「何だ!?」
仮面の男が叫んだ。土埃から、戦斧を抱えた大男が飛んできた。地面に叩きつけられられるような無様はしなかったが、受け身をとり着地した後、がくりと膝を付く。
「なっ!?ヴァルド!?」
ミリスが初めて、驚愕をあらわにした。ヴァルド・ガルヴァインはLv.6。間違いなく、自分たちの中で最強の存在のはずだ。それが、血まみれで膝を付く?そんな馬鹿なことが、あるはずがない。
もう一人、濃紺のマントの女も飛んできた。シュリだ。そう、シュリとサリオスまで付けたのだ。負けることなど、あるはずが――。
だが土埃が晴れた先に現れた男は、まったくの無傷。勝つどころか、相手に傷一つ負わせられなかった?
「シュリ、状況を説明しなさい!」
「相手は化物。私たちの手に負える代物じゃない。ミリス、ここを放棄して撤退を進言する。…それと、サリオスは死んだ」
シュリが簡潔かつ努めて冷静に言った内容に、ミリスが絶句する。現実を見れば受け入れざるを得ない事なのに、理解が追いつかない。
「馬鹿なことを……。『彼女』の夢が遠のくではないか。……やれ、
ミリスが次の指示を出す前にシュリの言葉に反発したのは、仮面の男だ。彼の言葉に従うように、食人花の群れがノアを襲う。
「【
影が杭に変化し、その群れを串刺しにした。
「な…ぁ…」
食人花の群れが灰に還り、ザァァと流れる音だけが場を支配する。ノアは高所から、見下すような視線を送るのみ。
ミリスは半ば無意識に、全ての
「た、助かった……?」
ルルネが呟く。ノア一人の存在により、形勢がひっくり返った。自分たちを一人で圧倒したミリスでさえ、狼狽を隠せない。しかし、事態の急変に、ルルネも理解が追いつかないでいる。
ノアの姿が消えた。そう思った次の瞬間には仮面の男が吹き飛んでいた。【無影脚】で間合いを詰め、剣で弾き飛ばした。仮面の男はかろうじて防いだだけだ。
「貴様があの花を操っている
「まずは訂正してもらおうか。『彼女』の代行者たる私を
不快感で口元を歪ませながら繰り出された拳打を、【
「ヴァルドは回復後あの男を足止め、シュリは私と共に、この連中を一掃」
【無影脚】に反応できなかった。それでノアがどれほど危険な存在なのか悟ったミリスが、矢継ぎ早に指示を出す。
「わかった」
シュリが両手に短剣を構える。【ヘルメス・ファミリア】にとっては状況が悪化したといえる。ミリス一人ですら手に負えなかったのに、敵が一人増えた。
そこに、一条の雷鳴が轟き渡る。【ヘルメス・ファミリア】が通ってきた通路からだ。振り返って見れば、食人花相手に暴れる
「………!!!」
第一級冒険者、【
「ミリス、【
シュリの提案を認める他ない。【ロキ・ファミリア】最速と言われるベートを相手にできるのは、シュリしかいないだろう。
他の二人は、Lv.3の【
シュリがベートを、ヴァルドがノアを抑え込めば、まだ自分一人で残りの相手はできる。
「あ?どういう状況だ?」
食人花を一掃したベートが悪態をつく。変容したダンジョンの有様は、何が起きているかはわからないものの確実に何かが起きていると告げるには十分であり、ベートといえど危機感を覚えて急行してきたのだ。
肉壁の中の道には先行した者達の足跡を示すように水晶の欠片が落ちており、倒されたモンスターの死骸をたどればこの大空洞にたどり着くのは容易であったが、当然ながらその道標はアイズによるものと思っていた。
それが来てみれば、アイズの姿は見当たらない。冒険者パーティと思しき二組が向き合っている。そして周りでは、あのノア・セファルと仮面の男が激しくぶつかっている。
「おーーーい、お前、レフィーヤだろ!?助けてくれーーー!!!!」
どちらが敵なのか迷う中で、ルルネが叫ぶ。レフィーヤと彼女は18階層、『リヴィラの街』が襲撃されたときに面識がある。どうやら敵はもう一組のようだ。
「!!!!」
次の瞬間、ベートの双剣が激しく鳴った。レフィーヤもフィルヴィスも反応できなかった一瞬で、シュリがここまで間合いを詰めていたのだ。
「やるじゃねえか、女」
ベートが獰猛な笑みを浮かべる。対してシュリは舌打ち一つで返した。シュリはレフィーヤを一撃で葬るつもりだった。ベートが止めねば、レフィーヤの首を落とせていたはずだ。
ベートもシュリも飛び退る。そこから恐ろしい速度での白兵戦が展開された。二人の速度は、ほぼ互角。
(ベートさんと、互角!?)
その事実がレフィーヤには信じられない。見たところ、相手の女性は自分より少し上、20歳程度のヒューマンと思われる。敏捷に優れる獣人であればまだ話は解るが――。
「ぼさっとするな、ウィリディス!」
フィルヴィスの声に現実に戻る。そうだ、とにかく敵は判明した。ならば自分は、まずあの異形のモンスターに囲まれた女を撃つ。
「【誇り高き戦士よ 森の射手隊よ 押し寄せる略奪者を前に弓を取れ 同胞の声に応え 矢を番えよ】」
レフィーヤが詠唱に入ったのを見て、ミリスは小さく息を切り、舌の奥で不満を押し殺しながら
「【一掃せよ、破邪の
フィルヴィスがそれを迎撃する。レフィーヤの足元に
「【帯びよ炎 森の灯火 撃ち放て 妖精の火矢 雨の如く降り注ぎ 蛮族どもを焼き払え】――【ヒュゼレイド・ファラーリカ】!!!」
開放。火炎の豪雨が降り注ぐ。火矢はミリスの
「体勢を立て直します!消耗している者から補給を!」
アスフィが叫ぶ。好機。とにかく全滅必至の状況からは、二段も三段も好転した。
「【命は形を持たず 形は理を捨てる 願いは法をねじ曲げ 魂は器に縛られる 忌むべき構成を許せ 偽りの神性に祝福を 嗤え 嘆け 狂え そして生まれよ】――【
ミリスは再び戦闘人形を創り出す。今度は小型の鳥で、数は30以上。速さと物量でレフィーヤの詠唱を封じるつもりだ。
「全員、【
この盤面を打開する鍵は、レフィーヤの魔法。そう感じたアスフィは、レフィーヤの周りに円陣を敷いた。
「ぬうん!!!」
隙を見て振り下ろされた戦斧は、影に阻まれた。先ほどは少し軋ませたはずの一撃が、今度はびくともしない。ヴァルドが、飛び退る。
ノアが剣を一閃する。当たるはずのない間合い。なのにヴァルドの体は切り刻まれた。致命傷だけは回避して
「…前衛型のLv.6を相手にするには、このくらいの魔力が必要か。参考になった」
悠然と言うノアに対し、ヴァルドは、化物め、と悪態をつく。【閃光刃】と【
ノアが再度、剣を一閃。今度は仮面の男が【閃光刃】に切り刻まれた。
「ぐうぅぅぅ!!!!!
回復薬も使わず、仮面の男の傷が癒えていく。そしてその号令に従い、食人花の群れがノアを襲う。しかしそれも【閃光刃】で切り刻まれ、【
「馬鹿な馬鹿な馬鹿なぁ!!!人を超えた私が!『彼女』に愛されたこの私が、負けるはずなどないのだぁ!!!」
半ば自暴自棄のように襲い掛かってきた仮面の男の顔面を、ノアは蹴り飛ばした。仮面が割れて砕け散った。吹き飛んだ男は【ヘルメス・ファミリア】とミリスの間を両断するように飛び、壁面を爆発させる。
「ぐぅ…、おのれ……」
それでも悪態をつきながら起き上がる男に、普通なら死んでいるはずだがな、とノアは思う。【閃光刃】の傷も、回復魔法もなしに癒えていく。この男、明らかにおかしい。
「なっ…」
仮面が無くなったことであらわになった男の容貌を見て、最初に反応したのはアスフィだった。
「……【
同じく絶句したフィルヴィスが、震える唇で呟く。その名前を聞いて、周囲がざわめいた。皆が自分の記憶と現実の光景を比較して「嘘だろう」「ありえない」と呟く。
一人レフィーヤだけが状況に取り残され、ただただ困惑していると――。
「馬鹿な、何故死者がここにいる!!!」
耐えきれなくなったように、アスフィが叫んだ。
アイズさんは未だレヴィス(原作より強化)と戦闘中です。