虚無と期待のアンセルム   作:yumui

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姉妹

「面白かった」

 

 フラウと名乗ったその人形は、にっこりと微笑んだ。

「お前の物語、勇ましくて、愚かで、少しだけ哀しくて……とても、いい話だった」

 アンセルムは眉をひそめた。

 

「……人形に言われるとはな」

 

「ただの人形じゃない。私はこの図書館の“生き証人”。そして、姉たちの末妹。アムネシアと、バリと、私――フラウは姉妹だった」

 

「……なんだと?」

 

 アンセルムは耳を疑った。

 

「詳しく話してもらおうか」

 

 フラウはゆっくりと、まるで古い頁をめくるように語り始めた。

 

 

 彼女たちは三人姉妹だった。

 名もなき都市の貧民街に捨てられた孤児。ある日、三人は魔導図書館の主――“彼”に拾われた。

 アムネシアは誰よりも早く文字を覚え、バリは魔術理論に驚異的な理解を示した。フラウだけは虚弱で、本を持つことすらできなかった。

 

「私は、生まれつき病弱だった。肉体がもう限界で。だから、“彼”は私の魂をこの人形に移した。魔導図書館に代々伝わる、最も禁じられた術によって」

 

 フラウは自嘲気味に微笑んだ。

 

「最初は嬉しかった。動けること、歩けることが。でも、永遠の命って……思ったより、退屈なんだ」

 

 語られる過去の中で、バリはある日、図書館という閉ざされた空間に疑問を持ち始め

 

る。世界の広さを知りたいと願い、“姉”の反対を押し切って、外の世界へと旅立った。

 

「アムネシア姉さんは、裏切られたと思ったんだ。きっと寂しかったんだと思う。私にすら、何も言わなかった」

 

 フラウは銀髪を揺らしながら、静かに語り続けた。

 

「そして時は流れ……今、三人が再びこの図書館に集まった。運命は皮肉だな」

 

 アンセルムは黙って聞いていたが、やがて静かに呟いた。

 

「……それでも、あいつはバリを“妹”として迎え入れようとした。力でねじ伏せようとしながらも、あいつなりに……」

 

 その時、上方から声が聞こえた。

 

「アンセルム!」

 

 振り返ると、崩れた天井の隙間から、フィリップが顔をのぞかせていた。

 

「おい無事か!? 生きてるのか!?」

 

「なんとか、な」

 

 アンセルムは立ち上がる。

「こっちは大丈夫だ。こっちは……少し珍妙な案内人付きだがな」

 

 フィリップに続いて、バリも姿を現した。その目がフラウを見つけて揺れる。

 

「……フラウ」

 

「お久しぶりだな、姉上」

 

 まるで時が巻き戻されたような、少女の声。

 

 バリの顔に微かな陰が落ちる。「……元気そうね」

 

「物理的に“壊れた”くらいじゃ死なないからな」

 

 淡々と答える声には、どこか冷めた温度があった。

 

「でも……寂しかったよ。あなたが出ていってから、アムネシアは、ずっと変わった。冷たく、孤独で……優しかった頃の姉さんは、どこかに行ってしまった」

 

「……だから私は、あの人を止めたいの」

 

 バリが答える。「でも……無理だった。私一人じゃ、歯が立たない」

 

 アンセルムが静かに言った。

 

「なら――俺がやる」

 

 全員の視線がアンセルムに向けられる。

 

「戦って分かった。アムネシアの力は、確かに規格外だ。炎を自在に操り、空を舞う……」

 

 しかし――

 

「いい案が浮かんだんだ――ついてきてくれ、皆」

 

 

 図書館の深部、かつて禁書を保管していた一室。重厚な魔法結界と、膨大な知識の波動が漂うこの場所へ、アンセルムたちはアムネシアを誘い出していた。

 部屋の壁一面に収められた魔導書。天井には浮遊する光球がぼんやりと灯り、足元には古の術式が刻まれている。

 

「……こんな場所に何の用?」

 

 アムネシアが黒剣を手に、ゆっくりと歩み入ってきた。背から黒い翼が広がるも、その空間の狭さに不満げな声を漏らす。

 

「貴重な文献ばかりだな。下手に炎でも使えば……」

と、アンセルムが言葉にする前に、アムネシアの目が鋭く光った。

 

「……私に策を弄するとは」

 

 だが彼女は、すぐに炎を使おうとはしなかった。周囲の資料が、ネブラカス時代の第一級魔術書と知ればこそ。

 

「バリ、準備は?」

 

「ええ。私がやる」

 

 アムネシアの顔が僅かに揺れた。「……バリ?」

 

「ここで終わらせる。あんたの狂気も、孤独も……もう、見ていられない」

 

 アムネシアが黒剣を振る。剣が交錯する。鋭い金属音が室内に響き渡った。

 飛ぶことも、炎を撒き散らすこともできない狭所。

 剣技のみでの戦いとなれば、アムネシアとて無敵ではない。

 

「チッ……!」

 

 次第に押され始めるアムネシア。剣の冴えは確かだが、妹とその仲間たちの連携はそれを上回っていた。

 

 

「退くわ。こんな茶番には付き合いきれない」

 アムネシアが後方の扉へと向かう。

 

 しかし――

 

「……開かない?」

 

 

 

 彼女が呟くより早く、部屋中に重々しい鈍音が響いた。

 

「防衛結界、起動完了。外部との連絡を遮断。出入り口、封鎖中」

 

 フラウの声が天井の魔導回路を通じて響く。

 

「この部屋は、図書館の“心臓”。あなたが触れたくなかった記録すら、ここには眠っている。逃げ道なんて、最初からない」

 

 アムネシアの顔が、はじめて明確に動揺に染まった。

 

「ならば、最後まで戦うまで」

 

 剣が閃く。怒りと悲しみを帯びた斬撃がバリに迫る。

 だが、バリの目にはもう迷いはなかった。

 

 杖を構えたバリの口元に、呪文の詠唱が乗る。氷の魔力が凝縮し、白銀の光となって放たれた。

 アムネシアの剣がそれを迎撃するも、魔力の流れを逆算したバリの術は、寸分違わずその胸元を貫いた。

 

「ッ……!」

 

 黒翼が大きく揺れ、アムネシアは一歩、二歩と後退した。

 剣が滑り落ち、床にカランと響く。

 アムネシアは、バリを見つめた。

 

「……ようやく……」

 

「……え?」

 

「ようやく、お前も……強くなったね……」

 

 膝をついたそのまま、アムネシアの身体が静かに倒れ伏す。

 沈黙。

 室内に残ったのは、魔導書の静かな囁きと、姉妹の記憶だけだった。

 

 

 後に、図書館の結界は解除され、空は静けさを取り戻す。だがバリの目には涙はなかった。代わりに、何かを背負う決意があった。

 アンセルムはそっと、その肩に手を置いた。

 

「これで、終わったんだな」

 

 フラウが呟いた。

 

「ううん、ここからが始まりよ。記録は止まらない。あなたたちの物語が続く限り……ね」

 

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