星の宝石と石の世界   作:終日のたり

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鉄は熱いうちに打てってばっちゃが言ってた


なんか平和に過ごせそう

【推しの子】という作品は、割とセンシティブな表現も多い作品だった。

 

アクアマリンとルビーの前世はそれぞれなかなか悲惨で、前者は母親の命を犠牲に生まれたことで終生彼女やその母(祖母)に負い目を感じ続け、後者は難病によって両親から見捨てられ若くして世を去った。

更に彼らの母親であるアイも母親による虐待の被害者で、アイドルになったらなったで他メンバーからはハブられ虐められる始末。父親のカミキヒカルについては先程説明したとおり。

 

ヒロインの1人である有馬かなは(本人の振る舞いも原因とはいえ)一度は芸能界を干された挙げ句家庭が崩壊し、もう1人のヒロインこと黒川あかねは所属事務所が悪徳だったせいで恋愛リアリティー番組で自殺未遂まで追い詰められる。

 

他にもドラマ制作側の都合で素人俳優ばかりを集められた挙げ句原作を歪まされた漫画家が登場したり、あとは枕営業がどうとかスキャンダルがどうとか、まあ生々しい話の多い物語だったのだ。

 

マンガはあくまでエンタメだし、舞台が芸能界である以上仕方ないとは思う。思うが、それが現実かつ問題の当事者が身内となると「仕方ない」では済まない。何せ殺される星野アイは実母、復讐に奔るアクアマリンは実兄、最後取り残されるルビーは実姉、復讐対象のカミキヒカルは実父だ。地獄絵図が過ぎる。

 

分かってるなら手を打てよ――そんなツッコミが聞こえてきそうだが、難しい。アクアとルビーの妹である私は今、2人と同じ赤子なのだ。ハイハイすら覚束ないし、他の当事者達の殆どもさほど年齢は変わらない。せいぜい出来ることがあるとすれば、時折ベビーシッター代わりに来てくれるミヤコさんに手間をかけさせないよう気を配ることくらいか。

 

……とは思うものの。

 

正直今の私は、そんなに気張らなくても案外なんとか平穏に収まるんでは? という気持ちがひしひしと湧いている状態だ。その理由は言わずもがな、死んだ顔をした私を抱き上げ頬ずりしている蕩けた顔の父親、つまりカミキヒカルである。

 

「ふふっ。エメはいい子だねえ、可愛いねえ。……ふふふっ、もちもちほっぺだねえ」

 

……………………うん、いやあの、どちら様ですか?

 

と、思わず聞きたくなるこの親馬鹿っぷりよ。大人しいアクアや父親を足蹴にするルビーも勿論愛している彼だが、大人しく抱っこされてくれるかつ女の子である私のことは一際可愛いらしい。いやこうして書くと本当にただのパパだな。しかも結構いい部類の。少なくとも【推しの子】読者だった私が目の前の光景を夢や幻覚かと疑う程度には。

 

が、何度疑って自分の頬をつねったところで赤子の身体は赤子のままで、私の目の前には若い美男美女のラブラブ夫婦と、そのいちゃラブっぷりに脳を焼かれてもだえる兄姉がいる。これが現実。なんかアレだけど現実。

正直私も一緒に脳焼いて意識を飛ばしたい……と思ったものの、これから始まるかもしれない【推しの子】のハートフル(ボッコ)ストーリーを思えばそんな暇はない。艱難辛苦を避けるためにも今の状況を正確に知ろうと、両親や様子を見に来る斎藤夫妻の会話に耳をそばだて続けた結果――私は殆どの警戒や懸念を無限の彼方にぶん投げることと相成った。

 

というのも、私が知る、冒頭でつらつらつらつらと読者の皆様がくどいと感じるだろうほど語った原作知識が、もう根底からぶっ壊されていたのである。

 

原作では、15歳で母となったアイと1つ下のカミキは、体の関係はあったものの健全な付き合いをしていたわけではなかった(恐らく)。

が、この世界の2人は劇団ララライで出逢ったあと紆余曲折を経て正式に交際をしており(紆余曲折の部分は今のところ謎)、その関係は事務所公認の秘密だったらしい。

 

この時点でだいぶ健全な方向に舵を切ったが、これだけではない。

 

それから間もなくしてB小町の知名度が徐々に上がり始めたのだが、時を同じくしてこの新進気鋭アイドルユニット……というか苺プロダクション全体が急に方針を転換。それまで『星野アイとと取り巻き達』状態だったB小町を『メンバー全員が一番星』になるような……つまりはメンバー1人1人の強みを順番に押し出す売り込み方に変更。その結果メンバー達は女優や歌手、ダンスパフォーマーなど各々の才能を開花させ、必然的にアイとの険悪だった関係も改善されたらしい。

 

うん、平和!

 

そんなB小町でメインセンターとして輝くアイは、しかしその人気絶頂のさなか突然活動休止……することもなく順調にスターダムを駆け上がる。そして本来彼女が20歳の時に行われる東京ドームでのライブは18歳の時に決定した。カミキヒカルとの関係? そこはもうありとあらゆる関係者(それこそB小町メンバーまでも)が徹底して隠し通したおかげでフライデーも文春砲もなかったらしい。

 

(またしても)平和!!

 

そんなわけで東京ドーム公演は大盛況で終幕。B小町はその1年後に惜しまれながら解散した。が、そのまま芸能界に残って活動を続ける、或いはきっぱり引退すると宣言した他メンバーと異なり、アイだけは当面の活動休止という玉虫色の進路を発表する。

 

「ハタチになる前に少しだけ、普通のオンナノコをやりたいかなーって」

 

12歳の時からアイドルとして走り続けた少女の、けなげな願い(笑)にファンは感動感涙。快く彼女の『ひとやすみ』を受け入れ、送り出したのだった。ちゃんちゃん。

……で終わっていればただの良い話だが。そこは嘘の天才こと星野アイ。全部が全部嘘だったというわけではないが、彼女の本音は

 

「ハタチになる前に少しだけ、普通のオンナノコ(みたいにヒカル君と恋人)をやりたいかなーって」

 

であった。ファンが知ったらきっと気絶するか吐血するかその両方のどれかだろう。本当に可哀想だと思う。

 

とまあそんなこんなで、アイドル卒業+活動休止の名のもと束の間の自由を手に入れたアイはそのままストレートに愛しの()ヒカル君とゴールイン、アイドル時代と被らない(けれど可能な限り早く)お腹に私達三つ子を宿し、どうにかこうにか出産まで漕ぎ着けたのである。

 

……いやはや、我が母ながらとんでもねえ行動力である。これが原作のカミキヒカル相手だったらこいつが何かしたのかもとも思うが、生憎と今私達の父親をやってるヒカル君は5分でそうと分かる程度には常識的で良識的である。やってるとしたら絶対にアイの方。主にコンドームに穴的な意味で。

 

カミキヒカルを表する言葉に常識とか良識って言葉は些か不似合いだが、事実だから仕方ない。本当に芸能人やってるのが不思議なくらい――外見や演技力はさておき内面が――普通の人だから。じゃなきゃ未成年でパパになったにも関わらず、こんなに嫌な顔一つせず赤ん坊×3の面倒なんて見られないだろう。たとえ中身が年相応でなくても、自由に動けないこの身体は食事や着替え、排泄まで大人に任せるしかないのだから。

 

案外こっちも誰かが転生……いやこの場合憑依? 成り代わり? なんじゃないかと思ったりもしている。まあ結果として全部いい方向に転がってるし、今の時点で藪蛇はしない方がいいだろう。乳幼児の頃から頭のおかしい赤ん坊だなんて思われなくないしね。

 

それはさておき。

 

原作と違ってカミキヒカルがまともであるこの世界で、果たして【推しの子】ストーリーは展開するのか。それについては月並みだが「展開するものとそうでないものがある」が回答だろう。

前者は勿論、カミキヒカルが関わらないありとあらゆるもの、後者その逆だ。分かりやすい指標だね。何せ芸能界は魑魅魍魎、カミキヒカルが何もせずとも事件は起こって然るべきなのだから。

 

とはいえ。

 

スキャンダルという社会的な死の危険があるとはいえ、リアル命の危険はそれこそ粘着ストーカーによる襲撃が関の山。原作の星野アイならまだしも、今はカミキヒカルや元B小町メンバーも口を酸っぱくして彼女にセキュリティの重要性を教えているし、そうそうヤバいことにはならない……と思われる。

 

ここで断言出来ないのが我が母ながら辛いところだが、ここ最近はやっとドアチェーンも欠かさずするようになったし、徐々にだが原作で致命的となったあの危機意識の薄さは改善傾向にあるようだ。周囲の地道な努力と、母親としての自覚の合わせ技だろう。恐らく。

 

まあ、かといって完全に気を抜きすぎるのも良くない。

『アイドル』星野アイには熱狂的ファンが数が多く、活動休止中にもかかわらず彼女とヒカル君の結婚はかなり大々的に報道されたらしい(伝聞)。多くの人達は美男美女の組み合わせにはしゃいだり萌えたり素直に祝福したりと好感を見せたようだが、どんなに品行方正な芸能人にもアンチは湧くし、ファンがアンチに転じることもままある。赤ん坊である以上出来ることはそうないが、無防備にインターフォンに応えようとする母を引き留めるくらいはするべきだろう。

 

……などと決意をしてみたものの。

 

ストーカー襲来どころか宗教勧誘すら家に来ることもなく月日は流れ、私達三つ子は一度の引越を挟んで保育園に入れられた。アパートと呼ぶべきか迷う普通の1LDKから、今度はオートロックだけでなくエントランスにはコンシェルジュが常駐するお高いマンションである。原作第1話で通帳片手に悩んでいた星野アイはもう何処にもいないということがひしひしと理解出来てしまった。

 

ちなみに私はというと、その引越までの短い間に上手いこと会話を操作してアクアとルビーの正体をお互いにバラしたり、ついでに自分の正体も打ち明けたり(勿論【推しの子】のことは除く)、最初は(アイやアクアを巡る)ライバルとして敵意むき出しだったルビーに健気可愛い妹ムーブをかましてシスコンに転向させたりと、まあそこそこに色々あったが今は割愛。

 

芸能界に復帰したアイとエキストラに抜擢されたアクアが出演した『それが始まり』が爆発的大ヒットをかましたり、かと思えばアイの現役時代の映像を見ながら全力でオタ芸を振るっていた私達三つ子をアイがSNSに掲載したことで一悶着あったりもしたが、やっぱり今は割愛。

 

何はともあれ父子家庭にも母子家庭にもなることなく数年過ごせたことで、私はまた少し肩の力を抜いた。

金銭的にも問題無いし家族仲も良好。あとは重曹ちゃんやあかねちゃんのことを心配すべきかなーでも今のところ他人だしなーなんて、この時の私は呑気にそう考えていた。

 

「え、エメ……エメラルド? ……その、隣の子、は?」

 

異様に引きつった顔で私と、私と手を繋いだ男の子を見比べるヒカル君改めお父さん。まさか娘が突然彼氏を連れてきたようにでも見えているのだろうか。保育園児なんだから同性でも異性でも手くらい繋ぐだろうに、大袈裟すぎる反応だと思う。

謎に汗を流す父を訝しく思いつつもツッコみはせず、私は入園初日にできた「おともだち」を紹介する。

 

「同じ組の石神千空くんだよ、友達になったの」

「どーも」

 

友達、を敢えて強調する私の横で、無愛想にぺこんと頭を下げる男の子。彼の名を聞いた父がますます顔色を悪くしたので、流石に少し心配になってしまった。




次はカミキ(偽)視点予定です。
なお星野エメラルドちゃん()はDr.STONEを知りません。まあ知ってたら呑気に友達紹介なんてするわきゃないんですが。
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