「……あの、どうして、僕まで?」
つい頷いてしまったが、冷静になってみると不思議でならない。
しかし、
「フォルトゥナが気に入った」
ノアの答えは相変わらず素っ気ない。どういう意味かと聞くと、自分やベルくらいの年齢の相手なら、フォルトゥナは気に入った下界の子を『お兄ちゃん』『お姉ちゃん』で呼ぶ。『兎のお兄ちゃん』と呼ばれたことは、フォルトゥナの神眼に適ったということである。その相手であれば、縁を結んで損はない。
「あ、そうなんですか…」
兎呼ばわりにどこか腑に落ちないものを感じながら、しかしベルにとってノアの申し出は非常にありがたいものだった。アイズと一緒の時間ができるということを抜きにしても。
これまでの人生で、戦い方を教えてくれた人はいなかった。住んでいた田舎では最弱と言われるモンスターであるゴブリンに殺されかけてトラウマになったことがあるほど、自分は弱い。
加えて【ヘスティア・ファミリア】の団員はベル一人だけ。教えてくれる、参考にする相手もいない。我流、と言えば聞こえはいいが、要は出鱈目に戦っているだけだ。誰かが戦い方を教えてくれると言うのなら、乗らない手はない。
問題があるとすれば、主神のヘスティアと神ロキの関係が悪いということであるが、これとて本気で憎しみあっているという訳ではなさそうだ。何とかなるだろう……多分。
4人になった一行が向かったのは、ダンジョンの5階層。それも外れの、まず冒険者はやってこない広間である。ここなら多少派手に暴れても、人目に付くことはない。
当然ながら、そういう広間にモンスターがいない可能性は極めて低い。しかし広間に入ったノアが剣を一振りすると、全てのモンスターの首が落ちた。
「魔剣ですか…」
リースが呆れたように言った。魔剣は詠唱無しで魔法に等しい現象を引き起こす。しかし、下級冒険者ではたやすく手が出せないほど値が張る上に使い過ぎれば壊れてしまう。それをこんな無造作に使われると、他人事でも気になってしまう。
「魔法だ」
しかしその問いに、ノアは素っ気なく答えた。
ノアの魔法【閃光刃】。その最大の特徴は『詠唱』どころか『魔法名』すら必要としない『無声魔法』。発動条件は剣を振る事。それだけで閃光が敵を切り裂く。ミノタウロスを倒したのも、この魔法だ。
「………」
何それ凄く欲しい、とアイズが羨ましそうに見つめる。魔法名すら必要としないのは破格である。魔剣以上の手軽さで発動でき、魔剣と違って壊れることがない。この魔法があれば、もっと強くなれる。
(―けど、この魔法は、彼の強さの秘訣ではない)
同時にそう思う。確かに強力かつ破格な魔法ではあるが、あっさり明かした所を見ればその程度の物としか思ってないということだ。そしてそれ以上の何かがあるということでもある。
そしてもう一つ、ノアの持つ剣だ。
「
アイズはノアが剣を振るった一瞬で、神聖文字が書かれていることは読み取った。さすがに内容までは読み取れなかったが、どんなことであっても一介の冒険者の持ち物ではない。
「………」
剣については、ノアは無言を通した。視線を向けてきたので、呟いた言葉は聞き取っているはずだ。レフィーヤが「ものすごく禍々しいもの」と感じたのは、正しいと思える。
さて、訓練となれば、四人なので一対一が二組できる。自然な流れなのかノアとリース、アイズとベルの組み合わせになった。教える側の二人は共に、まずは防御の型から入ることにした。
「盾にばかり頼るな。剣で防ぎ、盾での攻撃も織り交ぜろ。回避するならもっと決断を早くしろ。迷うな」
リースの戦闘スタイルは剣と大楯、鎧も重装で防御重視の構成だが、
ちなみに冒険者は壁役を除き、一般的に強ければ強いほど軽装になる傾向がある。深層のモンスター相手に有効な装備となると
そんなもので全身鎧など作ったら、重くて動きが阻害される。だから強い人ほど自身の【耐久】ステイタスと回避力を重視し、鎧は必要最小限となるわけだ。
その横で、ベルはアイズにぼこぼこにされていた。
「まずは痛みに慣れる事。戦うことを選んだ以上、痛いのを怖がっていては駄目」
それは正しいのだが、アイズの加減は間違いなくノアより下手だ。しかしベルは悶絶して気絶する寸前にまで追い込まれても、アイズの「立てる?」という一言に、根性だけで起き上がる。
「………」
その様子を横目に見ながら、ノアはリースの相手を続ける。戦闘中に余所見など、と思っても、リースの攻撃は全て防がれる。
「ああぁ!」
斬撃を防がれた。そこからの
「………!」
圧倒的な実力差に、ぎりと歯を噛むことしかできない。実のところリースはそこまで弱くはない。Lv.1なら上位に位置し、ランクアップも充分狙えるくらいの実力はある。それが、ノアには全く通用しない。
不意に、ノアの姿が消えた。途惑った次の瞬間、頬にぷに、と感触がある。一瞬で横に移動したノアに、頬を指でつつかれていた。
「~~~~!!!!」
なんだか知らないが、とても恥ずかしい。叫ぶか非難すべきだと思うのに、声が出ない。からかうにしても、もう少しやりようはあるだろう。剣を突き付けられた方が、まだましだ。
「今日はこのくらいにしてもらおう。俺にもやりたいことがある」
それに対し、ノアは静かに言う。言っていることは正しい。時計を確認すると、もう昼を回っている。ノアだって生活があるのだ。この訓練にだけかまけてはいられない。
その横では、ボロボロになったベルが、何とか身を起こしていた。
「何故付いてくる」
「教えて欲しいことがある」
予想通りのアイズの返答に、ノアは無言を貫く。口数が少なく、冷徹、人形のような女と言われるアイズだが、中身は負けん気が人の十倍は強く、生意気で我が儘な少女だ。非常に面倒くさい。
不意に、ノアの姿が消えた。いや、アイズには見えている。Lv.5のアイズであるから視認できる超高速で移動した。なるほどLv.3のレフィーヤが「消えたようだった」と言ったわけだ。
「【
アイズの魔法【エアリアル】。体や武器に風の力を纏わせる
二人してあっという間に『上層』を抜け、『中層』に入る。ノアもアイズも、速度は全く緩めない。追い抜かれた冒険者は何が起きたかすら理解できなかったであろう。
「さすが【剣姫】。【無影脚】でも簡単には撒けないか」
「………」
いっそ【閃光刃】で天井を斬り落盤させるか、とも考えたが、さすがに影響が大きすぎる。巻き込まれた冒険者がいたりすれば、ファミリアの責任問題になりかねない。
仕方ない、とノアは決断する。
18階層、『
それならば、19階層入口で網を張るという手もある。しかし17階層以前に引き返す可能性も、『リヴィラの街』に行く可能性もあるだろう。なにより負けを認めることになる。だから森に突っ込んだ。
森に入ったところで、ノアが足を止めた。根負けしたらしく、やれやれと言った口調でアイズに告げる。
「付きまとわれるのも迷惑だ。もう少しだけ、見せてやる。……なお、先に言っておくが、その剣がどうなろうと、俺は責任を取る気はない。嫌ならいま退散しろ」
ノアが剣を抜く。当然、
「【開け、深淵の扉】―」
昨日聞いた詠唱式。これは―、とアイズは思う。
「―【
「ベル君、やけに『耐久』ステイタスの伸びが凄いんだけど、何をしたんだい?」
ぎくり、とベルが硬直する。その夜、ベルは主神であるヘスティアからステイタスの更新を受け、首を傾げられた。
元々、ベルのステイタスは『敏捷』が大きく伸び、反面『耐久』の伸びが悪い、良く言えば回避型だ。誰かの攻撃を受けなければ伸びない『耐久』ステイタスが大きく伸びるのは、ベルの戦闘スタイル上考えにくい。
つまりこの伸びは、窮地に陥ってモンスターの攻撃をたくさん浴びたと考えるのが自然だ。それなのに五体満足、いや傷は無数にあるが打撲程度で致命傷に至らない、というのは不自然だろう。
「……えっと、昨日助けてくれた人と親しくなって、午前中は訓練を付けてもらいました」
神に嘘は付けない。だから嘘ではなく、話せるぎりぎりを狙ってベルは言う。アイズと訓練していたと言ったら、ヘスティアが「即刻やめるんだ!」と言い出しかねない。どうにもこの神様、【剣姫】を目の仇にしている節がある。
「そうかいそうかい、それで、その人ってどこの人なんだい?」
「【フォルトゥナ・ファミリア】の、ノア・セファルという人です」
その答えにヘスティアは「フォルトゥナか…」と少々悩ましそうに呟いた。苦手な相手ではあるがフォルトゥナ自身は間違いなく善神だしその眷族もいい人なのであろう。しかし最大の問題は交友関係だ。
「フォルトゥナというと、ロキがとても気に入ってるんだよなあ…」
神ロキの名が出て、またベルがぎくりと固まる。ここは先手を取る。
「神様、僕、強くなりたいです。戦い方を教えてくれるなんてまたとないチャンスを、逃したくありません」
きっぱり言ったベルに、ヘスティアも「そういうことなら」と頷いてくれた。元々ベルのことを危なっかしく思っていたのはヘスティアも同じなのだ。訓練はきっとベルのためになるだろう。
「そういえば神様、Lv差を覆すようなスキルについて、何か聞いたことがあったりしませんか?」
ヘスティアが納得してほっとしたベルが、ふと思いついたように聞く。ノアの実力がLv.2を明らかに超越していることについて、心当たりはないだろうか。
「Lv差を覆すって…、異常に成長が早くなるとか?」
その問いに、今度はヘスティアの方がぎくりとした。実はベルにもとんでもないスキルが発言しているのだが、本人には教えていない。何か感づかれたのか、と焦る。
「…えっと、そうじゃなくて、……Lv.2の人がLv.5くらいに強くなる、という物です」
「聞いたこともないよ。そんなスキルがあったら、大騒ぎになってるに違いない」
そうですよね、とベルもあっさり納得する。実は方法が無いことはない。『
しかし、『
だから、『
この掟を破った場合のペナルティは、神界への送還一択。そしてそれによって生じた影響が看過できないとなれば、他の神が『無かったこと』にするだろう。
だから、ありえない。やろうとする神など、いないはずだ。
「まあそんなスキルに縋らなくても、今の君は理由ははっきりしないけど、恐ろしく成長する速度が早いんだから、着実に進んでいくことが重要だと思うけどね」
いつもなら、こう言えばベルは素直に「分かりました」と頷いてくれる。しかしこの時は、返事を返さなかった。そんな反則スキルに手を出しても強くなりたい。そう思っているのは間違いない。
「………ベル君、ボクは『強くなりたい』という君の思いは尊重するし、力も貸すよ。……でも、無茶はしないでくれ。……お願いだから、ボクを独りにしないでおくれ」
ヘスティアの真情が込められた言葉に、ベルも目が覚めたようにはっとした。強くなるのはいい。しかし、家族を悲しませてまで得る強さなど、自分が求めるものではなかったはずだ。
「……ごめんなさい、神様」
今度は素直に謝ったベルに、ヘスティアは満面の笑みを浮かべた。
一方、その日、遅くになってホームに戻ってきたアイズは、夕食を取るとすぐ
■魔法解説:閃光刃
・斬撃魔法
・斬撃時に任意発動
・威力は装備武器に依存
・第二話後書きで書いた「【魔法1】」。ベルの【ファイアボルト】を念頭に発動速度を考えていった結果である
・斬撃を任意の場所に『生成』する。本人が認識する範囲内ならどこでも生成可能だが、遠距離になるほど正確に狙うのは難しくなる。そのため実質的な有効範囲は200Mほど。
・「刃のある武器ないしそれを模した武器による攻撃」と認知できれば発動可能。木剣や刺突剣(レイピア等)、槍、斧といった武器に加え鎌や包丁といった刃のある日用品でも発動可能だが、鈍器や投擲武器(チャクラム等)、射出武器(弓等)と認知した場合は発動できない。
・剣士系の冒険者なら垂涎の魔法。アイズの場合、心の中の幼女がジト目で見るレベル。
・ゴジョウノ・輝夜の【ゴコウ】の完全上位互換。最大具現化数は1000。その時は【千光刃】と称する。