Dolls Nest外伝『ポロッカの秘宝』 作:ゆらNari
リエルは、とぼとぼと育房の中を歩いていた。
鎧殻の修復は自動で行われるが、胸の奥のひびまでは修復できない。
足取りは重く、焦点の合わない目が虚空を彷徨う。
今の彼女は、壊れかけの人形のようだった。
「ネマ……」
疲れ切った表情のまま、彼女は主のもとへと向かった。
「……ひどい匂い……義務を放棄して興じる殺戮は楽しかった?」
冷淡にそう答えるネマに、リエルは息を呑んだ。
そして、今にも泣きそうな顔で、縋るように話し始めた。
「ネマ……私、何を間違えたのか分からないよ……」
ネマの瞳は、何も言わず彼女を捉えていた。リエルは続ける。
「ただ、邪魔になる奴らをやっつけただけなのに……なんで……」
その場にうずくまり、嗚咽混じりに再び口を開く。
「なんでナレフカにカードキーを取られたのか分からない……どうすれば良かったのか教えてよ……」
ネマは静かに口を開く。
「人形、あなたの目的は何?」
リエルは、思わず顔を上げた。
「え……ネマの躰を取り返す」
「多少の寄り道は許す。でも……目的から逸脱しないで」
優しい声が、彼女の耳を刺激する。
「でも、どうすれば良いか分からないんだ」
恐る恐るリエルは答える。
それを聞いて、顔が動かないはずのネマが微笑んだように見えた。
「いつも通りで良いよ。殺せば良い」
「……!」
リエルは、少し思い悩む。
確かに殺すのは簡単で、手っ取り早い。しかし、胸のどこかで、それを拒絶しているような__
「人形」
柔らかく、それでいて逃げ場のない声音が、リエルの思考を切り裂いた。
「余計なことは考えないで、あなたは私の人形なんだから」
__ああ、そうだった
リエルはまるで、光明を見出だした気分だった。
__今までたくさんのニンフや自動機械を壊し、殺してきた
そのまま立ち上がり、ネマに視線を合わせる。リエルの瞳はどこか虚ろで、生気を感じないものだった。
__今更、たかがニンフ一人に何を躊躇う必要がある?
「__わかった。殺してくる。
ネマの邪魔をする奴も、私の邪魔をする奴も、ナレフカも、ナレフカが追うものも、ガーディナも、全部全部……殺してくる」
__私にとっては、ネマが全てだ
身体が軽い気がする。リエルには自身の悩みは全て無くなったように感じた。
「行って、人形」
「うん……すぐ終わらせて来るね」
リエルの心情に反し、その足取りは不規則で死人のようだった。
ギリーと話していたヨヨは、近付くリエルに気付くと手を振った。
「あ、戦士様!いらっしゃいま__」
何も言わずに、リエルは持っていたセル全額を彼女の足元にばらまく。
「武器」
「え……?」
「早く」
ヨヨは彼女の言動に戸惑いはしたものの、ひとまず幾つかの武器を手渡す。
武器を持つ小さな手は震えており、何度か武器を落としそうになっていた。
「こ、こちらですか?」
「違う」
リエルは舌打ちをしながら吐き捨てる。
ヨヨはいくらか迷いながら、再び武器を取り出すも、それを見た彼女は大きくため息を吐く。
「もういい」
ヨヨを無理矢理押し退け、段ボールを乱暴に開け始めた。
中にあるいらない武器や道具を少し見ては付近に乱雑に投げ捨て、必要そうな武器は近くに置いた空き箱に叩き付けるように入れていく。
雑さに反してその動きはどこか機械的であり、ヨヨを更に怖がらせた。
「戦士様……!ま、待ってくださいっ……!」
ヨヨの声は震えていた。だが、それでも小さな身体でリエルの腕を掴もうとした。
リエルはその手を、まるで虫でも払うかのように払い除けた。
「邪魔」
冷淡にそう告げた後、引き続き武器を漁り始める。
「金は置いてるだろ」
「……どうしちゃったんですか?」
彼女の目に、涙が滲み始める。
「うるさい……役立たず」
今にも泣きそうな彼女に対して、リエルはため息混じりにそう呟いた。
「おい!」
__その瞬間、後ろで影が動いた。
リエルの肩が大きく引っ張られ、彼女の顔面に拳が入る。
大きく飛び上がり、コンテナの端に身体が叩き付けられる。
「……?」
頬にじんとした痛みを感じながら顔を上げると、鎧殻を外し、拳に力を入れたギリー・ベルの姿があった。
その目には、ただの怒りではなく、誰かを守ろうとする決意が宿っていた。
「幼精達を泣かせるなと言ったろ!」
「うる……さいな!」
リエルが殴りかかるも容易く手で受け止められ、再び殴り返される。
その衝撃のままリエルは地を滑り、その場に倒れた。
「……やっぱり、そうなんだ」
上半身のみを起こし、今にも泣きそうな顔で彼女はギリーを睨み付ける。
その言葉に、ギリーは眉を顰めた。
「……?」
「ギリーもっ!!……私を撃つんでしょ?みんな、私が強いから__」
蹴りが、リエルの腹に直撃した。
「……ギプロベルデでもたまに居たんだ」
悶えるリエルをよそに、ギリーは話し始める。
「何かが上手くいかないと、仲間に当たり散らして、喚いてな」
彼女はリエルの胸ぐらを掴み、持ち上げた。
「今、何を言おうとしたんだ。続けてくれよ……」
ギリーから、ただならぬ程の怒気が滲んでおり、ヨヨはコンテナの裏で震えていた。
「私が強いから……利用してるんでしょ」
リエルは大粒の涙を流し、答えた。
「思ってもないことを言うな……!私と、ヨヨがいつ貴様の強さを求めた!?」
「じゃあなんで私に協力を求めたんだよ!!」
リエルは叫ぶ。
下層の最深部で、間違いなく彼女はリエルの力をあてにしていたからだ。
「だが私を救ったのは貴様の強さじゃなかった!ヨヨだってそうだ!あの時貴様が__」
ギリーは、リエルに額を押し当てた。
「あの時お前が私たちに手を差し伸べた理由はなんだ!!」
リエルは首を振った。
「分かんないよ……でも、助けたかったんだ」
彼女の目から、とめどなく涙が溢れ始める。
「……私たちだってそうだ。お前の力になりたい。何があったんだ」
リエルはしゃくり声を上げながら、息を整えた。
「下層で仲間に裏切られたんだ……それで、ネマが……殺した方が良いって」
ギリーは優しくリエルを抱き締めた。
「辛いなら無理をするな……あいつの言うことなんて聞かなくても良いだろ」
「でも……ネマが」
「下層に生きた種子は、あいつの為に最期まで働いたよ。だがな……奴は誰にも愛されなかった。お前だって役目が終われば__」
リエルは、咄嗟にギリーを突き飛ばした。
「嫌……違う、そんな事ない。お母さんは……お母さんはっ」
リエルはその場に蹲り、頭を抱えて嗚咽し始めた。
「戦士さま……」
そんな時、ヨヨがコンテナの裏から出て、リエルに近付いた。
「ヨヨがお側に居ますよ……戦士さまを、絶対に、一人になんてさせません!」
ヨヨは鼻をすすり、大粒の涙を流していた。
リエルは顔を挙げ、振り向いた。
「ヨヨ……」
「ああ。私たちが側に居る。どんな時だって……お前の味方だよ」
ギリーは片膝を付き、微笑んだ。
その時、リエルの中で何か糸のようなものが切れた気がした。
「ありがとう、みんな」
リエルは両手を広げ、ヨヨとギリーを抱き締めて笑った。
涙は止まらなかった。
しかし、曇り空が晴れたように、心は晴れやかだった。
◆
2人と別れた後、リエルはヤシカ達の元へと訪れていた。
「見てたわよ」
「憑き物は落ちたみたいね」
2人の言葉に、リエルは恥ずかしそうに俯いた。
「そう、だね……ところで、アレは直った?」
「えぇ」
ヤシカとムシカは揃って頷き、木箱より鞘に収められた刀を取り出した。
「貴殿の
「「我が刃よ、ヤシカ・ムシカが産みし絶後の一刀を、再びお納めたまえ」」
__
リエルは2人の目の前に正座し、両手で刀を受け取る。
そして、鞘より刀を抜いた。
かつてリエルは、錆を
だが2人の手によって修復されたそれは、まるで何事もなかったかのように刃と刀紋を煌めかせていた。
リエルはそれを見て頷くと、刀を手に立ち上がった。
「感謝……」
厳かに言葉を紡ぎ、刃の重みを確かめるように一太刀を振るう。
「「我が刃の心赴くままに……」」
2人の言葉を最後に、リエルは鞘を服の帯に
終わった後、2人に微笑み掛けた。
「じゃ、行ってくるね」
「「ご武運を」」
彼女たち、そしてギリーやヨヨの言葉を背に、リエルは再び下層へと向かうのだった。
読んで下さりありがとうございました。
次回は8/24(日曜)12:00~ 投稿予定です