「馬車の御、ありがとうな。遅くなるかもしれんけど、うちらが帰るまで待っといてや。報酬は弾むで」
「ありがと、ラウルのお兄ちゃん」
フォルトゥナから笑顔でお礼を言われ、ラウルが照れたように頭を掻く。その横でロキはあららという表情をしていた。
(まあ好かれたが、それほどでもなかったか)
フォルトゥナの呼び方にはランクがある。最も親しい相手は単に「お兄ちゃん」「お姉ちゃん」で、次が愛称というか特徴で呼ぶ場合。ベルの「兎のお兄ちゃん」、アイズの「剣のお姉ちゃん」が該当する。
今回のラウルのように「名前そのまま+お兄ちゃん」の場合は、その下。好いてはいるが特別扱いではないということだ。
ちなみに、神は基本皆呼び捨てなので、呼び捨てにされるロキは嫌われているわけではない。
(教えるとへこみそうやから、黙っとこ)
それに運命の神に好かれるというのはいい事ばかりではない。間違いなく、激動の生涯が待ち受ける。ラウルにそれが乗り越えられるかと考えると、どうにも不安でしかない。
(…そういやアイツ、何で知っとってん?)
ノアのことである。「兎のお兄ちゃん」と呼ばれたことを知ってベルに稽古をつけることにしたと、アイズは言っていた。
だがこの呼び方のことを知っているのは、フォルトゥナに親しいごく一部の神だけだ。ヘスティアもそうだったが、大抵の神は単なる癖だと思っているはずである。なにしろ本人が意識してないのだから。
知っているとなるとロキ同様によほど親しい奴、それに耳ざといヘルメスや、あとはウラノスのように威望があり他の神を統括するような存在なら知っていてもおかしくないが―。
そこまで考えたロキは、「ま、ええか」と思考を切り、【ガネーシャ・ファミリア】のホームの入り口をくぐった。
「盛況やなー、っと。ええかー、フォルトゥナ。絶対にネエちゃんの手を離したらアカンで。変態どもの集まりやからな」
フォルトゥナの手を引きながら、ロキが会場に入ると小さなざわめきが起きた。ロキも滅多に宴に顔を出さないので他の神たちの目を引くのだが、今日はその目は隣の幼女に向けられている。
「「「「「フォルトゥナだーーーーー!!!!」」」」」
あっという間に、
「……何の騒ぎかと思ったら、ロキと、フォルトゥナだったのね」
「アストレア!」
ロキの言い付けを破り、フォルトゥナはあっさりアストレアに抱き着く。頭を撫でられて「えへへ」と笑みを浮かべる姿は、母親に甘える娘を想起させる。ロキは悔しがるが、相手がアストレアなら問題はない。
「やっぱ来とったか、アストレア」
「ええ。『
女神アストレア及び翼と剣を模した天秤のエンブレムを掲げる【アストレア・ファミリア】と言えば、7年前の『大抗争』で活躍した『正義の使者』と名高い一派である。【ガネーシャ・ファミリア】と並び、オラリオの秩序と安寧を保つ、憲兵あるいは警察のような役割も果たしていた。
だが5年前、敵対するファミリアとの抗争で、当時11人いた団員のうち7人を失った。残る4人も瀕死の重傷で、壊滅寸前と言っていい状況だった。ようやく最近になって再びその名を聞くようになってきたところだ。
「…確か半年くらい前に、団長とエースが揃ってLv.5になったんやっけ?しばらく顔合わすこともなかったから、祝いの言葉も言わんかったな。おめでとさん」
「ありがとう。…あの子たちったら、『ロキの子に追いつくんだー』って頑張ったのよ」
簡単に言うが、団員の過半を失ったのに加え、治療費のための借金も莫大な額に上ったはずだ。ファミリアの立て直しも含めて、この5年は必死だったに違いない。
「おお、ロキ、ロキじゃないか」
「あらぁ、ロキ。お久しぶり。元気にしていた?」
「……ん?おお、ディオニュソスとデメテル」
そこに話しかけてきたのは、貴公子という表現がぴたりと当てはまるような男神と、豊満な体つきの、いかにも優し気な女神である。
「デメテル!」
フォルトゥナが今度は、デメテルに抱き着く。デメテル相手だと完全に母娘にしか見えなくなるな、と、ロキはろくでもないことを思う。声に出していたとしても、性格が大らかなデメテルはむしろ喜ぶだろう。
「やあフォルトゥナ、久しぶりだね」
一人、無視された形となったディオニュソスが、いかにも紳士と言うべき完璧な仕草で、頭をなでようとする。しかしフォルトゥナはデメテルの後ろに隠れるように、その手から逃げる。
「ディオニュソス、お酒くさい」
やーい嫌われたー、と、ロキは心の中で快哉を送った。ふざけ半分で貴族の真似事をしている神の多い中、逆に浮くほど優雅であるのがディオニュソスだ。時折、そのすかした仕草に腹が立つロキとしては、溜飲が下がる思いである。
「………おっと、ちょっと飲み過ぎたかな。いや、ガネーシャの宴といっても、ワインまでは期待できないと思っていたんだよ。いい意味で裏切られて、ついグラスを重ねてしまってね」
「ふふ、ディオニュソスの舌に適うのであれば、私も鼻を高くしていいかしら。このワイン、私のところの葡萄を使っているのよ」
近くの給仕を捕まえ、ロキもどうぞ、とデメテルが勧めてくるので、ロキもグラスを手にした。成程、鼻に抜ける香りが素晴らしい。酒好きで舌が肥えているロキも、この酒にケチをつけることはできない。
ディオニュソスは葡萄酒を司る神である。その神が認めただけあるな、とロキは内心で唸った。
「フォルトゥナはこっちね」
一方で、デメテルがフォルトゥナに手渡していたのは白葡萄のジュースであった。当然これもデメテルのところの葡萄を使っているに違いない。おいしそうに、それを飲む。
そしてフォルトゥナは、「料理もいっぱいあるから」とデメテルに手を引かれて行ってしまった。「こら待てー」というロキの叫びは無視される。
「……ったく、かなわんな」
せっかく
「はは、微笑ましいね」
何気なく言うディオニュソスに、ロキは「ふん」と鼻を鳴らす。アストレアは楽しそうにくすくす笑っていた。
「ところで、ロキは
「当たり前やんけ」
フォルトゥナを誘い出すまたとない好機である。ディオニュソスもそれを見抜いているから、口調は質問というより確認となっていた。
「幼女誘拐で捕まったりしないよう、ほどほどにしておくように、と言っておくよ」
はははと笑いながら、去って行く。ロキは返事として、その背中に悪罵を投げつけた。
「で、何や?まだ何かあるのか、アストレア」
「フォルトゥナに聞くより、あなたに聞いた方がいいと思ったので」
ディオニュソスが立ち去るや、いきなり真顔になったロキがアストレアに聞く。それに対し、アストレアは予想はしてるでしょ、と返した。
「フォルトゥナの
「……あいつなら、……ウチにも解らん。ひょんなことからアイズたんが関わることになったけど、まだ何とも言えん。……気にするな、って言う方が無理やろが」
「目を疑ったわよ。似すぎているのだから。あの神に」
具体名は出さなかったが、二人とも誰のことなのかは理解している。神エレボス。7年前の『大抗争』の、黒幕だった男神だ。
そしてその『大抗争』で、エレボスに最も関わったのがアストレアとその眷族である。ロキの言う通り、気にしない方が無理だろう。
ノアの外見は、そのエレボスと瓜二つと言っていい。飄々としていたエレボスと無表情なノアで受けるイメージには大きな差があるが、顔の造形自体はそっくりなのだ。
「まあ、フォルトゥナの眷族なら大丈夫やろ。……ただLv.2とは思えん強さを持っとる。何か秘密があるのは確実やが、ひとまず悪い奴ではなさそう、というのが自分の見たところやな」
むしろ、5年前に取り逃がした
「……ずいぶん楽観的ね。……まあ、ロキがそう言うのなら、ひとまず私の
あの団長が大騒ぎし、エースが即刻相手の元に乗り込もうとした光景が目に浮かぶ。おそらく、アストレアがこの宴で探りを入れてくるということで、何とか宥めたのであろう。
「……それはそれとして、5年前のこと、まだ何も言えんのか?」
その問いに、アストレアは無言を貫く。5年前、【アストレア・ファミリア】の7人を失った事件。公式には敵対していたファミリアとの抗争により、と言われたが、そんな空言を信じる程ロキはお人よしではない。
「……ごめんなさい。思い出したくないの、あの時のことは」
それだけ絞り出すように言い、アストレアはロキから距離を取った。ロキは「そっか」と軽く返す。嘘ではないが、真実を隠す建前に過ぎないことは、判っている。
話せないような何かがあった。おそらく、神の想像をも超える
「さて、わざわざ来てやったんやから、と……」
一人になったところで、もう一つの目的を探すことにする。すぐ見つかった。目当ての「な、なんだってー!!!」という絶叫が聞こえたからだ。
フォルトゥナとヘスティアが向き合い、それをデメテル、ヘファイストス、フレイヤの三人の女神が囲むという状況になっている。フォルトゥナがヘスティアの剣幕に押され、デメテルの後ろに逃げ込んだ。
「んー。どしたんや、これ?」
貧相な服でやってきたヘスティアを散々からかってやろうと思っていたのだが、どうやらそれどころではないようだ。デメテルはフォルトゥナを宥めている。となれば一番話が通じそうなヘファイストスに状況を聞くが―。
「どういうことなんだぁ、ロキ!!!何で君の所のヴァレン何某君が、ボクのベル君と毎日一緒に訓練してるんだぁ!?」
それより先にヘスティアの怒号が飛ぶ。とにかく要領を得ないので一旦ヘスティアを黙らせ、経緯を聞く。どうやらヘスティアがフォルトゥナに、自分の眷族が訓練を付けてもらっていることの礼を言ったようだが―。
「は?……知らんかったのか?」
そこでアイズの名前が出て、こうなったらしい。ロキとしては意外というか何というか、当たり前に知っていることだと思っていた。
「ベル君めえぇぇぇぇ!!!!ボクに隠し事なんて、やってくれるじゃないかあぁぁぁ!!!」
神に嘘は付けない。だから最も有効な手は、嘘ではない内容だけで受け答えをこなし、神を納得させることである。ヘスティアは見事にそれに引っかかったようだ。
「おうドチビ、そないに自分の子がウチのアイズに関わるのが嫌なら、こっちはいつでも打ち切ったってええんやで。正直、なーんもメリットないんやからな」
ぐむっと唸って、狂態を見せていたヘスティアの動きが止まる。ヘスティアが了承すれば、ロキは本当にそうするだろう。ベルとアイズの繋がりを絶つことは出来る。ヘスティアにとっては願い通りだ。
が、そうすれば、「強くなりたい」というベルの思いを踏みにじることになる。それにベルの訓練というチャンスを逃したくないのは、ヘスティアも同じだ。
「えー」
ヘスティアがぐむむと葛藤する横から、ものすごく不服そうな声が上がる。フォルトゥナであるのは確認するまでもない。ロキが表情を一転させ、「なんでそんな声を出すのかなー」とにやけながら問いかけた。
「だってお兄ちゃん、楽しそうだから」
フォルトゥナがあっさり言う。が、ロキは数瞬真顔で固まった。あのノアと「楽しそう」という言葉が、どうにもリンクしなかったからだ。
フォルトゥナはその反応が理解できないようで、またしても頭の上に「?」を浮かべながら首を傾げる。
「はーーーー、まあええわ。………おうドチビ、フォルトゥナに感謝せえよ。この子がそう言うんやったら、アイズのことは認めたる。好きにせえ」
あとはヘスティア次第である。せいぜい悩んで、
「面白そうだから、私の所からもオッタルを出そうかしら」
フレイヤである。彼女の眷族のオッタルと言えば、都市最強の冒険者と名高い男だ。しかしそんな男であろうと、フォルトゥナにかかれば形無しである。
「猪のおじちゃんも一緒?」
「おじちゃん」呼ばわりされたオッタルが、果たしてどんな反応を示すことか。ロキは思い切り噴き出し、ヘファイストスやデメテルでさえ笑いを堪えている。
「……『お兄ちゃん』と呼んであげて」
頭を抱えてそう幼女に願うフレイヤに、都市最強の眷族を率いる女王の威厳は皆無だった。
この話では【アストレア・ファミリア】が健在、という世界線になります。
リューさんはLv.5になりましたがそのため
①原作と同じ活躍をしてもLv.6への到達はできない
②【アストレア・レコード】発現不可
というデメリットも負いました。
なお、あらすじの3行の意味は見えて来たでしょうか?