Dolls Nest外伝『ポロッカの秘宝』 作:ゆらNari
異形用に築かれたガーディナの拠点は、一夜にして廃墟と化していた。
異形そのものは退けることはできたものの、種子の乱入によりその被害は甚大であり、施設のほとんどが使用不可能となっていた。
「医療設備の再稼働は完了しました。一方で、武器庫、並びに一番から四番までの倉庫が大破しており__」
閲兵場に設けられた仮設テント。その中央で報告を続ける兵士の声が、沈痛な空気の中を静かに流れていく。
だが、マースはその方向を一度も見なかった。
破れたテントの隙間から、焦土と化した拠点の外をただ眺めている。
焼け焦げた倉庫、もはや原型を留めていない兵装台、そして血の痕。
頬杖をつき、目の奥には疲労とは別の色が浮かんでいた。
「……そうか」
掠れるような声で、ようやく口を開いた。
「……以上です」
「わかった。人的被害はどうなっているか」
報告を続ける兵士は、言い淀むことなく淡々と告げる。
「戦死者が4割を超えています。負傷者は三割程かと」
「医療設備は?資材は万全ではないだろう」
兵士は息を呑んだ。
「はい、負傷者の一部は助からないかと」
「
「……しかし」
「半日以内に戦力を整えられなければ、我々は異形の餌になる。やるんだ」
兵士は、敬礼をした。
「ガーディナの為に」
そこでようやく、マースは兵士に目を合わせた。
「ああ、ガーディナの為に。頼んだぞ」
兵士は悲痛な面持ちで、その場から立ち去った。
マースは机に視線を落とし、右手を懐へと差し込む。
そこから取り出したのは、薄汚れた古い写真立てだった。
映っているのは、まだ若く、装備も未熟な頃のマース。
その隣には、冷たい目で狙撃銃を構える、一人のニンフの姿が写っていた。
「……大姉様……」
指先でそっとガラスの表面をなぞる。
ヴォーグ、それはギプロベルデの女王を弑した最強のニンフ。
「マースは一体、どうすれば良いのでしょうか。こんなとき貴女なら、いかがなさるのでしょうか……」
その声には怒りも迷いもない。ただ、風化しかけた信仰のようなものが、かすかに残っているだけだった。
「何故……貴女はガーディナを抜けたのですか」
涙が溢れそうになるもぐっと堪え、写真を再び立てた。
「窟に戻っても……処刑されるだけか」
ため息をついた後、マースは手を叩く。
「お呼びですか」
程なくして、兵士が現れた。
「メルツェのいる場所へ案内しろ」
__医務室の隅で、メルツェは虚空を眺めていた。
「ヘレス……ケルシュ……ヘレス……」
ぶつぶつと名を繰り返すその声は、誰に届くでもない。
ベッドにも座らず、ただ壁際で膝を抱える彼女の姿は、まるで燃え尽きた残骸のようだった。
その姿に、他のニンフも悲痛な表情を浮かべるしかできなかった。
「入るぞ」
乱暴に扉が開かれ、マースが現れる。
「し、司令……彼女は……」
看護を担当していたニンフを押し退け、メルツェへと真っ直ぐ歩き__
彼女の首を掴み、壁へと叩きつけた。
「がっ……ぁ!?」
「何をそこで腐っている……?」
冷たい声が響いた。
「ヘレスは死んで……ケルシュもいない……皆私のせいで……」
「お前はどうしたいんだ」
泣き言を呟くメルツェに、マースは変わらず冷淡に答えた。
「もうダメなんだよ……ダメなんだよおぉぉ……」
「どうしたいかと聞いた!!」
怒声と共にメルツェをベッドに叩きつけ、彼女の額に銃を向ける。
「し、司令!?」
周囲がたじろぐものの、マースは気にも留めず続ける。
「お前はどうしたい?答えろ!」
銃口を額に押しつけられたメルツェは怯え、震える。
だが次第に、ゆっくりと息を整えた。
「殺したい……!ヘレスとケルシュを殺したアイツをおっ!!絶対に、絶対絶対絶対殺してやるっ!!」
目の焦点を合わせ、マースの目を見ながら、答えた。
「……合格だ」
マースは満足げに微笑むと、銃を下ろし、メルツェを立たせた。
そして彼女は、医療テントを出た。
「諸君!!!」
外で作業に従事していたニンフ達の視線が、一斉に集まった。
「すべての隊員に伝達する!治療が終わり次第、我々はポロッカの遺産を目指す!!」
マースは演説をするかのように、両腕を広げた。
「もはや退路はない!我らは一丸となって決死隊となり、彼の種子に報復を果たすのだ!!」
これから我々は死にに行く。それと同等の発言であったが、兵士達の顔は晴れやかであった。
「諸君らの奮闘に期待している」
兵士達はそのまま、準備を始める。
マースはメルツェの方へ向き、自身の持つ大剣を渡した。
「お前には別働隊の指揮を取り、種子の相手をしてもらう。いいな?」
「はいっ……!」
静かに力強く、メルツェは応える。そこには、既にかつての彼女の面影はなかった。
◆
リエルとナレフカは、再び下層を移動していた。
しばらくは沈黙が続いていたが、ナレフカが始めに口を開いた
「ねぇ、あれだけの異形がいたのに、なんでリエルは無事だったの?」
リエルは彼女の言葉に振り向く。
ナレフカは続けた。
「リエルは強いから、倒して回ったのかな?」
「私が拠点に放ったんだよ?」
さも当然のようにそう答えた。
「……え?」
「ナレフカを襲うかもしれないって懸念はあったけど、生きてて良かった。あの特戦隊の隊長も殺せたしね」
ナレフカは、一瞬聞き間違いかとも思った。だが、どう思考を巡らせてもそうとしか聞こえなかった。
足を止め尋ねる。
「……なんで?」
「私の邪魔になったから。それだけだよ?……司令を殺しきれなかったのは残念だけど、あそこまでやれば問題ないよね」
呼吸を忘れ、頭が真っ白になる。
目の前のリエルは、普段通りに口を紡いでいた。まるで、買い物のついでに爆弾を投げ込むような軽さで。
「……なに、それ……」
口から出たのは、震えるような声だった。
リエルは、ナレフカが止まっていることにようやく気づいたのか、首をかしげた。
「どうしたの?」
それはまったく普段と変わらない声色だった。
だが、今のその言葉に"感情"を見出だすことはできなかった。
だがそれでも、口を開いた。
「その異形のせいで、死にかけてる兵士がいたのよ?」
悲しみと恐怖が同時に襲いかかっていた。
「片脚を失って、何もかもクソだって叫んで……私が助けて……」
その言葉に、リエルは苦笑した。
「どうでもいいよ」
最初から少し不思議な匂いだった。良心的に見えていた。協力もしてくれた。
だが、今この瞬間、疑念が確信に変わった。
__ああ、この子は種子なんだ
種子はニンフを惑わす。昔聞いた言葉だ。
ナレフカはリエルに近づいてポーチからカードキーを奪った。
「……ナレフカ?」
「近づかないで」
気がつくと銃を向けていた。
「あなたは、ポロッカの遺物を手にして何をするつもり?」
目を丸くするばかりのリエルに、ナレフカは震える声で問いかけた。
「え……ネマの役に立つかなって。返してよ」
煮える会話に焦れたリエルは、カードキーを手に入れんと近づく。
瞬間、銃声が響いた。
「……え?」
リエルの腹から、血が出ていた。青色の帯が血で染まっていく。
なにがなんだか彼女には分からなかった。
ナレフカは物悲しげな、哀れみを向けるような目でリエルを見つめていた。
「……もう、一緒には行けない。さよなら」
スラスターを吹かしながら彼女はゆっくりと浮き上がり、リエルと共に歩むはずだった先へと高速で飛んでいく。
発砲とナレフカの行動に意味の分からぬまま、リエルはうずくまるしかできなかった。
「なんで……?分からない、なんで、なんで……!!」
何がいけないのか。何がダメだったのか。彼女には何一つ理解ができない。
__ただ、質問に答えた。少なくとも彼女には、そういう認識だった。
「どうして?」
お腹を押さえながら、ナレフカの飛び立った先を虚ろな目で見つめる。
そんな彼女を、複数のサーチライトが照らした。
「見つけたぞ!!種子っっ!!!」
手で光を遮るリエルの耳に、聞き覚えのある、それでいてどこか決然とした声が響いた。
「お前の首を落としてやる!あの時、私を無視して隊長を殺した事を……後悔させてやる!!」
新たな鎧殻に身を包んだメルツェが、喉が裂けんばかりの声量で叫んでいた。
「……ああ、あの弱いのか」
リエルは、誰にも聞こえないような声量で呟いた。
「めんどくさいなぁ……私は、それどころじゃないのに」
リエルの中で、黒く濁った感情が湧き始めた。次第に顔が怒りに歪み、メルツェを見上げて呟いた。
「……ころす」
リエルは、初めて殺意を抱いた。
読んで下さりありがとうございました。
次回は8/10(日曜)12:00~ 投稿予定です