない、相手にもされてないだろうと思っていた。しかもその遺恨が、「胸の大きさ」などという理由であるなど、彼が思い至るはずもない。
と、ここで二人のやり取りを見守っているだけだったアイズが、口をはさんだ。言ったことは道理でありベルの負担を軽くするものだったが―。
「ロキ、それならポーション代は半分私が出す。……あれ、
ぶふぉ、とベルとロキが同時に噴き出した。投下されたのは特大級の爆弾だ。当然ながらその爆弾は「吐けー!!!吐き出せーーー!!!」「絶対許さん戦争やーーー!!!」と、ロキをさらに激昂させた。
キーキーと喚きながらベルに飛び掛かろうとするロキを、後ろからアイズが羽交い絞めにして押さえつける。『
「あの、これ―」
やがて暴れ疲れて落ち着きを取り戻してきたところで、ベルが再び袋を差し出す。【ヘスティア・ファミリア】の団員はベル一人しかいない。【ロキ・ファミリア】と本当に戦争になれば、瞬殺されるだけだ。
ポーションの件はともかく、代金は何とかなる。震える手で固まるベルをしばらく眺め続け、呼吸を整えたロキはようやく口を開いた。
「………あー、取り乱した。みっともないところ見せてスマンな。金はええ。さっき言った通り、チャラということにしよや。……一つ言うなら、ベート、昨日君を蔑んだ
あいつにも色々あってな、とだけロキは説明したが、詳細は知らない。ただ、ノアの一言はまさに図星だったのだろう。そのベートは夜明けすぐにホームを出て行った。かなり機嫌悪そうだったとのことだ。
「あ、ありがとうございます。…それと、僕を助けに来てくれた人に男の人もいて、その人が治療院まで運んでくれたそうなのですけど」
一言お礼を言いたい、と言うベルだが、レフィーヤのことは見えなかったのか、記憶にないらしい。指摘をするとまた話がこじれそうなので、アイズも黙っておく。
ちなみにノアは気絶したままのベルを治療院に預け、代金を払うとさっさと帰って行った。目を覚ましたベルはそこで「男性が連れてきた」という話は聞いていたらしい。
「ん?ああ、そいつなら別ファミリアの奴や。ちょうど、うちらもそいつに会いに行こうと思ってたんや。…一緒に来るか?」
その申し出にベルは快諾する。ところがロキが向かったのはギルド本部である。何故かというと「昨日フォルトナからホームの場所を聞きそびれた」らしい。可愛がるのに夢中すぎたとか。
「あ、エイナさん」
ギルドに入ると、窓口受付嬢でベルの担当者である、エイナ・チュールが掲示板の前で作業している所だった。相手の方も気付くが、その一行を見て目を丸くした後、眉を吊り上げた。
「……ベル君、『
【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインに対する想い―。エイナはその想いを、昨日本人から聞いたばかりだ。違うファミリア構成員の恋愛は難しい。となれば、解決策は簡単だ。同じファミリアになればいい。
その手段が『
ちなみに『
しかし、【ヘスティア・ファミリア】の内情も知っている(ベルの様子とギルドの情報から察しは付く)エイナとしては、そうだとすればベルの評価を大幅に下げざるを得ない。神ヘスティア(女神)に対し、何たる薄情か。
「違います違います。…えっと、ロキ様たちとはちょっと目的が同じだったというだけで―」
エイナの言葉に怒気を感じたベルが、慌てて否定する。【フォルトゥナ・ファミリア】について知りたい。そう言うと、またエイナが目を丸くした。
「…【フォルトゥナ・ファミリア】って、何があったの?さっきも聞きに来た人がいたし、さらに【ロキ・ファミリア】のベート・ローガ氏が来て、この張り紙を引きちぎって持って行っちゃったんだけど…」
エイナが張り直していたのはギルドの広報である。冒険者がレベルアップしたことのお知らせだが、その内容を見て今度はアイズとロキが目を丸くした。
【フォルトゥナ・ファミリア】ノア・セファル、Lv.2昇格―。
登場人物紹介:ノア・セファル
Status Lv.2
力:I 0 耐久:I 0 器用:I 0 敏捷:I 0 魔力:I 0
狩人:G
《魔法》
【魔法1】
・ベルの【ファイアボルト】を念頭にした魔法
【魔法2】
・詠唱式【開け、深淵の扉】
・アイズの【エアリアル】を念頭にした魔法
【魔法3】
《スキル》
【スキル1】
・ベルの【憧憬一途】を念頭にしたスキル
【スキル2】
・【魔法2】では敏捷強化ができないため、それを補完する身体能力系スキル
【スキル3】
・いろいろと謎の多い主人公
・ノアの魔法、スキル構成のベースは『(ベル+アイズ)×禍々しさ+不足分の強化』というもの
・Lv.2というのは『嘘は言っていない』