『神造』の英雄   作:蘭陵

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6.光刃と黒淵

「アイズ、どうしたんだろう?」

「アイズさん……」

 何しろ、あのアイズが翌朝になっても書庫から出てこないのである。座学が苦手、というか大人しく椅子に座っていられない彼女が書庫に籠るなど、有り得ることではなかった。

「こないな時、何があったと聞けるのは…」

 ロキの言葉に、周囲の目が一斉にリヴェリアに向く。九年前、当時七歳だったアイズが入団した際、いろいろ面倒を見たのがリヴェリアである。そのリヴェリアもやはり気になるのか、仕方ないとため息をつきながら、書庫に足を向けた。

 

「……もうすぐ朝食だ。食事は団員一同で取るという【ファミリア】の規則(ルール)を、破る気ではあるまいな」

「…あ、リヴェリア、ごめんなさい」

 リヴェリアの声に、真剣そのものという表情で本のページをめくっていたアイズが顔を上げる。いきなり読書の楽しみに目覚めた、ということはないだろう。ページをめくる速さからして、関係ありそうな記述を探して流し読みしていたのは間違いない。

「………何があった?」

 そう聞きつつ、リヴェリアの目は机に山積みされた本の題名を読み取っている。ほとんどが、英雄譚に関わるものだ。アイズはしばらく躊躇った後、小さく告げる。

「………『精霊』の魔法を使う人がいた」

 その答えに、リヴェリアも「な…」と驚愕した。あまりに予想外の事だったからだ。

 

 

「―【黒幻洞(イビルゲート)】」

 影が、ノアの体を覆うように巡る。アイズの目は限界まで見開かれた。【エアリアル】と同じ付与魔法(エンチャント)。しかも、アイズには解る。これは精霊由来の魔力―。

「なん…で…。どうして…」

 驚愕で一瞬戦意が途絶えたアイズに向けて、ノアが剣を振るう。間一髪で光の刃をかわし、気合を入れ直す。ノアの力を知るチャンスであることには変わらない。

 

 剣が振られる。正面と背後と足元。三方からの光の斬撃を、アイズは回避する。致命傷は避ける様に振られている。つまり手加減されてなお、【剣姫】が防戦一方だった。

(近寄れない…)

 【閃光刃】が、とにかく厄介だ。剣を振れば発動、ということは、ノアの剣が動くたびに自分の周囲と進行方向を警戒しなくてはならない。フェイントまで織り交ぜられると、もはや発動のタイミングを見極めることは不可能となる。

 つまり、常にいつどこから斬りかかられるか分からない、ということだ。第一級冒険者(アイズ)でなければ、即座に斬り刻まれていた。

 

 木を切り倒し、それをノアに向かって蹴り飛ばした。影によって阻まれる。当たるとは思ってない。が、一瞬の目くらましにはなる。【閃光刃】が止んだ瞬間に、ノアの懐まで飛び込んだ。

「やああぁぁぁ!!!!」

 【剣姫】と呼ばれるアイズの、神速の斬撃。しかしそれが、全て影に防がれる。だけでなく、次の瞬間には影が槍のように襲い掛かってきた。風で防ぎ後ろに跳ぶ。

「影による『自動防御』と、『自動反撃』………」

 とんでもない魔法だ。近接戦闘が成り立たない。といって間合いを取れば一方的に【閃光刃】で嬲られる。魔法まで含めれば、ノアの実力は測り知れない。

 

「【吹き荒れろ(テンペスト)】!!!」

 もっと、もっと力を。【エアリアル】の最大出力。もはや竜巻と化した風が、剣に纏う。あまりの暴風にわずかに怯んだノアに向かい、全力の一撃を叩き込もうとして―。

 ぱきぃぃん、と、金属音が鳴り響く。

「あ―」

 アイズが固まる。限界を迎えたゴブニュの剣は砕け散り、核となる剣を失った風ごと散乱してしまった。つい熱くなって愛剣でないことを忘れて酷使した以上当然の結果とは言えるのだが―。

(怒られる)

 まず、アイズが思ったのはそれだった。昨日借りたばかりの剣を、今日壊したのだ。弁償額は一体何ヴァリスになるだろうか。

 散乱した風が、周囲を破砕する。その混乱の中で、ノアの姿は消えていた。

 

 

「というわけ、なんだけど……」

 アイズが語る顛末に、リヴェリアも考え込んだ。ベートの蹴りを受け止め、アイズをあしらうLv.2。ノア・セファルという男は『未知の化物』としか評しようがない。

「成程、それで英雄譚を読み漁っていたわけか」

 『精霊の加護』。まだ『神の恩恵(ファルナ)』が存在しなかった時代に、それと同等の力を発揮した『奇跡』。それならLvを超越することも、可能性がないとは言えない。

「……まあ、気になるのは判らなくもない。だが、皆に余計な心配をさせるな。私だって、お前が徹夜で本を読み漁っていると聞いて、何か悪いものでも食ったのかと思ってしまったぐらいなのだからな」

「……うん、ごめんなさい」

 冗談めかして言うリヴェリアに、アイズも素直に従う。

「……それはそれとして、派閥の副団長としては、聞き捨てにできないことがあるぞ」

 首をかしげるアイズに対し、リヴェリアは「はぁ」と大きくため息を吐く。ようやく心当たりがあることに思い至ったアイズは、「あ」と間抜けな声を漏らした。

 

「というわけ、なんだけど……。駄目かな、ロキ、フィン?」

 朝食後、アイズは団長の執務室に呼び出された。内緒で他ファミリアの冒険者に稽古をつけていたことを、リヴェリアにすべて白状してしまったのである。

「ンー、【フォルトゥナ・ファミリア】、【フローラ・ファミリア】、【ヘスティア・ファミリア】か…」

「フォルトゥナとフローラはかまわん、ドチビの子は駄目や」

 考え込んだフィンに対し、ロキはあっさり結論を出す。ただし、深い考えは無く感情任せであろう。そのロキを、フィンはやんわり窘める。

「しかし、もう許可してしまったのだろう?後出しで拒否したり条件をつけるというのは、いかにも狭量に見えてしまう」

 む、とロキが唸って黙り込んだ。正論、というか、そもそもロキの意見はヘスティアとの確執を基にした狭量丸出しの意見だったからだ。

 

「……正直言って、そのノア・セファルという相手には、僕も興味が湧いてきた。ひとまず僕たちに敵対する意思はないと思えるし、友好の機会と考えれば、訓練に付き合うくらいは許可していいと思う」

 好誼を深めていけば、何か解るかもしれない。そう思ったフィンだが、探りを入れるのがアイズでは難しいだろう。ここはまず、繋がりを切らないだけで良い。

 そう言われて、アイズはほっと息を吐く。これで気兼ねなく訓練に赴ける。とりあえずゴブニュの元に行き剣を何とかして―、と思ったところで、もう一つ大きな問題があったことに気付く。

「………あの、ロキ、フィン、ガレス、リヴェリア。……お金、貸して欲しい」

 言いにくそうに、アイズが切り出した。

 

 

 昨日の今日で剣を壊し、全額ツケにするわけにもいかない―。とりあえず金を工面し、ゴブニュに謝罪と賠償の手付金支払いを済ませたアイズは、昨日と同じ5階層の広間に向かう。その時には既に始まっており、ノアがベルとリースの二人を同時に相手していた。

「………」

 ちらりと、ノアの視線がアイズの腰のあたりに向く。今度の剣は「多少弱くてもいいから、頑丈な物」とゴブニュに言って出してもらったものだ。盛大なため息が「もっと武器を労われ」と言っているようだった。

 勿論、アイズも今度は気を付けようと思う。ノアの力を探るのは、愛剣が戻ってきてからにする。何よりこれ以上の借金は抱えたくない。

 

 ベルとリースの二人は、まだアイズが入ってきたことに気付いて無い様だ。ノア相手に必死なのだろう。が、ダンジョンでこれは命取りだ。どんな状況でも、周囲の警戒を怠ってはならない。次はそれを教えようか。

 リースが盾で、ノアの一撃を防ぐ。その陰からベルが素早くノアに斬りかかる。付け焼刃ながら、連携は考えている。Lv.1の二人と考えれば、動きは悪くない。がー。

「……どういう、事?」

 おかしい、とアイズは小首を傾げた。ベルの動きが、昨日より一段も二段も鋭い。今だ粗削りで無駄の多い動きではあるが、昨日の彼とはまるで別人だ。そう、【ステイタス】が一気に100くらい上昇したような―。

「あ、アイズさん」

 と、そこでベルがアイズのことに気付く。しかしそちらに視線が向かった瞬間、ノアの剣が脳天に落ちた。木剣ではあったが直撃である。悶絶するベルに対し、ノアが今度は言葉を落とす。

「警戒が遅い。戦っている最中だろうが周囲の把握は怠るな。それだけならまだしも、戦っている最中に気を抜くなど話にならん。……死ぬぞ」

 どうやらアイズが教える前に、身に染みて理解させられたようである。

 

「え、アイズさん、また遠征に出るんですか?」

「遠征というわけじゃないけど…、ちょっと、ダンジョンに籠らないといけないから」

 この訓練をひとまず明後日の『怪物祭(モンスターフィリア)』までにしたい、と切り出したアイズに、ベルが残念そうにし、次いで目を輝かせる。深層域まで潜る気でいるから、少なくとも数日掛りの探索になるのは確実だ。

 Lv.1冒険者からすれば、『深層』に行ってくるというだけで英雄譚に近い。それをこともなく言う存在が、英雄でなくて何であろうか。しかしその憧憬の眼差しが、アイズには痛い。

(4000万ヴァリス…)

 ゴブニュの剣の賠償額である。ノアは察したようだが黙っていてくれた。借金返済のためなどと情けないことを言って幻滅されたくない、というくらいのプライドはアイズにもある。

 

「けど、戻ってきたら、またしたいと思ってるんだけど……。駄目、かな?」

「駄目なんてことありません!!!こちらから、ぜひお願いしたいくらいですから!!!」

 勢いよく言ってきたのはリースだ。彼女も第一級冒険者(アイズ)に対する憧れは同じである。そのつながりを切りたいと思うはずなどない。

「構わん」

 ノアは短く言っただけだが、昨日のことで気を害したわけでもなさそうだ。ということは、あの【黒幻洞(イビルゲート)】にもまだ何か秘密があるのだろう。あの程度なら、明かしても問題ない、と。

 

「ところで、『怪物祭(モンスターフィリア)』って何でしょうか?」

 ベルが、先ほどの会話の中に出た単語に興味を示す。迷宮都市(オラリオ)に来てからまだ半月ばかりの彼が、知らないのも無理はない。

「【ガネーシャ・ファミリア】が主体となって行う、調教師(テイマー)の祭典だ。たしか大規模な祭りになるから今日、そのための宴を開くという話もあったはずだ」

 【ガネーシャ・ファミリア】は、現在ロキとフレイヤの二強に次ぐ、オラリオ第3位のダンジョン探索系ファミリアと言える。二強に質では劣るが、人数では勝るオラリオ最大の派閥だ。

 当然、財力も桁違いで、その『神の宴』は大盤振る舞いでもてなして怪物祭の協力を仰ぐという意図も含まれており、オラリオ在住のほぼ全ての神に招待状を出していた。

 

「……フォルトゥナにも招待状が届き、神ロキと一緒に行くと言っていた」

 ちら、とアイズの方にノアの視線が流れる。それに対しアイズは、何かごめんなさいと目を伏せた。ロキのことだ。幼女(フォルトゥナ)を着せ替え人形として楽しむつもりに決まっている。

「あ、神様、その宴に行くと言ってたんだ」

 ベルが何かに納得したようだった。聞くと、今朝になっていきなりヘスティアが「友達に会いたくてパーティに参加するから数日留守にする」と言い出したらしい。

(ロキ様達と鉢合わせになったり、しないといいんだけど……)

 そのベルの心配はむなしく、宴の会場どころかちょうどこの時に、その通りの事態になっていたことなど知る由もない。

 

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