肉壁の中は、迷路になっていた。もはや既存の地図は意味をなさず、ルルネが歩きながら
「これが生物なら、地形が変わる可能性もあるが」
「アンタも冷静に怖い事言うな…」
嫌な想像をするノアに、ルルネが突っ込む。肉壁はダンジョンの壁に被さるように広がっている。ダンジョンに「寄生している」と表現するのが正しいか。想像したくは無いが、その指摘は充分ありえる。
「そうなれば吹き飛ばして脱出するだけだ。問題ない」
平然と言うノアを目にしていると、肉壁とこの男、どちらが怖いのかルルネは判らなくなってくる。
「おしゃべりはそこまで。また来ましたよ。ファルガー、エリリー、前線を」
道中、花のような見た目のモンスターにたびたび襲われたが、それは撃退している。花弁の中央部には牙の並んだ巨大な口が存在し、いかにも「人を喰う花」と言うべき怪物だ。
「……個体差がかなりあるように感じますが、Lv.3からLv.4のモンスターと考えるのが妥当でしょうか。……明らかに、24階層にはそぐわない」
アスフィの分析を団員も認め、表情を強張らせる。Lv.4のモンスターとなれば『深層』域のモンスターと同格だ。
とはいえアイズには討伐経験のある相手で、魔石の位置や把握している特性は連携済み。【ヘルメス・ファミリア】が冷静に、一体に複数人で対応すれば、充分に対処可能な相手ではある。
「……どこで知った?」
「『怪物祭』の時と、18階層で襲われた」
食人花の群れが現れた、となると、今回の事件も謎の『宝玉』が関わっていることは、もはや疑いようがない。
ノアの側も、
「赤髪の
「『
ノアとアイズの会話は、無駄口が無いためいつも短い。それでも必要な情報を交換する程度には信頼されてきた、とアイズは感じる。
「十字路…」
しかも食人花の群れが三方、いや後方も含めて四方から押し寄せる。これは不味いと感じたアスフィは、アイズに右、ノアに左の迎撃を依頼する。【ヘルメス・ファミリア】は二手に別れて前後の敵に対応する。
(【剣姫】とノア・セファルであれば、通路の先の敵ぐらい容易く片付ける。我々は無理をせず、防御を固め、犠牲を出さぬように戦うのが第一)
それがアスフィの意図であったが、アイズとノアが通路の先に消えると、天井から巨大な柱が落ちてきた。「避けなさい!」と思わず叫び、そのおかげで団員は皆無事であったが、二人とは完全に分断されてしまう。
「分断!?」
まるで食人花の茎を、より太く巨大にしたような柱が何本も落ちてきて、退路が遮られた。アイズはすぐさまその柱を破壊しようとして、止める。
「………」
通路の奥からの、獰猛な殺気。覚えのある、圧倒的な存在感。この相手には、一時であろうと背を向けてはならない。
「……そちらから出向いてくれるとはな。願ったりだ。」
赤髪の
「【剣姫】、おい、聞こえないのかっ!」
ルルネが叫ぶが、アイズの返事は無い。アスフィはほぞを噛んだが、巨大な柱を破壊してアイズなりノアと合流するのは諦めるべきだ、と判断した。そもそも食人花の対応で精一杯であり、破壊している暇がない。
「全員、進みます!!!」
Lv.6のアイズと、それに匹敵するというノアの心配をするより、自分たちだ。薄情と非難されようが、団長としてまず守るべきは自分の【ファミリア】である。
「ここでの停止は下策中の下策――。撤退は不可能――。ならば、進んだ先で合流を目指します」
後方からさらなる敵の出現に、アスフィが断を下す。二人を信じるしかない、と【ヘルメス・ファミリア】は前へ進む。
「………」
分断されたことに気付いたノアの周囲を、影が取り囲む。発動はしていた【
「……ベルティナから聞いた。それが、『影の鎧』か」
闇の奥から、男の声がした。現れたのは、巨大な戦斧を構えた、
「……ヴァルド・ガルヴァイン。……【
記憶から探った名前を言い当てる。返事は斧の一撃だった。【
「……Lv.6か、貴様」
7年前は、Lv.5だった。一時期は【
「そう言う貴様は…。思い出したぞ。あの神が連れて行った、小僧か」
ノアの口角がつり上がる。自嘲するような笑いが浮かぶ。8年前のことだ。とある神が、『
――その神の名は、エレボス。
「……解せんな。あの神の眷族が、何故俺達に敵対する?」
神エレボスが、7年前に起こした『大抗争』。
その真意を、ヴァルドは知らない。そして、その『試練』が失敗した時の『保険』まで、エレボスは考えていたなど。
「喋り過ぎだ」
ノアが剣を構え、ヴァルドの言葉を遮る。本人にとっては、どうでもいいことだ。『義理』は果たしてやるつもりではあるが、神界に送還された神の意のままに動くほど、お人よしではない。
「……知っていて言わなかったな、ベルティナ」
ヴァルドの指摘にばつが悪そうに視線を逸らして、シュリが闇の中から姿を現す。8年前、シュリ・ベルティナが懇意にしていた少年。表の世界であれば、幼馴染と言える存在がノア・セファルだった。
「まあ良い。サリオス、ベルティナ、…この男を排除する」
ヴァルドの宣言に、双剣を構えた男も姿を現した。シュリも武器の短剣を構える。……それに対し、ノアは薄く笑った。
「いよいよ、ですか…」
食人花の襲撃を撃退しながら進むこと幾度か。【ヘルメス・ファミリア】はついに
「襲撃がぴたりと止んだ。これで打ち止めならいいのだがな…」
団員の一人が言う。そんなことはあり得ないと皆が思いつつ、可能な限りの補給を行う。むしろ、ここからが本番だ。
「行きます」
アスフィの宣言で、歩を進める。
緑の肉壁に侵食された巨大な空間。垂れ下がった無数の蕾からは、これまで散々苦しめられた食人花が生まれている。そして何より目を引くのは、
「宿り木…?」
誰かが呟いた。
そしてその根元には緑色の球体――18階層でルルネやアイズが見た『宝玉』が取り付き、さらにその側に仮面をかぶった男と白髪の女がいる。
「む、【
女の姿を見て、アスフィが冷汗を流す。女の隣には灰がうず高く積まれている。間違いない。そして非常に不味い。この女は、6年前まで、『
「【命は形を持たず 形は理を捨てる 願いは法をねじ曲げ 魂は器に縛られる 忌むべき構成を許せ 偽りの神性に祝福を 嗤え 嘆け 狂え そして生まれよ】――」
アスフィが指揮を忘れた一瞬に、ミリスは詠唱を完了させた。ミリス・ディルティスは魔術師。そしてLv.5。何より凶悪なのがその魔法――。
「【
魔石と、
「さあ、行きなさい」
今回生み出された戦闘人形は、まるで巨大な蠍に虫の羽根を生やしたような、異形の存在。戦闘力は使用した魔石とミリスの魔力次第でどうにもなる。
「この…!」
ファルガーが大剣を振るい一匹を両断するが、すぐさまくっ付いて元に戻る。元が灰なのだ。斬ろうが砕こうが、死ぬことなど無い。
その異形が、五、十。まだ増える。一匹あたりの戦闘力は、Lv.3からLv.4。食人花と同等だが、倒せないのが厄介極まりない。
「それでも再生時には動きが止まります。破壊を繰り返しなさい」
再生には魔力が必要。破壊することは、確実にミリスの
「なっ…!?」
アスフィの驚愕に、ミリスが薄く嗤う。【
「ポック!!!」
吹き飛んだ小柄な団員は、既にこと切れていた。動揺した姉のポットの首筋に、別の異形が噛みついた。夥しい血を噴き出し、倒れる。アスフィの目からは、スローモーションのようにゆっくりと、はっきりと見えた。
「う、嘘だろ…」
誰かが呟く。仲間の死で、【ヘルメス・ファミリア】の戦意は一気に落ちた。その間にミリスはさらなる
「くっ!!!」
五つの『
(ならば――!)
ミリスを討つ。魔力の供給を断てば、戦闘人形は維持できない。幸い、仮面の男はやる気がないのか、動きを見せない。ミリスはLv.5とはいえ、魔術師。近接戦に持ち込めば、Lv.4のアスフィにも勝機はあるはずだ。
「【
そんなアスフィを嘲笑うように、ミリスが
【
「随分抗うけど、安心して死んでくれていいのよ?死体は、私が使ってあげるから」
微笑すら浮かべながら告げるミリスに、アスフィは絶望した。勝てない。この女一人で、【ヘルメス・ファミリア】を圧倒している。
「ゴルメス!!!」
また一人、今度は蟻に食われた。強靭な顎が、人の胴体を両断する。もはや陣形も何もない。蠍の異形は縦横無尽に飛び回り、鋏や尾で攻撃しつつ、取り付けば自爆する。それに気を取られると、蟻の噛みつきをかわせない。
撤退、と叫びそうになり声を呑み込む。ミリスの人形とあの食人花の群れを突破して来た道を引き返す?到底無理だ。逃げ切る前に全滅する。
ならば手持ちのアイテムを総動員してこの状況を打破する策は――。ない。
――壁から、轟音が響いた。
感想で何件かありましたが、ノアはエレボスの実子ではないことをようやく出せました。たまたま似ていた子供を見つけ、彼が興味を示しただけです。
ただし、この二人には、ただの神様と眷族というだけではない関係がありまして…。
なお原作での世界線
ミリス、ヴァルド…『大抗争』『27階層の悪夢』後、
シュリ…
サリオス…【疾風】の暴走時に巻き込まれて死亡
という設定で考えてます。