『神造』の英雄   作:蘭陵

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20.使われる切り札

「ほう…」

 アイズ・ヴァレンシュタイン、Lv.6到達―。やるではないかとノアは感嘆の声を上げる。

 ギルド本部の掲示板前には、発表を見に集まった冒険者たちが押し寄せていた。だが、その群れが二手に分かれて道を空ける。理由は明白だった。

 『グラン・カジノ襲撃事件』―。迷宮都市を揺るがせた一件の中心人物、ノア・セファルの登場。否が応でも注目と警戒の的となる。

 

「………」

 リース・クランフォードはため息をついた。ノアは人々の視線も、ざわめきも、一切を無視して進む。無意識か、それとも意図的なのか。本人は「興味がない」と言うが、自分はそこまで神経太くない。胃がもたない。

 それでも、フォルトゥナのもとでの日々は穏やかだった。主神は自分を「お姉ちゃん」と呼んで無邪気に甘え、ノアもぶっきらぼうな優しさを向けてくる。

 その中で、ノアとはいつの間にか、という感じで、男女の仲になった。

 

「お兄ちゃんはね、お姉ちゃんのことが大好きなんだよ」

 とある日の、夕食の席のことである。主神のいきなりの大暴露(カミングアウト)に、水に口をつけていたノアが大きく咳き込んだ。

 まあ考えてみれば当然のことである。好きでもない女のために、『娯楽都市(サントリオ・ベガ)』やギルドを敵に回すような真似をするはずがない。

 パン屋の主人であるマルコとカテリーナの夫婦も、微笑ましく自分とノアを見ていた。どうやら、隠せていると思っていたのは当事者だけだったらしい。

 ―すべてのきっかけは、あの10階層のミノタウロス事件。お互いに、一目惚れだったようだ。前髪をぐしゃりと握り潰し、苦い表情ではあったものの、ノアはそれを否定しなかった。

 当たり前のように、二人の関係は【ファミリア】も周囲も公認の仲になった。

 

 だが、その外に一歩出れば、自分は『事件の渦中にいた女』として晒されている。嫌でも注目されるのだ。ノアの隣にいる限り。

 好奇の視線が針の筵のようである。と言ってこの立場を捨てる選択肢は存在しない。第一級冒険者はいつもこんな思いをしているのだろうかと少々現実逃避気味に考えて、せめてもの慰めとする。

 

 それはともかく、アイズ・ヴァレンシュタインのLv.6到達。同年代の女性が、そこまで至った。その現実に、リースとて思うことはある。

「負けられない……」

 ノア・セファルの隣に立つのなら、最低でもそのくらいは必要だ。

 改宗後に伝えられたノアの本当の力―。それは、常識外れにも程がある物だった。自分の【一念恋華】と同じく、厳重な緘口令が敷かれているが、当たり前すぎる対応だ。

 【一念恋華】の力は、リースが驚嘆するものだった。ノアと半日訓練しただけで、『ステイタス』上昇値合計が300オーバー。これまで2年間頑張ってきたのが何だったのかと思えてくる。

 しかし、そんな力でも到底足りない。自分の目標は、果てしなく遠い。

 

 いいこともあった。【フォルトゥナ・ファミリア】だけでなく、【フローラ・ファミリア】の名前も知れたことで、フローラの元に入団希望者がたびたび訪れたのだ。

 自分が抜けてしまった穴を埋めるどころか、団員は7人まで増えたらしい。後ろめたさも、ずいぶん和らぐ。

 一方で【フォルトゥナ・ファミリア】には主神と団長の目にかなう希望者が来ないのか、団員は増えていない。リースももうしばらくはこのままでいいと思っているので、文句はない。

(だってノアとフォルトゥナ様と三人だけって、『子持ちの若夫婦』そのものじゃない)

 実際、三人で外出した際には知らない人から、そう声を掛けられている。真っ赤になるほど恥ずかしかったが、嫌な気はしない。

 一方で、アイズが戻ってきたことにより、朝の訓練が再開された。リース、ベル、レフィーヤと三人そろって、変わらずノアとアイズにボコボコにされた。

 

「何故付いてくる」

「教えて欲しいことがある」

 訓練後、既視感を覚えるしかないやり取りを、ノアとアイズは交わす。【無影脚】と【(エアリアル)】の追いかけっこになったのも同じだ。

 ただし今度は、ノアの方が分が悪い。Lv.6に上がったアイズを撒くのは10階層で諦めた。

「力で排除するしかないのであれば、そうさせてもらう」

 影がノアの体を取り囲む。【黒幻洞(イビルゲート)】。その影を見て、アイスは確信と共に聞く。

「……それは、精霊由来の魔法?」

 

「違う」

 あっさり否定され、沈黙が場を支配する。しばらくの後に再起動したアイズが、「そんなはずはない」と食い下がるが、「疑うなら神の前で白黒つけてもいい」とまで言われては、引き下がるしかなかった。

「……じゃあ、どういう事?」

 【黒幻洞(イビルゲート)】に、アイズが自分の【(エアリアル)】に近い何かを感じたのは確かだ。しかしノアは精霊由来の魔法であることを明確に否定する。もはや、わけがわからない。

 

「……?」

 不意に、アイズが別の方向に視線を向けた。姿は見えないが、何かいる。

「……気付かれてしまったか。なに、君たちを害しようとは考えていない。だから、その剣を下してもらいたいのだが」

 現れたのは、黒ずくめのローブを纏った、男とも女とも見分けのつかない存在である。ノアは何も言わないが、言われた通り剣は下した。相手がフェルズだったからだ。

 

「君たちに冒険者依頼(クエスト)を託したい。24階層で怪物(モンスター)の大量発生という異常事態(イレギュラー)が起きた。これを調査、あるいは鎮圧してもらいたい」

 フェルズが言うには、今回の異常は『リヴィラの街』を襲撃した人物、例の『宝玉』が関係している可能性が高いと言う。ノアがちょうど34階層に向かい、帰るころに起きた事件だ。

「なお、『リヴィラの街』には既に『協力者』がいる。そこにLv.6に至った【剣姫】と、『最大賭博場(グラン・カジノ)』襲撃事件で話題となったノア・セファルが加わってくれれば、非常に心強い。君の力は第一級冒険者に匹敵するもの、と見ているからね」

 

(フェルズの奴―)

 相手は初対面という振りで通すつもりでいるが、空々しくて合わせる気にはなれない。『眼晶(オクルス)』を通して依頼があると聞いていたので10階層で止まったものの、アイズと同行させようというのはどういうつもりなのか。

「わかりました……」

 散々に思考を重ねた末、これは罠ではないと見たアイズが承諾する。ノアは息を一つ吐いただけだが、剣は納めた。まあ、最大賭博場(グラン・カジノ)の件で散々迷惑を掛けたことを思えば、素直に聞いてやって良い。

 アイズの方は【ファミリア】宛の手紙をフェルズに託す。それを持って、フェルズは姿を消す。

「言われた通り、18階層…、『リヴィラの街』に向かうぞ」

 フェルズが姿を消した後、ノアはアイズに語り掛ける。アイズも頷いた。

 

「フェルズ、何故、ノアと【剣姫】に依頼を出した」

「ちょうど二人でいたから、いい機会と思った。例の『宝玉』に対して、【剣姫】は過剰な反応を示したらしい。何か因縁があるのでは、と判断してのことだ。宝玉の正体を解明する糸口になるやもしれない」

 ウラノスから確認されるように聞かれると、フェルズはよどみなく答える。アイズに対しては、ウラノスも同意見なのであろう。無言のまま、フェルズを見据える。

 問題はノアの方だ。フェルズはノアと誰かを組ませて依頼するなど、これまでしてこなかった。

「もうノアの実力を隠蔽する段階は過ぎた。それなら、最大限活用するべきだ。『闇派閥(イヴィルス)』の残党が予想以上の戦力を残しているとなると、援軍は【剣姫】一人でも心許ない。…それに『協力者』には、今回のことは言いふらすなと釘を刺してある。彼の【ファミリア】だ」

「ヘルメスか…」

 

 

「あんたらが援軍!?」

 18階層『リヴィラの街』外れの、洞窟にある酒場『黄金の穴蔵亭』。その店の決められた席に座り合言葉を言うと、隣に座っていた犬人(シアンスロープ)の少女がひっくり返った。

「ヘルメス・ファミリア、【泥犬(マドル)】……」

「ありゃ、私の二つ名知っててくれたんだ。でも私、その名前嫌いなんだ。名前で呼んでくれよ」

 ノアが二つ名を呼んだことに対し、犬人(シアンスロープ)の少女―ルルネ・ルーイは身を起こしながら返す。アイズとは面識があったようで、店に入った時に挨拶をしていた。

 

「【剣姫】に、今評判のノア・セファルですか…」

 店の奥にいた客も、全員立ち上がる。その中で水色の髪と眼鏡をかけた女が一歩進み出た。ノアもアイズも知っている。

「アスフィ・アル・アンドロメダ…!」

「【万能者(ペルセウス)】…」

 【ヘルメス・ファミリア】団長にして、稀代の魔道具作製者(アイテムメーカー)。彼女の発明は枚挙にいとまがなく、第一級冒険者とは違う分野で、その名声は知れ渡っている。

 そして彼女の後ろに控えているのは、全員が【ヘルメス・ファミリア】の団員。

 

「あんたらも黒ローブの奴に依頼された口かい?私達も、何日か前に依頼を受けてさ…」

「嘘は止めなさい。私たちは、あなたが脅しに屈したため、やむなく引き受けざるを得なくなっただけです」

 【ヘルメス・ファミリア】は主神の命令で団員のLvを偽っていた。フェルズはそれを把握しており、いつか使える交渉手段(カード)として保持していたようだ。

「この馬鹿っ、愚か者っ。脅されようが最後まで白を切ればよかったのですっ、それでも盗賊(シーフ)ですかッ」

 思い出したことで憤懣がぶり返したのか、アスフィが怒鳴りつける。彼女が相当な苦労人であることは、これだけでも解る。ルルネの方は獣耳と尻尾をしおらせていた。

 

「……こほん。見苦しいところをお見せしました。……依頼内容は24階層における怪物(モンスター)の大量発生の原因調査。原因は食糧庫(パントリー)と見られる。……以上で、間違いないでしょうか?」

 アイズが頷く。ここまでは、ただの確認だ。その上で、アスフィが少々聞きにくそうに言う。

「……もう一つ確認したいのですが、セファル氏の実力についてです。Lv.2という事はギルドから発表されましたが、どう考えてもおかしい。どのくらいの実力と見積もればよいかだけ、お教えください」

「……この人の実力は私と互角か、それ以上」

 ノアより先に答えたのは、アイズの方であった。その答えに対し、アスフィはしばらくアイズの顔をじっと見つめ、小さく息を吐く。

「……わかりました。ここで仔細は伺いません。……そのように考えさせていただくことにします」

 

 一方、地上―。

「今日はいーっぱいお菓子も用意したでー。楽しんで行ってやー」

 先日、『怪物祭』という大チャンスを逃したロキは、フォルトゥナを本拠(ホーム)、『黄昏の館』に招待することにした。先日、誘ったら「見たい」と言っていたからだ。

「はー、なんもせんとも絵になる。目の保養やなー」

 庭で遊び回る幼女を、元々細い糸目をさらに細めて眺める。ロキにとっては至福の時間だ。

 そんな時間を、邪魔する者が現れた。

 

「……なんの用やねん、自分」

 ディオニュソスと眷属と思われる女性という客人を迎えたロキの態度は、あからさまに不機嫌である。「はよ帰れ」としか言っていない表情を見た客は、まず土産のワインを差し出した。ここは物で釣るに限る。

「気になる情報を手に入れたんだ。聞いてもらえないかな?」

 ディオニュソスも内心焦る。いや、いつ来ても歓迎されないことは判っているが、今日は大失敗した。その原因は庭で遊んでいたが、ディオニュソスたちに気付いたようで、ととと、と走り寄ってきた。

 

「ロキ、このお姉ちゃんは?」

 フォルトゥナの目当ては、会ったことのない眷族の方だったようである。

「やあフォルトゥナ、彼女は私の眷属のフィルヴィス・シャリアだよ」

 主神の言葉にも関わらず、フォルトゥナはフィルヴィスばかりを見る。そして―。

「白のお姉ちゃん!」

 いつものように、呼び方を決めてしまった。

 




黒幻洞(イビルゲート)】を精霊由来の魔法と思ったのは、単純にアイズの勘違いでした。
ただしちゃんとそう思った理由はあります。
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