『神造』の英雄   作:蘭陵

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24.死を喰らう者

 『死者蘇生』。人の分限を超えたものの一つとして語られ、古代より人が夢見、そして絶望してきたものでもある。『賢者の石』――永遠の生命――の生成に成功したという古の『賢者』でも何度も失敗し、ついには届かなかったと言われている。

(まさか――)

 ミリスの【異形創造(クラフト・アバター)】の力が、それほどだと言うのか。だが一度疑いはしたものの、違うとアスフィの理性は断言する。

 【異形創造(クラフト・アバター)】は死体から戦闘人形を創り出す魔法。人形はあくまでミリスの指示に従って動く『兵器』だ。オリヴァスの死体を使えばその姿をした人形を作ることはできるだろうが、自我を持つとまでは思えない。

 

「邪魔をするな、オリヴァス」

 ミリスが苛立ちを隠そうともせず、命令というよりは叱責に近い声をぶつける。だが、白髪の鬼は片目を細めて肩をすくめた。

「……相変わらず耳障りな女だ。そのような物言いは、貴様の人形だけにしておけ」

 ノアに蹴り飛ばされて少しは頭が冷えたのか、オリヴァスが静かに返す。だが互いに視線を合わせようとすらしない。信頼関係がないのは明らかだった。

 

「貴様らも、私がこの女の魔法で甦ったとでも思っているのではないか?実に心外だ。私は選ばれし者。神々の『恩恵』に縋るだけの貴様らとは、次元の違う存在なのだ」

 その瞬間、高らかに謳うオリヴァスの胸に、光るものが見えた。【閃光刃】でつけられた傷の奥に、無機質な何かがある。

「……魔石?極彩色の…」

 その何かに気づいて、レフィーヤが息を呑む。あの食人花と同じ、極彩色の魔石。

 

「……そう、私は一度死に、生まれ変わったのだ!人と、モンスターの力を兼ね備えた至上の存在として!」

 オリヴァス・アクトが死亡したと確認された事件、6年前の『27階層の悪夢』。7年前の『大抗争』で敗北した闇派閥(イヴィルス)が起こした、最後の抵抗としても語られる。

 ダンジョン内に不審な動きがあるとわざと情報を漏洩(リーク)し、誘い込んだ有力派閥に捨て身の『怪物進呈(パス・パレード)』を仕掛けた。階層中のモンスター、果ては階層主まで巻き込んだ混戦は、地獄絵図の様相を示したという。

 オリヴァスはその首謀者であり、事件後の調査で下半身だけが発見された。

 

「……ふざ、けるな。ふざけるな。ふざけるなァ!!!」

 そして、フィルヴィス・シャリアも、『27階層の悪夢』の数少ない生き残り。仲間をすべて失った憎悪に身を焦がし、怒りに任せて先頭に躍り出た。

「【一掃せよ、破邪の聖杖(いかずち)】!!!【ディオ・テュルソス】!!!」

 瞋恚の炎を瞳に宿し、フィルヴィスが魔法を放つ。だが、多大な精神力(マインド)が傾けられた迅雷をオリヴァスは正面から受け止め、左右に引き裂いた。

「…温い。この程度では、『彼女』の加護を受ける私には、通用しないぞ?」

「お前だけは、お前だけはァ!!!」

 フィルヴィスはなおも怒り狂い、杖をオリヴァスに向ける。その腕を掴んで止めたのは、【無影脚】で一瞬のうちに移動してきたノアだった。

 

「やめておけ。貴様では勝てん」

「は、離せ!!!私に触れるな!!!」

 エルフの潔癖を発揮して、フィルヴィスは慌てふためいてノアの手を振り払った。しかしオリヴァスから意識が逸れたことで頭が冷えたのか、がむしゃらに突撃するのを止め、大きく息を吐く。

「………お前なら、勝てるのか?」

「無論だ」

 フィルヴィスの問いに言い切ったノアに対して、オリヴァスが憎悪のまなざしを向ける。完全に馬鹿にされている。……というより、自分はこの男の眼中にない。

「……理解した。貴様は、地中深く眠る『彼女』の理想を阻む存在!迷宮都市(オラリオ)を滅ぼすためには、絶対に排除せねばならぬ障害!!!」

 

「……それが、貴様の目的か」

 『地中深く眠る』、『迷宮都市(オラリオ)の崩壊』。その語句から導き出される答えは、『古代』のモンスターと同じ、『地上進出』。

「そうだ。『彼女』は空を見たいと言っている。『彼女』の望みは必ずや私が成就させて見せる」

 陶酔したように語るオリヴァスに、ノアが一瞬で近付く。

「は?」

 オリヴァスが気付いた時には、ノアの腕が胸を突き破り、背から生えていた。

 

「……貴様ごとき、人の皮を被っただけの怪物(モンスター)が『人とモンスターの力を兼ね備えた至上の存在』?………笑わせる」

 ノアの手には、オリヴァスの魔石が握られていた。【黒幻洞(イビルゲート)】を手に纏わせれば、怪物の体を貫く程度は容易い。

「なっ…!き、貴様」

 驚愕で見開いた眼が、そのまま固まる。核を引き抜かれたオリヴァスは、他のモンスターと同じく灰となって崩れ落ちた。それを一瞥し、ノアが言い捨てる。

「それに相応しいのは、俺だ」

 次の光景を理解できた者はいたかどうか。ノアは血で汚れたままの極彩色の魔石を口に運び、()()()()()

 

「……な、何をしました?」

 見なかった方が良かった、とアスフィは思う。何をしているんだこの男は?いや、見た光景は把握できている。が、理解がまったく追いつかない。

「……魔石を、喰った?」

 レフィーヤやフィルヴィスはあまりに衝撃的な光景を前に、完全に思考が停止。出来たことは、ただそれを言葉にしたのみ。

「………」

 死体を操るミリスでさえ、呆然とその光景を眺める。オリヴァスが死んだことなど、目の前の出来事からすればどうでもいい。

 

「【剣姫】がさらなる高みに上った。……であれば俺も、一段進む」

 ノアは何も説明しない。ただ血塗れの魔石を噛み砕くその行為だけで、そこにいる全員の背筋を震わせる。そして理解を『強制した』。――この男が、自分たちの常識を越えた領域にいるということを。

 ノアのスキル【死を喰らう者(デヴォウラー)】。その能力は『限界超越』。怪物(モンスター)と同じく魔石を喰らうことにより能力値(ステイタス)を上昇させる、究極にして反則の成長スキル。

 Lvという概念すら、【死を喰らう者(デヴォウラー)】は超越する。ノアのLv.1最終ステイタスは、全項目1万以上。第一級冒険者並みの力を持つに至ったのも、そのためだ。

 そして【死を喰らう者(デヴォウラー)】の真の驚異は、『神の恩恵(ファルナ)』よる成長と両立可能なことと、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。理論上は、無限の強化を可能とする。

 

 ノアの目が、ミリスを見据えた。意識とは関係なく背筋が凍る。【骸姫(むくろひめ)】とまで恐れられた自分が恐怖した、とミリスが理解するまでに、一瞬の間が必要だった。

 ギィン、と金属音が響く。ノアの剣とヴァルドの戦斧が打ち合う音だった。ミリスはまったく反応できなかった。ヴァルドがいなければ首が落ちていたと理解して、冷汗が流れる。

「面白い。調整も兼ねて、遊んでもらおうか」

 戦斧が押される。明らかに、力が一段上昇している。笑みすら浮かべて言ってくるノアに、ヴァルドも戦慄した。化物という言葉でも、この男には生温い。

 

「ウオオオオオオオオオオォォ!!!!」

 ヴァルドが、叫んだ。それは獰猛な『獣』の雄叫び。ミリスや【ヘルメス・ファミリア】の動きすら止める、『獣の咆哮』。

「…『獣化』?」

 アスフィが、思わず呟いた。その身に秘めた獣性と力を開放することで身体能力を上昇させる、特定の種族の獣人にのみ許された『スキル』。

 

 ヴァルドの眼が、獣の光を宿す。斧を構えたまま地を蹴った瞬間、視界から消えた。

 風鳴り。重い戦斧の一撃が、風を裂き、大岩を粉砕する。それでもノアは表情に余裕を見せ、その一撃を躱す。

「ガアアアアアァァ!!!」

 薙ぎ払い。衝撃波だけで周囲を破砕する一撃を、ノアは剣だけで防ぐ。ガゴォと凄まじい音が響き、逆にヴァルドの戦斧の方が罅割れた。

「……【アスフォデル】は最硬金属(オリハルコン)製だ」

 呟くように言われ、ヴァルドは武装まで化物級かと内心で毒づいた。『獣化』してなお、この男には届かない。魔石を喰らってからは、魔法さえ使わなくなった。

 

「ヴァルド……」

 ミリスも、状況がもはや挽回不能であることを悟る。ヴァルドが『獣化』を使った、ということは、最後の切り札を切ったということである。それでも及ばないなら、もはや手はない。

「【異形創造(クラフト・アバター)】!!!」

 生み出した鳥の人形を、全て【ヘルメス・ファミリア】に向ける。『火炎石』を内蔵した爆弾でもあるそれは、【ヘルメス・ファミリア】を混乱させ追撃を断つには十分だった。

 その間にミリスは『宝玉』を回収しようとしたが――、どこから現れたのか、それより先に紫の外套と仮面をした謎の人物が、『宝玉』を確保していた。

『コレハ私ガ『エニュオ』ノ元へ届ケル』

 仮面の人物は様々な肉声が折り重なったような、作り物めいた声で応える。今になって出てきて、とミリスは舌打ちしたものの、最低限の目的は達成されたとして、叫ぶ。

「ヴァルド!シュリ!撤退よ!!!」

 逃がすか、と追おうとしたノアとベートに、柱に取り付いていた巨大花が襲い掛かる。二人がそちらに気を取られた一瞬で、ヴァルドもシュリも戦闘から離脱していた。

 

「ちっ!!!」

「………」

 守るべき『宝玉』を失ったことで、近くの人間を『排除すべき敵』と認識したのか。3体の超大型モンスターが暴れまわり、さらには食人花も次々と産み落とされる。

 視界を占領する、毒々しい極彩色の花、花、花。前後左右、頭上さえ食人花で埋め尽くされる。もはやこの大空洞に、食人花が存在しない場所はない。その数は、優に数百。

 

「【黒幻洞(イビルゲート)】」

 巨大花の一体を、影が止める。しかし別の一体が、【ヘルメス・ファミリア】の陣に突っ込んだ。止めようがない相手に、逃げ惑うことしかできない。

「メリル!!!」

 小人族(パルゥム)の魔導士を、エルフの女性が投げ飛ばした。そこを巨大花の巨体が通り抜ける。巻き込まれたエルフの女性は巨大花と地面の間で挽肉となったであろう。

 

「スィーシア………?」

 助けられたメリルが、呆然と呟く。そこに、巨大花が向きを変えたことで再び巻き込まれそうになる。

「うらぁ!!!」

 ベートの渾身の回し蹴りが、それを止めた。巨体過ぎてわずかに軌道を変えただけだが、それでもメリルが轢き殺されるのを阻止することはできた。

「ぼさっとしてんじゃねぇ!!!死にてぇのか!!!」

 ベートの罵声が飛ぶ。それを受けた小人族(パルゥム)の少女は怯えたように身を小さくした。巨大化に続いて襲い掛かる食人花を撃退したベートは大きく舌打ちし、レフィーヤの元に駆けた。

 

「おい!!!()()()()()()()()()()()()!!!」

 魔法で全部吹き飛ばせ、と言うベートに、レフィーヤは即答できない。この状況で詠唱しようものなら、魔力に反応する食人花が押し寄せる。自殺行為だ。

「うるせぇ!死ぬ気でやれ!!!甘えてんじゃねぇ!『いつか追いつきたい』なんて雑魚の常套(きまり)文句で止まらず、『今』、俺たちに吠え面をかかせてみせろ!リヴェリア・リヨス・アールヴ(あのクソババァ)を、超えてみせろ!!!」

 それだけ言い、ベートはまた巨大花の相手に戻る。その背中を目で追い、レフィーヤは杖を握りしめる。力に餓えた狼(ベート)の言葉は、確かに未熟な妖精(レフィーヤ)の心に火をつけた。

 

「【ウィーシェの名のもとに願う 森の先人よ、誇り高き同胞よ 我が声に応じ草原へと来たれ】」

 レフィーヤの足元に、山吹色の魔法円(マジックサークル)が展開される。

「【繋ぐ絆、楽園の契り 円環を廻し舞い踊れ 至れ、妖精の輪 どうか――力を貸し与えてほしい】――【エルフ・リング】」

 予想通り魔力に反応する食人花が襲い掛かるが、レフィーヤは詠唱を止めない。目を見開き、その攻撃を躱し、疾走しながら謳い続ける。

「【――間もなく、焔は放たれる】」

 レフィーヤの魔法【召喚魔法(サモン・バースト)】。詠唱及び効果を完全把握した同胞(エルフ)の魔法を『召喚』する、【千の妖精(サウザンド・エルフ)】の由来――。

 

「ウィリディス!!!!」

「皆、【千の妖精(サウザンド・エルフ)】の援護を!!!!」

 詠唱に気づいたフィルヴィスとアスフィが叫ぶ。レフィーヤの『並行詠唱』は、未だ付け焼刃。食人花の群れを相手にしながらでは、まず暴発は免れえない。

「【忍び寄る戦火 免れえぬ破滅 開戦の角笛は高らかに鳴り響き 暴虐なる争乱が全てを包み込む】」

 それでもレフィーヤは謳う。後になって思い返した彼女が言うには、半ば自棄になっていたらしい。アイズとノアにボコボコにされた訓練を思い出し、主神(ロキ)の言葉を借りるなら「食人花がなんぼのもんじゃー」という心境だったとか。

 それが先日、巨猿(シルバーバック)に襲われた兎と同じ思いであることなど知らず、レフィーヤは猛る。

「【至れ 紅蓮の炎 無慈悲の猛火 汝は業火の化身なり】」

 アスフィの短剣が舞い、フィルヴィスの雷が敵を焼く。怯えるだけだったメリルも魔法を詠唱し、一体でも多くの食人花を引き付ける。

「【ことごとくを一掃し 大いなる戦乱に幕引きを 焼きつくせ スルトの剣――我が名はアールヴ】!」

 大空洞中に、翡翠色に変化した魔法円(マジックサークル)が展開。次の瞬間、レフィーヤのありったけの精神力(マインド)が込められた『魔法』は放たれた。

「【レア・ラーヴァテイン】!!!」

 

 業火が、全てを呑み込んだ。

 




死を喰らう者(デヴォウラー)
・限界超越
・魔石摂取により能力値増加、上限増加
・怪物と同じく魔石を喰らうことにより能力値を上昇させる。Lvという概念すらぶち壊す反則スキル。
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