「……んっあ~、何やその服?……まさかドチビ、自分、そないな格好で今日の宴に出るつもりかいな?」
「ぐっ……、わ、悪いか!」
悪いに決まっとるやん、とロキは返す。『神の宴』に基本ドレスコードはない(主催者が指定しない限り)が、やはりそれなりの格式は必要だし世間の目というものがある。女神ならドレス着用が当たり前だ。
ヘスティアが服屋に持ち込んだのは、少しフォーマルな感じの、多少お洒落して出かける時に着るような普段着である。それを「ほつれているところを直してくれれば」と無茶を言って店員を困らせていたところだ。
「ぷー。ドレスの一着も買えんとか、貧乏は嫌やなー。草生えるわ。大草原」
「なんだとゴルァ!!!」
掴み合い一歩寸前のところで、ロキは「今日は時間がないんや」と、珍しくからかうのを止める。今日の宴の衣装を見繕いに来たのは彼女も同じなのだ。…ただし、連れのであるが。
「ヘスティアだー。久しぶりー」
「フォ、フォルトゥナ?」
ヘスティアが思わず一歩後ずさる。決して嫌っているわけではないが、何というか、自分のアイデンティティを崩される気がするのである。
ヘスティアも人気がある方ではあるが、フォルトゥナには敵わない。その凄まじさは、男神の間でこっそり行われた人気投票で美の神であるイシュタルを上回り、彼女をブチ切れさせたという伝説さえあるほどだ。
だからフォルトゥナが何をしたというわけでなく、ロキと違ってヘスティアにも友好的ではあるのだが、彼女が現れると周囲の人気を全て持って行かれてしまう。なんか悔しい。
「ドレスの一着くらいなら、私が買ってあげてもいいよ?」
そのフォルトゥナが、何気なく言う。思わず飛びつこうとして、隣のロキがにやにや笑っているのを見て言葉を呑み込んだ。
「だ、大丈夫さ。君だって下界に降りてきたばかりでファミリアの資金も少ないだろう?大変な時に、施しを受けるわけにはいかないよ」
なけなしのプライド、ないしロキに対する見栄を総動員して言う。しかしそれに対してフォルトゥナは首をかしげる。人形の様でなんとも可愛らしい。が、その可愛らしさでも消せない、とんでもないことをさらりと言う。
「ねえロキ、3億ヴァリスって少ないの?お兄ちゃんが『とりあえずの資金』って渡してくれたんだけど」
頭の上に「?」を受けべながら問いかけるフォルトゥナに、周囲は固まった。
「…さ、3億?」
ロキでさえにやけていた顔が引きつった。ヘスティアに至っては石化している。3億ヴァリスの資金は【ロキ・ファミリア】ならとても足りるものではない(例えばアイズの愛剣が9900万ヴァリスである)が、発足僅か2か月のファミリアが持てる額ではない。
比較対象として、発足半月の【ヘスティア・ファミリア】の資金額はほぼ0(日々の稼ぎは生活費で消えてしまうため)だが、これはLv.1の眷族が一人(しかも駆け出し)だけのファミリアならむしろ当然の結果だ。
(いくら7年冒険者やっとった言うても、異常すぎるやろが)
それに対し、3億ヴァリスをあっさり出したノア・セファルの化物ぶりが、また一つ明らかになった。7年休まずにダンジョンに潜ったとしても、1日平均約12万ヴァリスを貯めねばならない。
加えてファミリアの資金として納めた分、生活費や次回探索の資金(ポーション代等)も考慮すると、稼いだ額は倍以上に跳ね上がる。しかもフォルトゥナの話からすると、私財はまだまだありそうだ。
Lv.1の5人組パーティの稼ぎが1日平均約25000ヴァリスと言われているのを考えれば、どれほど異常な数字か解るであろう。
とりあえず、これ以上フォルトゥナが下手に喋ると、どんどんとんでもないことになる。
「あー、フォルトゥナ、他の店行こか?」
唖然として口を開けたまま完全に思考停止しているヘスティアを放っておき、店から退散しようとした。店主の「この神様はどうしたらいいんですかー!!!」という叫びは聞こえないふりをする。
「あ、ドチビに言い忘れた。……まあ、ええか。その時になれば、嫌でも解るからな」
そっちの方が面白そうだ、とロキはまた邪悪な笑みを浮かべる。今日の宴でも黙っておこうと決め、ここからはフォルトゥナの衣装選びを堪能することにした。
「さて…」
昨日もそうだったが、午前で訓練は終わりにするというのが何となくのうちに決まった。そこから昼食、さらに野暮用を済ませると、時刻は簡単に2時近くになるのも仕方ない。
今日は、アイズもいない。同僚のヒリュテ姉妹に連れていかれた。ベルは弁当があると言うので昼食前に別れたし、それを見たリースは何か気合を入れて帰って行った。
軽く稼ぐか、と決めたノアは、中央広場に戻る。昨日はアイズを撒いた後下層まで行ってきたが、【剣姫】に追われているかもしれない状況では、ろくな探索もできなかったのは当然である。
ついてないことにドロップアイテムやめぼしい鉱石の入手もできなかったので、昨日はあまり稼げていない。ランクアップした体の検証も、もう少ししたいところだ。
「次は持久力だ」
戦闘力は、昨日下層のモンスター相手で把握した。次は持久力、主には魔力上昇による魔法の連続使用時間を把握したい。それだけなら
普段、こういう場合は知り合いのサポーターに頼むのだが、時間が遅いので見つからない。もっとも、騒ぎになっても困ることはあまりないので、適当に探すことにする。
「これから半日のサポーターを頼みたい」
とある
「………不景気なサポーターを演じるのも、まあ必要経費ですからね」
独り言つ。専門職のサポーター。パーティの裏方。荷物持ち。冒険者の落ちこぼれ。足手まとい。役立たず。言い方は色々あるが、そんな輩が景気よさげにしていたら、必ず目を付けられる。
備え付けられたベンチにちょこんと座り、今日は契約を取れなかったとため息をつきながら、今後をどうするか考えている
「………リリは、それだけではありませんが」
自分は断じて奴らの同類ではない。いや、2年前まではそうだったが、今は違う。次の『獲物』の物色も、大事な仕事の仕込みだ。
そうして人の流れを見ていた彼女に射す日の光が、いきなり遮られた。
「これから半日のサポーターを頼みたい」
「へ?あ、はい。……【フォルトゥナ・ファミリア】の、ノア・セファル氏でしょうか?」
いきなり仕事を持ちかけられて、反射的に承諾してしまった。おそらく
「リリは【ソーマ・ファミリア】のリリルカ・アーデと申しますが、よろしいでしょうか?」
それに、ノアは「口が堅ければ問題ない」と素っ気なく返す。もう昼も過ぎたのに地上で一人きりのサポーターなど、自派閥の構成員からも疎んじられてパーティを組めない存在か、派閥に属してないかのどちらかである。
そういう他派閥と組むしかない人にとっては、情報の守秘は絶対の義務と言える。他【ファミリア】の情報、例えば魔法やスキルの情報を漏洩などすれば賠償問題、最悪【ファミリア】間の抗争にさえ発展しかねない。
もちろんリリも承知の上だ。だが内心舌打ちしている。ノアがつい昨日ランクアップした上級冒険者であるということを把握していた(というより都市内の上級冒険者は粗方記憶している)リリにとって、厄介な奴に声を掛けられたという思いがある。事を荒立てず断れれば良かったのだが。
「……えっと、報酬としては、今日の
吹っ掛けすぎだが、機嫌を損ねて破談になってもいいという思いで言った。専門職のサポーターなど、冒険者にとっては蔑視と搾取の対象でしかない。一割でも、恵んでもらえるならいい方だ。
「承知した。……それとこれが前金だ。……いらない?いや、大変になるので、その代償だ」
それをノアはあっさり承諾した。その上前金として5千ヴァリスほど差し出してきた。普段とあまりにも違う展開に思わず断ると、物騒なことを言って押し付けてきた。
その意味を、リリはすぐに身をもって知ることになる。
「ぎええぇぇぇ~~~~!!!!」
16階層、
「ちょ…!ノア様!速すぎます!!!」
普通なら
だがノアは、構わず
(……この人、Lv.2とは思えないほど強い)
なるほどこれなら
そうなれば獲物が向こうからやってくるので、むしろ効率が良い。モンスターの出現が打ち止めになるころには、リリだけでなくノアのバックパックも一杯になっていた。
「帰るぞ」
ノアがそう言ったが、まだ夕方になったくらいである。流石にバックパックで膨らんだリリを抱えて【無影脚】で駆けるわけにはいかないが、これなら夜の早いうちに地上に出られるだろう。
……よくよく計算してみると、なんと一番時間がかかっているのは帰り道になる。挙句の果てには、その帰り道でキラーアントの『
「………」
進呈したのは小人族の男女である。リリと同じサポーターで、恐らく囮として押し付けられたのか。助かった安堵より、目を疑う光景に呆然として固まった。ノアはそれに一言、処分を言いつけて、何事もなかったかのように再び歩き出す。
もう今日は、ただ働きでもいいや。あまりの常識外れに、ついついリリはそう思ってしまった。
リリルカ・アーデ。Lv.1の冒険者で、専門職のサポーター。しかしそれは表向きで、実際は盗賊、あるいは詐欺師と言っていい。手ごろな獲物を見つけ、罠にかけ金目の物を奪う、あるいは魔石やドロップアイテムを持ち逃げする。それがリリの生業だ。
その観点からすると、ノアは完全に大外れになる。単純にサポーター業をこなすより遥かに実入りがいいのは確かだが、盗賊業には盗賊業なりの苦労があるのだ。
まずLv.2以上の相手を狙うのは危険極まりない。そもそも実力が違い過ぎて出し抜くのが難しい。また今日のように『中層』に連れていかれたら、例え上手く出し抜いたとしても帰れなくなってしまう。
装備品を奪うのにしても、ノアの主武器はリリの背丈を越える長剣だ。持ち運ぶのも一苦労だし目立ちまくる。狙うなら、腰にもう一本差している短剣の方か。こちらも相当な業物でありそうだ。
しかし短剣を狙うにしても、最も脅威となるのが【閃光刃】の発動速度である。出し抜こうとした次の瞬間に斬り殺されてしまうであろう。リリの能力では、逃げることは不可能だ。
結論として、ノア相手に盗みを行うのは諦めるしかない。
「はあぁ………」
背中のバックパックが、いつもより数倍重く感じる。大変な一日だった、とため息と共に思う。前金の5千ヴァリスを貰っておいてまだ良かった。いや、5千ヴァリスでも到底釣り合わないが、何も無いよりましだ。
(どうせノア様も、分け前なんてくれないでしょうから)
今日の稼ぎはリリの目利きで、大雑把に計算して60万ヴァリスにはなるであろう。化物としか言いようがない。1割、いや5%でいいから分けてくれないかな、と期待しつつ、そんな期待は無駄だと自分に言い聞かせる。
地上に戻ったノアが向かったのはギルドの換金所ではなく、『魔女の隠れ家』という店だった。
「いらっしゃい…、ってアンタかい。……また派手に暴れたようだねぇ」
「文句があるなら『フェルズ』に言え」
ギルドに持ち込むと大騒ぎになるようなときは、ここに運んでくれ。そう言われているから運び込んでいるだけだ。そう言い捨てるノアに、この店の主であるレノアは苦虫を噛みつぶしたような顔をする。
「まあ、仕事だから仕方ないね。……ふむ、…ほう」
文句を言いながらも、レノアは鑑定を進めていく。一つ一つ明細に金額を書き込み、出した合計は62万3700ヴァリス。予想していたとはいえリリには唖然とするしかない数字である。
「支払いは証書でいいかい?」
金貨で62万ヴァリスも貰ったら運搬が大変なので、証書で貰うのは妥当であろう。ただしノアが一つ条件を付けた。
「20万ヴァリス分は分けてくれ」
え、とリリの思考が戻る。そんなことを、何のために?困惑を続けるリリの前に、その20万ヴァリスの証書が差し出される。
「あ、あの…。これって…」
「取り分は3割でいいと言っていたはずだが?」
ノアはあっさり言う。端数の計算は面倒なので、大雑把に60万の1/3として20万としたが、元値の3割は越えているから問題ないはずだ。確かにそれはそうであるのだが―。
契約はこれで終了だ、とノアは冷酷なまでに簡潔に言い捨て出ていく。リリの手元に残ったのは20万ヴァリスの証書である。現実なのか?夢ではないのか?そうまで疑い、ようやく現実を受け入れる。
紙でしかないはずのそれが、先ほどのバックパックより重く思えた。
リリ登場。
「3割でいい」と言われた場合、それでも山分けにしようとするのが