『神造』の英雄   作:蘭陵

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4.剣と花、そして兎

「どういうことだ、とはこちらの台詞だ、【凶狼(ヴァナルガンド)】」

「とぼけんじゃねぇ!!!テメエが、Lv.2だと!?俺の蹴りを受けられる奴が、Lv.2なんて有り得ねえ、って言ってるんだよ!!!」

 ダンジョンの入り口前の、広場の一角である。第一級冒険者が他の冒険者に絡む様子を、周囲は興味津々ながら、ベートの剣幕に圧倒されて恐る恐る伺う。動じていないのは、ノアだけだ。

「……疑うなら、ギルドに告発すればいいだろう」

 このやろう、とベートの顔が歪んだ。彼も歴戦の戦士だ。相手の態度が虚勢かどうかくらい、見当がつく。そして、虚勢ではないと見た。それがより腹立たしい。

 

「………」

 ロキ達も考えたことだが、ギルドに告発して強制捜査に持ち込むのは可能だ。しかしそれが空振りに終わると、ギルドも告発した【ファミリア】も相応の罰則を受けることになる。

 ベートが黙ったのは、そのためだ。自分一人の責任で収まるなら何でもいいが、【ファミリア】に迷惑をかけるのは、絶対に避けたい。

 そして腹立たしいのは、嘘を言っていないという自信と同時に、第一級冒険者(ベート)と戦っても負けないという自信が見え隠れすることだ。

 

「……ちっ」

 昨日の今日で、また騒ぎを起こすのも、【ファミリア】の迷惑になる。そう考えたベートは、不服ながら退散することにした。表面上は威厳ありげに取り繕ったが、内心は沸騰している。

 第一級冒険者が引いたのを見て、周囲がほっと息を吐いた。その中で、やはりノアだけが泰然としていた。まるで何事も無かったかのように歩きだす彼を、一人の少女が呼び止める。

「すみません、【フォルトゥナ・ファミリア】のノア・セファル氏で間違いないでしょうか?」

 呼び止めたのは、先ほどロキ達とすれ違った少女である。

 

「………ああ」

 肯定の返事を返したのではなく、相手を見て合点がいったという返事である。ノアを呼び止めた少女は、先日10階層でミノタウロスに殺されそうになっていた少女だった。

「【フローラ・ファミリア】所属、リース・クランフォードと申します。…先日はミノタウロスに襲われたところを助けていただいたとのことで、ありがとうございました」

 ぺこりと、少女が頭を下げる。それに対しノアは「そうか」と一言返し、それで立ち去ろうとした。あまりにあっけない対応をされ、リースが慌てて引き留めた。

 

「花屋……?」

 引き留められたノアが連れてこられたのは、一軒の花屋である。『ディア・フローラ』というこの店は、リースの主神であるフローラがファミリア経営の片手間、趣味で営んでいるらしい。

「フローラ様は花と春と豊穣を司る女神ですから」

 商業系の【ファミリア】、特に第一次産業に限定すれば、最も有名なのは【デメテル・ファミリア】であろう。彼女の【ファミリア】が作る農作物が、このオラリオの食を支えていると言っても過言ではない。

 【フローラ・ファミリア】はそこまで商業系一筋のファミリアでなく、この店も個人経営の域を出ない。元々神フローラが眷族が出払っている間の暇つぶしに育てていた花を売り出した、というだけだからだ。

 

「リースを救っていただいたこと、感謝します」

 女神フローラは見た目としては妙齢の人間(ヒューマン)であろう。美人ではあるが女神フレイヤのような『絶世の美女』と言う感じはなく、地味な服装も合わさって『近所で評判の町娘』という感じである。

 ひとまず、神格者ではあると考えてよい。ただ、神は誰も油断できない。表では善神面をして、腹の底では眷族など玩具としか思ってない神など、掃いて捨てるほどいる。

 それでもノアにしては珍しく好意的な評価を下したのは、フォルトゥナの神友であった、というためだ。

 

「【フォルトゥナ・ファミリア】の方と聞きましたが、あの子もこっちに来たのね」

 天界では同郷だったこともあり、フォルトゥナとフローラには親交があった。というよりフォルトゥナが姉に懐くように慕っていたという。

「あの子も花が好きだったのですよ。花が欲しければ、いくらでも言ってくださいね」

 笑顔で勧められたが、それは断った。フォルトゥナが喜ぶのはいいが、住んでいるのがパン屋である。虫が寄ってくるような物を置くのは衛生上不味いだろう。

「それなら、いつでもこちらにいらっしゃい。歓迎しますから」

 神フローラの申し出は、ノアにとってもありがたいものである。【フォルトゥナ・ファミリア】団員にとって最大の難問とは、神フォルトゥナの『育児』と言っていい。一人では到底手が足らない。

 ノアがダンジョンに籠っている間はパン屋の夫婦に面倒を見てもらっているが、【フローラ・ファミリア】にも頼めるのなら、それは正直に感謝していい。

 

「……それで、何が望みでしょうか」

 フローラは善神だろう。しかし、何の打算もないわけではない。眷族が救われたことの感謝、神同士の個人的な友好を含めても、神フローラの態度は少々前のめりすぎる。

「……話しにくい子。けど、あの子の眷族ならそういう人も必要かしらね。……天界の頃の様にフォルトゥナと仲良くしたいのは事実よ。それだけは、嘘ではないわ」

 【フローラ・ファミリア】は団員三名の、小規模【ファミリア】だ。これは【ロキ・ファミリア】のような大所帯が好みではなかった神フローラの意向による。最大最強など考えず、気を許した少数の、本当の家族のような集まりにしたかったのだ。

 その神フローラの打算は、リースのことである。先日のミノタウロス事件で二人が重傷を負った。運よく他の冒険者に救助されたが、再起には時間がかかる。つまり、リース以外にダンジョン探索の出来る団員がいない状況にある。

 

 10階層は霧が立ち込め視界が悪い。やみくもに逃げれば、仲間とはぐれるのも道理である。そこを他のモンスターに襲われたのだろう。ミノタウロスの出現を除けば、ままある話と言っていい。

「あの子だって冒険者として、ダンジョンに潜ればいつ命を落とすことになるかわからないなど承知しています。だから【ロキ・ファミリア】を怨んだりなどしていませんが…」

 少なくともギルドの規則上では、ミノタウロスの件で犠牲者が出ても【ロキ・ファミリア】の責任とは言えない。ダンジョンではどんなイレギュラーでも有り得る。犠牲が出ても、犠牲者の実力不足あるいは不運で片付けられる。

 もちろん多くの冒険者が犠牲になれば糾弾されたであろうが、今回は【ロキ・ファミリア】団員の迅速な行動と幸運により犠牲者は無く、さらに被害を受けたファミリアに対しては見舞金を出した。世間の目としては、彼らは充分に責任を取ったとなる。

 しかし、家族が被害を受けた者として、どうにも行き場のない思いに苛まれることは当然だ。そして残された者が、今まで以上の責任感に囚われてしまうことも。

 

「あの子が無理をしてしまわないかと、不安なのですよ。……だから、他ファミリアの方だろうと、縁のある方にはあの子のことをお願いしたいのです。……できれば、あの子とパーティを組んで欲しい」

「………」

 ノアにとって、簡単に頷けることではない。他ファミリアの厄介事に関わるのを推奨する神などいないが、ダンジョン探索でパーティを組むくらいならまあ許可できない話ではない。だが彼の場合は特別だ。

「Lv.1冒険者では、俺に付いて来ることは出来ない」

 サポーターとして荷物運びに専従してもらうなら話は別だが、それではフローラの期待には沿えないだろう。足手まといでしかない。そう断言され、フローラが俯いた。

「………訓練に付き合うくらいなら、してもいい」

 フォルトゥナの神友であるなら、多少の妥協は必要か。そう考えたノアの声に、神フローラは顔を上げた。

 

「アンナ、フローラ様のことは、よろしくね」

 リースが、店員の少女に一声かけて外に出る。このアンナという少女は『恩恵(ファルナ)』を受けた【ファミリア】の団員ではなく、花屋で雇っているただの従業員だ。

 本人曰く「花もフローラ様もファミリアの皆も好きですけど、ダンジョンで戦うような度胸なんてありません」とのことだ。もっとも、そんなことは関係なく、皆家族のように思っているという。

「アンナ・クレーズです。リース姉さんのこと、よろしくお願いします」

 神フローラもそうだが、リースにしろ、このアンナにしろ、この【ファミリア】は美女ぞろいである。ちなみにアンナはこの西地区では評判の美少女で、男神に求婚されたこともある。

 しかしアンナに言わせるとリースは「私なんて足元にも及ばない」らしい。それがあまり話題にならないのは、重装備でダンジョンに潜っていることが多いので、素顔が知られてないためだとか。

 

 ノアとリースが向かったのは、『冒険者通り』と通称される、北西のメインストリートである。冒険者の必需品となる武器防具や回復薬などを扱う店が並ぶため、そう呼ばれる。

 その中で、適当な武器屋に入る。求めたものは、訓練用の木剣だ。そこからダンジョンに向かう。そして、ダンジョンの入り口で並んで立っていたベルとアイズに行き会った。明らかに、こちらを待っていた。

「【剣姫】…」

「ノア・セファル…」

 ノアもアイズも表情一つ変えない。しかし明らかに周囲の空気は凍り付いた。巻き込まれたベルとリースは、揃って思わず生唾を呑み込む。今にも斬り合いが始まりそうである。

 

「あ、あの、昨日はありがとうございました!!!」

 その空気を吹き飛ばすように、ベルが声を張り上げ二人の間に割って入った。適切、だが非常に勇気のいる行動であったと言えるだろう。それを見て、二人はわずかに動かした右手を止めた。

「昨日の少年か」

「は、はい!【ヘスティア・ファミリア】の、ベル・クラネルと申します」

「……ベル・クラネル」

 とにかく何でもいいから話を繋げ、とベルの本能が訴えかけていた。冷や汗を流しながら昨日のことについて礼を言い、ノアが肩代わりした治療費を払おうとする。

 その治療費は「必要ない」とにべもなく断られたが、後ろで様子を見ていたアイズはふっと息を吐いた。斬り合いの前に、一度話すべきだろう。

 

「ノア・セファル。あなたは、何?」

 【剣姫】、最強の女性冒険者、その他さまざま言われる彼女だが、素の『アイズ・ヴァレンシュタイン』は口下手で人とのコミュニケーションが苦手なただの少女である。今回も、明らかに言葉が足りていない。

「俺は俺だ」

 アイズの問いが酷かったのを差し引いても、これは答えたことにはならないだろう。言葉が足りないのはノアも同じようだ。半ば無視されたような状況に、アイズが言葉を加える。

「あなたの実力は、明らかにLv.2を超越している。おそらく私達第一級冒険者に匹敵、あるいは凌駕するかもしれない。……その秘密を、知りたい」

 

「教えると思ったか?」

「教えてもらう」

 空気が再び張りつめる。まさに一触即発。周囲がそう思った時、ノアがふうとため息を吐いた。

「確認するが、その剣で戦う気か?」

「あ」

 指摘されてアイズが間の抜けた声を出す。そういえば愛剣は整備に出したままだった。この剣とて【ゴブニュ・ファミリア】の第一級品。冒険者なら垂涎物(と同時にべらぼうに値が張る)なのだが、全力で戦うには心許ない。復元できないほど壊したら、神ゴブニュに怒られる…。

 

「………」

 どうしよう、とアイズが固まった。第一級冒険者の威厳など欠片もない。その様子を見て、ノアがもう一度息を吐く。そして何の脈絡もなく、一つのことを聞く。

「……フォルトゥナには会ったか?」

 頷くと、次いで何と呼ばれた、と聞く。それの何が関係あるのだろう。意味は全くわからないが、ひとまず答える。

「私は『剣のお姉ちゃん』、彼は『兎のお兄ちゃん』と呼ばれた」

 その答えに、ロキと同じようにノアも反応し示す。「ほう」とごく小さな声で感嘆したことを、第一級冒険者の耳は聞き落とさなかった。

 

「……戦ってもいいが、条件がある。彼女の訓練に付き合うことになっている。それに協力しろ」

 手本を見せることも、訓練に必要だろう。そのためには相手が必要だ。本気ではない模擬戦。それなら戦っても良い。

 もちろん、ノアがその気になれば、本気で戦うこともあるかもしれない。それは今後次第になる。断言できることは、今すぐ洗いざらい秘密を教えてやるほど深い仲ではないということだ。

 

「………」

 アイズが答えを渋った。アイズの戦闘技術は【ロキ・ファミリア】で育つ中で磨き抜かれた。いわば【ロキ・ファミリア】の戦闘技術の結晶である。それを他の【ファミリア】に教えるのは憚られる。

(バレたら怒られる―)

 しかしノアの実力は知りたい。【フォルトゥナ・ファミリア】との友好の為と言えば、ロキなら許可してくれる?その筋からフィンたちを説得してもらおう。でもやっぱり駄目?最悪怒られるくらいで済むなら―。

「………うん、それでいいよ」

 色々を四捨五入して、最後の結論を出す。複雑な内面が顔に出ているアイズに対し、目を輝かせたのはリースだ。オラリオの女性冒険者として、【剣姫】に憧れない者はいない。

 

「ベル・クラネル。君も来るか?」

 そして何か言いだしそうに、しかし言葉にはできずにいたベルに対し、ノアはそう言った。

 




登場人物紹介
■リース・クランフォード
Status Lv.1
力:D 512 耐久:C 633 器用:E 490 敏捷:F 386 魔力:I 0

この作品のメインヒロイン。
Lv.1冒険者としては強い方である。

■フローラ
花と春と豊穣を司る女神。【ファミリア】経営の傍ら趣味で花屋『ディア・フローラ』を営んでいる。
原作でベートとレナがデートした際に訪れた店名から構想が膨らんでこうなった。
フラワーアレンジメントなども行っており、花屋の売上だけで生活費には充分な額を稼いでいる。
豊穣を司る女神ではあるが勢力が小さいので『女神祭』の『豊穣の塔』役には選ばれていない。ファミリアの規模を拡張しないのはこれを避けるため、という意図もある。
フォルトゥナとは同郷なので仲がいい。

■アンナ・クレーズ
原作キャラ。『ファミリアクロニクル episodeリュー』参照。
なお、花屋(店名は不明)の店員であるところまでは原作設定。
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