『死者蘇生』。人の分限を超えたものの一つとして語られ、古代より人が夢見、そして絶望してきたものでもある。『賢者の石』――永遠の生命――の生成に成功したという古の『賢者』でも何度も失敗し、ついには届かなかったと言われている。
(まさか――)
ミリスの【
【
「邪魔をするな、オリヴァス」
ミリスが苛立ちを隠そうともせず、命令というよりは叱責に近い声をぶつける。だが、白髪の鬼は片目を細めて肩をすくめた。
「……相変わらず耳障りな女だ。そのような物言いは、貴様の人形だけにしておけ」
ノアに蹴り飛ばされて少しは頭が冷えたのか、オリヴァスが静かに返す。だが互いに視線を合わせようとすらしない。信頼関係がないのは明らかだった。
「貴様らも、私がこの女の魔法で甦ったとでも思っているのではないか?実に心外だ。私は選ばれし者。神々の『恩恵』に縋るだけの貴様らとは、次元の違う存在なのだ」
その瞬間、高らかに謳うオリヴァスの胸に、光るものが見えた。【閃光刃】でつけられた傷の奥に、無機質な何かがある。
「……魔石?極彩色の…」
その何かに気づいて、レフィーヤが息を呑む。あの食人花と同じ、極彩色の魔石。
「……そう、私は一度死に、生まれ変わったのだ!人と、モンスターの力を兼ね備えた至上の存在として!」
オリヴァス・アクトが死亡したと確認された事件、6年前の『27階層の悪夢』。7年前の『大抗争』で敗北した
ダンジョン内に不審な動きがあるとわざと情報を
オリヴァスはその首謀者であり、事件後の調査で下半身だけが発見された。
「……ふざ、けるな。ふざけるな。ふざけるなァ!!!」
そして、フィルヴィス・シャリアも、『27階層の悪夢』の数少ない生き残り。仲間をすべて失った憎悪に身を焦がし、怒りに任せて先頭に躍り出た。
「【一掃せよ、破邪の
瞋恚の炎を瞳に宿し、フィルヴィスが魔法を放つ。だが、多大な
「…温い。この程度では、『彼女』の加護を受ける私には、通用しないぞ?」
「お前だけは、お前だけはァ!!!」
フィルヴィスはなおも怒り狂い、杖をオリヴァスに向ける。その腕を掴んで止めたのは、【無影脚】で一瞬のうちに移動してきたノアだった。
「やめておけ。貴様では勝てん」
「は、離せ!!!私に触れるな!!!」
エルフの潔癖を発揮して、フィルヴィスは慌てふためいてノアの手を振り払った。しかしオリヴァスから意識が逸れたことで頭が冷えたのか、がむしゃらに突撃するのを止め、大きく息を吐く。
「………お前なら、勝てるのか?」
「無論だ」
フィルヴィスの問いに言い切ったノアに対して、オリヴァスが憎悪のまなざしを向ける。完全に馬鹿にされている。……というより、自分はこの男の眼中にない。
「……理解した。貴様は、地中深く眠る『彼女』の理想を阻む存在!
「……それが、貴様の目的か」
『地中深く眠る』、『
「そうだ。『彼女』は空を見たいと言っている。『彼女』の望みは必ずや私が成就させて見せる」
陶酔したように語るオリヴァスに、ノアが一瞬で近付く。
「は?」
オリヴァスが気付いた時には、ノアの腕が胸を突き破り、背から生えていた。
「……貴様ごとき、人の皮を被っただけの
ノアの手には、オリヴァスの魔石が握られていた。【
「なっ…!き、貴様」
驚愕で見開いた眼が、そのまま固まる。核を引き抜かれたオリヴァスは、他のモンスターと同じく灰となって崩れ落ちた。それを一瞥し、ノアが言い捨てる。
「それに相応しいのは、俺だ」
次の光景を理解できた者はいたかどうか。ノアは血で汚れたままの極彩色の魔石を口に運び、
「……な、何をしました?」
見なかった方が良かった、とアスフィは思う。何をしているんだこの男は?いや、見た光景は把握できている。が、理解がまったく追いつかない。
「……魔石を、喰った?」
レフィーヤやフィルヴィスはあまりに衝撃的な光景を前に、完全に思考が停止。出来たことは、ただそれを言葉にしたのみ。
「………」
死体を操るミリスでさえ、呆然とその光景を眺める。オリヴァスが死んだことなど、目の前の出来事からすればどうでもいい。
「【剣姫】がさらなる高みに上った。……であれば俺も、一段進む」
ノアは何も説明しない。ただ血塗れの魔石を噛み砕くその行為だけで、そこにいる全員の背筋を震わせる。そして理解を『強制した』。――この男が、自分たちの常識を越えた領域にいるということを。
ノアのスキル【
Lvという概念すら、【
そして【
ノアの目が、ミリスを見据えた。意識とは関係なく背筋が凍る。【
ギィン、と金属音が響く。ノアの剣とヴァルドの戦斧が打ち合う音だった。ミリスはまったく反応できなかった。ヴァルドがいなければ首が落ちていたと理解して、冷汗が流れる。
「面白い。調整も兼ねて、遊んでもらおうか」
戦斧が押される。明らかに、力が一段上昇している。笑みすら浮かべて言ってくるノアに、ヴァルドも戦慄した。化物という言葉でも、この男には生温い。
「ウオオオオオオオオオオォォ!!!!」
ヴァルドが、叫んだ。それは獰猛な『獣』の雄叫び。ミリスや【ヘルメス・ファミリア】の動きすら止める、『獣の咆哮』。
「…『獣化』?」
アスフィが、思わず呟いた。その身に秘めた獣性と力を開放することで身体能力を上昇させる、特定の種族の獣人にのみ許された『スキル』。
ヴァルドの眼が、獣の光を宿す。斧を構えたまま地を蹴った瞬間、視界から消えた。
風鳴り。重い戦斧の一撃が、風を裂き、大岩を粉砕する。それでもノアは表情に余裕を見せ、その一撃を躱す。
「ガアアアアアァァ!!!」
薙ぎ払い。衝撃波だけで周囲を破砕する一撃を、ノアは剣だけで防ぐ。ガゴォと凄まじい音が響き、逆にヴァルドの戦斧の方が罅割れた。
「……【アスフォデル】は
呟くように言われ、ヴァルドは武装まで化物級かと内心で毒づいた。『獣化』してなお、この男には届かない。魔石を喰らってからは、魔法さえ使わなくなった。
「ヴァルド……」
ミリスも、状況がもはや挽回不能であることを悟る。ヴァルドが『獣化』を使った、ということは、最後の切り札を切ったということである。それでも及ばないなら、もはや手はない。
「【
生み出した鳥の人形を、全て【ヘルメス・ファミリア】に向ける。『火炎石』を内蔵した爆弾でもあるそれは、【ヘルメス・ファミリア】を混乱させ追撃を断つには十分だった。
その間にミリスは『宝玉』を回収しようとしたが――、どこから現れたのか、それより先に紫の外套と仮面をした謎の人物が、『宝玉』を確保していた。
『コレハ私ガ『エニュオ』ノ元へ届ケル』
仮面の人物は様々な肉声が折り重なったような、作り物めいた声で応える。今になって出てきて、とミリスは舌打ちしたものの、最低限の目的は達成されたとして、叫ぶ。
「ヴァルド!シュリ!撤退よ!!!」
逃がすか、と追おうとしたノアとベートに、柱に取り付いていた巨大花が襲い掛かる。二人がそちらに気を取られた一瞬で、ヴァルドもシュリも戦闘から離脱していた。
「ちっ!!!」
「………」
守るべき『宝玉』を失ったことで、近くの人間を『排除すべき敵』と認識したのか。3体の超大型モンスターが暴れまわり、さらには食人花も次々と産み落とされる。
視界を占領する、毒々しい極彩色の花、花、花。前後左右、頭上さえ食人花で埋め尽くされる。もはやこの大空洞に、食人花が存在しない場所はない。その数は、優に数百。
「【
巨大花の一体を、影が止める。しかし別の一体が、【ヘルメス・ファミリア】の陣に突っ込んだ。止めようがない相手に、逃げ惑うことしかできない。
「メリル!!!」
「スィーシア………?」
助けられたメリルが、呆然と呟く。そこに、巨大花が向きを変えたことで再び巻き込まれそうになる。
「うらぁ!!!」
ベートの渾身の回し蹴りが、それを止めた。巨体過ぎてわずかに軌道を変えただけだが、それでもメリルが轢き殺されるのを阻止することはできた。
「ぼさっとしてんじゃねぇ!!!死にてぇのか!!!」
ベートの罵声が飛ぶ。それを受けた
「おい!!!
魔法で全部吹き飛ばせ、と言うベートに、レフィーヤは即答できない。この状況で詠唱しようものなら、魔力に反応する食人花が押し寄せる。自殺行為だ。
「うるせぇ!死ぬ気でやれ!!!甘えてんじゃねぇ!『いつか追いつきたい』なんて雑魚の
それだけ言い、ベートはまた巨大花の相手に戻る。その背中を目で追い、レフィーヤは杖を握りしめる。
「【ウィーシェの名のもとに願う 森の先人よ、誇り高き同胞よ 我が声に応じ草原へと来たれ】」
レフィーヤの足元に、山吹色の
「【繋ぐ絆、楽園の契り 円環を廻し舞い踊れ 至れ、妖精の輪 どうか――力を貸し与えてほしい】――【エルフ・リング】」
予想通り魔力に反応する食人花が襲い掛かるが、レフィーヤは詠唱を止めない。目を見開き、その攻撃を躱し、疾走しながら謳い続ける。
「【――間もなく、焔は放たれる】」
レフィーヤの魔法【
「ウィリディス!!!!」
「皆、【
詠唱に気づいたフィルヴィスとアスフィが叫ぶ。レフィーヤの『並行詠唱』は、未だ付け焼刃。食人花の群れを相手にしながらでは、まず暴発は免れえない。
「【忍び寄る戦火 免れえぬ破滅 開戦の角笛は高らかに鳴り響き 暴虐なる争乱が全てを包み込む】」
それでもレフィーヤは謳う。後になって思い返した彼女が言うには、半ば自棄になっていたらしい。アイズとノアにボコボコにされた訓練を思い出し、
それが先日、
「【至れ 紅蓮の炎 無慈悲の猛火 汝は業火の化身なり】」
アスフィの短剣が舞い、フィルヴィスの雷が敵を焼く。怯えるだけだったメリルも魔法を詠唱し、一体でも多くの食人花を引き付ける。
「【ことごとくを一掃し 大いなる戦乱に幕引きを 焼きつくせ スルトの剣――我が名はアールヴ】!」
大空洞中に、翡翠色に変化した
「【レア・ラーヴァテイン】!!!」
業火が、全てを呑み込んだ。
【
・限界超越
・魔石摂取により能力値増加、上限増加
・怪物と同じく魔石を喰らうことにより能力値を上昇させる。Lvという概念すらぶち壊す反則スキル。